かっこよくて素敵なバーリアス神
それから私はアテナ宅でお世話になっている。まあ、宅って言ってもやっぱり神様だからお世話をする精霊も一緒にいる大きい屋敷だけど。
そういえばファリアはしばらく遠い所に仲間と狩りに繰り出しに行ったみたい。
そしてヘルィスは食事時になると訪れて、私に料理を教えてくれる。
「そうそう、包丁はそう握って、左手は丸めてね…。ゆっくりでいいのよ。そう、上手上手」
自分でもウンザリするほど包丁の扱いも切り方も下手なのに、それでもヘルィスは私の雑な調理法をいつでも褒めてくれる。
最初は「こんな下手なのに気を使って褒めなくたって…」と逆に拗ねるやら落ち込むやらしていても、何をやっても嬉しそうにキラキラした目で褒められ続けていたら自分は下手だと理解しつつ自信がついてきて、今では私の料理の腕も上がってきた。…気がする、気持ちだけ。
そうやって少し自信がつくともっと上手にできそうと思えて、もっとやる気が出て料理に取り組んでいる。
まあヘルィスが隣で優しく次の指示を出してくれるから私はその通りに動いてるだけだけどね。
「いいのよ。何だって最初は分からないんだし、ただ言われた通りに動いているだけでも繰り返しやっていたら切り方も味付けも自然に覚えるものよ。要は慣れよ、慣れ」
それでもヘルィスはそう微笑んでくれる。
「ようやく家庭の神から目をかけてもらったな」
そして背後からはアテナが鼻で笑って小馬鹿にしてくる。
言動はサードと同じでもアテナが言うとからかってる程度にしか感じないのよね、不思議。
それにしてもアテナは暇さえあれば武器や防具の手入れにいそしんでいるけど…。
「アテナは料理はしないの?」
「私に作れと言うのか」
アテナはムッとした顔を私に向けるとヘルィスは笑顔で言う。
「いいのよ、その子は戦いの女神なんだから料理なんて作れなくても」
「えっ」
もしかしてガウリスの神殿の談話室に飾っていた胸が丸出しの戦いの女神って、このアテナをモデルに描かれたものなの?
するとその考えを読んだのかアテナは眉間にしわをよせ口を開いた。
「いいや、それは他の戦争の男神だ。それが私と混じったらしい。非常に不快だがもうサンシラ国では物語として定着しているからどうにもならん。あんな男と一緒くたにされるなど非常に不快だが」
綺麗に磨かれた冑を更にキュキュキュキュと力任せに磨きながらアテナは心の底から不愉快そうに言っている。
神様でもどうにもできないことがあるのねと思いながら私はヘルィスと料理を作り続けて、今日の夜の料理が出来あがった。
今日の料理は野菜と豆のスープに、魚介のパエリア。
絶対に一人だったらできる料理じゃない。特にパエリア。
だけど隣から優しく助言が飛んでくるからその通りに動いて作った。でも本当に助言だけだったから、実際の料理は私一人でやった。
助言付きだけど私一人で作った手の込んだ料理、…そう思っただけで何か特別なものに感じるわ。
「いただきます」
手を合わせてスプーンを取ろうとすると、
「いやー、美味そうだなぁ。いただきまーす」
と隣から男の声が聞こえてきて、驚いて隣を見た。
アテナの屋敷に男の人はいないはず、誰!?
視線を向けた隣には…私がゼルスにさらわれた時についでに私を口説いてきた、帽子をかぶった若い男の人。
なんかごく自然に食卓に交じって誰よりも先にスープに口をつけている。
「うんーま!やっぱり姉さんの作った料理最高だよ」
「あらぁ、これエリーが作ったのよ?私は隣で色々言っただけだもん、ねー」
ねー、を強調しながらヘルィスは私に向かって微笑む。
「あ、そうなの?超美味いよ。俺の嫁さんになる?」
「ならない!」
キッと睨みつけながら言うと、男の人はアハハ、と笑いながら料理を食べ続けている。
「…思えばあなたは…」
何の神様なの、と質問する前に男の人は顔をほころばせて立ち上がった。
「俺に興味があんの?嬉しいなぁ。俺はサンシラ国でバーリアスって呼ばれてる。その役割の何と多いこと、なんでもござれだぜ?
