#19 壁画
一応、あの戦いは「連合側の勝利」として喧伝された。
確かに10隻同士の戦いで、被撃沈数は1対4。連合側の方が、撃沈した数は多い。こちらも、撃沈した1隻の乗員のほとんどを救出できたから、勝利には違いない。
だが、カールヘルト大佐はそうは考えなかった。
この戦い終了後、思い悩んだカールヘルト大佐は休暇をとり、ラーニャと共にウェルビア村へと向かう。もちろん、精神療養のためだ。
「おお、来たな領主め! 歓迎してやるぞ! 覚悟しろ!」
相変わらず、底無しの明るさが取り柄の、あの村長が出迎える。カールヘルト大佐は、憂鬱そうに村長を見る。
「いや、今はあまり、歓迎される気分ではないのだが。」
「そうはいかぬ。そういう落ち込んだ時こそ、たくさん食べて飲んで、心を入れ替えるのだ。我ら魔族は人族よりも長い人生で、それこそ口の端に乗せるのも憚られるような体験をいくつもするものだが、その度に綺麗さっぱり忘れる。そのためには、飲んで食べることだ!」
悩み事の多さにかけては寿命が長い分、人族よりさらされることが多い魔族。この落ち込み気味な艦長は、その魔族らのストレス解消法を押し付けられる。
だが、魔族の酒は、カールヘルト大佐の腹と心の両方を洗い流してくれる。ウェルビア村名物の発泡性ワインの「カヴァ」というお酒を、彼は大いに気にいる。
「なんだ、このシャンパンは? 美味いじゃないか。こんな酒がこの村に、あったのか?」
「思い悩んだときは、このカヴァを飲むのが一番だ。どうだ、さっきまでの悩みが、嘘のように消えてゆくぞ。すごいだろう」
「ああ、確かに。だが、こんなお酒は初めてだ」
「そうだ。我が魔族に代々伝わる、秘伝の酒だ。たくさんあるぞ」
「レオカディア様、確かにこれは美味しいですよね。グイグイ飲めます」
このカヴァというお酒は、ラーニャも気に入ったようだ。だがこの皇女は、そのお酒をまるで水のように飲んでいるが、大丈夫だろうかとカールヘルト大佐は心配する。
思い悩んだところで、失われた命が戻るわけではない。それよりも、死んでいった仲間の分も楽しく生きよう……これが、魔族の思考だ。確かに、カールヘルトが落ち込んだところで、駆逐艦8813号艦の28人が生き返るわけではない。
失った駆逐艦8813号艦は、来週にも補充されることが決まっている。そして28人の乗員の代わりも、地球203から新たに赴任することとなっている。1週間後には、カールヘルト大佐は再び10隻を率いて戦線に復帰することになる。グラッツェル少将や、ネポシアーノ殿下は当然、それまでにカールヘルト大佐が気持ちの整理をつけてくれることを願っている。
「ところで、このカヴァというお酒は、瓶に詰めたのちに洞窟の中で寝かせるんだ」
「洞窟? そんなもの、この村にあるのか?」
「そういえば、そなたを連れて行ったことがないな。一度見ておいたほうがいい。明日にでも見せてやろう、その洞窟を」
「ああ、分かった。お願いする」
この何気ない会話で、カールヘルト大佐はただ単にこのお酒の製造現場を見せてもらえるものだと思っていた。が、それは酒の製造現場ではない、ある秘密が残された場所であること、そしてカールヘルト大佐が前回の戦闘前に抱いていた疑問の答えのいくつかが存在する場所だとは、このときは想像だにしていなかった。
翌日。カールヘルト大佐とラーニャは、レオカディアに連れられて丘に向かう。これまで何度も駆逐艦の着陸場所として使っているこの丘の真下に、その洞窟はある。
だが、その洞窟は、どこか妙だ。
綺麗な真四角な入り口で、とても自然にできたものとは思えない。中もそうだ。真っ直ぐきれいに削られた横穴を、奥へと進む。
その通路の床には、あのカヴァというお酒の入った瓶が並んでいた。だが、今はそんな瓶よりも、この人工的としか思えない洞窟そのものに、カールヘルト大佐の興味は移っていた。
「なあ、ここは本当に洞窟なのか?どう見ても、人が掘ったとしか思えないぞ」
「それはそうだ。太古の昔に、魔族の先祖が作ったとされる洞窟だ」
「そうなのか? 昔とは、どれくらい昔だ」
「さあな。だが人がこの地に現われるよりも、ずっと前だと伝えられている」
また突拍子もないことを……カールヘルトはこの時、そう思った。だが、LEDランタンを片手にその洞窟の奥に進むと、何やら妙なものが見えてくる。
それは、壁画だ。
そして、それを見たカールヘルト大佐は、言葉を失う。
「どうだ、この壁画は。これこそ我々、魔族にとって最大の謎なのだ。すごいだろう」
いや、すごいなどという表現は当てはまらない。一眼見て、その壁画が尋常なものでないことは、カールヘルト大佐にはよく分かる。
垂直な、高さ2メートルほどの壁に、びっしりと描かれたその壁画は、人の手で描かれたとは思えないほど、精密な絵だった。
そもそもこれは、絵具などではない。まるで岩肌の上に、レーザーで焼き付けたように描かれている。それに直線や円の描き方が、あまりに綺麗すぎる。相当に精密な物差しを使って描かないと、こうはならない。
