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#1 内惑星会戦

「敵艦隊、さらに接近!距離31万!」

「全艦に下令せよ!砲撃戦、用意!」

「了解!全艦に達する!砲撃戦用意!」


 地球(アース)203遠征艦隊の左翼側に陣を敷く小艦隊の司令、グラッツェル少将は、戦いを前に少し不機嫌気味に部下に命じる。

 ここは、発見されてひと月ほどの未知の地球(アース)から、わずか600万キロの至近距離。広大な宇宙において、光の速さでわずか12秒ほどのこの場所は、至近と呼んで差し支えない距離だ。

 小惑星帯(アステロイドベルト)よりも内側の内惑星系。そんな場所で、一個艦隊もの敵を迎えなくてはならなくなったことに、この若き少将は苛立ちを感じている。


 ワームホール帯という、ワープ航法には欠かせない場所がある。


 通常はこのワームホール帯は星系に一つしかないものだが、この星系にはなぜか二つ存在している。

 そしてその一方が連合の勢力範囲に、もう一方が連盟側につながっており、それゆえこの両者がこの同じ星系でぶつかり合う羽目になった。


 宇宙統一連合、通称「連合」と呼ばれる陣営側の地球(アース)203遠征艦隊は、まさにこれからこの星系にある星と、同盟交渉を開始しようとしていた矢先であった。だが、その星にたどり着く前に地球(アース)の至近距離で、敵対する陣営である銀河統一連盟、通称「連盟」の艦隊1万隻を迎え撃つことになってしまったのである。

 まさに前代未聞。これほど地球(アース)の近くでの一個艦隊同士の会戦など、この数百年余りの戦乱の歴史でも記録されたことはない。

 その前代未聞の会戦は、あと5分ほどで始まろうとしていた。


「閣下、総司令部より暗号通信です!」

「なんだ、こんな時に……読んでみろ。」

「はっ、読み上げます! 『左翼艦隊3千は、第27小艦隊司令グラッツェル少将発案の作戦を履行するものとする。戦闘開始より10分で、当作戦を発令。以降、この作戦を「グ号作戦」と称す。グ号作戦命令書は、暗号送信する。(はつ)地球(アース)203 遠征艦隊司令長官 ランゲンバッハ大将、(あて)、左翼艦隊、各司令官殿』以上です!」

「そうか、あれを発動するのか。しかし戦闘直前になって、この作戦指示を出すとはな。しかも、何のリハーサルもなしに行うとは……現場が混乱しかねないぞ。総司令部は今まで、何をやっていたんだ……」


 自身の作戦が承認されたとはいえ、その作戦指示のタイミングの悪さに、グラッツェル少将はさらに苛立ちを深める。


 そのグラッツェル少将麾下の3千隻の旗艦である戦艦ヴェストファーレンの戦闘指揮所でも、100人余りの兵員が慌ただしく動いている。ここでは、3千キロほど前方に展開する、直属の340隻もの駆逐艦隊を指揮するための機器と幕僚らが集結している。

 手前の大型モニターには、両軍の陣形が映し出されている。両軍共、主砲の射程距離である距離30万キロほどを挟んで、横一線に広がって対峙しようとしている。

 このまま戦闘に突入すれば膠着状態に陥り、いつものようにただ長時間撃ち合い、艦と多くの乗員の生命をいたずらに浪費するだけの戦いになる。

 グラッツェル少将の発案した作戦は、その戦線膠着を打開するためのものだ。


「作戦名『グ号作戦』の作戦命令書を展開せよ! パスコードは……」


 作戦名に自身の頭文字が付けられたことにかえって憤りを覚えつつも、ともかく配下の艦艇に作戦計画書の開示を命じる少将。左翼側に展開する10の小艦隊も、まさに同じ作戦命令書を受け取ったところだ。


 同時刻、駆逐艦8820号艦。


 全長が300メートル余りの、大口径主砲塔が一門のみというこの戦闘艦の艦橋では、あと3分後にまで迫った敵艦隊との戦闘に向けて、緊迫した空気が流れている。


「副長!」


 通信員が叫ぶ。


「なんだ」

「はっ! 艦隊司令部より、作戦命令書が送信されました!」

「命令書? なんだ今頃」

「第1モニターに、投影いたします!」


 艦橋内の一段高い場所に、艦長が座っている。その艦長の傍らに立つ副長。この艦の指揮官である2人は、この艦橋で最も大きなモニターに映し出されたその作戦書を見て愕然とする。


「な、なんだこれは……こんな無茶な作戦、これをぶっつけ本番でやれというのか!?」


 唖然とする副長に、艦長が応える。


「それだけ今回は特殊な戦場だということなのだろう。ここは内惑星系、しかも地球(アース)からわずか600万キロ。こんな距離で戦闘など聞いたことがない。いつものような守りに徹した戦闘をするわけにはいかぬ、ということだろう」

