かっこよくて素敵なバーリアス神
それから私はアテナ宅でお世話になっている。まあ、宅って言ってもやっぱり神様だからお世話をする精霊も一緒にいる大きい屋敷だけど。
そういえばファリアはしばらく遠い所に仲間と狩りに繰り出しに行ったみたい。
そしてヘルィスは食事時になると訪れて、私に料理を教えてくれる。
「そうそう、包丁はそう握って、左手は丸めてね…。ゆっくりでいいのよ。そう、上手上手」
自分でもウンザリするほど包丁の扱いも切り方も下手なのに、それでもヘルィスは私の雑な料理の仕方を嬉しそうに褒めてくれる。
そうやって褒められ続けながら一緒に料理をしていると、少しずつでも私の料理の腕も上がってきた。気がする。
そうやって少しでも自信がつくともっと上手にできるかもと思えて、もっとやる気が出て料理に取り組んだ。
まあヘルィスが隣で優しく次の指示を出してくれるから私はその通りに動いてるだけだけど、
「いいのよ。何だって最初は分からないんだし、ただ言われた通りに動いているだけでも繰り返しやっていたら切り方も味付けも自然に覚えるものよ。要は慣れよ、慣れ」
と微笑んでくれる。
「ようやく家庭の神から目をかけてもらったな」
そうやって料理をしていたらアテナは椅子に座って冑を磨きつつ小馬鹿にするような口調で私に声をかけてくる。
アテナは普段暇があると武器や防具の手入れにいそしんでいるけど…。
「…アテナは料理はしないの?」
「私に作れと言うのか」
アテナはムッとした顔を私に向けた。
「いいのよ、その子は戦いの女神なんだから料理なんて作れなくても」
「えっ」
ヘルィスの言葉に私はアテナを見た。
もしかしてガウリスの神殿の談話室に飾っていた胸が丸出しの戦いの女神ってアテナをモデルに描かれたものなの、と思っていると、その考えを読んだのかアテナは口を開いた。
「いいや、それは他の戦争の男神だ。それが私と混じったらしい。非常に不快だがもうサンシラ国では物語として定着しているからどうにもならん。あんな男と一緒くたにされるなど非常に不快だが」
綺麗に磨かれた冑を頭にかぶり直しながらアテナは不愉快そうに言う。
神様でもどうにもできないことがあるのねと思いながら私はヘルィスと料理を作り続けて、今日の夜の料理が出来上がった。
今日の料理は野菜と豆のスープに、魚介のパエリア。
一人だったら絶対にできないけど、隣から優しく助言が飛んでくるからその通りに作った。でも本当に助言だけだったから、実際の料理は私一人でやった。
助言付きだけど私一人で作った手の込んだ料理…そう思っただけで何か特別なものに思えるわ。
「いただきます」
手を合わせてスプーンを取ろうとすると、
「いやー、美味そうだなぁ。いただきまーす」
と隣から男の声が聞こえたてきて驚いて隣を見た。アテナの屋敷に男の人はいないはず。
隣には私がゼルスにさらわれた時、ついでに私を口説いてきた…あの帽子をかぶった若い男の人が自然に食卓に交じって誰よりも先にスープに口をつけている。
「うんーま!やっぱり姉さんの作った料理最高だよ」
「あら、これエリーが作ったのよ?私は隣で色々言っただけだもん、ねー」
ねー、を強調しながらヘルィスは私に向かって微笑む。
「あ、そうなの?超美味いよ。俺の嫁さんになる?」
「ならない!」
キッと睨みつけながら言うと、若い男の人はアハハ、と笑いながら料理を食べ続けている。
「…思えばあなたは…」
何の神様なの、と言う前に若い男の人は顔をほころばせて立ち上がった。
「俺に興味があんの?嬉しいなぁ。俺はサンシラ国でバーリアスって呼ばれてる。その役割の何と多いこと、なんでもござれだぜ?
旅の安全を願うなら俺!商売繁盛を願うなら俺!何か言いたいことがあるのなら俺!嘘をつきたいのなら俺!泥棒に入りたいのなら俺!
まずはこの庶民の味方、バーリアス様に一言ご相談あれ!さすればこの私、バーリアスがすぐさま駆けつけ人間の力になってしんぜよう!」
「飯を食ってる時にやかましい!」
アテナの一喝にバーリアスはヒャッと飛び上がった。でもすぐにヘラッと笑って、
「ああそうそう。俺、親父から頼まれたことを言いにきたんだよ」
と椅子に座って、パエリアを一口食べて「うまー」と幸せそうにもぐもぐと口を動かしてからバーリアスは続けた。
「やっぱ冥界のあのオッサンの頭が固くてさ。なんでそっちの都合でこっちがそんなことしねえといけねえの?って感じらしいのな」
冥界のオッサンって、冥界にいるゼルスのお兄さんのことよね。
アテナは頷きながら言う。
「だろうな。冥界にいるあの方の仕事ではない」
バーリアスも、まあね~と言いながら続けた。
「オッサンの奥さんとかそのお義母さんから頼んで懐柔しようにもまだ時期的に奥さん冥界にいく季節でもねえし、無理に奥さん行かせようとしたらお義母さん絶対怒るじゃん?昔怒らせたせいですげーことなったし。
でも冬まで待つってなったら人間界にあの魔界の微生物がやたら広まって人間たちにすげー被害が行きそうなんだよな」
「…」
よく分からないけど、冥界にいるゼルスのお兄さんの奥さんは冬だけ冥界に行くことになっているのかしら?別居しているの?