そしてその表面は、ガラスの様なもので覆われている。これほど綿密なコーティング技術、太古の昔の壁画とは思えない。
絵を見ると、奇妙な図柄だ。カールヘルト大佐が見ている場所には、落雷で火のついた絵が描かれていて、それに驚くツノの生えた人々の絵だった。そこから線が引かれ、その先に松明を持つ人の姿が描かれている。
そんな具合に、たくさんの絵が所狭しと並んでいる。カールヘルトは、レオカディアに尋ねる。
「なんだ、この壁画は。何が描かれているんだ?」
「ああ、これは魔族の歴史だ」
「歴史?」
「そうだ。我が魔族の歴史だ。この線を辿ると、我々魔族がどうやって文明を築いてきたかが分かるのだぞ」
確かによく見ると、それは奥に向かうにつれて、一筋の線で結ばれている。上下、左右、壁の縦横を目一杯使って描かれたそれは、確かに歴史のように見える。
先ほどの松明の絵から、石器のようなものを持つ魔族の姿が現れる。そこからずっと辿ると、狩猟や農耕文化の絵に変わっていく。少し先を見ると、石を火にかけて、そこから金属を取り出して剣を作る魔族の姿が描かれている。確かにこれは、人類史の発達の歴史によく似ている。
「……おい、ちょっと待て。これは、昔に描かれた壁画なんだよな?」
「ああ、そうだ」
「なのにどうして歴史なんだ? これは、最近描いたものではないのか」
「今の我々に、これが描けると思うか?」
「……いや、とても思えないな」
「そうだろう。これは、失われた太古の技で描かれた絵なんだ。祖先がこの地にたどり着き、その時それまでの歴史を残した壁画なのだ」
さらりと恐ろしいことを言い出すレオカディア。つまりこれは、太古の昔に、それ以前の歴史を描いたものだというのだ。つまり……どういうことだ? カールヘルト大佐は、混乱する。
壁画のずっと先を見る。すると、さらにおかしな絵が現れる。
これは……どう見ても、戦車ではないか? そのそばには、航空機と思われる絵が見える。
「ああ、この辺りはまだ、解読できていないのだ。これが何を描いているのか、さっぱり分からない」
「解読? 解読とは、どういうことだ」
「我らはここで長年、太古の昔の先祖に技を読み解いているのだよ。これを一つ一つ辿れば、いずれ先祖の技にたどり着けると思うてな」
「ちょっと待て。ということは、これは魔族がかつて歩んだ歴史なのか? だとすれば、これはとんでもないことだぞ!」
「おお、そうだぞ。そなたのいう通り、とんでもないことなんだぞ。すごいだろう」
ここに描かれたことが本当に魔族の歴史ならば、この魔族という種族は、実はとてつもない存在なのではないか?カールヘルトは考える。
そもそもこの壁画は、どう見てもこの星の文明を超えている。この星に住む人族も魔族も、見たことがない戦車や航空機など描けるはずがない。これを描いた者は、どういう人々だったのか?
「……おい、この壁画は、歴史だと言ったな」
「そうだ」
「では、結末はどうなっているんだ?それも、解読不能なのか?」
「いや、そこには、なんとなくは分かる絵が描かれているぞ。見るか?」
「ああ、是非見たい」
カールヘルトが応えると、レオカディアは洞窟の奥へと進む。ランタンで照らしながら、奥へと進むカールヘルトとラーニャ。
不思議な絵模様が延々と続き、そして最後の絵に辿り着く。
そこに描かれていた絵、それは明らかに地球の絵だ。
青い星に大きな四角いものがたくさん、まさに着陸しようとしている図だ。この四角い物体はもしや、宇宙船なのか? そしてその絵の直前には、赤く大きな星が描かれている。そこには赤い星から離脱する、黒く四角い宇宙船のようなものが描かれている。
「我らが『方舟』と呼ぶ絵だ。先祖はこの方舟に乗って、この地に降りたと言われている。そこで、この壁画は終わっているんだ」
レオカディアの言う通り、壁画はそこで終わっていた。だが、カールヘルトは思う。
これは我々にとって、とんでもない発見ではないか? この時カールヘルトの脳裏に浮かんだのは、この宇宙最大の謎のことだ。
人類が住む星は、銀河系の端の直径1万4千光年のほぼ円状の領域に分布している。おまけに、どういうわけかどの星にも、「統一語」と呼ばれる同じ言語が存在している。何百、何千光年離れていても、必ず同じ言葉があるのだ。
それゆえに我々は、新たな星を発見した後も、交渉を行う民族と出会うことができ、すぐに交流を始めることができる。
人が宇宙に進出して以来、ずっと我々は人為的な何かを感じていた。
だから当然、この宇宙における数多くの地球の成り立ちを作り上げた何かが存在すると考えられる。そして人類は宇宙進出以来、その謎に迫り続ける。だがその謎の解明は、まったくと言っていいほど進んでいない。
が、もしかするとこの洞窟こそが、長年人類が探し求めた、数多くの地球の謎につながる遺跡ではないのか?
