第10話
「そんな、嘘でしょ。私たちの攻撃が効かないなんて」
「エリシア、リビングまで後退するんだ! 狭い箇所だから上手く決まらなかっただけだ」
背中を見せる幼馴染達に対して、レインは失笑する。
上手く行かないことがあったらいつも環境のせいにして、戦い方を工夫しようとしない。
いつもパーティの後ろをゆっくり歩いてきたのとは、対照的にレインはカツカツと威圧的な足音を立てながら二人の後を追う。
「俺に任せろ!」
カイルはリビングまでの狭い廊下で、レインと対峙して槍を構える。
狭い空間では槍の牽制攻撃が有利の筈だが、レインは剣捌きでいともたやすく弾き続ける。
「くっ!」
「私が!」
エリシアが飛び上がり、杖の先に光魔法を充填する。
それを予見していたレインは剣から素早く、弓に持ち替えると、素早い乱れ打ちを放つ。
矢が彼女の肩を貫き、桃色に発光する髪が色あせる。
「んぅ!」
「エリシア! よくもぉ! ぐはっ!」
カイルが激昂して、感情のままに放った槍は勢い余って虚空を貫く。
前のめりに体勢を崩した彼を、レインは無造作に蹴りつける。
エリシア共々、リビングに叩きつけてられる。
「こんな筈は……レイン、魔族と契約して力を手に入れたんでしょ!?」
「そんな御伽噺みたいなことあるかよ。
結んだ契約はお前ら2人の命と金塊10個。それまでの宿代はあっちもちってところだ」
「嘘をつくな! 剣や弓、斧まで使えるなんて……劣等生が俺たちを圧倒できるわけない!」
「色々やらせたのは、お前だろうが!」
レインは叫び共に、剣を一閃させ、カイルに深い傷を与える。
更に、キッチンに放置されていたキッチンナイフを手に取ると、逆手に持ち、ザクザクと刺した。
「ぐあああああああっ!」
「こ、こんな酷い戦い方っ!」
――余談だが、初代勇者は奇跡の力であらゆるものを武器にし、魔族と渡り合ったという。
カイルが血の海に倒れる。
エリシアは魔力を最大限に引き出し、宙に浮遊した。
桃色に輝く髪と白いレースの衣装は、真っ黒な雨合羽を着ているレインとは対照的に、天使のように見えた。
「ホーリー・ライト! アストラル・ブレイザー!」
杖から強力な光弾を連射し、星の力を凝縮した光刃を放つ。
一流宮廷魔術師でも困難なA級魔法を連発する、彼女の才能は本物だった。
が、レインは弓で迫る光弾を撃ち落とし、斧で光刃を切り裂いて見せた。
「ホーリー・ジャッジメント!」
彼女は自分の持てる最大の魔法を繰り出す。
掲げた杖の上に眩い巨大な聖光が現れる。
狙うは悪魔の様な黒い影。
「当たってええええええええええ!」
祈りの叫びと共に、部屋が閃光に包まれ、何も見えなくなる。
「うっ……倒したの?」
彼女が閃光からゆっくりと目を開けると、そこには雨合羽がつぶれたカエルのように落ちていた。
「やった、やったよ! カイル! あいつ倒した!」
「ふふ、状況判断を怠るのは、変わらないな」
「ひっ」
彼女が声のする背後を振り返ると、そこには合羽を脱ぎ捨てた制服姿のレインがいた。彼は片腕で瀕死のカイルの首を締め上げ、人質にしていた。
「は、放せ……!」
「どうしてこんな酷いことが出来るの!?」
「俺もお前達にずっとそう思ってたよ。ようやく気持ちが通じ合えたな。
確かに、2人も殺すのは酷い。1人にしてやる。選べ」
レインの突然の提案に、2人は顔を見合わせた。
カイルはとても戦える状態ではなく、エリシアも魔力がつきかけており、膝をついていた。
幼馴染を護るため、カイルは自らが犠牲になることを宣言しようとした。
「お、俺が犠牲に……! いや、俺達は負けない! そうだよな、エリシア!」
が、途中で恐怖に負け、言葉を変えてしまった。
それを悟ったエリシアは俯くと、杖を床に置いた。
「エリシア!?」
「レイン、今までごめんなさい。だから、カイルだけでも――」
罪を償い降参、と、見せかけ
「スターライド・ロード!」
最後に残された魔力で、杖から閃光を放った。
「え?」
間の抜けた声を上げたのは、カイルだった。
迸る光は彼を避けることなく、レイン共々消し去ろうとしていた。
「ぐわああああああああああああああああああああ、熱い!熱い!」
光はカイルを焼き、その後ろのレインに届く前に消滅した。
二人を貫くだけの力はもうなかった。
無情にも裏切りの炎で焼かれたカイルは表面が焦げたトーストのように黒くなり、朽ちた。
魔力と気力が切れ、エリシアもぺたりと倒れこんだ。
桃色の髪はすっかりと地毛の田舎娘らしい茶髪に戻っていた。
「あ、ああ……」
「変わらないな。
魔力を使いすぎ、思い付きの咄嗟の戦法を繰り出し、失敗する。
俺の言う事を少しでも聞いていたらな」
「お願いッ! 見逃して!」
彼はエリシアの必死の命乞いを聞き流しながら、テーブルに置いてあった空のワイン瓶を持ち上げ、叩きつけ凶器の形に割った。
「嫌だね。
お前らを殺せば、金が待っている。金を貰えなくても、殺したくて仕方ないのに」
エリシアは床に刺さったナイフを持ち上げ、彼に投げつける。レインの頬に一筋の血が流れる。
「痛いじゃん」
「見逃してって! お願い!」
「命乞いするか、戦うかどっちかにしろよ。 なぁ!?」
レインは瓶を振り下ろす。咄嗟にガードに使った杖はいともたやすく折れ、瓶の破片が彼女に降りかかる。
「痛い! 女の子に暴力を振るうなんて!」
「俺を魔物の盾にして、傷だらけにしておいて? 自分と無価値な雑用男とは違うって?」
「いや! うっ! ああ!」
衣服もボロボロになったエリシアは、涙ながらに叫んだ。
「ねぇ! あなた私のことが好きだったんでしょ!?」
「何?」
「知ってた! 故郷に居た頃、私が好きだった! だから、雑用……いや、喜んで色々してくれたんだよね? わかる、わかるよ! 許してあげるから!」
彼女の声を聞いて、彼は懐かしむような表情をし、穏やかな声を出した。
「ああ。そうだったな」
「だったら」
「でも、違うな」
「え?」
「喜んで雑用? するわけないだろ。毎日毎日嫌で仕方なかったよ。でも、やった」
「な、なんで」
「お前らがあまりにもどうしようもなかったからだよ」
パーティのメンバーがもう少し寛容であれば、もう少し考えがあれば、思いやりを持てば、レインは雑用ではなく優秀なサポーターとして世間に知られていたかもしれない。
でも、そうはならなかった。
彼の頭の中に、今までの記憶が蘇る。
『劣等生!』『屑!』『余計なことしないで』『恥です!』『強姦野郎!』
『劣等生』
「ふ、ははは……はははははッ!」
碌な記憶が無く、笑うことしかできなかった。
でも、お陰で肩の荷が降りた。
今なら、何だってできる。
「どいつもこいつも俺を劣等生呼ばわり。
もういい、お前たちが望んだなら、お望み通りどこまでも堕落してやるよ」
「レイン……! いやっ!」
レインは瓶を振り上げた。