旅の安全を願うなら俺!商売繁盛を願うなら俺!何か言いたいことがあるなら俺!嘘をつきたいなら俺!泥棒に入りたいなら俺!まずはこの庶民の味方バーリアス様に一言ご相談あれ、さすればこの私バーリアス神がすぐさま駆けつけ、人間の力になってしんぜよう!」
「飯を食ってる時にやかましい!」
アテナの空気を震わす一喝にバーリアスはヒャッと飛び上がった。でもすぐにヘラッと笑って、
「ああそうそう。俺、親父から頼まれたことを言いにきたんだよ」
と椅子に座って、パエリアを一口食べて「うまー」と幸せそうにもぐもぐと口を動かしてから続けた。
「やっぱ冥界のあのオッサンの頭が固くてさ。なんでそっちの都合でこっちがそんなことしねえといけねえの?って感じらしいのな」
冥界のオッサンって、冥界にいるゼルスのお兄さんのことよね。
アテナは頷きながら言う。
「だろうな。あの方の仕事ではないのは確かだ」
バーリアスも、まあね~と言いながら続けた。
「オッサンの奥さんとお義母さんから頼んでもらおうにもまだ冬じゃないから奥さん冥界にいかせられねえじゃん?無理に行かせたらお義母さん絶対怒ってヤベぇことになるし。でも冬までってなったらあの魔界の微生物がやたら広まって人間たちにすげー被害が広がりそうなんだよなぁ」
「…」
神様たちのプライベート事情はよく分からないけど、ゼルスのお兄さんの奥さんは冬だけ冥界に行くことになっているの?別居?
それにその奥さんのお母さんを怒らせたらヤバいって、どうヤバいことになるのかしら…。どうであれ神々がヤバいっていうなら人間たちにとっては確実に大被害がくるんだと思う。
「で、だ」
色々考えていたらバーリアスが私を見た。
「あのオッサン、頭すげー固いけど芸術的なことに造詣が深いのよ。別の世界では良い歌声で竪琴ひく男の演奏聞いて感動して泣いて、死んだ人を特別に生き返らせるのを了承したんだよな。
だから特別にあんたらを冥界のところまで連れて行ってやる。だからあんたのとこのリーダーがどうにかすればどうにかなるかもしんねえよ?」
「うちのリーダーって…サード?」
芸術的なものから一番縁遠い位置にいるような気がするんだけど。
今まで歌ったり踊ったりするところなんて一度も見たことがないし、楽器を演奏するところも見たことがない。思えば鼻歌すら歌ったことないんじゃないの?絵画だって裸の女の人が描かれているものしか興味なさそうだし…。
…うーん、でもあれぐらい色んなことをすぐ覚えられる奴だもの、もしかしたらそんな能力を隠しているのかも?
