#20 超技術(オーパーツ)
「レオカディアよ、誰だこやつらは?」
見た目は娘だが、きっとそれなりの年齢なのだろう。カールヘルトは、このレオカディアにタメ口をたたく娘を見て思う。
「パスクワラよ、こちらは新しい領主様だぞ」
「領主? ここの領主とは、あのいやらしいヴァストリア公爵ではないのか?」
「いつの話だ。やつはもうこの世のものではないぞ。よりによって、帝国に反旗を翻したからな」
「そうじゃったのか。ずっと洞窟にこもっていたから、知らなんだ。で、こっちが新しい領主なのか?」
「そうだ。こやつ、星の国から来たんだ。すごいだろう」
星の国というキーワードに反応するパスクワラという娘。その魔族の娘は、カールヘルト大佐に尋ねる。
「ということは、もしかしてそなたらは、方舟に乗ってやってきたのか?」
「あ、いや……我々はそれを方舟とは呼んでいないが、四角い船であることには違いない」
「そうなのか! なら、妾は乗ってみたい! どこにあるのじゃ!?」
独特の話し方をする娘だな、とカールヘルト大佐は思う。にしてもこの娘は一体、何のためにここにいるのか?
「あなたを乗せるのは構わないが、あと1週間は船を出せない。我が艦隊が戦線復帰すれば可能なのだが……」
「1週間くらい、ここで過ごせばあっという間じゃ! それくらいは待とう!」
急に方舟と聞いてテンションが上がるこの娘に、カールヘルト大佐はたじろぐ。
「ところで、パスクワラ殿はここで何をしているのか?」
「ああ、妾は壁画の解読のため、ここに参った。」
「まさかこれを、一人で解読しているのか?」
「いや、違う。何人かがこの壁画解読を試みておる。じゃが妾の解読しているところは、他の者とは違うところゆえ」
「違うところ? どこだそれは?」
「ああ、こっちじゃ」
パスクワラについて、再び奥へと進むカールヘルト大佐。しばらく進むと、そこにはラーニャがいた。
「あ、カールヘルト様! ここすごいですよ! ほら、星の理についての絵がたくさん!」
先ほどからラーニャは、方舟と農耕文化の図のちょうど中間あたりの、星の描かれたあたりを見ていたようだ。
「おお、そなた分かるのか? ここは、占星術の部分じゃな」
「あ、もしかして、あなた様はパクスワラ様でございますか? 私はマグダネラ師匠の元で修行していた、ラーニャと申します」
「なんと、帝国の第7皇女ではないか。そうか、人族の中で、マグダネラ随一の弟子と聞いているが、それゆえにこれが分かるのじゃな?」
「はい、マグダネラ師匠から聞いたことがあります。ここに占星術のことが描かれていると」
占星術とは、元々この洞窟の壁画から解読したものなのか。カールヘルトはその壁画を見る。だが、そこに描かれている絵は、さっぱり分からない。
「この辺りは、魔術に関する話が描かれておるのじゃ。」
「魔術……それはつまり、あの幻想を見せたりできる、あれか?」
「そうじゃ。我らは魔術が使えるゆえ、このあたりに描かれた絵の理が手に取るように分かる。それで、この部分の解読を長年試みておるのじゃ。」
それは、戦車や航空機よりもずっと後の絵だ。つまり魔族が残したこの歴史では、魔術とは相当後になって現れたもののようだ。しかし、他の技は失われたのに、魔術だけは脈々と継承されてきた。今の魔族を見ると、そういうことになる。
「妾がこの洞窟に入るようになって181年。90の時からここに入り浸っておる。それまでは火と水、闇の魔術しか存在しなかったが、妾が土と風、それに光の魔術を復活させた。今はこの部分の解読をしておるがの」
カールヘルト大佐はこの話を聞いて、即座に計算する。つまりこの魔族は、271歳ということか。うーん、村長ほどではないにせよ、相当長い年月をこの絵の解読に費やしている者の一人のようだ。そしてパクスワラは指差す場所には、石のようなものを持ち、何かに作り変えているような絵が描かれている。
「これは『金』の魔術と言われておる。つまり『錬金術』じゃ。これを具現化できれば、魔術は大方解読を終える。帝国もそれを知って、この場所を代々、公爵家によって守らせてきた。それゆえに、妾は今、解読に励んでおるのじゃ」
うん、帝国がどうしてこの場所を特別視しているかが、ようやくわかったぞ。カールヘルト大佐は納得する。
