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#5 帝都

「ラーニャ、入るぞ。」


日も暮れて、蝋燭だけが照らす薄暗い部屋。枢密院を出てすぐに、ネポシアーノ皇子はこの7番目の姫の元にやってくる。突然の兄の訪問に、驚くラーニャ。


「あ、兄上ではありませんか。何ですか、急に。」

「ラーニャ、実は、大事な話がある。」

「……もしや、私の婚姻の話ですか?」

「!? なぜ、それを!?」


 まだ誰もラーニャに話してはいないはずのことを、ラーニャが言い出す。ラーニャは続ける。


「私の星座、たてがみ座は、つい先日より白海星と紅玉星に挟まれており、そこに今宵、金剛傍星(こんごうぼうせい)が通り過ぎるのでございます。これは、私が遠くから訪れる殿方と結ばれることを示しているのではないかと。ですから、そのような話ではないかと思いまして」

「なんだ、いつもの星の話か……」


 第7皇女ラーニャは、宮廷では別名「星姫」と呼ばれている。それはまさにこの異常なまでの占星術への拘りゆえである。久しぶりに聞いた、ラーニャの星の話。だが、ネポシアーノ皇子はこう応える。


「しかしラーニャ、そなたの言う通りだ。私は、そなたに婚姻の話をするために来た」

「まあ、やはりそうですか。で、どこの国のお方なのでございますか?」

「星の国だ」

「ほ、星!?」


 いくら星好きでも、さすがにこの兄の言葉に驚きを隠せない。


「あの……私に死んで星の国へ行けと仰せになられるのでございますか?」

「違う。断じて違う。信じられないことだが、本当に星の国から来たと申すものが現れたのだ。そして今、そのもののおかげで、帝国はかつてない危機を迎えておるのだ」

「どういうことでございますか、兄上?」


 そしてラーニャは兄上から、だいたいの事情を聞いた。戦場に現れた、空飛ぶ石砦のこと、そして、カールヘルト少佐と名乗る人物のことを。


「……つまり明日、伝説の神雷(トラロックランス)を放つ、宮殿より大きな空飛ぶ砦がやってくるというのですね」

「そうだ」

「その長となる者に嫁ぎ、帝国の盾となれと、父上も兄上も、そう仰せになるのですね」

「その、通りだ」


 短く応える兄の皇子。だが、その兄の顔は険しい。

 長く帝国は、周辺国に対してその力を誇ってきた。それゆえ、周辺の国から帝国の王族、貴族に、その国の姫との婚姻の話が持ち上がることは、よくあることであった。

 それは、帝国の頂点に立つものと近縁の関係となることで、国の安泰を図るのが狙い。ゆえに、ネポシアーノ皇太子の元にも、何人もの王国から婚姻話(ラブコール)がかかっている。


