#7 歓迎会
その日の夕方。艦を挙げて、ラーニャの歓迎会が行われた。場所は、駆逐艦の中枢部に位置する食堂。
「では、これよりラーニャさんと副長であるカールヘルト少佐のご結婚を祝して、ささやかな歓迎会を執り行う」
艦長のこの発声で、本当にささやかな歓迎会が始まった。
何せここは駆逐艦内。アルコール類はなく、狭い食堂で、当直以外の乗員40名だけの立食パーティー形式で行われた。
「カールヘルト様、この食べ物はなんでございますか?」
「ああ、これはフライドポテトにタコス、ハンバーグにピザ。ジャンクフードばかりですね、これは。」
「じゃんくふーど? なんですか、それは」
テーブルの上に並ぶ見慣れない食べ物に、聞き慣れない食品名。好奇心の旺盛な皇女様だけに、興味津々だ。
「ん~! カールヘルト様、これ、高価な香辛料が入ってますよ! いいのですか、このように無造作に食べても!」
「えっ? いや、いいですよ、そういう食べ物ですから」
「それに、このポテトというものにつける赤い色のこれは、とても美味しいです! 帝国の宮殿でも、このようなものは食べたことがありません! よろしいのですか、このようなものを頂いても!?」
「あ、大丈夫です。皇女様に差し上げるにはあまりに畏れ多いほど、安いものばかりですから」
「そ、そうなのですか? これが、安物とは到底思えませぬが」
「そんなことはありませんよ。何せここにあるのは、庶民の食べるものばかりですから」
「ええ~っ!? 星の国ではこれが、民の食べるものなのでございますか!?」
帝国において、香辛料というものは恐ろしく高価な食材だ。
香辛料は、肉の臭みを消し、また保存料としての効果がある上に、病気の元を断つと考えられている。遠く南から運ばれるコショウやチョウジ、ナツメグ、ジンジャーは、大陸の砂漠や山岳地帯を越えて何千キロもの行程を経てもたらされる。このため、コショウに至っては、同じ重さの金と同じ価値にまで引き上げられてしまう。
そんな高価な香辛料を惜しげもなく使うこの食べ物が、庶民の食べるものだというのだ。帝国の皇女様でも驚きの事実である。
だから、より庶民に近い侍女に至っては、ショックが大きい。
「い、いえ、そんな、私がラーニャ様と同じものを頂くなど……」
「何言ってんだよ、ほれ、あたいみたいな整備科の人間でも食べてるんだぜ? こんなところで遠慮したってしょうがねえよ」
メイド姿のノエミに、ピザを勧める整備科のゲルダ上等兵曹だ。ガサツなこの女性兵に絆されて、恐る恐るそのピザを口にする。
ずっと寡黙で、ただラーニャのそばについて回るだけだった、背丈140センチ足らずのこの小さな侍女は、口に入れたピザをゴクリと飲み込み、そして何かに憑かれたように突然叫ぶ。
「こ、これは! 周囲のチーズのなんと濃厚な味、それに干し肉らしきもののこの弾力のある食感、それらを載せた歯応えある生地、ほのかに匂うバジルの葉の香りに、見たこともないこの赤い香辛料、それらの絶妙な組み合わせ! なんという美味なのでしょう!」
これまでラーニャ嬢の陰に埋れて存在だったこのメイドが、突然の絶叫で、この食堂にいる全員の注目を浴びることになる。
だが、皆の視線をいっせいに集めてしまったこの侍女は、恥ずかしさから顔が見る見る赤くなり、寡黙にピザをもぐもぐと食べ始める。
しかし、よほどこのピザが気に入ったのか、ピザに載せられた刻んだトウガラシのように真っ赤な顔をしたまま、ちょっぴりにやけながらピザを食べ続ける。それを見た男性士官の多くの心の琴線を、ピンと弾いた。
「ええと、あの、可愛いメイドさん、こちらのローストビーフなどいかがですか?」
「あ、お前、ちょっと待て! いきなり抜け駆けするんじゃない! あの、メイドさん、アメリカンドッグも美味しいですよ」
ノエミの元に、男性士官がわらわらと集まってくる。急に注目されてしまったその侍女の前に、ゲルダ上等兵曹が立ちはだかる。
「おいこら、男ども! なにいたいけな少女に群がってやがるんだ! 怖がってるだろうが!」
「いや、なんか可愛くて、つい……」
「はぁ!? ここにも1人、大人びた女がいるっていうのに、なんだってこのメイドさんにばっかり群がろうとするんだ!?」
