第14話
魔王軍支配下の人里には細々とした集落がいくつかあり、その最奥にはどうも似つかわしくない別荘があった。
魔王軍参謀の右腕、レインの拠点だ。
「レイン様、おはようございます。お食事の準備はできております」
「おう、ありがとう」
遅い時間に起床したレインを、メイド服姿のクルリが恭しく出迎える。
彼女の言うとおり、リビングテーブルにはベーコン、白パン、新鮮な青野菜のサラダ・果物。更には珈琲に、オレンジジュース。貴族に匹敵するフルコースの朝食が用意されていた。
ベーコンの焼き加減も、珈琲のミルクの塩梅もレインの好み通りだ。
「いいね」
「ありがたきお言葉」
レインは勇者の剣を使えるようになり、無敵になるかと思われた。
が、それにはデメリットがあった。
かなりの身体の消耗をもたらすのだ。
レインは魔族と勇者の掛け持ちをしようとした女神様が怒っているのだろうと笑っているが、実際のところは分からない。
学園襲撃の際に、レインが最後に勇者の剣を使ったのは興が乗ったのと、王国への威嚇の為だ。
しかし、明らかな勝利が決まった後で、配下のクルリも、リゼもいると言う万全の状況でのみ使用した。
それでも、レインは襲撃後、暫く睡眠時間が増えていた。
彼女の仕事は文字通り、自分の全てを用いて、彼を癒すこと。レインの食欲・睡眠欲・性欲、3大欲求を満たす。
しかし、食卓に座ったレインは少し物足りなさそうな顔をした。
「レ、レイン様。何かご不満が」
「いや、誰かと一緒に食べたいなって思って。座れよ、一緒に食べよう」
「しかし、私のような従者ごときが……」
「何を言っているんだよ? 俺たちは大切な仲間じゃないか。 それに1人で食べていると苦しい時を思い出すんだ」
その言葉を聞くと、クルリは口を手で覆い、それでも歓喜を隠せない表情を見せた。
「レイン様……! 失礼いたしました。では、僭越ながら私がご一緒させていただきます」
実のところ、レインの言葉は1割くらい本心で、あとは目の前の可愛らしい魔族を弄んでいるだけだった。
2人はつつましやかに食事をしながら、静かに言葉を交わす。
「そういえば、あれはどうだ? 此処の集落で販売している新しい魔草」
「はい。担当の者によると、王都への密輸は成功し、莫大な利益を確保したようです」
「それは良かった。あの草は人を幸せにする。みんな笑顔になる。良いことだ。……そして、その草が無くなると、不幸せになり、苦しくなる。また欲しくなる。良いビジネスだ。
俺の言った販売経路は守っているか?」
「ええ。価格をかなり高額に設定し、貴族や王国役人幹部にしか出回らないようにしております」
「いいね。今日の予定は?」
「魔王軍会議に出席してほしいと、リゼ様から」
彼女がリゼの名前を呼ぶとき、少しだけ顔を歪める。
敵対しているのではなく、どちらかというと、レインの近くの女として若干の警戒心と嫉妬を抱いている。
「本日の会議には、かつて魔王軍から去った大幹部の一人キリシアン様が戻られるようです。
レイン様がお疲れのようであれば、欠席と私の方から……」
「いや、今回は行こうかな。毎度欠席ばかりじゃあ、リゼ様にちょっと申し訳ないしね」
彼は朝食を平らげ、席を立つと、クルリに微笑んだ。
「それにキリシアン様とやらにご挨拶申し上げないと」
◇
「今回は来るのだな」
リゼの執務室に訪れると、彼女は不満そうな口を聞いた。
「いつも行きたいとは思っているけど、身体が重くてさ」
「……戦闘の際には鬼神の様な働きをしてくれるので大目に見る。が、キリシアン様は高貴なお方であり、人間を好ましく思っていない」
会議前の彼女はどこか緊張していた。
「思ったんだけど、魔族は全員人間嫌いじゃあないのか。リゼ様は? 多種多様性に理解のある進んだお方なのかな?」
「馬鹿にするな。私も人間は愚かだと思っている。が、皆殺しにするのは違う。魔族が人間を管理することだって可能だ」
共存ではなく、あくまで魔族優位の社会に、リゼという魔族がちゃんと魔族でレインはほっとした。
彼女は話は十分と立ち上がる。
「では、行こうか」
「リゼ様は幹部が帰ってくるのは嬉しいのか?」
「当たり前だ。魔王軍が復活していることの表れだ。キリシアン様は実力者でもある」
「自分の参謀という立場が揺れても?」
レインの言葉に彼女の足が止まる。
やや、遅れて短い言葉を発した。
「当然だ。それが魔王軍の為になるなら」




