↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
11/16

第11話


 魔王軍領ヴァルガス。

 そこには魔王軍幹部会議で用いられる古びた洋館がある。

 昔は風情があったが今は草木が生い茂る庭園を、魔族士官リゼが息を切らして走っていた。

 彼女が追いかける背中は、レインだった。


「待て!」


 振り返った彼の表情は、悩み事をすべて解決したかのようにすっきりとしており、人畜無害な青年にしか見えなかった。


「ん? ああ。久しぶり。あんたと仕事ができて良かったよ。

 約束の金塊ももらえたし、魔族っていうのは案外良い奴らだな。

 色んな魔族から殺しっぷりを褒められたよ」

「何を……貴様、あの殺しはなんだ!?」


 彼女はその男に腹の底が冷えるような恐怖を感じながら、レインに詰め寄った。

 事件から数日後、連絡が取れないと学園から通報を受けた騎士団はエリシアたちの亡骸を発見した。

 その惨状は凄まじかった。

 魔族の暗殺や襲撃というより、暴漢に襲われたような陰惨な光景だった。

 

「貴様には騎士道はないのか!?」

「ない。

 あれはちょっとした偽装だ。狙った通り、殺しのおかげで、騎士団は犯人探しに苦労してるらしい。 ははは、勇者様が暴漢に襲われて死ぬなんて想定外、目星を付けられるわけない。

 あんたも魔族だろ、笑えよ」

「あ、あんなふうにしろとは命令してない! 貴様は私の部下として動いたんだ!」

「だったら、部下の働きを褒めてくださいよ。あんただって責任者として、褒美があったと聞くけど?」

「うっ」


 鋭い指摘を受け、リゼは言葉を詰まらせた。彼女は一度咳払いした後、冷静な口調に戻した。


「……《《大幹部の中には騎士道を重んじる方も多い》》。そういうことだ。もう行っていい」 


 レインがふっと笑って背中を向けるのを待った後、彼女はごくりと唾を呑み、懐のレイピアに手を伸ばした。

 その瞬間、目の前の男が振り返った。


「殺気を隠すのが下手すぎだ」

「なっ!?」

「あと、周りが見えてないな」


 恐怖で震えあがる彼女のすらりとした背中に、木の感触がした。

 おそるおそる振り返った先には、彼女の部下がいた。


「クルリ!? 監視の連絡も寄越さずに何をしていた?

 何故、私に杖を向けている!?」

「ふふ」

「怒らないでやってくれよ。彼女は俺の為に行動したんだからな」

「な!? 裏切ったのか!?」


 いつも、おどおどとしていた頼りない下級魔族のクルリだったが、今のその表情は微笑を浮かべており、読めない。

 困惑のするリゼに、レインは《《幼馴染を諭すかのような口調》》で語った。


「裏切ったのは、あんただよ。リゼ・アルフェン」

「どういうことだ?」

「あんたはお世辞にも、仕事のできる士官ではなかった。でも、名家出身だから、誰も責められなかった。代わりに責められたのはこの子だ」

「し、知らなかった」

「それで済むと思うのか? 