「そういやあゲルダ、お前、女だったな」
「おいこら! なんてこと言いやがる!」
食堂の片隅で、ひと騒ぎ起こっていた。それを見たラーニャは、カールヘルト少佐に問う。
「まあ、女子があのように殿方を罵られて……よろしいのですか?」
「えっ? いや、ゲルダ上等兵曹はいつもあんな感じだ。ここじゃこれが、普通かな」
「はぁ、そ、そうなのですか……」
と、そこにマルタ少尉があらわれる。
「どうしたんです、ラーニャさん」
「い、いえ、あのお方、先ほどから周りにいる殿方と、言い争いをしておられるので……」
「あ~あ、あれね。まあ、ゲルダさんならいつもあの調子よ。ここはいやらしい男どもが多いから、あれくらいの人がいないとね。しかもほら、無防備そうなメイドさんに群がってたでしょ? こういうことは、最初が肝心よ、最初が」
「はぁ……」
「ところで、いやらしい男といえば、ここにもいるでしょう?」
「は? それは、どこですか?」
「あなたの隣よ。ほら、一見すると人畜無害そうに振る舞っている、副長殿が」
マルタに指を差され、反論する副長。
「お、おい! 少尉、人聞きの悪い事を言うな!」
「だって、ついさっき、ラーニャさんをいやらしい目で見てたじゃないですかぁ。意外とこういう男の方が、心の底は知れないのよね~」
「はあ? 何を言っている、私はそんな男じゃあ……」
「自分で自分のことをまともだなんて言う奴ほど、信用できないのよ。とにかくラーニャさん、いくらこの男の元に嫁いだからと言って、我慢しちゃあダメですよ。何かあったら、私かゲルダさんに話して頂戴。すーぐに飛んできてあげますわよ」
「は、はあ……」
「いや、私がいやらしいかどうかはだな……それはともかく、マルタ少尉の言うとおりだ。我慢することはない、何かあれば、言って欲しい」
するとラーニャは、カールヘルト少佐の方を向く。
「あの、それじゃあ一つ、お願いを聞いていただいてもよろしいですか?」
「ああ、かまわない」
「私……星が見たいのです」
「星? 夜空が見たい、ということか?」
「はい。毎晩、星を見ることにしているのです」
「分かった。じゃあ、私が後で案内しよう」
歓迎会も終わりに差し掛かったころ、カールヘルト少佐はラーニャを連れて、食堂を出る。
「副長、早速、お楽しみですかぁ!?」
「こらぁ! 皇女様の前で、なんて事言いやがる!」
ゲルダ上等兵曹と男性士官らの品のないやり取りの中、少佐はラーニャを連れてエレベーターへと向かう。
「あの、私もお供いたします」
「は、ノエミさんはいいよ」
「いえ、毎晩、星の観察には、私がお供することになっているのです」
「えっ、そうなのか」
ということで、メイドもついてきた。
「ノエミちゃんが行くなら、俺も」
「はあ? なんだと!? じゃあ、俺も行くぞ」
「おい! 男ども! なにぞろぞろとついて行きやがる!」
とまあ、なんだかんだと、20人くらいがついてきてしまった。
エレベーターで、最上階である15階まで上がる。向かう場所は、艦橋とは反対方向。主砲身の真上付近の狭い通路を抜け、その行き止まりにある階段を上る。
重いハッチが開かれ、外に出る。
そこは、駆逐艦8820号艦の、甲板だった。
この艦は今、帝都の郊外にいる。昼間に降り立った広場に居座るわけにもいかず、帝都郊外の田園地帯の中の野原の真ん中に鎮座している。
街の光もなく、月も出ていない、真っ暗なその場所。地上75メートルのこの甲板から、満天の星空が見える。
「うわぁ! 今日は星が、よく見えます!」
「ラーニャさん、あの、真っ暗だから、足元に気をつけて!」
甲板の上ではしゃぐラーニャ。明かりをつけて後を追うカールヘルト。その2人を追う侍女のノエミ。その後ろをつきまとう男性士官らと、その男らに憤りながら付いてくるゲルダ上等兵曹がいる。
「ほら、あれがたてがみ座でございます。で、右にある赤い星が紅玉星、左下の青白い星が白海星、そしてあの黄色く輝く明るい星が、金剛傍星でございますよ」
「ああ、本当だ、星の川に、明るい3つの星だ」
「ですが金剛傍星は、すぐに別の場所に移動してしまうのです。明日には、隣の長槍座へと移動してしまうのでございますよ」