「そーそー、あいつ能力隠してるぜ。そんなわけで飯食ったら地上に行くから、準備よろしく」
私の頭の中の考えに返答しつつ、バーリアスはムシャムシャと料理を食べ続け、美味い美味いと繰り返していた。
そうやってご飯を食べ終わると私も準備を整える。
「もうお別れなのね。寂しいわ」
ヘルィスが寂しそうな顔で私に抱きつく。
その母親のような雰囲気のせいで、まるでお母様に抱きしめられて別れを惜しまれているみたい。
胸がギュッとして、思わず涙が溢れてくる。
「泣くな、別に離れていても我々はいつでも近くにいる」
アテナは特に寂しそうな雰囲気もなく、ただ私の手を強く握って揺らした。
「だが楽しい時間が過ごせた。達者で暮らせ」
そんなこと言われたら胸がいっぱいになってしまって、余計涙が出てくる。
涙をぬぐいヘルィスに抱きしめられながらアテナと握手をし、
「二人ともありがとう。ファリアにもよろしくと伝えてほしいわ。ファリアが居なかったら私は今頃どうなっていたか…」
「えー。俺助けに入ったじゃん」
後ろからバーリアスが会話に割り込んできて、出ていた涙がそこで止まった。
何言ってんのこいつ、あれは助けに入ったんじゃなかてゼルスのついでに手を出しに来たんでしょ、どうせ。
バーリアスは無視して二人に再び別れを告げて離れると、バーリアスが私の腰に手を回してきた。
「やめて」
何ごく自然に腰に手回してんのよふざけないで。
嫌がって手を離そうとするとバーリアスは笑う。
「俺移動すんの速いからちゃんと掴んどかないと危ないんだぜ?一瞬だから大人しくしててよ」
それなら腰以外の所を掴んでほしい。でも身長的に掴みやすいのが腰なのかしら。…そんなわけないわよね?
「気を付けてー!炉端の火を見たら私を思い出してねー!」
ヘルィスが大きく手を振って、アテナは、
「戦争の時には助けになるぞ」
と腰に手を当てている。
ぐっときて二人に大きく手を振った。
と、目の前から二人の姿が一気に消え失せ、見たことのある建物の前に立っている。
「…え?」
キョロキョロと周りを見渡してみると、…ゼルスを祀っている神殿の前?
まさか、こんな一瞬でカームァービ山の天辺からふもとまで降りて来たの?
隣をパッと見上げると、バーリアスはニヤニヤとした目つきで私を見ている。
「驚いた?」
コクコク頷く。ついでに目的地に到着したからバーリアスの腕を腰から引き離した。
「エリー!?」
聞いたことのある声に振り向くと、アレンが両手を広げて走ってくるのが見えて、おもいっきり抱きしめてくる。
「エリー!良かった、無事だったんだ!」
「アレン!」
アレンは少し身を離して泣きそうな顔で私を見ると、もう一度強く抱きしめた。
「どこ行ってたんだよー!中庭に杖が転がったままエリーが居なくなってたから俺ら心配したんだからなー!」
「ぐええ」
あまりにも抱きつく力が強すぎて息が苦しいし体が締め付けられて痛い。だけどそれくらい心配してくれていたんだわと私も抱きしめ返す。
「ごめんなさい…。けど居なくなったんじゃなくて、連れていかれて…」
事情を説明しようとするとアレンの腕の力が緩んだ。見上げると、アレンの強い視線が私の後ろに向いている。
アレンの視線をたどった後ろではバーリアスがヒューウ、とからかうような口笛を吹いて笑っていた。
「こんな昼間っから神殿の前で熱いねー、御両人」
「あいつか?あいつに連れて行かれたのか?」
アレンが警戒しながら私を後ろに隠しながら言うと、神殿の方から声が響いた。
「連れ去った本人がわざわざ戻しに来ないでしょう」
サードの声。
振り返るとサードは神殿の入口から悠々と出て来たところで、アレンはそのサードの言葉にそれもそうか、と納得したのかバーリアスを見る。
「それじゃあ、あんたは?」
「俺?俺は通りすがりの旅行者さ!ヘルメスって呼んでくれよ」
え?
思わずバーリアスを見ると、いたずらっぽく笑って私に片目をバチンとつぶってみせた。
それは神様だっていうのを言うなってこと?
