#4 交渉
妙なものが空から降りてくる。その様子は当然、丘の上の皇太子にも見えていた。
白く四角く、まるで大きな馬車にも見えるが、馬はいない。彼らにとって、これまで見たことのない乗り物が、皇子のいる丘わく目指して降りてくる。
陣幕の脇の平らな場所に舞い降りる哨戒機。その奇妙な乗り物を、槍を持った兵士が取り囲む。
「……歓迎されては、いないようだな」
カールヘルト少佐は、ぼそっと呟く。
「そりゃあそうでしょう。威嚇砲撃した上に、アポなし降りてきたんですから。普通は、歓迎するわけないですよね。」
まるで他人事なパイロットを、少佐は思わず睨みつける。
「……中尉はこの場で待機。私は単身、乗り込む。」
「は、はい、少佐」
「もし1時間経過して私が戻らない時は、私に構わず発進せよ」
「はっ! 了解しました!」
ハッチのノブに手をかけながら、カールヘルト少佐は考える。
(くそっ、艦長め、こんな役目を押し付けるつもりだから、あの時黙っていたのか……が、今さら逆恨みしても仕方がない。とにかく今は、地上の戦闘を止めさせる。それくらいのことをしなければ、収まりがつかない……)
そしてカールヘルト少佐は、ハッチを開ける。それを見た外の兵士たちが、一斉に槍先を向ける。
一触即発の事態。この副長は、腰につけた携帯シールドシステムのスイッチに手をかける。
そのままステップをゆっくりと降りるカールヘルト少佐。まずは彼らに話しかけて、どうにか指揮官に会うしかあるまい。しかし、果たして彼らに言葉は通じるのか?などと彼が懸念したその直後、その言葉の懸念だけは払拭される。
他の兵士とは一線を画する、豪華な装飾の施された鎧を着た人物が、カールヘルト少佐に向かって叫ぶ。
「空飛ぶ白き馬車より降り立つそなたに問う! そなたは、何者か!? ここはシン帝国皇帝陛下の代理人である、ネポシアーノ殿下の本営であるぞ!」
ああ、よかった。言葉だけは通じるようだ。この状況で言葉すら通じなかったら、何もなしえないところだった。カールヘルト少佐は、このいかにも上流階級な姿の人物に応える。
「私は地球203遠征艦隊所属、駆逐艦8820号艦副長、カールヘルト少佐である。こちらの指揮官と面会したい。取り次ぎ願えないか?」
「あ、地球203? くちくかん? なんだそれは」
「うーん、なんといえば……つまりだ、別の星から来た者だ」
「ほ、星!?」
それを聞いたその上流階級な男は、一瞬、訝しげな顔をする。
(なんだこやつ、星の国から来たといっているのか?)
そう解釈したこの上流階級の男は、カールヘルトに応える。
「用件ならば、わしが伺う。その言葉を、わしが殿下に伝えればよかろう。」
「そうはいかない。我々には、時間がない。どうしても取り次がぬと言うのならば、我々は相応の手段に訴える他ない。」
この少佐にも、全く交渉術の心得がないわけではない。重大な交渉の時には、相手にあまり考える時間を与えないこと、そのために、なんらかの含みをもたせた発言を行うこと。これが交渉における基本戦術だ。
もっとも「相応の手段」などあろうはずもない。いわばハッタリだ。そのハッタリを冷静に返されたら、正直、この副長には手がなかった。
が、それを聞いた相手は動揺し、応える。先ほど見せた未臨界砲撃が、彼らに異常なまでの恐怖を植え付けていた。
「取り次ぐだけ取り次いでやる。が、期待せず、待っておれ!」
