第8話
果敢な突撃を試みた一同だったが、その勢いは直ぐに途絶えることになった。
これまでの行軍トラブルにより、殆どの生徒は疲れ果てており、体調不良者まで出ていた。
さらにここに来て、山の変わりやすい気候が牙を剥き、体力を奪う日照りが出て来た。
ゴブリン程度、自分たちならば実力で瞬殺できると考えていたカイルは戦略を考えてなかった。
皮肉なことに知性の低いゴブリンたちだったが、上位種であるホブゴブリンの指揮で砦を盾にした戦いを見せた。
皆が苦戦する様子を見て、エリシアは焦れたように叫んだ。
「セレナ、バフをお願い! カイル、援護して!」
魔力供給バフを受け、髪を輝かせたエリシアは空へと舞い上がる。カイルはそれを援護するためにゴブリンを追いやる。
そして、地面を抉る大爆発が起きた。
流石の大火力で多くのゴブリンを葬ったが、ホブゴブリンは何とか耐え、まだ後衛のコボルトたちも残っている。
「もう一度! バフを!」
「はぁ、はぁ……」
エリシアの連続したバフ要求に、セレナは息を切らしていた。
勇者候補である彼女は、誰からも愛され特別扱いされてきた。
戦闘時でもそのお姫様扱い気分のままで、バフ要因が居れば無限にバフを要求し、回復も要求する。他の者がどういう状況かを考える視野が無い。
その時、森に獣の遠吠えが響いた。
「……ブラッド・ウルフ!」
住処を荒らされ、仲間を倒された復讐に燃える獣たちが、砦の戦いに乱入してきた。
「くっ! 次から次へと……お前達、防御陣を取れ!」
「陣って何処に!? どういう風に!?」
「囲まれているわ!」
「もう、無理だ……」
あまりの混戦具合に、戦列は崩壊。
重装備の生徒たちはスタミナを切らし、弓兵は矢を切らし、ヒーラーも魔力を使い果たしていた。
「シスター・セレナ、助けて!」
「回復を!」
取囲んでセレナに手を伸ばす者達の姿は優等生の精鋭パーティではなく、魔王軍のアンデッドのようだった。
「あ、ああ……」
セレナは怯えた。
エリシアの髪色はくすんでいき、カイルは息を切らしながら、熱くなりすぎている。
あの日と同じだ。
彼女は恐怖に負け、エリシアとカイルの前に跪いて涙ながらに叫んだ。
「撤退しましょう! 負けてしまいます!」
「馬鹿な!?ゴブリンごときに撤退だなんて!」
「そうだよ、大人たちがなんて言うと思う!?」
「皆、死んでしまいます!」
学園の英雄たちの錯乱した姿に、他の生徒たちは動揺し、遂に誰かが装備を脱ぎ捨て、背中を見せて逃げた。
才能や血筋に恵まれてようが、所詮は少年少女、烏合の衆だった。
「う、うわあああああああああああ」
「こんなところで死ねない!」
「おい、待て! 戻ってこい!」
結局、戦線は瓦解し、撤退というよりも敗走という形で生徒たちは逃げた。
「馬鹿どもが! クソォ!」
カイルは槍を地面に突き刺し、怒りの叫び声を上げた。
もちろん、砦の攻略は失敗だった。
不幸中の幸いか、死者は出なかったが、パニックになりながら下山する生徒たちの姿は付近の住人に目撃され、名門学園の評判は大きく下がった。
「皆さん、私が取り乱してしまったせいで、申し訳ございません!」
「……行こう、カイル」
「ああ」
学園に戻ったセレナは2人に謝罪をするも、受け入れてもらえなかった。
「何が聖女だ。戦犯だろ」
「教会の品位が落ちるわ」
そして、周囲が冷ややかな目で見ていることに気づき、胸を押さえて苦しんだ。
この絶望をレインは毎日味わっていた、彼に謝る様に告げていた罪悪感を今更感じていた。
(でも、私がしてきたことは間違いと言う訳ではなかった。お二人も必ず分かってくれるはずだし、教会も私を……)
考え込む彼女の頬に、再び水雫が流れた。
「また雨……?」
彼女は上を見上げるが、雨は既に止んでいた。
中途半端に砦を荒らした結果、ゴブリンたちは全滅できず、住処を荒らされた魔物たちは人里に降りた。住民たちは抗議したが、学園は勇者の卵を護ることを決意し、「今回は天候という不測の事態が重なった。生徒たちはよく戦った」と声明を出した。
そして、2人はこの責任を追及されることなく、王都郊外の別荘で休養を取り始めた。
◇
一方、自分を売り込んできたレインに、魔王軍は困惑していた。
しかし、前勇者に魔王を倒されて以来、内輪揉めで魔王不在のまま。
更に、数の多い人間勢力に押され、繁殖能力が低い魔族は数が少なく、猫の手も借りたい状態だった。
雑用係のレインにその実力があるのか半信半疑だったが、魔族士官リゼ・アルフェンの証言もあり、魔族らは彼に次期勇者候補エリシアとその右腕カイルの始末を成功報酬金塊10個で依頼した。
もっとも期待しておらず、鉄砲玉のつもりでかすり傷でも付けられたら御の字というぐらいだった。
参謀たちから責任者を押し付けられたリゼは、レインに監視として部下のクルリをつけた。
その少女は背丈の小さな地味な見た目の下級魔族で、人間世界に潜伏するために魔族の象徴である角を根元から斬りおとしてあった。
「リゼ様の命令は絶対だ。ふ、不審な動きをしたら撃ち抜くからな!」
彼女は人間嫌いであり、レインに四六時中杖を突きつける程警戒していた。
が、彼は眼中に無いかのように振る舞い、まるで気にしていない。
気が狂っている。しかし、幼馴染たちの足取りや世間の噂話を収集し、抜け目ない計画を練り上げている。その矛盾がクルリに恐怖心と僅かな興味を持たせる。
何処か嬉々としているように見えるその横顔を見て、彼女は思わず疑問を呟いてしまった。
「何があったら、そこまで幼馴染を恨めるんだ……」
すると、それを耳にしたレインは彼女の目を初めて見据えた。
「聞きたいか? 」
「ひっ」
クルリが見た彼の瞳は世界中の闇を凝縮したように真っ黒で、飲み込まれてしまいそうな程深かった。




