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#18 金剛傍星遭遇戦

 カールヘルトは、ボーッとしていた。

 いや、正確には考え事をしているのだが、周りからは放心状態のように見られている。


 昨夜、戦艦ヴェストファーレンに立ち寄ったカールヘルト大佐は、この宇宙にいる「魔族」や「魔術」のことを調べていた。

 中枢サーバーや恒星間ネットワークにアクセスして、宇宙にある魔族や魔術についての詳細を探ってみたのだった。その結果、いくつかのことが分かる。


 魔術や魔法、それを使う者の存在は、この宇宙に僅かながら存在する。その研究も進んでいる。だが、その原理については分からないことが多い。起きている現象の物理的な説明はつくのだが、いかんせんどうしてその現象が起こるのかについては、未だ解明されていない。


 例えば、空を飛ぶ魔女が多数住む星がある。


 空に浮き上がること自体は、重力子の動きによって説明がつく。しかし、駆逐艦や哨戒機などに搭載された、魔女とほぼ同様の働きをする重力子エンジンには、核融合炉の膨大なエネルギーが必要である。だが魔女には、核融合炉など搭載されていない。


 本来、人間の生み出す力では、到底作り出すことができない現象。それが、魔術や魔法といった類のものである。

 そんなことがどうして可能なのか? ある者は、我々、人類が誕生する前の文明が持っていた技術の名残、だと唱える者もいる。

 実はこの宇宙には、それこそ我々よりもずっと昔に築かれた文明が存在していた可能性があるのだが……


 っと、今の問題は、あの魔族のことだ。そういう集団がいる星も、ごく稀ではあるが存在する。しかし、魔族のいる星には「魔獣」というものが対になって存在していることが確認されている。

 魔獣とは、簡単に言えば魔力を持った獣だ。それらは、別の次元に存在する空間から転移してきたこともわかっている。


 だがこの星には、魔族はいるが、魔獣は存在しない。魔族がいること以外は、ごく普通の星だ。魔法、魔術を使える人などいない。強いて言うなら、ラーニャの占星術くらいのものだ。不思議とあれは、よく当たる。元々、魔術が使える魔族から習った術であるし、単なる言葉遊びではなく、何か法則性があるのかもしれない。

 にしても、魔族がいるのはあのウェルビア村だけ。同じ星の他の場所には、そのような種族は存在しない。

 他の星の事例に当てはめると、ここは極めて特異な星だ。なぜ普通の星の上に、ぽつんと異質な集団が存在しているのか?

 おまけに、彼らにはもう一つ、特異な点がある。

 それは「歴史」だ。


 人類よりも古い歴史があると、この星の魔族は主張している。だが、そんな類の話は、他の星のどこにも存在しない。


 なぜか、彼らのいう「歴史」に、カールヘルト大佐は違和感を感じる。だが、それがどういうものなのか、彼自身にも分からない。


 加えて不思議なのは、帝国が彼らを保護していることだ。見たところ、別に魔術が使えること以外は、あの魔族には何かがあるとは思えない。かといって、あの場所は聖地として崇められている場所でもなさそうだ。

 有り体に言えば、帝国にとって彼らを保護するべきメリットが見当たらない。

 いや、おそらく何かあるのだろう。そうでなければ、何百年もの間、彼らが保護され続ける理由がない。しかし、一体それはなんなのか?


 あのツノの生えた種族のことを調べていたら、かえって謎が深まってしまった。このため、カールヘルトはボーッと考え込んでしまう。


「……艦長、総司令部より緊急通信です」

「なんだ、こんな時に。読み上げろ」

「はっ!『付近の哨戒中の艦艇に告ぐ。10隻の連盟艦隊を捕捉するもロスト。この地球(アース)1133周辺に潜伏中と推定される。各員、警戒を厳にせよ』以上です。」

「つまり、敵を取り逃したから、こちらで探せと、そう言いたいのか」

「はっ、そのようです」

「分かった。各艦に伝達、周辺の警戒を厳にせよ、と」

「了解しました!」


 艦長のこのメッセージを、通信士が麾下の艦艇に送信する。それを見ながら、再び魔族のことを考えるカールヘルト大佐。


 とにかくこの星には、謎が多すぎる。いや、ウェルビア村にはと言った方が正しいか。一度、レオカディア村長にじっくり話を聞く必要があるなと、カールヘルト大佐は考えていた。

 じっくり話すと言えば、マグダネラとも話してみたい。彼女はラーニャにとって、占星術の師匠だ。つまり、あの不思議な村で占星術を極めた者だという。

 だが、ラーニャの占いを見る限り、あの占星術は尋常ではない。地球(アース)203の人々、いや、宇宙全体の常識では、星占いなどというものは正確に予言できる手段ではない。

 ただ単なる星の配置から何かを読み取るなど、本来は不可能だからだ。たまたま、その星から見たらそういう模様だからと言って、そこに何か意味など、あろうはずもない。ましてやそこに月に太陽、惑星の動きまで重ねて、それを根拠に人の行動を読み取るなど、どう考えてもあり得ない。

