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裏表のある勇者と旅してます  作者: 玉川露二


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貞操の危機

がれきの多い山の中、私は大きい岩に腰かけた老人の膝の上に乗せられて、腰に手を回されながらもう片方の手で髪の毛から頬を愛しいという手つきで撫でられている。


「………」


何?何なの?この人一体何なの?白い鳥はどこに行ったの?っていうかこの人誰?何で私こんな場所に連れてこられて膝の上に乗せられてほっぺを撫でられてるの?腰にも手を回されてるしセクハラ?セクハラよね?っていうかこの人、空を飛んでたわよね?


今の状況が訳が分からな過ぎて体が硬直したままされるがままになっているけど、いつまでもこんな知らない男に体を触られ続けたくない。


「そんなに警戒するでない」


老人…にしては若い声色で耳元に囁かれて。思わずウッと身を引いて耳を押さえて老人を睨みつけるように見た。


サンシラ国の男の人みたいだから、やっぱり体格がいい。


でも白くて長い髪の毛と白いヒゲが目立つから老人だと思ったけど、近くで顔を見るとしわ一つない張りのある肌をしている。


目は明るい青でとても楽し気で力強い迫力があって、鼻筋は高くて口も大きく愛嬌がある。


…でもこんなに明かりの無い夜なのに、何でこんなに相手がくっきりと見えるのかしら。


「…あの…」

「ん?」


老人…じゃなくて男の人は小首をかしげて私の顔に顔を近づけてジッと目を見つめてくる。

キスされそうで顔を遠ざけるけど、後ろに身を引いても腰を押さえつけられているからあまり逃げられない。


「離してよ…」


男の人の体を押しのけるけど、そうすると男の人は更に私を抱え込んで体を密着させる。


「拒むな、美しい娘」


まるで男の人は歌うように言いながらギュッと抱き締めてから身を放して間近から私を見ている。

とにかく私は頭を横に振りながら一生懸命男の人の体を押しのけ続ける。


「ふふ、何てささやかな抵抗だ。()いのう」


男の人は楽し気に言いながら余裕で私の手を取って指を絡めて…。


「やめて!」


私は手を払いのけて、いい加減にしてよと男の人をビシビシと叩きつけた。


「あっはっはっは、痛い痛い」


痛いって言ってるけど全く痛そうじゃないし、むしろ何でか嬉しそう。


「あなた何なのよ!何が目的なの!」


男の人を押しのけ叩きながら一生懸命腕の中から逃げようとするけど、それでもやっぱり見た目通り力も強くて敵わない。

男の人は私の言葉に少し考える素振りをしてから、私の顔をゆっくりと眺めつつ顔を近づけてきた。


「お相手願うだけだよ。私の子を宿すお相手をな」


「…?」


一瞬何を言っているのか分からなかったけど、その回りくどい言葉の意味はすぐに理解して私の今の立場が非常にものごくヤバいものだと察知した。


「嫌!ぜったいに嫌!」


「良いではないか。私に選ばれるなど光栄なものだぞ」


男の人の手が私のローブを脱がそうと、ローブを留めている胸の前の紐に手をかける。服を脱がせるのに手馴れているような指付きを見ただけでゾワッと怖さと気持ち悪さが体に広がった。


