#3 接触
「もうすぐ、夜明けだな」
「はい、ネポシアーノ殿下」
「対岸の王国どもの軍勢の様子はどうか?」
「我ら大軍に恐れをなし、一歩も動けぬようです。こちらが渡河するのを、待ち構えているのでしょう」
「であろうな。我らは奴らの4倍、10万の兵だ。古今東西、4倍以上の戦力差に打ち勝つという話はないわけではないが、滅多に起きることではない。このまま行けば、今日にでも勝利の報を父上に届けられるだろうな」
「はい、殿下。陛下も心待ちにしておられることでしょう」
東の空が白んでいる。鎧姿で話すこの2人の立つ小高い丘の麓には、いくつかのテント小屋と焚き火、そしてそれらを囲む無数の兵士の姿がある。その向こう側、夜明けのわずかな光に照らされた大河の対岸には、別の軍勢が見える。
「ですが先ほど見えた光は、なにやら気がかりにございますな」
「あの青い光の筋のことか」
「はい。流れ星にしてはあまりに数と勢いがあり……あれは一体、何でございましょうか?」
「さあな。そもそも流れ星の正体がなんなのかも、私は知らぬ。」
「それはそうですけど……ともかく、不吉な前兆でなければ、よろしいのですが……」
「ラーニャならばあの流れ星、どう読むのであろうな。」
「第7皇女様、星姫様にございますか?」
「ああ、あやつならばきっと、これを吉事と読むのではないか?」
「は、はあ……さようで。」
「占星術のことはよく知らぬが、青い星は吉事の象徴だと、あやつはいつも話しておったぞ。そんな青色の流れ星は我らが直上より現れて、敵陣の上で消えていった。これを我らが勝利の前触れと思わずどうするか」
「はい、ネポシアーノ殿下、仰せの通りにございます」
実際のところ、ネポシアーノというこの皇太子にとっては、青色の星が吉か凶かなど、知る由もなかった。ただ、占星術に長けた者がそう言っていた、この際そういうことにしておけば、兵の士気が上がる。都合よく現れたこの流れ星を、士気向上に利用しない手はない。
そしてこの皇子は、身支度を整えた兵たちに向かって叫ぶ。
「聞け、皆の者!」
朝の澄んだ空気は、この皇子の声を10万の軍勢の隅々にまで響かせる。皇子は続ける。
「先ほど、天より青き流れ星が我らの真上より出でて、王国兵の上で消えた! これは我らの勝利を、天がわざわざお示しになられたことに他ならない! 正義は、我らにある! 醜悪なる対岸の王国兵を蹴散らし、奴らの王国をも蹂躙し、皇帝陛下の正義をこの地の果てまで知らしめるのだ!」
まだ日も姿を現さぬ夜明け前、この皇子の呼びかけに呼応して、10万の兵による鬨の声がこの地にこだまする。それを聞いた皇子は、2頭の龍の描かれた赤い旗を掲げる。
「いざ進め! 我が兵士諸君!」
いよいよ、戦闘開始である。太鼓の音が鳴り響く。10万の大軍の先頭集団が、動き出す。
シン帝国は、この大陸で最も強大な国家だ。旗印に描かれた伝説の龍の如く、向かうところ敵なし。唯一無二の国家として、まさにその周辺国を次々に手中に収めつつある。ゆえに周辺国からは「赤龍の帝国」と呼ばれる。あの旗印からそう呼ばれるのだが、龍の如く強く、その後に残るのは赤く染まる惨状のみという容赦のない戦いぶりから呼ばれている節もある。
その帝国が動き出した。目指すは対岸にいる、2万5千の兵。そして帝国軍の前衛が渡河を始めた、まさにその時だった。
上空に、赤い光の玉が現れる。
「なんだあれは!?」
皇子の側近の一人が、空を仰いで叫ぶ。それを聞いた皇子も、側近の指差す方を見る。
それは、まっすぐに皇子らのいる場所に向かってくる。その光から赤色が消えて、徐々に青い光の帯へと変わる。
「まさか、あれは先ほどの流れ星では……」
側近は言葉を失う。突然現れた怪しげな光に、帝国軍には動揺が走る。
が、その青い光の中も、まさに「動揺」の真っ最中であった。