でもその奥さんのお母さんは怒らせたら何をしたの…?
「で、だ」
色々考えていたらバーリアスが私を見た。
「あのオッサン、頭すげー固いけど芸術的なことに造詣が深いのよ。昔、別の世界で良い歌声で竪琴ひく男の演奏聞いて感動して泣いて、死んだ人を特別に生き返らせるのを了承したんだよな。
だから特別にあんたらを冥界のところまで連れて行ってやる。だからあんたのとこのリーダーがどうにかすればどうにかなるかもしんねえよ?」
「うちのリーダーって…サード?」
芸術的なものから一番縁遠い位置にいるような気がするんだけど?
今まで一度も歌ったり踊ったりするところなんて見たことがないし、楽器を演奏するところも見たことがない。鼻歌を歌っているところすら記憶にない。
しかも絵画だって裸の女の人が描かれているものしか興味を示さないし…。
…ううん、あれぐらいすぐにあれこれと覚えるんだから、もしかしたらそんな能力を隠しているのかも…。
「あいつは色々覚えてると思うぜ。そんなわけで飯食ったら地上に行くから、準備よろしく」
バーリアスはそう言うとムシャムシャと料理を食べ続け、美味い美味いと繰り返していた。
そうやってご飯を食べ終わると私も準備を整える。
「お別れなのね。寂しいわ」
ヘルィスが寂しそうな顔をしながら私に抱きつく。ヘルィスのお母さんのような雰囲気のせいか、まるでお母様に抱きしめられて別れを惜しまれているような錯覚を覚えて思わず私は涙ぐんだ。
「泣くな、別に離れていても我々はいつでも近くにいる」
アテナは特に寂しそうな雰囲気もなく、ただ私の手を握って握手した。
「だが楽しい時間が過ごせた。達者で暮らせ」
「二人ともありがとう。ファリアにもよろしくと伝えてほしいわ。ファリアが居なかったら私は今頃どうなっていたか…」
涙をぬぐいながらヘルィスに抱きしめられてアテナと握手をしていると、
「えー。俺助けに入ったじゃん」
と後ろからバーリアスが会話に割り込んできて、出ていた涙が引っ込んだ。
あれは助けに入ったというよりゼルスのついでに手を出しに来たんじゃないの。
バーリアスを無視をして二人に再び別れを告げて離れると、バーリアスが私の腰に手を回してくる。
「やめて」
嫌がって手を離そうとするとバーリアスは笑う。
「俺移動すんの速いからちゃんと掴んどかないと危ないんだぜ?一瞬だから大人しくしててよ」
正直腰以外の所を掴んでほしいんだけど。でも身長的に掴みやすいのが腰なのかしら…。
「気を付けてー!炉端の火を見たら私を思い出してねー!」
ヘルィスが大きく手を振って、アテナは、
「戦争の時には助けになるぞ」
と腰に手を当てている。
ぐっと来て二人に大きく手を振った。
すると、目の前から二人の姿が一気に消え失せて、見たことのある建物の前に立っている。
「…え?」
キョロキョロと周りを見渡すと、ゼルスを祀っている神殿の前に立っているのに気づく。
まさか、こんな一瞬でカームァービ山の天辺からふもとまで降りて来たの?
隣のバーリアスを見上げると、バーリアスはニヤニヤとした目つきでエリーを見ている。
「驚いた?」
コクコクと私は頷く。あと目的地に到着したからバーリアスの腕を引き離した。
「エリー!?」
聞いたことのある声に振り向くと、アレンが両手を広げて走ってくるのが見えて、おもいっきり抱きしめてくる。
「エリー!良かった、無事だったんだ!」
「アレン!」
アレンは少し身を離して泣きそうな顔で私を見ると、もう一度強く抱きしめた。
「どこ行ってたんだよー!中庭に杖が転がったままエリーが居なくなってたから俺ら全員心配してたんだからなー!」
あまりにも抱きつく力が強すぎて息が苦しいし体が締め付けられて痛い。だけどそれくらい心配してくれていたんだわと私も抱きしめ返す。
「ごめんなさい…。けど居なくなったんじゃなくて、連れていかれて…」
事情を説明しようとするとアレンの腕の力が緩んだ。かすかにアレンの顔を見上げると、アレンの強い視線が私の後ろに向いている。
アレンが視線を向けるその後ろではバーリアスがヒュー、と口を尖らせて私たちを見ていた。
「こんな昼間っから神殿の前で熱いねー、御両人」
「あいつか?あいつに連れて行かれたのか?」
アレンが警戒しながら私を後ろに隠しながら言うと、神殿の方から、
「連れ去った本人がわざわざ戻しに来ないでしょう」
とサードの声が聞こえる。見るとサードは表向きの表情で入口から悠々と出て来たところで、アレンはサードの言葉にそれもそうか、と納得したゆるい顔つきになってバーリアスを見る。
「それじゃあ、あんたは?」
「俺?俺は通りすがりの旅行者さ!ヘルメスって呼んでくれよ」
え?