「嫌!」


絶叫と共に魔法が発動した。


地面から風が渦を巻いて、周りのがれきが一斉に空中へ舞いあがって、空高く渦巻いて昇っていく。

その風の勢いに男の人も私も座っていた大きい岩もその場から跳ねるように空中に浮かび上がった。


風の渦に巻きこまれたがれきは男の人と私を襲うけど、私は自然の物を操れるから私の周りにはがれきは近寄らない。


でもハッと気づいた。


こんな大量のがれきに当たったら、男の人が死ぬんじゃないの。いくら襲われかけたといっても殺すのは…。


男の人に目を向けると、周囲がピカッと光った。光るのと一緒にがれきはガーンッという爆発の音で全て飛散して地面にパラパラと飛び散って落ちた。


風に巻き込まれた男の人はがれきにぶつかった様子も無くて、腰に手を当てたままゆったりと地面に着地すると私に向かって微笑んでいる。

その真上からさっきまで座っていた大きい岩が落下して来た。


「危な…!」


魔法を発動しようとすると、男の人は手を上にげる。すると指先から稲妻が光って、バリバリと空気を切り裂く音を立てながら天に向かって雷が昇って行った。


岩は雷で真っ二つになって男の人の両側に地響きを立てて落下する。


「……」

あっという間の出来事にポカンと男の人を見た。


魔導士…なのね?だから空を飛んだの…。


男の人は悠々と手を叩いて私を見つめている。


「いやはや、素晴らしい力だ。娘、そなたが私の子を宿したならば、必ずや名のある子どもが生まれるぞ」


この男まだ言っている。逃げる?逃げる?そうよ逃げないと私の体が危ないわ!


▼エリー は にげだした !


あんな妙な男に体を許すわけにはいかないわ。

むしろそれ以前にどこの誰かも分からない奴相手にそんなことをするなんて嫌だ、絶対に嫌だ。それも無理やり襲われるなんて本当に絶対に嫌だ!


走って逃げるけど、がれきだらけの足場の悪い斜面だし、夜で真っ暗だからろくに周りが見えなくてすぐにこけてしまった。


「あうっ」


顔面から転びそうになったら腰をガッと掴まれる。

後ろを振り向くと、男の人が私を掴んでいる。


「ひっ」


思わず嫌悪の叫びが口から漏れた。


「やめて!お願いだからやめて!私こんなこと望んでないの!嫌なの、本当に嫌なの!お願いだからやめて!」


男の人は口を大きく開けてハハハッと笑っている。自分のしていることが犯罪だと分かっていないような雰囲気だ。


今までいやらしい目つきで見られることはあったけど…こんな、こんな無理やり襲おうとする人に人気のない所に連れて来られて襲われそうになってるなんて…。


体から力が抜けて、男の人の腕から地面にずるりとへたり込む。


…この人を攻撃して殺す?それともそんなことをされる前に自分で死ぬ?


そんな二つの考えが瞬時に浮かび上がったけど人を殺すのも嫌だし死にたくない。だからってこのままだと私は…。


「こんな…こんなの…!」


体が震えて、目から涙が流れて喉の奥から嗚咽(おえつ)が出る。

お父様、お母様、私…私どうすればいいの…!?


『いいか、もし危険な奴と二人きりになって身の危険を感じたら何でもいいから話続けろ。そんで気を逸らして隙を見て逃げろ。お前が攻撃したら大体の奴は死ぬだろうから攻撃はよっぽど身の危険が迫ったらでいい』


サードの言葉が頭に浮かんできた。でもこんな状況で何を話せばいいの。ああ、サードがいたら言葉だけで上手くこの場を切り抜けられるでしょうに…!


しゃくりあげて流れる涙を手で何度も拭っていると、軽快に笑う声が聞こえた。


白髪の男の人の声じゃない。もう少し離れた所から聞こえてくる。

顔を上げると翼の生えたような帽子をかぶって、動きやすくするためか丈の短い白い服を着た若い男の人が二つに割れた岩の一つに腰かけて笑っている。


「親父、めっちゃくちゃ嫌われてんじゃん」


親父…?この白髪の男の人のこと?