なお占星術は、マグダネラが240年前に解読したものだそうだ。その部分については、パクスワラは専門外だという。
「だが、何ゆえに魔術など作られたのだ? 見たところ、この前の部分で大方の技術が確立し、魔術などに頼らずとも不自由なく暮らせただろうに」
「うむ、そうかもしれぬが、そなたらもそうであるように、技で作られた物は、その技か原料のどちらかが失われれば、その力を使うことができぬであろう」
「ああ、確かに」
「じゃが、魔術とは物がなくても使うことができる。それゆえ、魔族の中で失われることなく脈々と引き継がれておるのじゃ。物に頼った技など、いつかは廃れてしまうものじゃからな。おかげで、ここ以外の壁画の解読には、未だに難儀しておる」
つまりこの魔族は、魔術こそ究極の技であると言いたいらしい。物の文明からやってきたカールヘルトは、少しムッとする。
しかし、壁画の順番を見ると、物質文明の後に魔術の文明が来ている。深刻な物資不足があり、その結果として魔術が生まれた。そういう歴史が、実際に起きたのかもしれない。
「カールヘルト様、このお方はすごいんです。なんと言ってもこの180年という短期間で、3つの魔術を解読されたんですよ」
「そういえば、解読が始まったのは500年前だと言っていたな。180年という期間でこの解読の速さは、確かに驚異的だ」
時間のスケールが人とあまりに違いすぎるため、180年が「短期間」と言われても違和感を覚える。だが、相対的に見て驚異的な解読ペースであることは否めない。
「脅威でもなんでもない。妾はただ、この洞窟内に長く入っているだけだ。一度入ったら2、3週間は出ない。それゆえに、早く解読ができる。」
「いや、ここは松明を使うと空気が汚れるからと、長く入れないのではないか?」
「妾は、松明など使わぬ。夜目が聞くようになれば、壁画を見ることはできるからな」
「にしても2、3週間って……その間、どうやって食事などをとっているんだ!?」
「知らぬのか? 我ら魔族は、2、3週間ほど食べずとも平気だ。」
「な、なんだと……?」
また一つ、魔族の不可思議な部分を知るカールヘルト。やはりこの種族は、どこかおかしい。
「だが、そろそろお前も3週間以上こもったままだ。さすがに腹が減ったのではないか?」
レオカディアが、パクスワラに言う。
「うむ、確かにな。腹具合から、そろそろ出なければと思っていたところだ」
「ならば、これをやろう。美味いぞ」
そういってレオカディアが手渡したのは、チュロスだった。
「なんだ、この木の枝は……いや、なんだか不思議な匂いがするな」
「星の国からもたらされたものだ。食ってみろ」
「うむ、しかし木の枝など食えるのか……な、なんだこの木の枝は!? なんと言う味なのだ、これは!?」
「どうだ、美味だろう」
初めて感じるその食感と甘味に驚愕するパクスワラ。それを自慢げに誇るレオカディア。あれだけ物の文明をダメ出ししておいて、その物から作られた産物にあっさりと虜になる。パクスワラはすぐに、その木の枝のようなお菓子に夢中になる。
「う、うむ……なんということだ。星の国とは、どれほど技が進んでおるのじゃ?」
「少なくとも、この辺りに描かれた戦車や飛行機の絵よりは、さらに後の文明を持っている。実際にこの宇宙を航行し、他の星にも行くことができる力を持っているのだ」
「宇宙? それはつまり、方舟が渡ったと言う、暗闇のことか?」
「おそらく、そうだと思う。あの壁画を見る限り、それがなければあなた方は、ここにはたどり着けなかっただろうな」
そう言いながら、カールヘルト大佐はその場所も写真に収める。あの方舟の壁画も撮る。何枚か撮影して、パクスワラ共々外に出る。
「うっ、眩しい。何日振りの太陽じゃのう」
にしても3週間も篭るとは、いくら魔族でも身体を壊しかねない。レオカディアは心配そうにパクスワラに言う。
「おい、あと100年後には、お前にこの村の村長を努めてもらうつもりなのだから、もっと身体を大事にせい」
「いやじゃ、村長なんぞ。妾は洞窟で謎の解明に勤しむのじゃ」
レオカディアはどうやら、パクスワラを次期村長にと考えているようだ。だが、本人にはその気がないらしい。
「ところで、村長とパクスワラ殿よ。一つ、確認したいことがあるのだが」
「なんだ、改まって」
