#23 未来
紅玉星会戦から、2年近くの月日がたっていた。
すでに帝都の横に巨大な宇宙港と併設する街が出来上がっていた。高さ300メートル級のビルが、いくつも見える。
帝都での暮らしも、大きく変わっていた。それまで庶民には手に入らなかった香辛料や鶏卵、そして肉類も、徐々に浸透し始めている。
人々の暮らしは大きく変わったが、一方で変わらないものもある。
それは、男爵家の屋敷で暮らす、あの二人の夫婦の仲睦まじさだ。
「コンラート、今日もいい天気ね」
そう言いながら、ラーニャは窓の外から空を見上げる。大きなソファーに深く腰掛けるカールヘルト准将は、手元にあるものを眺めながら答える。
「ああ、そうだな。せっかくの休日だし、近くの広場まで出かけるとするか」
そう話す准将の腕の中には、生まれて間もない嫡男がいた。クリストフと名付けられたこの男子は今、夢の中だ。
「そうですね。今日は金剛傍星の動きも、悪くありませんから」
占星術へのこだわりは相変わらずだが、あれから特に、悪いことは起きていない。星の巡りがよかったためか、それとも、これが当たり前なのか。
度々、この星系内に侵入を続けていた連盟軍だが、その際に使われていたワームホール帯が、ついに発見された。
それゆえに、連盟軍の侵入に脅かされることもなくなった。どちらかと言えば、見えざる天体の封じ込めによって、安定がもたらされたと言ってもいい。
「ならば、出かけるぞ」
そう言って、小さな我が子を抱えつつ、外に出る。今は帝国歴255年の、4月31日だ。ちょうど初夏を迎える頃だった。
日差しは強いが、心地よい風が西より吹いてくる。そのおかげで、この小さな生命も心地よい気分で寝ている。
「やはり、コンラートそっくりですわね」
「おい、ラーニャよ。それは、寝起きの悪い私への当てつけか?」
「まさか。でも、寝る子は育つと申しますし、そういうところは似てよかったのかもしれませんね」
やっぱり皮肉交じりではないか、とカールヘルト准将は思う。が、別に悪い気はしない。
この夫婦、変わらないと言ったが、一つだけ大きな変化があった。そう、家族が増えたことである。
いや、それだけではない。メイドも変わった。
なにせ、元・侍女であったノエミが、ハーラルト中尉のもとに嫁いでしまったからだ。
で、我が家と同じく、子を儲けて、宿舎で慌ただしく暮らしているという。うちの子と違い、あの二人の子供はよく泣き叫ぶそうだ。元気な証拠ではあるが、親としてはたまったものではない。
「おお、相変わらず仲がいいのう」
広場へと向かう途中、頭から角の生えた者と出会う。パスクワラだ。
「なんだ、また帝都大学へ行くのか?」
「決まっておろう、今週は壁画の学術発表会が行われるのじゃ。妾もひとつ、発表をするつもりゆえ、忙しいのでな。ところで」
「なんだ?」
「お前ら、いつの間に子供ができたのか?」
まったく、魔族というものは時間間隔がどうかしている。もうすぐ一歳になろうという我が子を連れた姿を、何度見せているというのか?
「ともかく、先を急ぎますんで、これで」
「おお、また近況を報告するぞ!」
などと、壁画の解読に邁進する魔族に手を振り、広場へと向かう。
あの学者、レーヴィトにも会った。成果は多いものの、あまりに膨大な壁画をすべて解読するには、やはり百年はかかるとそう繰り返していた。
分割して負担すれば、早く終わりそうな気もするのだが、時の流れをたどらねばならず、分担できない部分もあるという。それが、百年かかると言った根拠だそうだ。
魔族の姿を見て、ラーニャはこう言い出す。
「あの壁画の解明には、百年もかかるんですよね」
ラーニャにしては珍しく、壁画の解読に興味を示す。カールヘルト准将は答える。
「魔族にとっては短くも、我々、人にとっては長い時間だな」
「その通りですわね」
そうラーニャが言うと、准将から我が子を受け取って、そしてその寝顔を見ながらこう呟いた。
「百年ともなると、この子の孫くらいの世代ですわね」
「あ、ああ、そうだな」
「で、あれば、コンラート。我がカールヘルト家はそれまで、もたせなくてはなりません」
「それはそうだが……何が言いたい?」
そんなカールヘルト准将の怪訝な顔を見ながら、ラーニャは答える。
「決まってますわ。そのためにはもう一人、男子を授からねばなりませんね」
「は?」
「嫡子が一人では心もとないですわ。となれば、もう一人の男子が欲しいところでありますね。あ、女の子も一人、欲しいですわ。私との話し相手に、そして、他の貴族家との縁を結ぶために」
「あのなぁ、そういう政略結婚は、これから先はもう不要で……」
「ですが、男女あと一人づつ、欲しいですわ。ですから、励んでくださいね、旦那様」
まったく、2年前よりも図々しくなってきたぞ、そう思うカールヘルト准将だが、悪い気はしない。
これだけ仲睦まじくいられることは、やはりこのラーニャという皇女の持つ穏やかさゆえだろう。何かとピリピリしがちな軍人にとって、この温厚な性格の妻というのは良い盈虚を及ぼしてくれる。
ただ一つの、あの癖を覗いては、だが。
「そういえば、そろそろ紅玉星が、コンラートの星座であるつばき座を横切りますね。同時期には、金剛傍星も通過するようですし、なにやら動乱の兆しがありますわね」
そういうことを、この場で言うかなぁ。まあおそらく、その占い通りのことが起きるのだろう。カールヘルト准将は諦めていた。
が、逆に言えば、対処すべきことは分かっている。次の出撃は、細心の注意を払えばいい。それで万事、上手くいく。
パスクワラには敵わないが、できるだけ長生きして、このラーニャの星占いに付き合ってやろう。カールヘルト准将は、そう心に決めていた。
少しでも長く、その壁画や息子の未来を、見届けるために。
(完)