ああ、こいつはかなりの三下だな。おかげでことが進みそうだ。この副長はそう考える。相変わらず槍先に囲まれているが、指揮官にさえ面会できれば、なんとか停戦交渉を進められそうだ。この若い副長は、そう手応えを感じ始めていた。
「なんだと? 星の国から来た男が、私に面会したいだと申すか」
「はっ、さようで!」
「相手は、どのような者であった。まさか、魔人のように、頭から角を生やした者であったか?」
「いえ、我らと変わらぬ姿でございます。飾りもない、やや暗い青色の服を着ておりました。それに剣も槍も持たず、鎧すら身につけておりませぬ」
「そ、そうか」
「いかがいたしましょう、追い返しますか?」
ネポシアーノ皇太子は考える。このまま奴らの要求を呑む形で会えば、帝国の威信は下がりかねない。かといって追い出すようなことをすれば、再びあの神雷を放たれるかもしれぬ。
下手に人数が多い軍勢だけに、動揺が走れば余計に手がつけられない。大軍ゆえの脆弱さに、まさにこの皇太子は直面していた。
「……迎え入れよ。」
「は?」
「空よりの使者が来るのを待っておったと、そのように伝えよ」
「はっ、心得ました!」
「また、この近くにいる貴族、騎士団長らは直ちに本営に集まるよう伝えよ。あの空からの客人を、丁重に迎え入れるのだ」
側近が大急ぎで陣幕の外に飛び出す。皇子はこの陣幕の奥にある総大将の椅子に座る。
そうだ、最初から使者を待っておったということにして迎え入れれば、帝国の威信は保たれる。相手に屈したわけでもなく、またその方が帝国の懐の深さを知らしめることができる。そう、この皇子は考えた。
甲冑を身につけた貴族や騎士団長らが、大急ぎで陣幕の中に集結する。皇子の前に左右に整列し、あの得体の知れぬ化け物からの使者が来るのを待っていた。
しばらくすると、剣も槍も、いや鎧すら身につけない殺風景な姿の男が陣幕の中に現れる。左右に並いる側近らは、立ち上がってこの男を迎える。
その男、カールヘルト少佐は、直立、敬礼する。この奇妙な礼に、戸惑う帝国貴族達。
「私は、地球203遠征艦隊、第27小隊所属、駆逐艦8820号艦の副長、カールヘルト少佐と申します。我らの儀礼作法にて、失礼いたします」
「うむ、私はシン帝国第一皇子、ネポシアーノと申す。そなたの来訪、心より歓迎致す」
(何が心より歓迎だ、さっきまで槍先を向けていたじゃないか。)
少佐は憤りを感じながらも、ここで相手の不興を被れば、全てが水泡に帰す。この副長は涼しい顔で、自身の役目を進める。
「ではネポシアーノ皇子、お願いしたい件が2つございます。」
なんの口上もなく、いきなり用件を語り始めるこの無礼な男に、一瞬、周りの貴族らの顔が曇る。だが、そもそも単刀直入な報告しかしない軍隊において、目上の人物に対してもごく常識的な対応であった。
「なんだ?」
「はっ。まず1点目ですが、あなた方にこの戦闘を終結していただき、直ちにこの地より軍を引いてもらいたい。」
「な、なんだと!? 軍を、退けというのか!」
側近の1人が叫ぶ。カールヘルト少佐は答える。
「我々はあなた方にとって、最善の方法をご提示しているつもりです。ここで争いを続けることは、あなた方の国の将来のためにならない」
この国、いや、この星のすべての国が宇宙統一連合と同盟条約を締結すれば、いよいよ宇宙艦隊を編成することになる。また、宇宙からの進んだ技術を習得することにもなれば、大勢の優れた人材がいくらでも必要になる。それをこんな同じ星同士の争いで失うのは、重大な損失になる。カールヘルト少佐は、そういう意味で言った。
