#2 トラブル
「現時刻をもって『ダ号作戦』を開始する。全艦、全速前進!」
カールヘルト少佐は、配下の9隻に下令する。機関は全開運転され、艦橋内にはけたたましい機関音が鳴り響く。
突然、艦隊の3分の1が前進を開始した。敵艦隊も当然、それに気づく。が、ただ前進したというだけで、陣形は変えられない。突出する左翼艦隊の出方を見極めつつ、とにかく陣形を保ち間断なく攻撃を続ける。動揺や混乱をさせないことが、艦隊戦では負けないための秘訣である。
だがもちろん、この左翼艦隊の突出は、まさに敵を混乱させ、動揺させることが狙いである。
「雷撃戦、用意! 眩光弾、装填!」
「はっ! 眩光弾、装填!」
副長が、あまり聞きなれない兵器の名前を口にする。復唱する兵装担当者。その間も、砲撃は続けられる。
眩光弾とは、名前の通り目眩しのための兵器である。駆逐艦左右に取り付けられたレールガン発射口から撃ち出され、妨害電波を発する巨大な白い光の玉を発する実体弾である。
元々は、撤退用に開発された兵器だ。撤退時に背を向ければ、無防備な背後を狙い撃ちされる。かといって正面を向いたまま後退しても、敵に追いつかれてしまう。
このため、光学観測とレーダーを無効化する光の玉を自身の直前で炸裂させ、逃げる余裕を作り出す。それがこの眩光弾の本来の役目だ。
その眩光弾を、攻勢のために使用する。これがグラッツェル少将の提唱した作戦の真髄である。
突出した左翼艦隊の各艦から、この眩光弾が放たれる。しばらくして、その眩光弾が一斉に炸裂する。
距離は、敵艦隊手前、10万キロ。突然現れた光の壁に、敵は左翼艦隊を見失う。
だが、その左翼艦隊は光の壁を隠蓑にして、思わぬ行動に出る。
その光の壁の下に回り込み、この壁際から攻撃を仕掛けたのだ。
眩光弾のおかげで、敵はレーダーが効かない。眩しい光のそばにいるおかげで、光学観測も不可能。だがそれは放った左翼艦隊も同じ条件。だが、彼らには敵艦隊が見えていた。
簡単に言えば、中央、右翼艦隊のレーダーとデータリンクしている。眩光弾の放つ妨害電波では遮られない周波数帯を使ってリンクを維持しているため、自身のレーダーが効かなくても、敵の場所が分かる。
もちろん、同じことは敵艦隊でも可能であるが、まさかそんな罠があるとは想定していない。突然発生した光の壁に即応できず、次々に沈む連盟艦隊右翼。
この光の壁は、10分間続いた。その間、左翼艦隊の無双状態が続く。その正面にある敵艦隊右翼は混乱し、瓦解し始める。
これが、戦艦ヴェストファーレンから見た、前線の状況である。
ところが、当の左翼艦隊も敵艦隊に劣らず、混乱していた。
「次! ナンバー7722!」
「レーダー捕捉! 砲撃開始!」
「……弾着、確認できるか!?」
「ダメです、光学観測、全く不可能! 眩しすぎます!」
「くそっ、誰だ、こんな馬鹿げた作戦を考えた奴は! 当たったかどうかすら分からないじゃないか!」
真っ白な壁にある、真っ白な的に向かって撃てと言われているようなものだ。頼りになるのは、レーダーの画面だけ。たとえ砲撃が当たったとしても、こちら側から見れば当たったかどうかが把握できない。
駆逐艦乗りにとっては、撃沈した敵の数が成果になる。それを自身で確認できない。これほど苛立つ戦いはない。
「まもなく、眩光弾炸裂から10分! レーダーおよび光学観測、戻ります!」
「ようやく、か……」
カールヘルト少佐は、この報告に安堵する。だがそれは、敵艦隊から自身も丸見えになるということなのだが、このまま闇雲に他艦のレーダー頼みに撃ち続けるストレスに比べたらマシだと感じている。
しかし、光の消えた直後に見えた敵艦は、すでに後退を始めていた。
艦隊右翼の崩壊により、戦線を維持できなくなった連盟艦隊は、撤退行動に移っていた。それを追撃する地球203艦隊。
作戦は、大成功だ。
だが左翼3千隻の乗員にとっては、今ひとつ納得のいかない勝利だ。その鬱憤を晴らすべく、この追撃戦で元を取ろうと攻勢をかける3千隻。
そんな欲求不満なところに、駆逐艦8820号艦が不穏な艦艇を捉える。
「レーダーに感! 9時方向、俯角30度! 艦影10!」