「えっ、そうなの? でもそれって、ちょっと早すぎじゃあ……」
随分と移動速度の早い迷い星だな。惑星にしてはちょっと早過ぎる。カールヘルトは気になったので、スマホで調べてみる。
そこで、金剛傍星と呼ばれる星の正体が判明する。あれは月の一種、この地球の周りを楕円軌道で回る、直径30キロの衛星だという。
おそらく小惑星か何かがこの地球の重力圏に捕まり、そのまま安定軌道を回り続けているようだ。それが地上から見ると、明るく動きの激しい星として見える。
「にしても、ここは星空が本当に綺麗だな」
「そりゃそうだろう。街の光がほとんどない。帝都の方を見ても、せいぜい松明の光がいくつか見えるだけだ」
近くの兵士が話している。彼らの星にある普通の都市のそばならば、もはや見ることのできない星空だ。
「ところでカールヘルト様の誕生日は、いつなのですか?」
「えっ、私の誕生日? ああ、私は11月15日だ。」
「えっ、11月!?」
意外な反応に、カールヘルトは焦る。
「あの……11月なんて月が、あるのでございますか?」
「あ、ああ、月は12月まであるが……」
「12月!? そ、そうなのでございますか……」
どうも話が噛み合わないので、カールヘルト少佐はラーニャにこの星の暦を尋ねる。
驚愕の事実が、判明する。
この星は、ひと月が36日。それは月の公転周期が36日あるためだ。
そして、1年が362日。カールヘルトらの故郷である地球203よりやや短い。これもこの星の公転周期のおかげなのだが、このため1年が10か月間しかない。
5月と10月だけが37日で、それ以外の月が36日間。で、それぞれの月に、星座が割り振られている。
それは、1月から順に、盾座、たちうお座、ぎょしゃ座、たてがみ座、とびうお座、ヒグマ座、ねずみ座、紅鶴座、つばき座、つづみ座となっている。
星座などというものは、そういう形に見えるから、そういう名前で呼ばれている。そして、それぞれの星座が太陽の付近に位置する月が、その月の星座ということになっている。星座の名前は異なるが、この辺りの事情は彼らの地球203と同じだ。
で、この日はこの星の暦で6月33日。夏も終わりに差し掛かり、そろそろ秋の気配を感じ始める季節だという。
そこでカールヘルト少佐は、この星の流儀に従って自身の誕生日を読み替えてみた。
彼の誕生日11月15日は、年末から数えて46日。これをこの星の暦に変換すると……9月27日だということになる。
ということで、ラーニャの中ではカールヘルト少佐は9月生まれということになった。
「……ということは、カールヘルト様は『つばき座』でございますね。」
「そ、そうなのか?」
「『つばき座』ということは、堅忍質直なお方なのですね。まさに、冬の寒さに耐えて咲き乱れる、椿の花のように」
なにを言っているのかさっぱりわからないが、言われてみれば、先ほどの食堂でのやり取り、そして日頃の艦長からの仕事の丸投げっぷり、よくまあいつも耐え続けているものだと、カールヘルト少佐はふと考える。
「ですが、つばき座には明後日にも月がかかりそうです。おまけに、灰星を傍に抱えており、周囲に乱れを生じやすい時期と心得ます。是非にも、身辺をご注意なさいますよう」
「あ、ああ、分かった」
とは返事をしたものの、この皇女がなにを言っているのかさっぱり分からない。灰星などと言われても、さっぱりだ。
だが、カールヘルトはスマホの星図で確認をする。つばき座と呼ばれる星座は、この時南天の西側に差し掛かっている。そのそばにいる明るい星。確かに、灰色に見えなくもないその星。調べてみると、この地球の一つ外側の軌道を回る第3惑星のことだった。
占いは信じていない。だが、今のカールヘルトの状況を見ると、確かに乱れを生じている真っ最中だ。突然の内惑星系での艦隊戦に、機関トラブル、そして、突然自身の妻として差し出された皇女の登場。
この星のことは、まだよく分からない。彼女の占星術もまだ理解できない。だが、彼女の占いの通り、当分は身辺を乱される日々が続くのだろうか? 満天の星空の下、カールヘルト少佐はそう考えていた。




