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#22 紅玉星会戦

「第6惑星、つまり『紅玉星』でスイングバイしつつ帰還すると、早めに到着できると?」

「軌道計算の結果、そうなりました」

「ちょうどいい、ラーニャが紅玉星を直に見たいと言っていたからな」

「は?」

「いや、なんでもない。第6惑星によるスイングバイ軌道による帰還を許可する」


 帰りの航路を計算していたら、この星系にある第6惑星である赤い星、「紅玉星」と呼ばれる星を通ると、早く帰還できるとの結果が出た。


「えっ、カールヘルト……じゃない、コンラート、紅玉星を直にみられるのですか!?」

「おお、あの紅玉星を!」


 当然ながら、ラーニャも、占星術に興味のないパスクワラも興味を示す。


「その方が、早く帰還できるとの軌道計算の結果が出た。ゆえに、紅玉星のかなり脇を通ることになる」

「うわぁ、楽しみですぅ」


 喜ぶラーニャだが、実物を見ると幻滅するんじゃないかな。そう、カールヘルト大佐は考える。

 というのも、紅玉星は大型のガス惑星で、その表面には絶えず嵐が起こっている。実物を見たことはあるが、赤いガスの表層には無数の渦が巻いており、見ててあまり心地の良い模様ではない。

 とはいえ、実物を見せておくのもラーニャにとっては良いことだろう。自身の占星術の源の一つである星を、直に見られるのだから。


「進路そのまま、警戒を厳にしつつ、紅玉星に向かう」


 このところ、連盟軍の偵察部隊の遭遇戦が多すぎる。我々だけでもすでに三度、経験している。他の部隊からも同様の報告が挙がっている。

 どこか、我々の知らないワームホール帯でも使っているのだろうか? でなければ、我々の監視下にあるワームホール帯からは連盟軍のワープアウトなど確認されていない。意外にこの星は、ワープポイントであるワームホール帯が多いようだ。

 もしかすると、あの「魔族」、学者曰く「原生人類に最も近い種族」がこの星にいるのも、単なる偶然ではないのかもしれない。ワープポイントであるワームホール帯が多いということは、それだけ宇宙空間の航行に有利な場所、ということになる。

 しかし、ワームホール帯というのは、主に超新星爆発のあった場所、ブラックホールや中性子星といった大質量の星のそばに多数、存在するのが一般的だ。が、ここはそのような星系ではないにもかかわらず、いくつものワームホール帯が確認された。

 そのうちの一つを突いて、一万隻の連盟艦隊が現れたことがあった。が、あの後、そのワームホール帯の先を我が連合側の支配圏に置いたため、同じことは起こらないよう

対策を行っている。

 だが、他にもまだ、この星に続くワームホール帯があるということか。

 そんなことを考えながら、艦橋に立つ。


 それから、4時間後のこと。

 例の紅玉星が見えてきた。


「うわぁ、近くで見ると、こんなに大きな星なのですね」


 大きい、というが、まだ距離は300万キロ以上離れている。あれのすれすれ、距離30万キロまで迫るつもりだから、この程度では済まない。もっと大きく、そしてもっとおぞましいその星の真の姿を、目の当たりにすることとなる。

 紅玉星は、ガス惑星ながら赤い星だ。どうやら、酸化鉄を多く含むらしい。ガス惑星でありながら酸化鉄が多い星、というのも珍しいが、それが霧状に分布しているため、赤色に見えるという極めて珍しい星だ。

 そんなものが、星の表面を吹き荒れている。当然だが、鉄は伝導体だ。酸化鉄と言えども、全てが参加しているわけではない。いわば、砂鉄を含む嵐が吹き荒れた星、当然ながら、電磁波が放出されている。

 その電磁波が、あるものを我々に捉えさせることとなる。


「艦長、パッシブに感あり」


 その自然に発せられる電磁波を受信していたパッシブセンサーが、何かを捕らえたようだ。


「何かを、捉えたのか?」

「はっ、艦影らしきものを捕捉、その数、およそ10」

「まさか……連盟艦隊か?」

「光学観測を行います」


 紅玉星に接近しつつある今、まさにその星のそばに、正体不明の艦影を捉える。

 もちろん、味方艦艇の可能性もある。だから、光学観測により、敵味方を判別する必要がある。

 が、結果は「敵」だった。


「艦色視認、赤褐色! 連盟艦隊です! 数、およそ10隻! 我々と同様、スイングバイにより地球(アース)1133を目指している模様!」

「くそっ、逃がすか! これより、敵艦隊を追尾し、これを攻撃……」


 カールヘルト大佐はそう言いかけた後、少し考え直す。

 待てよ、このまま追いかければ、やつらは増速して逃げにかかる。ならば……


「いや、このまま慣性航行を続ける。敵艦隊を、射程に捉えるのは何分後だ?」

「はっ、およそ15分後の予定」

「ならば、このまま気づかれずに接近し、一機に攻撃を加える。前回の不意打ちの、仕返しだ」


 そう、前回は先制攻撃を受け、艦艇一隻に乗員28人を失った。が、今度はその逆をやる。

 つまり、こちらが先制し、敵を一挙殲滅する。


「各艦に伝達、電波管制、並びに砲撃戦用意。これより先は、レーザー通信によるデータリンクを行う。パッシブ、敵艦隊を逃すな」

「了解!」


 レーダーを止め、敵に感づかれないよう接近を続けることにした。突如起きた、この緊迫した雰囲気に、窓越しで呑気に紅玉星を見ていたラーニャがカールヘルト大佐のもとへ来る。