「光学観測! 艦色視認、赤褐色! 連盟艦艇です!」
「なんだと!? こんなところに連盟艦が……なぜだ!?」
そのわずか10隻の敵は、まっすぐあの星に向かっているのは明白だ。それを察した副長は、艦長に報告する。
「副長、意見具申! これよりあの艦艇10隻を追撃、捕捉し、攻撃すべきと考えます!」
「なぜ、そう考える?」
「我々に先んじて、あの星の住人との交渉を開始する可能性があります。その時は連盟が交渉権を主張しかねず、いささか厄介なことになりかねません。あの艦隊の動きは、断じて阻止すべきです」
「うむ、分かった。では、小艦隊司令部にその旨を打電し、戦線離脱しこれを追う」
「はっ!」
「駆逐艦8811号艦から8819号艦に打電。『敵艦隊を追う、我に続け』と。」
「了解!」
戦意を失った敵を攻撃することほど、つまらない戦いはない。それよりもこの小狡い敵を捕捉し攻撃する方が、よほどかやりがいがあり、また大きな成果につながる。我々の手柄を横取りしようなどという不届きな敵艦に一太刀浴びせようと意気込み転進する、10隻の艦隊。
全速で追うカールヘルト少佐の艦隊……いや、彼は副長だ、本来ならこの10隻の指揮官ではないのだが、事実上この10隻は彼の指揮の元、行動する。
ところで、連合側の艦艇には、改良型重力子エンジンと呼ばれる機関が搭載されている。
連合、連盟を問わず、駆逐艦に搭載されている機関や主砲などの武器は、そのほとんどが地球001と呼ばれる星で開発された技術である。いまや敵味方問わず、この宇宙の隅々までその技術は普及している。
が、連合はその地球001側の属する陣営であり、それゆえ連盟に対してやや技術面での優位さがある。その一つが、この改良型重力子エンジンと呼ばれる機関だ。
短時間ではあるが、連盟側の艦に搭載されている機関の3倍の出力を出せる機関であり、この機関がある故に、あの左翼艦隊を突出させるという作戦が可能となった。
その改良型エンジンのおかげで、この連盟艦隊10隻を追い越して、ものの1時間で、発見されたばかりの手つかずの地球の衛星軌道上に達する。
「敵艦隊は?」
「まもなく、射程内です!」
「ギリギリ間に合ったな。よし、このまま敵の出鼻を挫く。砲撃戦用意!」
高度120キロで横一線に展開する10隻の灰色の艦隊。そこに迫る、赤褐色の艦隊。
先手を取ったのは、灰色の方だった。
「目標、連盟艦隊10隻! 撃ちーかた始め!」
若き副長の号令に合わせ、再び砲火が放たれる。120キロ下にある地上は真夜中で、真っ暗な地表面が広がる。その地表を、この青白い光が照らす。
その輝きは、30万キロ彼方にいる艦隊を貫く。
「弾着確認! 敵艦隊の一隻に命中、これを撃破!」
初弾での撃沈の報に、艦橋内で歓声があがる。だがそれを、副長は制止する。
「まだ戦闘中だ、敵を退けてから喜べ! 残り9隻、効力射、砲撃を続行せよ!」
立て続けに砲撃を加えるカールヘルト少佐麾下の艦隊。だが、いきなり艦を沈められた連盟艦隊は戦意を失ったのか、1発も放つことなく、離脱していった。
敵の撤退を受け、戦闘勝利にわく駆逐艦8820号艦内。
だがこの戦いは、この先に起こる物語の序章に過ぎない。
ここからこの艦の、いや、カールヘルトの本当の「戦い」が始まる。
歓声があがる中、1人の乗員が緊迫した声を上げる。
「副長、緊急事態です!」
この一言で、艦橋内は一気に静まり返る。
「なんだ、何があった!?」
「機関室より連絡、右機関停止! 左機関も推力低下中!」
「なんだと!?」
「軌道速度を維持できません! 現在、当艦は地球重力圏に捕捉され、降下中!」
「直ちに立て直せ! 出来るだけ出力を上げろ!」
「出力上がりません! さらに推力低下!」
「……やむを得ん、大気圏突入準備!」
「りょ、了解!」
「機関科に連絡、左機関の復旧を最優先。それ以外の乗員は、大気圏突入準備」
ダ号作戦、そして敵の艦隊追尾と、立て続けに高出力運転したツケが回ってきたようだ。駆逐艦8820号艦は、まだ外宇宙の人間が足を踏み入れたことのない暗闇の地球に向かって、降下を続けていた。