だが、当の帝国側はそうは受け取っていない。
逆らえば、容赦しない。そう言われたのだと、彼らは解釈する。
謎の雷で脅したかと思えば、今度は皇子を前に恫喝する。無礼だが、その力を目の当たりにした彼らは、何も返すことはできない。
辛うじて、皇子がこう返す。
「……だが、我ら帝国軍の兵は10万。何もなさぬまま手ぶらで帰ったとあれば、臣民らも納得はすまい。いや、誰よりも皇帝陛下の怒りをかうことになりかねない。この点は、如何様にされるつもりか?」
「それについては、我々から交渉官を派遣し、事情説明に伺う所存です。それで、おさめてはいただけませんか?」
「うむ……」
今一つはっきりしないこの少佐の返答に、皇子は考え込む。こやつは、このまま手ぶらで退けというのか? だが、帝国軍には勝利か死かの二択しかない。このまま帰れば、陛下の不興をかって彼自身の命も危うくなるかもしれない。ならば、全滅覚悟で止まる方がまだマシではないか。皇子は一瞬、考える。
「……で、もう一つの用件も、聞いておこうか。」
「はっ。我らの艦は今、エンジントラブルのため、大気圏離脱ができません。しばらくの間、この地にとどまること許可願いたい」
これは別に、たいした用件ではない。実際に8820号艦は右機関が停止しており、片肺状態だ。正直、浮いているのが精一杯な状況。修理が終わるまで、地上にとどまる必要がある。
だが、このまま黙って居座り、地上の人々に無闇に不安と脅威を与えるよりも、事情を話した上でとどまった方が、相手に要らぬ心配をかけなくて済む。そう考えての提案だった。
だが、この一言はむしろ、帝国側に警戒心を呼び起こす。
「な、なんだと、この地にとどまるだと!?」
ネポシアーノ皇太子は立ち上がり、叫ぶ。その意外な反応に、むしろ驚いたのはカールヘルト少佐の方だ。
(なんだ? 私は何か、変なことを言ったか?)
いや、カールヘルトは知らない。
それは、帝国がこれまで、どうやって他国に戦さを仕掛けてきたか、という事実を。
例えば、今回のこの隣国との戦闘は、ある帝国貴族の隣国訪問がきっかけだった。
視察と称して、この国に入ったその貴族は、その道中を何者かに襲われ殺される。この事件を帝国は隣国の差し金として非難し、それを口実に隣国との開戦に踏み切る。
だが、それは帝国の陰謀であった。最初から戦端を開く口実を作るために、その貴族を隣国に送り込んだのだ。そして、ことが起きるように仕向けていた。
もしかして、似たようなことをこの空飛ぶ石の砦はやろうとしているのではないか?この地にとどまり、何か口実を仕掛ける。それを帝国の差し金として、あの雷を帝都に向ける……
ネポシアーノ皇太子は、恐怖する。この戦さどころではない。皇帝陛下、いや、帝国の存亡にも関わるほどの事態だ。王国との戦争どころではない。そう考えたからこそ、皇子は驚く。その反応を見て、カールヘルト少佐も驚く。
思惑のすれ違いは、さらに加速する。
「あ、いや、我々は機関の修理が終わり次第、直ちにこの地を去るつもりだ。決して、迷惑はかけない。もうすぐ僚艦9隻が駆けつけ、我らを救援してくれる予定であるから、何も心配は……」
慌てて応えるカールヘルト少佐だが、この一言がさらにこの皇子の不安を増幅させる。
(なんだと? まだ仲間がいると、やつは申すのか?)