「大気圏突破! プラズマ、消失!」
「くそっ、速力が落ちない! 機関の復旧はまだか!」
「副長、機関科より連絡! 左機関、回復!」
「やっとか。よし、機関出力最大! 両舷減速いっぱい!」
「機関室、両舷減速いっぱーい!」
駆逐艦8820号艦は大気圏突入を終え、ものすごい速さで後ろ向きに進んでいる。だが、必死の復旧活動でなんとか機能を回復した左機関を使い、逆噴射をかける。後方にある4つの噴出口の内、2つから青白い光が勢いよく噴き出す。
メインエンジンによる逆噴射により、全長300メートルのこの大きな船体に急ブレーキがかかる。ゴォーッという音を鳴り響かせ、大河の真上でようやく停止する。
「副長、なんとか停止しました。対地速度0、高度200」
「左機関良好。右機関は依然、停止中」
「そうか。で、航海長。大気圏離脱は可能か?」
「片肺では無理ですね。大気圏を抜けられても、この重たい船体を地球の重力圏脱出速度まで上げることは、到底不可能です」
「そうか……止むを得ない。味方の救援が来るまでの間、地上にて待機する。周囲の状況を確認せよ」
「ふ、副長!」
「どうした!」
「ち、地上に……」
モニターを指差し、言葉を失った乗員。カールヘルトは、その乗員の指先のモニターを覗き込む。
そこに映っていたのは、河を挟んで対峙する2つの軍勢。一方は水際で密集し、もう一方はまさにその河を渡ろうとしているところだった。
大きな旗が何本も見え、長槍に剣も見える。ずらりと並んでいるのは、皮で覆われた防具に身を包み、まさに戦闘態勢にある兵士の姿だった。数は、カメラ解析により、およそ3万対10万と出た。
明らかにここは、戦場だ。
「なんだこれは……おい、これ、戦が始まるところじゃないか?」
「ど、どうしますか、副長」
「どうするって……連合軍規第53条では、未知惑星においても地上の争い事を発見し次第介入し、これを停止する義務がある、と定められている。つまりだ。我々は、この両軍を止めなければならない、ということになる」
「ふ、副長! たった一隻、しかも片肺状態の我が艦で、それを履行するのでありますか!?」
「止むを得ん、上空にて待機する僚艦に伝達、『我、地上戦に遭遇せり! 直ちに大気圏を突破し、当艦の元へ集結せよ』以上だ!」
「りょ、了解!」
とはいえ、すでに戦闘は始まろうとしていた。このまま放置すれば、両軍は入り乱れ、収拾がつかなくなる。
カールヘルト少佐は、艦長の顔を見る。艦長は黙って頷く。それを見たこの副長は、決断する。
「……未臨界砲撃を、行う」
「は?」
「通常砲撃の装填量の半分にて砲撃を行う。そうすればこの艦の先端で大きな爆発は起きるが、ビームは発生しない。その音と光で脅しをかけ、地上の軍勢の進軍をくい止める」
「しかし、それで止まらなかったら……」
「地上から見れば相当な衝撃だ。多少の時間稼ぎにはなる。直ちに、砲撃準備!」
「りょ、了解! 艦橋より砲撃管制室、未臨界砲撃、用意! 繰り返す、未臨界砲撃用意!」
異例づくしの展開に、混乱する部下をどうにか動かすカールヘルト。モニターを見ると、まさに渡河しようとする兵士が、上空に現れたこの艦を見上げて呆然としている。
今ならば、あの大軍を止められる。カールヘルト少佐はそう、確信する。
「未臨界砲撃、準備完了!」
「よし、砲撃開始! 撃てーっ!」
キィーンという甲高い装填音が鳴り響く。だが、臨界量が少ないため、ものの2、3秒で発射音が鳴り響く。
だが、ここは空気のある場所。空気がある分、宇宙とは違い、伝わる音が大きい。まるで巨大な雷が同時に何発も落ちたような大きな音が、艦の内外で鳴り響く。
艦の先端からは青白い光が一瞬現れ、それがまるで針で突いた水風船のように弾け飛ぶ。その爆発が生んだ衝撃波は、艦の前方から流入する河の水面を押し戻し、一瞬、河の流れを堰止める。
