第15話
魔王軍拠点の洋館の最上階『評議の間』
部屋の中央には深紅の絨毯が敷かれ、その両脇には革張りのソファが向かい合うように並べられている。重厚な木製の柱と壁に飾られた紋章が、この場の権威を静かに物語っていた。
最奥の上座には魔王の為の椅子が鎮座しているが、そこは空席だ。
「キリシアン様の御入来!」
評議の間のドアが衛兵の魔族の手により、開け放たれる。
現れたのは、女と見間違えるような美しい長髪を持つ美男子だった。
灰色を基調に、赤の繊細な意匠が施された礼装、その上からの漆黒のマントは彼の威厳を高めている。
もっとも、見た目年齢であり、魔族の大幹部である彼は数百歳を越している。
「お帰りなさいませ」
「ようこそ、お戻りに」
「キリシアン閣下」
小幹部たちが一斉に立ち上がり、恭しく礼をする。
キリシアンとその部下たちは礼や労いを返すことなく、堂々と中央の絨毯の上を歩く。
魔王の席の一つ前、参謀の席のリゼが立ち上がり、深く礼をした。
「キリシアン様、お帰りをお待ちしておりました」
「ほぅ。リゼ・アルフェン。まさか、貴公が参謀とは……落ちこぼれが良くぞ成り上がったものよ」
明らかな嘲笑の言葉を前にしても、彼女は姿勢一つ変えずに、頭を下げ続けた。
「ふん。やはり、私が居ないと魔王軍は烏合の衆と言う訳か。良いだろう、参謀の席に座るがいい。その代わり、魔王の席は私のものだ」
「は? キリシアン様、それは……!?」
幾ら、かつての大幹部と言えど、勝手に魔王の座に座るなど許されない。リゼは思わず、声を荒げるが、止めることは出来ない。他の魔族たちもだ。
キリシアンは迷わず、魔王の高座へと進んでいく。
だが、栄光の玉座にあと一歩の所で、彼の前に1人が立ちはだかった。
「……誰か?」
「こちらの台詞だよね。それ? アンタ誰だよ? いきなり来て、頭も下げない。礼も言わない。で、何処座ろうとしているんだよ。なぁ」
「貴様、こちらの方を誰と心得るか!」
キリシアンの部下が顔を真っ赤にして叫ぶ。
此処で、キリシアンは噂を思い出した。
「魔王軍が人間を雇ったと聞いたが、この男の事か? リゼ・アルフェン、貴様、この失態をどう償うつもりだ?」
「いや、それは……なんとお詫びすればいいか。 レイン殿、止めろ! レイン」
リゼの焦った声を聞いたレインは、仕方なさそうに笑う。そして、評議の間にいる全ての魔族に見せつけるように、両腕を広げた。
「俺は此処に最初からいるアンタたちの為に、勇気を振り絞っているんじゃない。先の大幹部たちは内輪もめを残し、収拾がつかなくなったら家出。そして、魔王軍がまとまり出してから出戻り。挙句、魔王になるとかほざく。 俺はちょっと許せないかな」
この場でレインに同調するような魔族は居なかったが、幾らかの魔族が目を伏せる。やはり、思うところがあるようだ。
お前もそう思うだろうと、レインはリゼの目を見る。彼女は目を見開いた後、顔を伏せた。
キリシアンの副官が怒号を放つ。
「黙れ! キリシアン様の威光を知らない愚か者め! キリシアン様はかつて魔王軍の遠征軍を率い、難攻不落と謳われた人魔国境の要塞を陥落させた御方! それにかつての勇者に一太刀を加えた。あの戦いではキリシアン様は――」
「長い。最終的には『負けた』んだろ? もっと要約しろよ、副官なら」
「貴様!」
「いや、いい。レインとか言ったか」
副官を制して、キリシアンがレインの前に出る。
「君の言葉は――」
長身の彼はレインを見下し、こう告げた。
「五月蠅い」
「クルリ」
キリシアンがマントの影から魔剣『傲冠』を繰り出すのと、レインがリゼの背後に立っていたクルリに指示を出すのは同時だった。
レインはクルリから受け取った剣で、魔剣を受け止めるが、魔の力を宿す魔剣が押し潰そうとする。
「はっ、惨めな剣よ」
「レイン様、あの剣を使いますか?」
「いや、一度負けた相手の武器を使っちゃあかわいそうでしょ。 いつもので」
「はい!」
クルリは何時ものように、斧や弓などを投げ渡し、レインがそれをかわるがわるに使い分ける。
魔剣『傲冠』が唸りを上げ、レインの手にした斧を弾き飛ばす。だが、間髪入れずに投じられた短剣をキリシアンは身を翻して躱し、直後に振り下ろされた弓の一撃を剣で受け止めた。
「小癪な。一つの武器を愛でられないとは武人の風上にも置けん」
「単細胞だから、一つしか覚えられなかったの間違いだろ?」
「赦さん」
火花が散り、深紅の絨毯を踏み砕くほどの衝撃が評議の間を揺るがした。他の魔族たちはあまりに早さに割って入ることも出来なかった。
評議の間のガラスが戦いの風圧で割れ、それでも2人がもう一度、ぶつかり合おうとした時だった。
リゼが間に割って入った。
2人とも寸前で刃を止める。
「2人ともその辺で。キリシアン様。部下の無礼は深くお詫びいたします」
「貴様。アルフェンの娘だからと言って、それで済むと思っているのか?」
「この部屋の管理は私の仕切りです。破損を見過ごすことは出来ません。それに……」
リゼは声を潜め、他の誰にも、レインにも聞かれないようにひそかにキリシアンに囁いた。
「閣下程のお方が手間取るとは思えません、ご調子が悪いのでしょう? ですが、これ以上、人間との決着が長引けば、キリシアン様の実力を疑う無礼者もでてくるやもしれません」
「……」
「私としても、レインという男は厄介なのです。一筋縄ではいかない男です。どうか、相談させてください。閣下」
「良いだろう」
2人の間で取り決めが成立し、リゼはレインに命じる。
「レイン、帰るんだ」
「不完全燃焼なんだけどな。まぁ、リゼ様閣下がそうおっしゃられるのなら仕方ない」
レインはリゼとキリシアンの2人に恭しく頭を下げると、クルリを連れ立って出ていった。