若い男…サンシラの男の人にしては少し細い人は、岩から飛び降りると身軽に白髪の男の人に近寄って肩に腕を乗せる。


「あのなぁ、今どき女をさらって身ごもらせるのは時代遅れってやつなんだよ。昔とは違うんだからさぁ、時代に合わせた方法ってのがあるだろ?今じゃただの性犯罪なんだぜ?」


白髪の男の人はゆったりと腕を組んで帽子をかぶった男の人を見た。


「なんだ、ついて来てたのか?」


「いやぁ、親父が女さらって来たから、どんな女とお楽しみなのかなぁって思ってさ。へへ」


「あっはっはっは、悪趣味だぞ、こいつめ」


二人は談笑している。


親父ってことはお父さんってことよね?…確かに帽子をかぶった男の人より白髪の男の人が年上でしょうけど…でも親というには若すぎるような。

ううん、それよりこっちに気が向いてないうちに逃げよう。


ソッと動き出すと、いつの間にやら目の前に帽子をかぶった男の人が跪いて私の手を取った。


「おっとお嬢さん、足場が悪いのにどこに行こうって?」


後ろにいたはずの帽子をかぶった男の人がいきなり目の前に現れて「ヒッ」と声が漏れた。


「俺なら一っ跳びで好きな所に連れていけるけど?あんな年くった親父より俺の方が若いし楽しませられると思うけどなぁ。どうよ、俺は?」


そう言いながら手の甲に口をつけようとするから反射的に手を引いた。帽子をかぶった男の人はそのまま自分の手に口づけしている。


「ありゃ。手もダメなの?ずいぶん身持ち固いな。誰か決まった人いるの?」


ブンブンと頭を横に振る。

白髪の男の人だけでも逃げられなかったのに、この帽子をかぶった男の人の素早さときたら何なの。サードよりも速いんじゃないの。


しかもそんなことをする様子を見に来たような口ぶりだったから…もしかしてこの人もそんな狙いで…!?


…これ、逃げられない…。


絶望で目の前が真っ暗になっていると、ジャリジャリとがれきを踏みながら近づいて来る別の足音が聞こえてきた。


誰、また誰かそんなつもりでやって来たのと脅える気持ちだけでそっちを見ると、帽子をかぶった男の人と似た格好の…長い髪の毛を後ろで束ね、片手に弓を、背中に矢筒を背負った男の人が近づいて来る。


その男の人はふと立ち止まって私たちをジッと見た。


「…何をしているのです」


あれ?


私は顔を上げてよくよくその人を見てみる。男の人にしては声が高い。

それにサンシラ国の男の人にしては体が華奢なような。…ううんよくよく見ると胸は膨らんでいるし、丈の短い裾からのぞく足はスラッとした女の人の長い足だ。


私は震える足で踏ん張って立ちあがって、その女性に向かって駆け出した。


「助けて!あの男たちに襲われているの!」


でも足場も悪いし足は震えているしで転びそうになると、私が男の人と勘違いした女の人は駆け寄ってきて支えてくれて、私はもうこの人を逃がしたら人生が終わってしまうとばかりにくびれた腰にしがみついて泣き続けた。


後ろからは、


「まだ襲ってないんだがなぁ」

「俺なんか口説いただけだぜ、冤罪(えんざい)だ」


という間延びした声が聞こえてくる。


私がしがみついている女性は私の肩を優しく抱えると真っすぐに立たせる。女性の顔を見上げると、女性にしては精悍(せいかん)な目が真っすぐに私を見た。


そしてその精悍な目は呆れと怒りを交えて向こう側にいる男の人たちを睨みつけた。


「何をしようしたのです」


「いや、ほら、少々お相手をな…ああでも他に用事が…」


白髪の男が頭をかきながらモゴモゴと言っていると、女性は私の肩を抱きよせて、


「清純な娘から助けを求められたからには、一時的にでもこの娘は私の庇護下に入りました。もし手を出すとしたら、相手が誰であれ弓を引きましょう」


と怒っているような低い声で言った。


「おお怖。俺降りるわ」


帽子をかぶった男の人は軽い口調でそう言う、シュッとその場から消えてしまった。


「いやしかしな、その娘には用事が…」

「娘をもてあそぶ用事ですか」


「…いや、それは…。それ以外にも用事が…」


女性は素早く矢を弓につがえると白髪の男の人に向かってギッと引いた。


「この距離なら確実に外しません」


白髪の男の人はそんな女性をみて苦笑いしている。


「…こらこら、親に向かってお前…」


親?


