第14話 誰かが、待っていた家
里穂が案内してくれたのは、村の奥まった一角にある古い瓦屋根の家だった。
「ここは祖母の」
「はい。手入れは続けてあります」
戸を開けると、思っていたよりも生活感のある空気が、玄関に漂っていた。線香の匂いと、畳の匂いと、わずかな日陰の冷たさ。戸を引いた瞬間、内に滞っていた空気が外気とゆっくり交じり合った。古い家特有の、紙と木と煤の重なった香りが、私の鼻を撫でた。
土間に低く差し込む夕方の光が、無数の微細な粒子を浮かび上がらせていた。畳の上に、誰かが歩いた跡なのか、わずかな影が何本か走っていた。
——里穂が毎月ここに来ている、その痕跡。
「あの、お線香、お焚き上げしてます。月命日には必ず」
「そんなことまで——」
「気になさらないでください。お祖母様、私たちにとっても家族のようでしたから」
家族のような。その言葉がなぜか心に少し引っかかった。けれど、里穂の柔らかい笑顔を見ていると、それ以上、何も言えなかった。仏壇に、祖母の遺影があった。
——あ。
私の知っている祖母の顔ではなかった。正確には祖母なのだが、その表情が私の記憶にあるどの祖母とも違っていた。満ち足りた、穏やかな、慈愛に満ちた笑顔。
私が幼い頃に見ていた、いつもどこか不安げで、何かを警戒しているような祖母の表情とは、別人のようだった。
「綺麗な写真ですね」里穂が言った。
「最後の年、村のお祭りの時に撮ったものなんです。お祖母様、その日は本当に幸せそうでしたよ」
「お祭り?」
「水守祭。毎年六月に、村で行うんです」里穂は柔らかく微笑んだ。
「今年も、もうすぐです。良かったら、見ていってくださいね」
その時、私は線香の煙の中にわずかに別の匂いが混じっているのに気づいた。川の匂い。それも、ずっと遠く、深い、山奥の流れの匂い。家の壁の中の、見えない場所のどこかから、その匂いが立ち上っているような気がした。