見たこともない空を飛ぶ砦のようなこの灰色の物体から発せられる、まるで神話に書かれた神罰の雷のような青い光に戦き、10万の兵士たちはたちまちに丘の方へと後退を始める。
その様子を、帝国の皇子らは丘の上から見ていた。その丘の上まで、砲撃の余波が押し寄せる。
帝国の象徴である赤い旗は、突如襲いかかる突風で吹き飛ばされる。そばにいた兵士の何人かは倒れこみ、陣幕もところどころ吹き飛ばされてしまう。
「くっ……なんだあれは!?」
「まさか、古来より伝わる神雷では……」
「馬鹿な! なぜ我らが、正義を掲げる我らが、神の怒りを被らねばならぬのか!?」
だが皇太子は薄々感じていた。先ほど兵士を鼓舞するために用いたあの流れ星は、こいつが放ったものではないか、と。
まさに今、そこで同じ色の光を放った。10万の兵士が恐れるほどの計り知れない力。だがそれを放った張本人は、悠々と空に浮かんでいる。
まさか本当に、神の怒りなのか? いや、そんなはずはない。第一、怒りを買う道理がない。あれは断じて、神などではない。
ということは、もしかして伝説の龍か? それとも悪魔の化身か? いや、あれは空を飛ぶ石の砦のようにも見える。しかし、こんな不可思議な存在など、神話にも聖書にも見当たらない。あれは一体、なんだ?
この皇子の心に、不安ばかりがよぎる。しかし、総大将である皇子がここで動揺する姿を見せるわけにはいかない。浮き足立つ兵士達に向けて、再び叫ぶ。
「恐れるな、兵士達よ! 我ら正義の軍に、神罰など下るはずがない! 陣形を整えよ!」
堂々とした振る舞いだが、内心はヒヤヒヤしている。あれほど大きなものが軽々と空に浮び、帝国軍と王国軍の間に立ちはだかり、たった一撃で帝国軍の兵士10万を狼狽させた。
もしあの雷がもう一度放たれれば、帝国軍は士気を失い、その多くが逃亡するかもしれぬ。そうなればこの戦さ、戦わずして負ける。そんな不名誉な戦いの総大将にだけは、なりたくない。
そう思いながら空を睨みつける皇子は、しかし何かをなせるわけではない。動揺を心の奥に隠しながら、あの灰色の化け物の次の一手を、ただ待つほかなかった。
だが、その灰色の化け物の中では、皇太子以上に動揺している人物がいる。
「か、艦長、どういうことですか!?」
「だから、直ちに停戦交渉に向かえ」
「いや、小官は交渉に関する訓練も教育も受けてはおりませんが」
「だが、砲撃を放ってしまった以上、我らは地上の人々からおそらく悪魔の化身にでも思われていることだろう。だからこそ、すぐに説明に出向く必要がある」
「いやしかし、だからといって小官が……」
「砲撃を決断したのは、副長ではないか?」
「うっ……」
はめられた。艦長のこの笑顔を見て、副長はそう悟った。良かれと思って行った行為が、まさか自身を追い詰めることになるとは……
カールヘルト少佐は渋々、格納庫へと向かう。そこにはすでに、発進準備の整った哨戒機と呼ばれる機体があった。
「副長、お待ちしておりました!」
「うん、よろしく頼む。」
カールヘルト少佐はパイロットに軽く敬礼し、その真四角の6人乗りの機体に乗り込む。その交渉役を乗せた哨戒機が、発艦する。
「1番機より8820号艦。発進準備完了、発進許可を乞う」
『8820号艦より1番機! 発進許可、了承! ハッチ開く!』
グォーンという重たい音とともに、天井のハッチが開く。その哨戒機を大きなロボットアームが掴み、その開いた出口の外に哨戒機を突き出す。
レバーを引くパイロット、切り離される哨戒機。向かうは、大きな陣幕の見える丘の上。そこにいる指揮官と交渉し、戦闘停止を訴え、軍を引かせる。
だが、そんなに簡単に行くわけがない。そもそも、言葉は通じるのか? 統一語が使える相手なのか……不安を胸に、この若き副長は地上へと向かう。