「いや、先ほどのこの壁画を、我々の研究機関に送ってもいいか?」
先ほど、スマホで撮った壁画の写真を見せるカールヘルト。
「おい、なんじゃこれは!? もしかして、さっきの壁画を写しとったのか!?」
パクスワラが、この写真に食いついた。そういえばパクスワラには、この写真のことをまだ話してはいなかった。
「これは写真というものだ。で、レオカディア殿にパスクワラ殿よ。これを我々の研究機関、つまり、解読を専門としている者たちへ渡したいのだが、一応、あなた方の了解をもらいたい」
「それは構わぬが、そんなものをどうするのだ?」
「専門家に見せれば、長年の宇宙の謎が解けるかもしれない。そしてこの壁画の解読も、一層進むかもしれない。あなた方にとっても、悪い話ではないと思うが」
「うむ……そうじゃな。そうかもしれぬ。実は魔族の数は、昔と比べるとかなり減っておってな。このままで行けば、あと1000年もすれば我ら魔族は滅びてしまうかもしれぬ。それまでに、この壁画が解読できるとは思っておらなんだのだ」
「そうか……魔族とは、減少しつつあるのか」
「村人のツノを見れば分かるが、随分と純血の魔族が減ってきた。人族との混血児は、寿命が短い。ゆえに私は、いかに純血の魔族を減らさずに済むか、長年考えておるのだ」
「いや、ちょっと待て。人族と魔族とは、混血が可能なのか?」
「そうだ。何かおかしいか?」
またまた魔族の不可思議が一つ増える。そういえば最初に会った時から、純血がどうとか言っていたな……カールヘルト大佐はふと振り返る。
「おい、その写真とやらをもう一度見せよ! これさえあれば、妾はわざわざ洞窟などに篭もらなくても良いのではないか!」
その後、パクスワラから質問責めに会うカールヘルト大佐。その翌日には再び洞窟に入って写真を撮らされたり、ラーニャの持つタブレット端末を欲しがるなど、まさに研究熱心さ丸出しなこの魔族に、カールヘルト大佐は休暇の1週間をまるまる付き合わされる羽目になる。
そして、その1週間後。
カールヘルト大佐は、できたばかりの宇宙港のロビーに立っていた。
新たな8813号艦が編入され、ようやくそろった10隻で戦艦ヴェストファーレンへと向かうため、帝都宇宙港にきたのだ。今回はそこに、ラーニャもいる。
いや、ラーニャだけではない。ノエミはもちろん、レオカディアにパクスワラも一緒だ。
ところで、カールヘルト大佐が提出したあの壁画の写真は、連合の考古学学会を騒然とさせたらしい。
カールヘルト大佐が睨んだ通り、その壁画の存在はこの宇宙の謎解明を前進させるものとして、大いに注目される。
そして連合の考古学学会の一人が、魔族らと会見したいと申し出てきたのだ。場所は、戦艦ヴェストファーレンのホテル内。カールヘルト大佐とラーニャは、そのエスコート役というわけだ。
「本当に、方舟のような乗り物ばかりじゃな……にしてもなんじゃ、この建物は? 外から丸見えではないか」
ガラス張りの宇宙港ロビーの中でぶつくさと文句を言いながらも、手にはあのチュロスを握っているパクスワラ。レオカディアはといえば、持ち前の好奇心で、降りてくる駆逐艦を見てはしゃいでいる。
「それで、我らはどうすれば良いのじゃ? カールヘルトよ」
「別に、特別構える必要はない。相手は学者だ、真実だけを求めている。ありのままを話せば、それで彼らは満足する」
「そうか」
この魔族の娘、と言っても、齢271歳の魔族は、人族だらけのこの宇宙港で少し心細いようだ。さっきからしきりにカールヘルトに話しかけたり、落ち着きなくチュロスをかじっている。いくらカールヘルトの10倍は生きているこの魔族とはいえ、宇宙に出かけるなど初めての体験だ。不安を感じるのは、仕方がない。
「駆逐艦8820号艦、発進準備整いました!」
「よし、これより当艦は出発する。機関始動、繋留ロック解除! 両舷微速上昇!」
それから数十分後に駆逐艦に乗り込んだ一行は、艦橋にいた。ブーンという鈍い音が、艦橋内に響き渡る。
「ロック解除よし!」
「両舷微速上昇開始! ヨーソロー!」
地球1133を、シン帝国歴253年の8月17日に発進する。冬支度を始める帝都の人々を見下ろしながら、カールヘルトの指揮する駆逐艦8820号艦は帝都宇宙港を離れていく。人類の大いなる謎の解明の鍵を載せて。