カールヘルトは考える。だがそれは、人類が想定していた遺跡とは、随分と異なる。
なにせ、ここにあるのは「魔族」の遺跡だ。人類のものではない。しかし魔族のものとはいえ、一つ気になるところがある。それは、最後に描かれた「方舟」だ。
これは、明らかに宇宙船だ。
そしてカールヘルトは以前に、こういう話を聞いたことがある。それは「方舟伝説の謎」だ。
不思議なことに、どの星にも「方舟」の伝説がある、という謎だ。大洪水、大火災、様々な背景は違えど、最後には人々や動物を載せた方舟が生命を救う、という伝説だ。このため、一部の学者の間で、「方舟」とは原始人類の住む星からの脱出に使われた宇宙船だと唱えられている。人類が他の星に移り住んだ時の記憶が、伝説として残された、というのが彼らの言い分だ。
そしてこの絵は、その説を見事に裏付けている。
「どうだ。すごすぎて、声も出ないだろう」
レオカディアは言う。カールヘルトは尋ねた。
「なあ、魔族はこれを解読している、と言ったな」
「ああ、言った」
「では今、どの辺りまで解読できているんだ?」
「それはな……こっちだ。」
最後の方舟の絵から、ずっと前に戻り始めるレオカディア。ずいぶんと戻ったところで、ようやく立ち止まる。
「ここだな」
レオカディアが指を差す。そこは、全体のまだ始まりの方だった。
「……なんだ。まだ最初の方じゃないか。」
「そうは言っても、これを読み解くのは難儀なんだぞ。いちいち洞窟に足を運ばねば見られないし、ここで松明を持ったまま長い時間いると、空気が悪くなる。少しづつしか読めんのだ」
「ああ、そうか。じゃあこうすればいいんじゃないか?」
カールヘルトはスマホを取り出し、壁画をカメラで撮影する。その写真をレオカディアに見せる。
「おい……なんじゃこれは!?」
「ああ、写真だ。こうすれば、村に戻った後でじっくりと見ることができるだろう」
「おお、確かに、その通りだ。しかしこれは、すごい魔術だなあ。なぜこんな魔術を持っていて黙っていた?」
「いや、別に黙ってはいない。現に公爵軍が村に攻めてきた時に、公爵軍の旗の映像をあなたに見せたじゃないか」
「あ、ああ、そういえばそうだったな。あの時は村のことで、頭がいっぱいだったのだ。許せ」
頭のツノを撫でながら言い訳するレオカディア。ちなみにレオカディアの指した先に描かれていた絵は、農耕器具の絵だった。最近、ここに描かれた農耕器具を再現した結果、収穫量が飛躍的に跳ね上がり、帝国の外征のきっかけとなったという。つまりこの村を帝国が保護しているのは、ここから読み解かれる技を独占するためだった。もっとも、彼らの言う「最近」とは、50年前のことなのだが。
なるほど、帝国がここを「特別な場所」と呼ぶわけだ。
この壁画に描かれた技術を解読し、ものにすれば、他国に先んじて発展、強化できる。
しかしこの発見は司令部、いや、政府に報告する必要がある。とてつもない発見には違いない。
我々、宇宙人類の成り立ちに大きく関わる発見だろう。カールヘルト大佐はそう直感する。
「だがカールヘルトよ。我らもただ、この壁画を頭から馬鹿正直に読んでおるわけではないぞ」
「そうなのか? だが、後ろの方はいきなり読んでも分からないのだろう?」
「いや、たった一箇所だけ、意味の分かるところがあってな。そこは500年ほど前から別に解読を進めていて……おお、まさにその専門の者が現れたぞ」
レオカディアが振り返る。そこに現れたのは、見たところ17、8歳の、しかし頭には立派なツノが生えている魔族の娘だった。




