第12話
「ど、どうして、あなたが……」
動揺と衝撃の中、セレナはか細い声を辛うじて出した。
違うと思いたかったが、間違いなくレインだった。
彼の横に居た背の高い方の魔族、リゼがやや焦る様に耳打ちした。
「レイン殿。目的は達成した。もう撤退時間だ」
「ああ。悪いね。リゼ《《参謀》》代行閣下。馴染みがいたもので、挨拶をね。先に他の連中を撤退させておいて」
「……承知した。あまり時間をかけるな」
魔族とレインのやり取りを聞き、セレナは更に困惑した。
横にいる魔族は魔王軍の立派な軍服を着ている明らかな高級幹部だ。しかし、レインの口調は彼女を敬っている様子には見えず、魔族も渋々ながらそれを受け入れている。
それどころか、レインが魔族を圧倒しているように見える。
(レインさんの頭脳を魔王軍が受け入れた?
いえ、参謀はあの魔族、だとすれば)
「俺は魔王軍の鉄砲玉だよ」
セレナの心を読むように、レインはあっけらかんと答えた。
久方ぶりにあった友人に近状を報告するかのような彼の態度に、詰め掛けた冒険者や騎士たちはどよめく。
「悪の力を手に入れたというのか?」
「セレナ様、奴はあのレインなのですか!?」
セレナはレインの関係者として質問責めに遭い、顔をしかめた。
魔力を使いすぎる迂闊なエリシア、熱くなりすぎ向こう見ずなカイル、そしてセレナにもメンタルの弱さという弱点があった。
肝心な時に決断できない、シビアな状態での思考力低下。
(私の見立てだと、レインさんは真の勇者。だとすれば)
「奴は魔族の手先なのか!?」
「い、いえ。彼は勇者かも……」
「何を言っているのですか!?」
「そ、そうではなくて」
「じゃあ、俺は帰るから」
押し問答するセレナを尻目に、レインと背の低い魔族は舞台の上で踵を返そうとしていた。
「逃がすものか!」
幾らかの勇敢な者達が、レインを追おうと舞台に躍り出た。
彼らはレインを取り囲み、今にも飛び掛かろうとしていた。
それを見て、レインは困ったような顔でセレナに顔を向けた。
「別に俺も全員を殺しに来たわけじゃないんだ。幼馴染の仇とか言って、魔族領に攻め入ろうとした馬鹿どもにお灸を据えるのが俺の仕事だからさ。昔のよしみだろ。退くように言ってくれよ」
「わ、私が!?」
「無用な殺生は避けるべきだ。お前が」
セレナははっとした。
これまでレインは人が変わってしまったような粗暴で嘲るような口調だったが、その言葉だけは彼女の記憶通りの口調だった。
暴走しそうなパーティを窘め、落ち着かせる為の口調。
「シスター・セレナ! あの男の言うことを聞けと!?」
「何を考えている!?」「お前も魔族の仲間か!」
が、しかし、セレナは再び周りからの口撃を浴び、黙りこくってしまった。
そんな彼女を、レインはこうなることが分かっていたかのような、つまらなそうな目で見た。
そして、視界を自らを取り囲む軍勢へと移した。
「我の名はウォンジー! 大陸の義勇軍団団長である!」
「私はハルベルト、A級冒険者だ。抵抗はやめろ」
しかし、レインが降伏する様子を見せることはなく、ウォンジーが斧を振り下ろす。
だが、レインは紙一重でかわし、懐へ潜り込む。一撃。巨体が吹き飛んだ。
「レイン様、こちらを」
クルリがローブへ手を入れる。マジックボックスと化したローブから、剣、ナイフ、槍が次々と飛び出し、レインの手へ収まっていく。
「あの槍、カイル殿のだぞ!」
「魔族が援護に徹すると言うのか!?」
「助かる、クルリ」
剣を投げ捨て、槍を振るう。迫る冒険者たちをまとめて薙ぎ払い、魔導爆雷を放って後衛を吹き飛ばす。
「囲め!」
もう、誰もレインのことを劣等生と思わず、全力で掛かる。しかし、捉えることすらできない。
「遅い」
「ぐぬぅ!」
「団長!」
背後へ回り込み、剣の柄で一人を倒す。続けざまに槍を投げ、三人を地面へ縫い止める。
「クルリ、次」
「仰せのままに、レイン様!」
恭しい礼と共に、巨大な戦斧が投げ渡される。
レインはそれを片手で振り抜いた。
轟音。
最後まで立っていたハルベルトさえ吹き飛び、周囲は静まり返った。
「終わりだ」
立っている者は、もう誰もいなかった。
集まった群衆たちに倒れた彼らほどの実力や勇気を持っている者はおらず、誰もがじりじりと後ろに下がり、恐怖で嗚咽すらも聞こえていた。
そんな中、セレナは立ち上がった。
「レインさん、いけません!」
「何が? いや、どれが?」
「その戦い方です!」
怯え切っていた彼女だったが、レインの戦い方を見て、強烈な違和感を感じた。
彼女は、レインの傍らの小さな魔族クルリを指し示した。
