第3話:一・二キロ先の魔弾
夜の帳が下りた時計塔。
冷たい夜風が髪を揺らすが、俺の肉体は微動だにしない。
長年培った狙撃手の本能が、十歳の未熟な身体を完全に支配していた。
「……ターゲット確認。距離一、二〇〇」生まれ変わって手に入れた神域の『視力』が、夜闇を透かしてガラム商会の館を捉える。
最上階の部屋。
豪華なシャンデリアの下で、ターゲットのバド・ガラムがワイングラスを片手に、隣国の奴隷商人と談笑しているのがハッキリと見えた。
館の周囲には、お抱えの魔術師たちが張った半球状の【物理防御結界】がうっすらと輝いている。
並の弓矢や魔法攻撃なら、触れた瞬間に弾き返される強力な防壁だ。
だが、俺の狙撃の前には、そんなものはただのザルに等しい。
「火薬装填。鉄球、セット」俺は改良を重ねた『超長銃身・狙撃用鉄筒』の銃口を窓へ向ける。
前世で愛用していたレミントンやマクミランのような洗練さはないが、重厚な鉄の塊は、今の俺にとって最高の相棒だ。
「結界の魔力密度の薄い『隙間』は……あそこか」
どんな魔法の結界にも、構造上の継ぎ目や、魔力の流れが滞る死角が必ず存在する。
常人には絶対に見えないその「点」を、俺の目は正確に見抜いていた。
普通の銃弾なら、風に流されてその小さな隙間を通すことなど不可能。
だが、俺にはそれさえも関係ない。
「【必中魔法】、起動――」
俺は銃身の中の鉄球に魔力を流し込む。
標的はバド・ガラムの心臓。
同時に、結界の『隙間』を経由して弾道を曲げるよう、脳内で立体的な軌道をイメージする。
吸って、吐いて、呼吸を止める。
心臓の鼓動と鼓動の隙間。
世界が、完全に静止した。
――パァン!!!
消音器の代わりに魔力で音を抑え込んだ、低く鋭い発射音が時計塔に響く。
黒色火薬の爆発エネルギーを限界まで受けた鉄球が、超音速で夜空へと飛び出した。
弾丸は突風を切り裂き、重力を無視して上昇。
そして、ガラムの館を覆う結界の、わずか数センチの『隙間』へ向かって、直角に近い角度でグニャリと軌道をねじ曲げた。
【必中魔法】による、物理法則を超越した強制誘導。弾丸は何の抵抗もなく結界をすり抜け、そのまま防弾仕様ではないガラス窓を音もなくぶち抜いた。
「――え?」
部屋の中で談笑していたガラムが、胸にチクリとした痛みを覚えて視線を落とした瞬間。
彼の心臓は、背中まで突き抜けた鉄球によって完全に消滅していた。
激しい血飛沫が壁を染め、ワイングラスが床に落ちて砕ける。
奴隷商人が絶叫し、館の中が蜂の巣を突いたような大騒ぎになるのが、俺の目にはスローモーションのように見えた。
「……ミッションコンプリート(任務完了)」
俺は鉄筒を素早く分解し、あらかじめ用意していた麻袋へと詰め込む。
一・二キロ先からの狙撃。
この世界の住人にとっては、誰が、どこから、どうやって攻撃したのかすら一生理解できない。
暗殺という名の、完全なる『神隠し』だ。
(さて、親父に報告しに戻るか。
明日からのご褒美のデザートが楽しみだな)
十歳の子供の顔に戻った俺は、誰にも気づかれることなく、静かに時計塔の闇へと消えていった。