「コンラート、何か起きるのですか?」


 黙っていても仕方がない。カールヘルト大佐は答える。


「敵の艦隊を捕捉した。これより隠密に接近し、これを撃つ」

「こ、紅玉星のそばで、戦を始めるのですか!?」

「そういうことになる。さもないとやつら、地球(アース)1133に到達してしまうからな」

「なんじゃと、戦じゃと!?」


 パスクワラは当然、戦など未経験だ。こちらの十倍も長生きしていて、よくまあ戦を知らずに生き延びることができたものだ。そうカールヘルト大佐は思う。


「ともかく、緊急事態だ。二人とも、食堂へ待機せよ」


 カールヘルト大佐はそう、ラーニャとパスクワラに告げる。が、ラーニャはこう言い返す。


「いやです!」


 珍しく、頑固だな。カールヘルト大佐はそんなラーニャに答える。


「いや、ここよりは食堂の方が安全だ。すぐに移動を……」

「いえ、残ります。私は、あなた様の妻であり、そして皇女なのですよ。戦の行方を見届けず、どうせよと仰せになるのですか?」

「そうじゃな、どうせそなたらの戦は、生きるか死ぬかの二択じゃろう。ならば、(わらわ)も残るとするか」


 などと言う二人に、カールヘルト大佐としても返す言葉はなかった。そこで二人に告げる。


「いつもより、激しい撃ち合いになるかもしれん。それでも、残るか?」

「前回は、食堂で戦いを経験しましたが、何がどうなっているのか分からぬままでした。それが分かるこの場所の方が、何倍もマシでございます」


 そう、ラーニャは答えた。そして、ひと言、付け加える。


「何よりも、死ぬときは夫と共にと、決めておりますから」


 この惚気に、艦橋の雰囲気が一瞬緩んだ。皆、この二人を微笑ましいような、いやらしいような、そんな目つきで見つめてくる。その覚悟を聞いたカールヘルト大佐は、ラーニャに向かって無言でうなずくと、艦内に向けてこう叫んだ。


「戦闘開始は、およそ13分後と迫った。一隻たりとも逃さぬよう、慎重に照準を定めよ。戦闘開始の合図と同時に、一斉砲撃!」


 大佐のこの言葉が、10隻の艦に伝えられる。機関を使わない慣性航行のまま、敵に接近するカールヘルト艦隊は、徐々に敵に迫る。

 たったの、10分程度の時間だった。が、緊張状態にある乗員にとって、このわずか10分は長く感じた。徐々に接近し、射程に捉えるまで、息を殺してその機会を待つ。

 もっとも、宇宙空間で息を殺すことに何の意味もない。電波とは異なり、空気のない宇宙空間は音を伝えない。にもかかわらず、心理的に息を殺してしまいがちだ。

 極度の緊張状態が続いたおよそ10分の時間が、ようやく経とうとしていた。


「敵艦隊まで、30万キロ!」


 敵が射程内に入ったことを知らせる報告が、艦橋内に響く。


「よし、全艦に伝達、電波管制解除、主砲装填、砲撃戦用意!」

「はっ、砲撃戦用意!」

「全艦、狙いを定めつつ、一斉砲撃! 正確に狙え!」


 いよいよ、戦いの火蓋が切られる。装填と同時に、敵もこちらに気付いた。

 が、もう遅い。


「撃ち―かた始め!」

「全艦、撃ち―かた始め!」


 10隻の艦が、一斉に青白い光を放った。猛烈な轟音を放ちつつ、ビームは一瞬で敵の艦艇に向かっていく。


「ひええぇっ!」

「あ、相変わらず、うるさいですわ!」


 パスクワラとラーニャが騒いでいる。が、そんなことに構っている場合ではない。


「弾着状況は、どうか!?」

「はっ! 敵艦、5隻撃沈!」


 初弾で、いきなり敵を半数にまで削る。が、逆に言えば、まだ半数いる。


「続けて砲撃! 残り5隻に照準!」


 散発的に、砲撃が始まった。前回は不意打ちを食らい、一隻を失ってしまった。その後悔から、今度は徹底的に叩くとこの艦長は心に決めていた。


「こ、これが、噂の神雷(トラロックランス)か!?」


 砲撃を初めて経験する魔族のパスクワラは、そう呟く。が、そんなものに構っている場合ではない。敵を、一隻たりとも逃がさない。その執念で、カールヘルト大佐は砲撃を続けさせた。


「敵艦隊、全艦消滅!」


 戦闘が始まって、わずか2分。敵は反撃をすることも、逃げることもできず、全滅することとなった。


「あ、あの、コンラート」

「なんだ?」

「もしかして、勝利したのですか?」

「ああ、そうだ。一隻残らず、敵を沈めた」


 だが、ラーニャは納得していない。


「紅玉星とは、行動を促す星とされています。なぜ敵は、逃亡か反撃か、どちらの行動も起こせなかったのでしょう?」


 ラーニャは、占星術的な解釈で紅玉星のそばの敵艦隊の動きに疑問を覚える。が、答えは単純だ。


「紅玉星は、地球(アース)1133のおよそ90倍もある。それだけ重い星のそばを航行する敵の艦隊は、逃げようにも逃げられず、また反転して攻撃しようにも、減速することもできない。そういうジレンマに陥ったところを突いた」


 そう、占星術的解釈とは異なり、実際の紅玉星とは、その強力な重力ゆえに、むしろ行動に制約をかける星だった。

 ともかく、この戦いは勝利することができた。


 そして、それから一か月後のこと。


「カールヘルト大佐、本日付けをもって、准将に任ずる」


 再び戦艦ヴェストファーレンに来たカールヘルト大佐は、いきなり准将に昇進した。

 と、同時に、100隻の「戦隊」を指揮する指揮官に任じられる。

 これはまさに、紅玉星会戦がもたらした結果であり、地球(アース)203では異例の出世となった。

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