「魔族の少女をまるで召使のように使う。それは幼馴染たちがやっていたことと同じこと! そうではありませんか! 」
セレナとしては、鋭い正論を言ったつもりだった。
戦闘中に荷物持ち、まるで、レインが受けて来た仕打ちだ。
嫌なことをされても、別の誰かにしてしまっては駄目。教会のもっとも単純な教えだ。
が、この言葉は当のクルリを激高させた。
「勘違いするな!」
「ぐはっ!?」
低級魔族の魔弾攻撃とはいえ、セレナは戦闘力が無く、まさか攻撃されるとは思ってなかった彼女は腹に重い一撃を受け、床に倒れてむせ返ってしまった。
「な、何故……私はあなたのことを思って」
「価値の押し付けだ。このクルリ、既にレイン様に忠誠を誓った身。このお方に尽くす時ほどの幸福はない!」
「止せ。クルリ。奴は狡猾だぞ」
レインがクルリを窘める時に、『狡猾』といった言葉を使い、セレナは困惑する。
「狡猾? わ、私が?」
「今だってそうだ。 実力のある冒険者が俺と対峙して、勝つか負けるかを見定めたんだ。連中が勝ってくれれば、万々歳ってとこだったんだろうな。そして、上手く行かなかったので、交渉だ」
「なっ!? 私はそんなことをしていません!」
セレナは愕然とし、首を横に振るが、レインはいやいやと苦笑する。
「散々、俺に謝らせて場を収めて来たのに何を今更。落ち着けよ。俺はお前に世の中を生きるための狡猾さを教えてもらって感謝してるんだ。少なくとも、幼馴染共よりは役に立ってる。
だから、お礼に見せてやるよ」
レインが、クルリに合図を出すと彼女は跪いてローブの中から震える手で一つの剣を取り出した。どこか、錆びていて薄汚いその剣は厳重に鞘に収まっていた。
差し出されたそれをレインが鞘から引き抜くと、信じられない輝きを見せた。
セレナはそれを見て、愕然と絶望、そして自分が間違っていなかったことを知った。
「ゆ、勇者の剣……!」
「ああ、遺跡の床に突き刺さってたから、引っこ抜いてきた。教会の人間なら知っているだろう?」
「真の勇者にしか引き抜けない」
「ああ。お前はあっていたんだよ」
そう言うと、レインはそれを構えた。
何が何だか分からない他の者達を置いて、セレナは必死に自分に防護魔法を重ねがけし、野生動物のように頭を庇いうずくまった。
次の瞬間、津波の様な魔力の波が講堂を襲った。
「眩しい!」「身体が溶けそう!」「うっ――!?」
「うぁぁぁ……!」
セレナにも熱波が襲う。人々の断末魔は聞こえなくなり、鼓膜を焼き尽くすような轟音が響いた。
数十秒、視界が闇に包まれた後、彼女はゆっくりと覚醒する。
仰向けになった彼女が見たものは、呑気な青空だった。
他に生存者の気配はなかった。
「嘘。講堂ごと、跡形もなく……」
「当然だ。大魔王戦略兵器でもある。これぐらいしてもらわないとな」
自分につかつかと歩み寄る足音に、セレナは恐怖の悲鳴を上げ、失禁してしまった。
だが、寸前でそれが止まった。
「レイン殿。作戦予定時間終了だ。帰還するぞ。
……予定外に暴れないでくれ。部下たちに示しがつかない」
「待って。レイン様が裁きを下される」
「いや、リゼ様のおっしゃる通りだ。帰ろう。それに、こいつには利用価値がある。
セレナ、お前の狡猾さに免じて今回は見逃してやる」
遠ざかっていく足音に、セレナは安堵と恐怖を抱きながら、気を失った。
「ふっ、困ると気を失うところまで変わってない」
◇
アルディア王国での戦いを終えた後、レインはクルリと共に魔王軍支配下の人間の村に戻っていた。
ここにある屋敷が彼らの拠点である。
魔族に支配され、けれども価値がないから人間は助けに来ない。此処に住む人々は傲慢で考えなしの小物の魔族に支配されてきたが、その魔族は粛清の名のもとにレインに消された。
代わりに領主になったレインは魔王軍の殺し屋として手にした資金を村民達に配り、荒れた畑を整備させ、住居を与えた。
人々に安寧を与える代わりに、レインは彼らに王国の密偵を命じた。王国に見捨てられた彼らは喜んでレインに協力し、得られた情報は今回の王国強襲へと繋がった。
村民たちが作り上げた立派な屋敷の寝室で、レインはクルリと共にベッドに居た。
横で安らかな寝息を立てる彼女とは対照的に、レインはどうも眠れなかった。
復讐の愚かさを知ったのではなく、ぼうっと次は何をしようと考えているだけだ。
その時、クルリが寝言を呟いた。
「私はレイン様に……なっていただきたいのです」
その寝言に、レインは一瞬真顔になった後、声を殺して笑った。
「いいねぇ」