さらにタイミングの悪いことに、そこにカールヘルト少佐の言う「僚艦」が現れてしまう。
「で、殿下、申し上げます! ただいま東の空から、砦のようなものがたくさん現れました!」
「な、なんだと!?」
昇り始めた太陽とほぼ同じ方角から、9隻の駆逐艦が滑り込むように上空に現れる。そのまま8820号艦を囲むように、上空に300メートルを超える戦闘艦がずらりと並ぶ。
一隻あたりの大きさは300メートル。それが2、300メートルおきに3列で並んだため、たかが10隻といえども、灰色の船体は帝国軍と対岸の王国軍の両者の空を覆う。
だが、その僚艦の姿に驚愕する皇子と貴族らを見て、カールヘルトはさすがに気まずさを感じる。そこでカールヘルトはスマホを取り出し、上空の艦へ呼びかける。
「こちらカールヘルト少佐。上空の僚艦に告ぐ。現在、地上にて停戦交渉中である。8820号艦以外は交渉の支障となるため、一時、上空より退避せよ。別命あるまで、高度2万メートルにて待機。」
帝国の者にとって、これが遠くの人と会話ができる機械だとは知らないが、カールヘルトが放ったこの一言で、現れた9隻が一斉にその場を去ったのを見て、彼が何をしたのかを悟る。
あれほどの大きな9つの石砦を、たった一言で動かした。
(この男、ただ者ではない……)
そう察したネポシアーノ皇子は、この副長に向かって口を開く。
「……そなた、帝都に参れ」
「は?」
「貴殿はあの空飛ぶ石砦と共に、帝都に参られよ」
「ですが、我々は……」
「もちろん、すぐには無理である。我らはこれより陣を引き、帝都に帰る。だが、3日はかかるゆえ、迎えの準備を考慮して4日後に我が帝都にお越し願いたい」
「は、はあ……ということは、あなた方は兵を引いていただけると」
「そうだ」
「承知致しました。ですが、帝都とは……」
「ここより西の方角にある、大きな街だ。貴殿のあの空を飛ぶ石砦ならば、すぐに分かるはずだ」
「はあ……」
「必ず、あの砦一つのみで来られよ。帝都にて、貴殿らを歓迎する。それまで、しばしここでおとなしく待っていて欲しい」
「はっ、承知いたしました。では私はこれにて、艦に戻ります」
急に話がまとまってほっとしたものの、なんだか違和感ばかりを覚えるカールヘルト少佐だった。しかも停戦と撤退どころか、接触の機会まで引き出すことができた。上出来すぎる成果である。だが、あまりにも上出来すぎる。
ともかく交渉を終えた少佐は一同に向かって敬礼し、陣幕を出て哨戒機へと向かう。
一方の皇子は、哨戒機が飛び立つのを見て、行動を開始する。
「直ちに出発準備! 急ぎ、帝都に戻るぞ!」
「しかし殿下、恐れながら、なぜあのようなことを……帝都にあの砦を呼び寄せるなど、一体何をお考えですか!?」
「分からぬか! やつらはここに居座り、我ら帝国を攻め入るための口実を作ろうとしておる! それだけは断じて、阻止せねばならぬ!」
「ですが、帝都に呼ぶなど……」
「いや、むしろ帝都の方が、かえって下手なことはできまい。とにかく、あのカールヘルトとかいう男には、絶対に口実を与えるな。あやつさえ懐柔すれば、恐れるものはない。とにかくだ、全軍に伝達。急ぎ帝都に戻るぞ」
「はっ、承知いたしました、殿下」
「直ちに帝都に戻り、父上に報告する。すぐに元老院にて主だった貴族らを招集し、善後策を考えねばならぬ。帝国があの神雷にて焼き尽くされ、蹂躙されることだけは、断じて避けねばならぬ……」
慌ただしく陣を引く準備を進める帝国軍。河の対岸にいる王国軍など目もくれず、10万の軍勢が、一斉に西に向かって動き出す。
その様子を、艦橋の窓から眺めるカールヘルト。
「ともかく、良かったではないか」
「はあ、ですが何ゆえこれほどまでうまくいったのか、小官にはさっぱり……」
「それだけ貴官に交渉力があったということだろう。西側に向かって動くあの大軍勢の行動こそが、そのなによりの証拠だ。いやはや、艦隊戦での勝利に加えて、まさかこの星の交渉の機会まで得てしまうとは。今日は実に良き日であるな」
無邪気に喜ぶ艦長とは違い、内心、落ち着かない副長。それはそうだろう。あまりに事が上手く進み過ぎる。
さすがに2度の艦隊戦と停戦交渉をやった少佐は、ここに来てどっと疲れが出る。もう一方の王国への交渉の方は、他の士官に任せることになった。
艦内の自室に戻り、倒れこむようにベッドに横になる副長。
これで、良かったのだろうか。あまりにうまくいきすぎて、かえって不安が副長の脳裏をよぎる。だが、そんな漠然とした不安よりも、疲れの方が上回っていた。カールヘルトはすぐに、眠ってしまった。