 かわいそうに、少ない給料を故郷の弟たちに仕送りしているんだって。

 俺が金塊を一つ渡して、身の上話をしたら、彼女も同情して泣いてくれたよ。

 可愛くて、健気で、いい子だよな。こんな小さな体で、俺の傷を一生懸命舐めてくれるんだ。ベッドの上で」


「なっ!?」


 レインの惚気話にリゼは赤面し、絶句する。

 振り返るとクルリは彼女が見たことのない雌の顔をしていた。


「クルリ、人間が嫌いだったんじゃ」

「黙って。レイン様は誰よりも優しくて、強い。特別」

「さて、こんな慕ってくれる女の子を酷い目に合わせて、俺の努力も褒めてくれない。お前はまるで幼馴染《あいつら》みたいだ」


 両方からの焼き尽くすような殺気を受け、リゼは焦燥する。

 彼女の実力は低かったが、身の程を弁えていた。

 勝てない、そう確信しつつも、魔族の意地を見せた。


「殺せ!」

「なるほど。覚悟はあるのか。

 でもな、自分で人間に仕事を依頼しておいて、やり方が気に食わないから切り捨てようとする。あんたにしては随分短絡的に見える。

 次はお前が鉄砲玉か? 誰の指示だ?」

「ま、魔王軍にとって、命令は絶対だ……舐めるな。私も魔族の士官。殺すがいい!」

「へえ」


 リゼの震える喉に、レインの手がかけられ、締め付けられて身体ごと持ち上げられる。

 彼女は目を瞑って、覚悟を決めた。

 が、想像を絶する苦しさに、覚悟が薄れ始めて、目を開けた。


「かはっ!ま、待って」

「死にたくないのか?」

「まだ……お、お願いです」

「死にたくないなら俺に忠誠を誓え。

 指示したのは?」

「ま、魔王軍参謀、ローレン・マルク団長です。酷く、人間嫌いの」


 彼女が指示役の名前を告げると、レインは手を離した。


「がはっ! はぁ、はぁ……」

「いや、良かった。殺さなくて良かったよ。あんたは俺に仕事をくれた大事なパートナーなんだからな。

 じゃあ、立て。行くぞ」

「行くって、何処に?」

「ローレン・マルクを殺しに行くぞ」


 絶句するリゼを置いて、洋館に歩き出すレイン。それをぴったりと傍で追いかけるクルリ。

 リゼは迷ったが、もはや、ついていかない道はない。


 此処に新たなパーティが誕生してしまった。


 ◇


 3年後。

 聖王国アルディア王都、アルディア正教会にて。


「また懺悔ですか、シスター・セレナ」

「司祭様……」


 アークレイド勇者学院を卒業したセレナは修道院でシスターを務めていた。

 勇者パーティの優れたヒーラーとして、活躍が期待された彼女だったが、あの陰惨な事件により仲間たちは亡くなり、修道院に身を寄せていた。


「あなたは悪くないのですよ」

「しかし、私が皆様を仲裁していれば。

 レインさんと」

「言ってはなりません、その名を!」


 司祭はぴしゃりと彼女を叱った。

 当初、パーティを追い出されたレインによる犯行という説が王都を流れていた。

 しかし、劣等生が勇者候補2人相手に勝つとは考えられず、行方も知れなかったので都市伝説の様なものだった。

 それでも、レインというのは不吉な存在であり、多くの学園関係者は今でも彼を憎んでいた。


「今日はエリシア様とカイル様の命日です。祈りましょう」

「はい」


 エリシアたちの死後、彼女の様な秀でた勇者候補は現れなかった。

 彼女はシスターの責務に日々精進しながらも、周りの目を盗んで密かに勇者誕生に関する研究をしていた。

 歴史から見るに初代勇者が述べていたように、勇者たちは大きな苦労に直面し、それに屈しなかった者が勇者として覚醒し、力を得ている。

 教会の教えに敬虔な者に神からの祝福が舞い降りるとされているが、実際には教会の布教の為の後付けの教えだった。

 『どんな困難にも挫けず、苦しみを耐えた者だけが勇者になれる』文字通り、その心情や境遇に関わらず、単純にその条件を満たした者に仕組み(システム)的に力を与えているだけではないか。

 彼女は神に祈りを捧げる身でありながら、神を疑っていた。

 

(もし、本当に魔族を倒してたとすれば、レインさんが真の勇者。そして、次の勇者が現れないということは……彼は今もどこかで)


「ところで、今日、アークレイド勇者学院で元生徒達による集まりがあると聞きました。セレナは行かないのですか?」

「い、いえ、私はもう」


 皆で彼女の意志を引き継ごうという元同級生達が集まり、魔族を討伐する遠征に出ようとしていた。

 今日はその決起集会だった。


「大変です! 司祭様! シスター・セレナ!」


 その時、突然、シスターが慌てながら教会に飛び込んできた。


「アークレイド勇者学院に魔族の襲撃です!」

「なんですって!?」

「多くの死傷者が出ているようです!」


 それを聞いたセレナは立ち上がった。


「私が行きます!」


 セレナは救援の為に立ち上がった騎士や腕利き冒険者たちと合流すると、急いで学園に向かった。


「東の方からも煙が上がっているぞ!」

「騎士団の詰め所だ……魔族め!」

「橋が落とされている!」


 エリシアの死後、魔王軍の活動は低調だった。

 だが、今日は違う。

 重要な道路や拠点が潰され、王都中が大混乱に陥っている。

 魔王不在だった魔王軍にしては、明らかに統率の取れた動き。

 寄せ集めのパーティでは混乱し、到着に時間がかかってしまった。


(くっ、レインさんが居てくれれば!)


 セレナは変わり果てた母校の姿に言葉を失いながらも、他の者達と学園の講堂に突入した。


「うっ、これは」

「なんてことだ。生き残りは居ないのか」


 講堂の中の内壁や柱は破壊しつくされ、灯は落とされて、真っ暗だった。

 暗くてもわかるほど、死臭が充満して、大勢が床に倒れていた。

 その殆どは息が無く、弓・剣・斧・拳の痕跡があった。


「大勢の魔族が居るのか!?」

「まさか、エリシア様をやった犯人なんじゃ……!」


 人々は恐怖にかられつつも、魔族は現れることなく、講堂内のホールに辿り着いた。


「皆さん。ここで決起集会が開かれていた筈です。覚悟はよろしいですか?」

「あ、ああ!」

「エリシア様の為に!」


 騎士、冒険者がなだれ込み、セレナも覚悟を決めて、突入する。


「暗い……光よ!」


 彼女の生み出した光が、暗闇のホールを照らす。

 劇場の様なホールの観客席には逃げようとした人々が転がっていた。

 そして、ステージには《《彼》》に立ち向かおうとした勇敢な人々が敗れ、積み重なり山になっていた。


「見ろ!」


 人の山の両隣には魔族が居た。

 片方は背が高くすらりとした軍服姿の魔族。が、この惨劇を引き起こした者にしては覇気がなく、その所業に言葉を失っているようにすら見えた。

 もう1人は背が低く、実戦的な魔術師のローブを羽織っていた。


「皆さん、注意してください! 彼女も魔族です!」


 彼女には角が無かったが、魔族特有の魔力を宿していた。直立不動で恭しく起立しており、まるで近くに忠誠を誓う主がいるかのようだった。


 セレナは目を凝らした。

 そして、中央の人の山に鎮座する男がいることに気づいた。

 自らが放った光がゆっくりと降りてきて、その男の姿を照らした時、彼女は目を見開き、生まれたての小鹿のようにがくがくと身体を震わせた。


「あ、ああ……」

「シスター・セレナ?」

「なんで? どうして……あなたが……」


 魔族を従え、人の山に座る男――レインは彼女の記憶通りの人畜無害そうな落ち着いた笑みを見せた。


「よお」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。