…まあ二百年も人の前に現れてない神様がこんなサラッと現れたら大騒ぎになるかもしれないものね。
その間にサードはバーリアスの前まで歩き、
「エリーをわざわざ連れてきてくださったのですね?ありがとうございます。私は…」
と手を差し伸べると、バーリアスはさっさとサードの手を握った。
「知ってる知ってる。勇者のサードだろ?んでもってそこの赤毛の兄ちゃんは武道家のアレン、この金髪の可愛子ちゃんは魔導士のエリー」
と言いながら私の肩に手を回す。
「道中、色々とエリーから話を聞いたぜ。どうやら好色な神様に見初められてカームァービ山の天辺まで連れ去られたらしいんだな。それでなんやかんやあって俺は素晴らしい庶民の味方バーリアス神の導きでカームァービ山からエリーを助けてやったのさ。その途中でエリーの美味い手料理も食べたし、俺の嫁さんにならないかなんて話もしてさー。な?」
「適当なこと言わないで」
私は肩からバーリアスの手を払って離れる。
「エリー、お嫁に行っちゃうの?」
「行かないってば!勝手にこの人が言ってるだけだから!」
アレンがマジで?と驚愕の表情で私を見てくるから私はキィッとアレンに噛みつくように言い返すと、サードは軽快に笑い出す。
「こんなすぐに怒る人をお嫁さんにしたら大変ですよ」
「誰が怒らせてるのよ!」
威嚇するように言うと、サードと同じようにバーリアスは大声で楽しくに笑う。
「いやー、仲が良いみたいで羨ましいなぁ」
そう言いつつ少し真面目な表情になってサードを見た。
「で、素晴らしくも賢いバーリアス神が俺に言ったわけよ。『勇者御一行の手助けをしなさい』ってな。そうすれば地上の川で蔓延してる毒の生き物をどうにかできるだろうってさ」
するとサードは何か妙なものを感じた表情で少し小首をかしげる。
「神官でさえ神の声が聞こえないのに、なぜ一介の旅行者のあなたに神が語り掛けるのですか?」
サードが最もなことを言うと、バーリアスは大げさに悲しそうな顔をした。
「俺は生まれてすぐ捨てられた。それを憐れんだ神官が俺を助けてくれ、その時偶然にも賢い庶民の味方であるバーリアス神が地上に用があって身分を隠し降りてきていたんだ。
そして俺は素晴しいバーリアス神からヘルメスと名前をいただいたんだ。だからかっこいいバーリアス神は俺の名付け親で、俺は頼りになるバーリアス神に強く庇護された存在なんだよ」
…いちいち自分のことを褒めたたえるわね、この神様…。
でもそうやって名前を出されるとアレンは気になったみたい。
「バーリアス神ってそんなに凄い神様なの?」
アレンが聞くと、バーリアスはアレンの胸にドッと人差し指を突き付けた。
「もちろん!バーリアス神ほど頼りになる神様はいないぜ。なんてったって商売の神様だからな!」
「マジで?すっげー!」
商人気質のアレンはその一言に目を輝かせた。そしてバーリアスはクルリとサードに目を向けてウインクする。
「次いでバーリアス神は泥棒と嘘つきの味方さ!」
でもサードは表向きの表情を崩さないで、
「おや随分と幅広いのですね」
とだけ返した。
でもサードの本当の性格なんてバーリアスにはとっくにバレているのに、サードは何も知らないで表の表情で騙し続けようとしているんだと思うとおかしくて笑いそうになる。
まあバーリアスには言うなって止められたんだし、楽しいから放っておこう。ふふ。
商売と伝令の神で、嘘と泥棒の神。名はヘルメス。
軽そうなイメージのある人だけど不思議と公式の神話で恋愛エピソードがない(あるのかもしれないけど今のところ私は知らない)。
そんでひょっこり現れては色んな神様だの英雄だのにサッと手を貸して、じゃ、と去っていくことが多い。
チャラいけど実は真面目なのか、それとも周りの男神の派手な恋愛事情を見て、
「ダメだなぁ~、もっと上手くやんないとさ!」
と人にバレないよう上手く隠して遊んでるのか。息子はいるからどっちかといえば後者かもしれない。




