第2話:辺境伯の裏の顔と、最初の標的
鉄筒(試作銃)での狙撃実験から数日後。
俺は屋敷の最上階にある、重厚な扉で仕切られた執務室に呼び出されていた。
デスクの向こうに座るのは、我が父であり、ヴァルハイト領を統べるアルベルト・フォン・ヴァルハイト辺境伯。
普段は豪快に笑う厳格な父親だが、今の彼の瞳には、領民には決して見せない冷徹な「影」が宿っていた。
「レオン、座りなさい。……家臣たちの前では言えなかった、我が家の『本当の歴史』を話す時が来た」
父は周囲の気配を遮断する結界魔法を発動させると、静かに語り出した。
「我がヴァルハイト家が、なぜ国王すら恐れる『辺境伯』の地位を維持できていると思う? 強大な軍事力か? 豊かな鉱山か? ……どれも違う。我が家は代々、王家の命を受け、表に出せない国のゴミを掃除する『処刑人』――つまり、暗殺の家系だからだ」
(なるほど。通りでこの親父、歩く時に一切の足音がしないわけだ)
前世でプロの暗殺者だった俺は、父の立ち振る舞いから薄々気づいていた。
驚く演技をしながら先を促す。
「だが、お前が授かったのは【必中魔法】……。我が家に伝わる一撃必殺の近接暗殺術『影爪』を継ぐには、あまりに不向きなスキルだ。家臣たちが落胆したのもそれが理由だ。だが……レオン。お前は本当に落ち込んでいるのか?」
父の鋭い眼光が、俺の目を射抜く。
数日前の訓練場での大爆発。
周囲は魔法の暴発だと信じ込んだが、百戦錬磨の暗殺者である父の目は誤魔化せなかったらしい。
俺はフッと息を漏らし、子供の仮面を脱ぎ捨てた。
「……落ち込むわけがないでしょう、父上。むしろ、僕のために用意されたような神スキルです。威力なら、これで補えますから」
俺は懐から、数日前の鉄筒をデスクの上にコトリと置いた。
「これは……ただの鉄の筒か? いや、微かに妙な硝煙の臭いがするな」
「僕が開発した遠距離武器です。これと【必中魔法】を組み合わせれば、一キロ以上離れた標的の脳天を、風も障害物も無視して確実にブチ抜けます。……試してみますか?」
不敵に微笑む十歳の息子を見て、父は一瞬目を見開いた。そして、喉を鳴らして低く笑い始めた。
「ククク……ハハハハ! 面白い! よもや我が息子が、誰も思いつかなかった『超遠距離暗殺』の概念を生み出すとはな! よろしい、レオン。その言葉がハッタリかどうか、テストをしてやろう」
父はデスクの引き出しから、一枚の羊皮紙を取り出し、俺の前に差し出した。
そこには、一人の太った男の人相書きが描かれていた。
「名はバド・ガラム。我が領の商会長でありながら、裏では隣国の奴隷商人と繋がり、領内の孤児や亜人を密売している極悪人だ。証拠は掴んでいるが、街の警備兵にも賄賂が回っており、表の法では裁けない」
父の目がスッと細くなる。
「奴は明日の夜、厳重に警備された自身の館の最上階で、密売の取り引きを行う。館の周囲には腕利きの魔法使いが結界を張っており、接近しての暗殺は不可能な難攻不落の要塞だ。……レオン、お前のその『鉄の筒』とやらで、このゴミを掃除してみせろ。これがヴァルハイト家の跡取りとしての、最初の任務だ」
人相書きを受け取り、俺は前世の「プロの顔」に戻る。
警備兵の巡回、魔法の結界、近寄れない要塞。
どれも前世の近代建築に比べれば、ただのザルだ。
「分かりました、父上。明日の夜、ガラム商会長の首を持ってきます」
「いや、首は持ってこなくていい。……誰も気づかぬうちに、静かに消せ」
「ええ、もちろん。指一本触れずに、心臓だけを撃ち抜いてみせますよ」
部屋を出る俺の背中を見送りながら、父は確信していた。ヴァルハイト家に、歴史上もっとも恐ろしい「死神」が誕生したことを。
翌日の夜。
俺はガラム商会の館から一・二キロ離れた、誰も来ない教会の時計塔にいた。
冷たい夜風が吹く中、俺は改良した『超長銃身・狙撃用鉄筒』の照準を、遥か彼方の窓へと向ける。
(さあ、異世界での最初の仕事だ。前世より、ホワイトな職場だといいんだがな)
俺は【必中魔法】を発動し、静かに引き金に指をかけた。




