#21 面会
戦艦ヴェストファーレンに到着するや、考古技術学を専門とする者が、一番ドックに現れた。
「お待ちしておりましたよ、カールヘルト大佐殿。そして、ラーニャ皇女様に、パスクワラ殿」
「あの、あなたは?」
「ああ、自己紹介を忘れてました。僕は考古技術学者の、オスバルト・レーヴィトと申します」
まさか学者が、ドックにまで出迎えに来るとは思いもよらなかったカールヘルト大佐だったが、それほどまでに行動的とは、よほどあの壁画が衝撃的な内容だったらしい。
「いやあ、完全に行き詰っていた宇宙考古学を、おおいに前進させる発見です。速報でこの知らせを連合の宇宙考古学会に報告したところ、とんでもない反響が来てまして」
そんな学会が存在すること自体、カールヘルト大佐は知らなかった。が、この宇宙の不自然なまでに人為的な成り立ちを解明しようとする人々がいるのだから、当然、そういう学術会が存在することは容易に想像がつく。
で、その学会に、カールへルト大佐が送った壁画の写真がそれほど物議を醸し出しているとは、その学者に聞かされるまで夢にも思わなかった。
「何よりも、原生人類に関する起源を証明する画期的な証拠と、その証人までやってくるとは思わなかったんですよ。これが慌てずにはおられましょうか」
「原生人類?」
「あ、ええとですね、我々よりも先に文明を築き、宇宙に進出した人々のことですよ。彼らが1万4千光年の宇宙に、我々人類を誕生させるきっかけとなったと考えられているのです」
宇宙に地球が人為的なまでに配置されている現状を見ると、当然、それ以前に何かの文明が存在し、我々のいる宇宙を作り出した。当然の帰結だろう。だが、カールへルト大佐はもちろん、最先端の考古学を持ってしても、その謎は解明されていない。
だが、地球1133に住む「魔族」を自称する彼らは、もしかするとその原生人類にもっとも近い存在なのかもしれないと、そのレーヴィトという学者は熱弁する。
「つまりじゃが……妾らが、この宇宙に散らばる人の住む星を作り出した、その原生人類とやらだと、そなたは申すか?」
「あくまでも、可能性です。ですが、あの壁画の写真を見て、我々は遠からず、それが証明できるのではないかと考えたのです」
パスクワラの両手を握りつつ、熱弁する学者は、そのまま会議室へと入っていった。もちろん、連れ出した我々も同行する。
「このモチーフの、意味するところを、あなた方はどのように解読しているのですか?」
「それは、その前後に起きた出来事と、それに見合う物とを比較し、その間に起きたことを補完しつつ解読していく。かなり骨じゃぞ。幸いにも人族が文明を発達させて、その土台となる実物を作り上げてきた。そこからその先に何が起きたのか、それを推測しては実験し……」
学者とパスクワラの話は、正直言ってカールへルトらが付き合ったところでまるで理解できる領域の話に至らない。そこで、カールへルト大佐とラーニャは会議室を抜け出す。
「何やら、難しい話をしてましたね」
「ああ、だが、何かとてつもない発見につながるかもしれない。あとは、あの二人に任せておこう」
そう言いつつ、カールへルト大佐とラーニャは、街へと繰り出した。
「うわぁ、やっぱりここは、ごみごみしてて素晴らしい場所ですね」
皮肉っているのか、感動しているのか分からないな、ラーニャのこの言葉からは。しかし、飾緒付きの軍服をきた大佐と、古風なドレス姿の美女が手を繋いで歩く姿は、この街でも目を引く。人によっては、それが噂の大佐と皇女だと分かる者もいるほどだ。
そんな二人が立ち寄ったのは、とある料理店だ。
この間、行った馴染みの店ではなく、もう少し高級な店に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ、予約された、カールへルト大佐ですね」
「ああ、そうだ」
「奥にご案内いたします。では、こちらへ」
予約制の店で、かなり人気がある。一年先まで埋まるほどの人気ぶりだが、グラッツェル少将が特別に枠を取ってくれたおかげで、訪れることができた。
コース料理に、さらにワインも付いてくる。一度、行きたいと思っていた店だったが、ラーニャという伴侶を得て、ようやくここに来店することができた。