 だが、今回はまったく逆である。帝国から強国に対して婚儀の話を持ちかけるという、この国にとっては前代未聞の事態を迎えてしまった。

 それが、悔しくてならない。それがネポシアーノ皇子の表情ににじみ出ている。

 その表情を察して、微笑みながら応えるラーニャ。


「兄上、さように深刻になりませぬよう。帝国のためならば、私は喜んでその星の国の者の元へ参りましょう」

「ラーニャ……」


 そんな兄妹の元に、もう一人の人物が現れる。


「あ……陛下」


 その人物の姿を見て、2人はひざまづき、頭を下げて迎える。


「いや、そのままでよい」


 そう声をかけるのは、皇帝陛下であった。


「ですが……」

「今宵は、皇帝ではなく、父親として参った。楽にいたせ」

「御意」


 数人の侍従が、ラーニャの部屋に陛下の椅子を持ち込む。その椅子に座って、皇帝陛下はこの七番目の姫に語りかける。


「そういえば、そなたの母が亡くなったのは、かように月の明るい夜であったな」

「はい、父上……」

「本来ならば、我が帝国貴族の元へと考えておったそなたの嫁ぎ先だが、それもかなわぬことになってしまった。そなたにも、そなたの母にも、申し訳ないことをした」

「いえ、決してそのようなことはありません。母も今頃は天国(バルハラ)にて、私の事を喜んでおいでのはずです」

「うむ、そうじゃとよいのだがな……」


 そう言うと皇帝陛下は、娘にあるものを手渡す。そして言った。


(おの)が名誉が保てぬと悟ったときに、それを用いよ」


 それを受け取るラーニャ。


「はい、陛下。ありがたく頂戴いたします」


 それは、帝国の紋章が施された、長さ15センチほどの短剣であった。

 それを手渡した皇帝陛下は娘の手を握り、部屋を後にした……


 そして夜が明けて、翌日の昼前。日は昇り、活気に満ちた帝都の街並み。だが、その街は、塔の上の見張り兵の叫び声によって緊迫した雰囲気に包まれる。


「き、来たぞーっ! 東の空より、灰色の石砦!」


 見張り兵の指差す方角の先に、細長い灰色の物体が姿を現す。

 駆逐艦8820号艦だ。その船体の先には「203-2-8820」の数字が書かれている。砦のような灰色の艦は、悠々と帝都の上空を飛行する。


 当然、帝都の街は蜂の巣をつついたような大混乱に陥る。大きな何かが空から来るとはあらかじめ聞いてはいたが、想像以上の大きさのその物体に、大通りを歩く者は側道に身を隠し、市場の店では日よけの陰からこの不気味な灰色の物体を覗き見し、馬車の馬は嘶き、子供らは泣き叫ぶ。

 街の住人の不安と緊張が一気に増す中、当の駆逐艦8820号艦では、粛々と艦を進め、着陸地点を探っていた。


「両舷前進、最微速。速力10、高度190」

「航海長、我が艦が降りられそうなところはあるか?」

「はっ、中央に円形の広場が見えます。あそこならば、着陸は可能かと」

「そうか。ならば、その広場に着陸する。面舵30度、進路そのまま!」


 地上の混乱など、知る由もない駆逐艦8820号艦の乗員たちだ。各々がそれぞれの役目を果たしつつ、やや右に転舵し、帝都の大広場へと進路を向ける。


「広場上空に到達!」

「よし、両舷停止。これより、着陸する。微速降下」

「微速降下! 高度180……170……160……」


 まるで岩山のような船体が、ゆっくりと広場めがけて降りてゆく。棒状の船体の下面には突起状に膨らんでおり、その先が接地して、まるでやじろべいのように地上に立てる構造となっている。

 実はこの4日間の間に、駆逐艦8820号艦は修理を終えていた。左右機関とも良好になったこの艦は、ただあの皇太子との約束を果たすためにここまでやってきた。


「……20……10……着地!」


 ズシーンという音とともに、周囲に衝撃が伝わる。広場の端で果物を売る店では、その衝撃により山と積まれた果実の一部が崩れ落ちる。


「重力子アンカーによる船体固定! 周囲確認!」

「ギア周辺、問題なし! 船体固定、良好!」

「よし、下面ハッチ開け!」


 地面に接した部分には、ハッチがついている。それが下側に開き、扉がそのままスロープになる。

 そのスロープを、2人の人物が慌ただしく降りる。その後を一人、悠々と歩く者がいる。

 カールヘルト少佐だ。この星の住人との最初の接触者である彼は、再びここの人々と接触するために姿を現す。

 悠々と帝都上空に現れ、宮殿から程近いこの広場に舞い降りた、宮殿よりも大きなこの船に、大勢の人々は建物の影から戦々恐々として眺めている。だが、降りてきたのはたったの3人、しかも、鎧も武器も持たない丸腰の人間ときた。

 いや、正確には丸腰ではない。シールドシステムと拳銃を携行しているのだが、そんな武器の概念がない人々にとっては、彼らが武装済みであることを知るよしもない。


 しばらくすると、着地した駆逐艦の元に、一台の馬車が現れる。大通りを真っ直ぐ、広場に向かって走ってくる。

 その馬車が見えたのと同時に、駆逐艦からもう1人の人物が降りてきた。

 濃い青の軍服姿、やや長い髪、ふっくらとした胸に尉官の階級章をつけたその女性士官。この艦の主計科所属、マルタ少尉である。

 艦長よりカールヘルトの随行を命じられ、彼の元に現れた。


「副長。マルタ少尉、艦長の命により、ご同行いたします。」

「ああ、ご苦労。」


 短く応える少佐。だが正直、今のカールヘルト少佐には、他の人物に気遣っている余裕はない。

 随行人に女性士官を選んだのは、艦長だ。男2人で乗り込むとなれば、殺伐としかねない。ここは女性士官が適任だろう、というのがその理由だ。もちろん、これといって明確な根はない。艦長の思い込みに過ぎない。

 迎えの馬車から、煌びやかな装飾の男が降りてくる。貴族なのだろうが、穏やかな顔のその男は、カールヘルト少佐を見つけて声をかける。


「カールヘルト様でございますか?」

「あ、はい。そうです」

「お待ちしておりました。私はこの帝国で伯爵号をいただいております、リバデネイラと申します。あなた様をお迎えに上がるよう、陛下より承っております。さ、お連れ様共々、こちらへどうぞ」