バーリアスを見ると、いたずらっぽく笑って私に片目をバチンとつぶってみせた。
神様だっていうのを言うなってこと?…まあ二百年も人の前に現れてない神様がこんなサラッと現れたら大騒ぎになるかもしれないものね。
「エリーをわざわざ連れてきてくださったのですね?ありがとうございます。私は…」
サードがそう言いながらバーリアスに手を差し伸べると、バーリアスはさっさとサードの手を握った。
「知ってる知ってる。勇者御一行のサードだろ?そこの赤毛の兄ちゃんは武道家のアレン、この金髪の可愛子ちゃんは魔導士のエリー」
と言いながら私の肩に手を回す。
「道中、色々とエリーから話を聞いたぜ。どうやら好色な神様に見初められてカームァービ山の天辺に連れ去られたらしいんだな。それでなんやかんやあって俺は素晴らしい庶民の味方、バーリアス神の導きでカームァービ山に向かってエリーを助けてやったのさ。
その途中でエリーの美味い手料理も食べたし、俺の嫁さんにならないかなんて話もしてさー。な?」
「変なこと言わないで」
私は肩からバーリアスの手を払って離れた。
「エリー、お嫁に行っちゃうの?」
アレンがマジで?と驚愕の表情で私を見てくるけど、私はキィッとアレンに噛みつくように言い返す。
「行かないってば!勝手にこの人が言ってるだけだから!」
サードは声を出して笑った。
「こんなすぐに怒る人をお嫁さんにしたら大変ですよ」
「誰が怒らせてるのよ!」
威嚇するようにサードに言うと、バーリアスは楽しそうに大声で笑う。
「いやー、仲が良いみたいで羨ましいなぁ」
そう言うと、少し真面目な表情になってサードを見た。
「で、素晴らしくも賢いバーリアス神が俺に言うわけよ。勇者御一行の手助けをしなさいってな。そうすれば地上の川で蔓延しつつある毒の生き物をどうにかできるだろうってさ」
サードはバーリアスを見て少し小首をかしげた。
「神官でさえ神の声が聞こえないのに、なぜ一介の旅行者のあなたに神が語り掛けるのですか?」
サードが最もなことを言うと、バーリアスは大げさに悲しそうな顔をした。
「俺は生まれてすぐ捨てられた。それを憐れんだ神官が俺を助けてくれ、その時偶然にも賢い庶民の味方、バーリアス神が地上に用があって身分を隠し降りてきていたんだ。
そして俺は素晴しいバーリアス神からヘルメスと名前をいただいた。だからかっこいいバーリアス神は俺の名付け親で、俺は頼りになるバーリアス神に強く庇護された存在なんだよ」
…いちいち自分のことを褒めたたえるわね、この神様…。
でもそうやって名前を出されるとアレンは気になったみたい。
「バーリアス神ってそんなに凄い神様なの?」
そうアレンが聞くと、バーリアスはアレンの胸にドッと人差し指を突き付けた。
「もちろん!バーリアス神ほど頼りになる神様はいないぜ!なんて言ったって商売の神様だからな!」
「マジで!?」
商人気質のアレンはその一言に目を輝かせた。そしてバーリアスはクルリとサードに目を向けてウインクする。
「次いでバーリアス神は泥棒と嘘つきの味方さ!」
でもサードは表向きの表情を崩さないで、
「おや随分と幅広いのですね」
とだけ返した。
でもサードの本当の性格なんてバーリアスにはとっくにバレているのに、サードは何も知らないで表の表情で騙し続けようとしているんだと思うとおかしくて笑いそうになる。
まあバーリアスには言うなっていわれたし、楽しいから放っておこう。
商売の神で、嘘と泥棒の神。名はヘルメス。
軽そうなイメージのある人だけど不思議と公式の神話で恋愛エピソードがない(あるのかもしれないけど今のところ私は知らない)。むしろひょっこり現れては色んな神様だの英雄だのにサッと手を貸して、じゃ、と去っていくことが多い。
チャラいけど実は真面目なのか、周りの男神の派手な恋愛事情を見て、
「ダメだなぁ~、もっと上手くやんないとさ!」
と人にバレないよう上手く隠して遊んでるのか。




