第12話 地図にない村
バスが村の入り口に差し掛かると、最初に目に入ったのは奇妙な構造物だった。道路の上に、巨大なアーチ状の配管が渡されている。直径は一メートル近くあるだろうか。中を水が流れる音が、バスの中まで聞こえてきた。ゴウゴウという、轟音に近い水音。
でも、単なる物理的な音ではない。その音の中に、リズムがある。脈動するような、呼吸するような、生きているリズム。
「あれは、村の水路です」運転手が説明した。
「山から下りてくる水を、村中に配分するための」
でも、あの太さは異常だ。小さな村に、なぜこれほどの水が必要なのか。
そして気づいた。配管の表面に、びっしりと何かが刻まれている。文字、ではない。もっと原始的な記号のような。水の流れを表す曲線、渦巻き、波紋。それらが複雑に組み合わさって、一つの大きな図形を作っている。
「あの模様は?」
運転手は一瞬、黙った。
「……お守りです」
それ以上は語らなかった。バスが進むにつれて、村の異様さがより鮮明になっていった。
家々が、異常に高い位置に建てられている。まるで、洪水を恐れているかのように、石積みの上に家がある。でも、この地形で洪水? 川は谷底を流れていて、ここまで水が上がってくることは考えられない。それとも、普通の洪水ではない何かを恐れているのか。
各家の雨樋も、通常のものとは違っていた。直径三十センチはある、工業用の配管のような太さ。しかも、各家に二本、三本と設置されている。
雨樋だけではない。壁面にも、床下にも、屋根裏にも、無数の管が這い回っている。まるで、家全体が巨大な水処理プラントのよう。そして、家の屋根が奇妙に低かった。
普通の日本家屋なら、屋根はもっと高く、勾配がきつい。村の家々の屋根は、軒先が地面の方へ深く引き下げられていた。まるで屋根全体が、地面に頭を垂れているような形。
軒先には太い麻縄がずらりと垂らされていた。一軒の家に、二十本、三十本。それぞれの縄の先に、小さな白い布の袋が結んである。袋には水分を吸わせたのか、わずかに湿気で膨らんでいた。風が吹くと、その袋たちが軒下で、ゆっくりと揺れた。
家と家の間を流れる水路の縁にも、特徴があった。石組みの溝が村の道に沿って複雑に入り組んでいた。ふつうの排水溝なら、まっすぐ家の脇を走るはずだ。けれど、村の水路はまるで何かを避けながら進んでいるように、何度も曲がっていた。
——人ひとり、通れるだけの幅で。
しかも、その水路の底には、小石が敷き詰められていた。等間隔に、整然と。歩く時に、足元の小石が互いに触れ合う、その音が聞こえるように。水音が村のあらゆる方向から聞こえてきた。
正面の山の方から、轟音のような流れ。右手の谷底から、清流のせせらぎ。左手の家々の床下から、低い、こもった、循環音。頭上の、屋根の雨樋から、滴る音。そして、足元の地面の下からも、わずかに何かが流れているような、振動。
村全体が一つの、巨大な、水の楽器、だった。私がいま、その楽器の中心に入っていく。バス停で降りた時、村は静まり返っていた。そして、私は誰かが私を待っているのに気づいた。