 馬車に乗り込むよう促すこの帝国貴族は、得体のしれない乗り物から降りてきたこの2人を見ても恐れる事なく、にこやかに迎える。その警戒心のない貴族につられて、馬車へと乗り込む2人の軍人。


「いやあ、実に大きな砦で。こんなに大きなものが、空を飛ぶんですな。一体、どうなってるかんですか?」

「重力子エンジンと言う、重力に逆らう機械を積んでるんですよ」

「重力? なんでございましょう、その重力というものは?」

「ええと、あなた方はこの地面の上に立っていられるわけですが……」


 ニコニコと微笑みながら語りかける、警戒心のないリバデネイラ伯爵に、かえって調子が狂う軍人2人。だが、これこそネポシアーノ皇太子が仕掛けた人選の妙であった。敢えて懐深い人材を差し向けて、相手の警戒心を削ぐ。そのためにうってつけの人物が、まさにこの伯爵だった。

 ただし、彼らの思惑とは異なり、これはカールヘルト少佐にとってはかえって好都合であった。打ち解けた雰囲気の方が、交渉人としてはやりやすい。その意味でリバデネイラ伯爵が出てきたことは、勘違いのおかげで緊迫する両者にとって、好循環をつくるきっかけとなる。


 そうこうしているうちに、宮殿に到着する。そこは帝国の社交界や式典の催される大広間。大きな扉が開かれ、この一駆逐艦の副長とその随行者を迎える。


「さ、あなた様のために用意した会でございます。どうぞ、中へ」


 手招きするリバデネイラ伯爵。中は、多くの銀食器に盛られた料理に、何本ものワイン、大勢の貴族。両脇には侍従らが並び、まさに帝国貴族の華やかな(うたげ)が行われようとしていた。

 もちろん、カールヘルトは面食らう。ただの政治折衝の事前交渉としてやってきたのに、かような場所に通されるなどとは、思いもよらなかった。

 この辺りで少し、カールヘルトは帝国の人々が、何か我々に対して大きな勘違いをしていることを察する。


(もしかして我々は、侵略者か、それと同等の脅威だと思っているのではあるまいか?)


 そこに、ワイン瓶を片手にとある貴族が現れた。


「さあ、星の国からこられたというお方よ。7年ものの帝国南部産ワインはいかがか?」

「あ、いや、私は……」


 グラスを拒もうとするカールヘルトに、マルタ少尉がささやく。


「副長、いけませんよ。ここで断るなどかえって無礼です。せっかくのご好意です、受けてください」

「いや、しかしだな……」

「こんなこともあろうかと、酔い覚まし薬は持ち込んでおります。さ、遠慮なさらず」


 実はカールヘルト少佐は、大の酒好きだった。駆逐艦内ではまったくアルコール類に縁はないが、補給の際に立ち寄る戦艦ヴェストファーレンの中にある人工街では、いくつかの酒屋を巡るのが彼の楽しみの一つだ。

 実家のプリングスハイム男爵家がワイン事業も営んでいることもあり、特にワインが好みである。


「……うん、これはやや黒コショウの放つスパイシーな香り、力強い酸味。これは、我々の星にあるメルローに近いブドウ品種、しかし主張の強い味のわりに飲みやすい。よほど丁寧に作り込まれた逸品ですね」

「ほほう、さようにこのワインの味、お分かりになりますか。さすがですな」

「いえ、我が家にはワイン工房がありまして、それで少し……」


 注がれたワイングラスを回しながら香りを確かめ、一口含み品定めをするカールヘルト少佐。ワインを勧めた貴族も、彼の話に聞き入る。


「この帝国ワインの良さがお分かりいただけるとは、さすがは遠く星の国からいらしたお方、というところでしょうか」


 と、突然、カールヘルトはある女性に声をかけられる。薄緑のドレスに身を包んだそのご令嬢は、グラスを片手にカールヘルトの元に歩み寄る。


「いえ、私のような者でも上物とわかるほどの逸品。私もこれほどの逸品に出会うことなど、そうそうございません」

「まあ、お褒めに預かり、光栄でございます。帝国のワイン職人に成り代わり、お礼申し上げます」

「い、いや、とんでもない。私の方こそ、これほどの料理、これほどのワインをいただけるなど、感謝の極みにございます」


 突如現れたその女性に、カールヘルトは会釈する。彼女の周りには、1人の侍女と3人の侍従がついている。他の貴族にはそれほど多くの付き人がいないことから、高貴なお方であるということは、ほろ酔い状態のカールヘルト少佐でも分かった。


 だが、まだ彼は知らない。


 彼女こそ第7皇女ラーニャであり、自身の妻として迎える羽目になる運命が、刻一刻と迫っているということを。

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