「静かで、いい店ですね」
戦艦の中の街は、狭い空間に建物と人を詰め込んでいる。それゆえに、騒音がひどい。が、この店の防音は優れており、外の喧騒が嘘のように静かだ。
「まずは前菜でございます」
そう言って運ばれてきたのは、ブロッコリやレタス、キャベツ、ニンジンの入った小さなサラダに、シュパーゲルという白アスパラガスを茹でたもの、そして薄めに切られた黒色パンにバター。一見簡素だが、それらに使われた素材は格別で、素材そのものの味を楽しむことができる。
「野菜なのに、ほんのりと甘みを感じますわ。それに、この黒色パン。硬いですが、それでいて芳醇で、宮殿でもこれほどの味を出せる料理人はおりませんわね」
「それだけに、この店はなかなか予約することができない。それほどのお店だよ」
そんな会話をしている間に、次の品が運ばれてくる。肉料理がきた。
一つは、シュニッツェルという、豚肉を衣で包み揚げたものだ。その横に、牛肉の入ったグラッシュと呼ばれるスープだ。その料理を肴に、赤ワインを飲む。
「あの、カールへルト様」
と、料理の途中、ラーニャが突然、大佐に話を切り出す。何やら言いにくそうな雰囲気だったため、大佐は話を促す。
「なんだい、もう遠慮するほどの仲ではないだろう」
「そ、そうですね、では、思い切って」
勇気を振り絞って、ラーニャが言い出したことは、実にあっけないことだった。
「そろそろ私、カールへルト様をお名前でお呼びしてもよろしいでしょうか?」
ああ、そうだった。言われてみれば、ずっと姓で呼ばせていた。同じ姓を名乗っているというのに、呼び方はずっとそのままであることを思い出す。
「構わないよ」
「そ、それじゃあ、こ、コンラート……様」
「様も、いらないよ」
「いえ、そういうわけには」
「ここじゃ誰も、夫のことを様付けで呼ぶ人はいないでしょう」
「は、はい、その通りでございます。では、コンラート」
「うん、いいね、それで行こう」
カールへルト大佐、いや、コンラートはそれで大満足だが、当のラーニャは顔が赤ワインのように赤い。よほどか、恥ずかしかったのだろう。
が、慣れるしかないな。そう思いつつ、この人気店の美味しい食事に二人、舌鼓を打つ。
で、食事を終えて、会議室に戻る。が、まだあの二人のやり取りは続いていた。
「つ、つまりはこのモチーフを一つ、解読するのに、それだけの手間と時間がかかると?」
「そうじゃ。これを180年、やり続けたきたのじゃぞ」
学者の方は、流石に疲れが見え始めている。が、パスクワラの方はまったく疲れたそぶりが見られない。これも人と魔族の違いか。
「……お二人が激論を続ける間、我々は席を外していたが、何かわかったことでも?」
そうカールへルト大佐が尋ねると、学者のレーヴィトが答える。
「はい、それはもう、様々なことが分かりました。特にあの壁画の解読方法は、大変参考になります。が……」
どうやら有意義な話し合いになったものと思っていたが、学者はそれに逆説の接続詞をつける。
「何か、問題でも」
「ええ、解読方法は分かったのですが、我々の技術を用いても、ゆうに百年はかかりそうだ、ということも判明いたしました」
は? 百年だって? これまた、途方もない時間を言い出したものだ。が、パクスワラはその答えに満足する。
「なんと、あと千年かけてもできると思われたあの壁画の解読が、たったの百年で終わるじゃと!? なんと素晴らしいことか」
時間感覚が違うと、こうも解釈が異なるのだな。そう、カールへルト大佐は思った。
その後も二日ほど、この艦内にて二人の議論は続く。もちろん、食事も共にしつつ、その壁画のもたらした知識についてその多くをレーヴィトという学者は得た。
「大変な学術論文が書けそうです。この二日の話だけで、三本の論文が書けそうですよ。ではまた、今度はウェルビア村で」
「おう、待っておるぞ」
すっかりこの二人、意気投合しているな。いずれも学者のようなものだから、探究心という共通の目標が、二人をつなげたのだろう。
「8820号艦、発信します!」
そしていよいよ戦艦ヴェストファーレンを出港する。向かうは、地球1133だ。
が、まさかその帰路に思わぬ伏兵が潜んでいるとは、この時は思いつきもしなかった。