弓を引く女性を見るけど、どう見ても白髪の男の人とこの女性は同じような年齢にしか見えない。


女性はキキ、と更に矢を引く。目は真っすぐに白髪の男の人を見据えている。


白髪の男の人はそんな弓を引く女性を見て、やれやれ、とため息をついて肩をすくめた。


「あわよくばお相手願おうとしたのは確かだが、理由があってここに呼んだのだよ。弓を降ろしなさい」


「ここへ呼んだ理由より先に手を出そうとするそのやり口が気に入りません。今宵は私がこの娘を庇護します。用事があるなら明日、あなたの妻と共にこの娘を呼べばよろしい。この娘は貞節観念が強いのですからきっとあなたの妻は気に入ると思いますが?」


「…妻…できるわけないだろう?おお怖い。こんなに怖い娘に育つとは思わなかった」


「あなたと違って真面目なもので」


と言いながら女性はゆっくりと弓を降ろす。


白髪の男の人は私を名残惜しそうに見てくるから、女性の後ろにササッと隠れる。男の人はションボリと肩を落として暗闇の中に消えて行った。


その後ろ姿が消えたのを確認して、女性は私を見る。


「何もされていないな?」

「…ええ、本当にありがとう…」


まだ震える声で女性に頭を下げてお礼を言うと、下げた顔の先に白い手の平が差し出された。


顔を上げると、女性は手を差し出したまま、


「足場が悪い。手につかまりなさい」


と言う。


一瞬悩んだけどまだ全身が恐怖で強ばっているから上手く歩けそうにもない。だからありがたくその手を取った。


その手は暖かくて、その暖かさを感じると襲われかけた恐怖がゆるゆると解けていくよう。


「どこから来た?」


「サンシラ国のゼルス神を祀っている神殿よ。カームァービ山のふもとの…。そこで飛べない白いタカかワシかトンビを助けたらあの男の人がいて、そうしてここに連れて来られて…」


と説明すると、女性は分かっている風で「ああ…」と軽く納得した声を上げた。


「災難だったな…本当に、災難だった」


話しながら歩いて行くと、暗闇の中に石づくりの家が現れて、女性は木の扉をきしませながら中に入ると、何人かの女性たちが出迎えて弓と矢筒を肩から降ろして入口の脇に立てかけたり、あれこれと身の回りのお世話をしている。


「適当にくつろぎなさい」


そう言いながら女性は暖炉に火をつけた。ううん、暖炉に手をかざしただけで火が勝手についたと言った方が正しいのかもしれない。


この人も、あの帽子をかぶった人も魔導士なのかしら。


私を助けてくれた女性を世話をしている女性の一人がどうぞ、と椅子を引いてくれたから私は椅子に座ると、私を助けてくれた女性は私の前に座って陶製のコップを二つ置いて、私のコップにミルクを注いでくれる。


「普段は人などもてなさないのだが、父が招いたというから特別だ」


「…本当にあの人、お父さんなの?」


「ああ。父だ」


女性はそっけなく一言いうとミルクに口をつけ、ふと目を上げた。


「ちなみにここがどこか知っているか?」


少し考えた。


あの男の人に連れ去られた時、あの白髪の男はしっかりと私を胸の内に抱え込んでいたから周りは見えなかったけど、空中を飛んでからあの大きい岩に座るまでの時間を考えると…。


「カームァービ山だと思うけど…」


女性は頷いた。


「そうだ。カームァービ山の人が足を踏み入れてはならない場所だ」


「…うん?」


思わず聞き返した。

女性は私に言い含めるようにもう一度ゆっくりと言った。


「ここは人が足を踏み入れてはならない地とされている。聖域、禁忌の場所、禁足地(きんそくち)…などと呼ばれている。君は今そこにいるんだよ」

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