「ですが……」

「ともかく、我々は命令通りに動き、砲を放ち、できるだけ敵を殲滅し退ける。それだけを考えよ」

「了解しました、艦長。では作戦書通りに遂行いたします。」

「うむ。では副長、任せたぞ。」


 この副長の名は、コンラート・フォン・カールヘルトという。歳は27、階級は少佐で、1万隻の中の一隻の副長を務めている。

 末尾が0番台の駆逐艦は、その直前の番号を持つ10隻の駆逐艦の指揮艦を担っており、その艦の艦長は配下の10隻を命令する権限を持つ。その補佐として、副長を傍らに置くのが通例だ。

 だが、ここの艦長はいささか怠慢気味で、若くて頭の切れるこの副長にあらゆることを任せきりだ。事実上、この若き副長が10隻を仕切っている。


「当命令書を全艦に伝達。ただし、指示あるまで、通常戦闘を行うよう伝えよ」

「了解しました!」


 通信士が、この若き副長の指示を残りの9隻に伝えている。だが敵の連盟艦隊は、まさにこのタイミングで射程圏内に入ってきた。


「敵艦隊、距離30万キロ! 敵、射程内です!」

「司令部より信号、砲撃開始の指示です!」

「よし、全艦、砲撃開始! 撃ちーかた始め!」

「砲撃管制室及び僚艦へ! 撃ちーかた始め!」


 通信士が、副長の号令を9隻に一斉に伝達する。その次の瞬間、艦橋内にはキィーンという甲高い音が鳴り響く。これが数秒続いた後、ズズーンという重い音とともに、床がビリビリと揺れる。砲撃が開始され、戦闘が始まった。

 細長い船体の先端にある直径10メートルの主砲身からは、射程30万キロの青白いビームが吐き出される。その行方を追う弾着観測員が、砲撃の結果を報告する。


「初弾外れ! 目標ナンバー7822、健在! 右へ補正300!」

「弾着補正! 効力射、撃てーっ!」


 再びキィーンという甲高い装填音ののちに重々しい音で放たれるビーム。このビームの帯は、一撃で一つの都市を壊滅できるほどの威力がある。そんな破壊力の砲撃を、たかが全長300メートルの敵艦に向けて放つ。

 だが、そう簡単には当たらない。命中するのは、10発から20発に1発だけ、しかも両軍ともシールドという防御兵器があるため、着弾しても弾き返される方がほとんどである。

 このため3、4時間撃ち合っても、撃沈率はせいぜい2パーセント程度。そんな不毛な戦闘に、一隻あたり100名、一個艦隊で100万人もの人間が、己の精神を限界まですり減らしながら攻撃を続行する。

 30万キロの距離をおいて、ただ撃ち続けるだけの戦場。この調子では敵陣など、突破できることも叶わない。こんなことを数百年も続けてきた。決着など、つきようがない。

 それはやっている当事者らもよく認識している。だからと言って、今さらやめることもできない。ただ自身の生き残りをかけて、全身全霊をかけて自らの任務を全うする。


 連盟艦隊も同じ武器で応酬する。向こう側からも無数のビームが飛来。たった一発で都市を一つ消し飛ばすほどの威力のこのビーム。それをランダムに動き回避する敵味方の駆逐艦隊。

 時折、戦列の中で青く眩い光がパッと現れる。これはビームがどこかの艦艇に着弾し、それをバリアが弾く際の光。もっともその中には、命を焼き尽くす光であることもあるのだが……


 そんな前線からは一歩引いた場所で戦闘指示を続ける戦艦ヴェストファーレン。全長4200メートルのこの艦は、3千キロ前方で撃ち合っている味方の駆逐艦隊の後ろで、前線の彼らを動かしている。

 戦艦ヴェストファーレンは大型艦ゆえに、駆逐艦と同じ10メートル径の砲が30門も搭載されている。だがその大きさゆえに、前線へ出れば格好の的となる。おまけに動きが遅い。ゆえに戦艦は、この時代では戦闘の主役ではない。通常は後方任務と、司令部としての役目を果たすだけの、戦艦とは名ばかりの後方支援艦である。


 このままでいけば今回も、通常の戦闘のように、30万キロを隔てた根比べで終わるはずだった。


 が、戦艦ヴェストファーレンから、前方にいる駆逐艦隊に向けて、ある電文が発信される。


「司令部より打電!『ダ号作戦、開始!』」

「来たか……」


 いつもとは違う戦闘が、まさに始まろうとしていた。

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