 しかしラーニャは、少なくとも私が出会ってからというもの、比較的正確な予言を何度も繰り返している。


 偶然と言うには、少し飛び抜けている気がする。


 そういえばラーニャのやつ、今回の出航前に、何か言っていたな。


 すでに宇宙港が稼働し始め、カールヘルトとラーニャは駆逐艦ぐらしから、帝都にあるあの屋敷に居を移した。だから、ラーニャはもうこの駆逐艦には乗っていない。ラーニャと最後に話したのは4日前、出発直前での屋敷の玄関口だった。カールヘルトは、その時のラーニャの言葉を思い出す。


◇◇◇


「とにかく、気をつけてくださいね!」

「いや、気をつけると言っても、その金剛傍星(こんごうぼうせい)は、どの星座にもかかっていないのだろう?」

「この天空一の迷い星が、このところ動かないのです。それが、とても気がかりで」

「大丈夫だ、ラーニャ。これまでも、なんとか乗り越えてきた。気にしなくていい」

「とにかくカールヘルト様、金剛傍星には、お気をつけ下さい!」


◇◇◇


 結局、何が言いたいのか分からない占いだった。ラーニャにしては、珍しい。

 大抵の場合は、やれ月の星座だ灰星星座だのと、何かとこじ付けがましい星の配置を持ち出しては、それを元に危ないだの大丈夫だのと言っている。

 なのに今回はたった一言、「金剛傍星に気を付けろ」だ。いつになく曖昧な表現のラーニャに、カールヘルトはかえって戸惑う。

 占星術において金剛傍星とは、何か大きな変化をもたらす星として扱われている。

動きの激しい星ゆえに、神出鬼没な印象を与えるその星は、古来より不吉なものをもたらす星として伝えられてきたそうだ。一方で、吉兆をもたらす星として扱われることも多いという。いずれにせよ、大きな変化を運んでくる星だと考えられているようだ。


 実際の金剛傍星はといえば、地球(アース)1133の周囲を45日周期の楕円軌道で回る、直径30キロの星にすぎない。

 ラーニャもいう通り、このところの金剛傍星は動きが鈍い。というのも、この星は楕円軌道の最も地球(アース)1133から離れた地点、遠地点付近にいるからだ。あと1週間もすれば、再び近地点目掛けて増速し、地上からは激しく動く星に見える。

こんな不安定な軌道にいる衛星が長年の間、落下も離脱もせず安定して地球(アース)1133の周りを長年、回り続けていることも不思議だが、ともかく、この2つ目の「月」は今、彼らの進路上、40万キロ先の地点にいる。


「まもなく、地球(アース)1133の衛星軌道に乗ります」

「よし、全艦に伝達、大気圏突入準備」

「はっ!了解しました!」


 いつも通り、カールヘルトは10隻の艦艇に下令する。あと1時間で帝都に到着、ラーニャの元に帰れる。

 この時のカールヘルトからは、緊張感が抜けていた。だが一方で、出かける直前の妻の言葉を気にしている。


「ウーヴェ中尉」

「はっ!なんでしょう、艦長!」


 カールヘルトは、レーダー担当に声をかける。


「念のためだ。前方に向けて、探信レーダーを照射せよ」

「はぁ、ですがそこには、金剛傍星という名の小型の衛星があるだけですが」

「構わない。念のためだ」

「はっ、承知しました! 探信レーダー、照射します!」


 ラーニャの言葉が、急に気がかりになった。彼女はただ、金剛傍星に気をつけろとだけ言った。

 ということは、あそこになにか、あるのか?


「探信レーダー、照射!」


 担当が、照射ボタンを押す。すると意外な方から、反応が返ってくる。


「高エネルギー波、探知! 距離、20万キロ! 金剛傍星の近傍です!」

「なんだと!?」

「スペクトル解析! これは、主砲装填時のエネルギーです! 砲撃、きます!」

「全艦に伝達! シールド展開! 警報発令!」


 突如、大気圏突入どころではなくなった。艦内には緊張が走る。おそらく、探信波に反応したな……カールヘルトは察する。そこにいるのは、総司令部が警戒せよと打電してきた、あのロストした敵艦隊なのだろう、と。


「エネルギー波、大量放出! 砲撃、きます!」

「全力即時退避だ!」


 その声の直後、青白いビームの束が、何本か走る。ギリギリを避ける駆逐艦8820号艦。

 だがその直後、最悪の事態が発生する。


「8813号艦、被弾!」


 僚艦がやられた。一瞬、目の前が真っ暗になるカールヘルト。だが、すぐさま気を取り戻し、状況確認をする。


「撃沈か!?」

「いえ、左側面部の装甲をかすっただけです。ただ……」

「どうした!?」

「8813号艦より緊急通信です、『左右機関停止、我、航行不能』と」


 その間にも、第2射が襲いかかってくる。カールヘルト大佐は命令する。


「8813号艦を守る! 8811から8815に通信! シールドを展開しつつ、8813号艦をかばえ!」

「はっ!」

「加えて、8813号艦に退艦命令だ!」

「了解しました!」

「8813号艦の退艦を支援する! 雷撃用意! 眩光弾(げんこうだん)装填、急げ!」


 矢継ぎ早に命令を下すカールヘルト大佐、その間も敵は、容赦無く砲撃を加えてくる。


眩光弾(げんこうだん)、装填よし!」

「よし、雷撃開始!撃てーっ!」


 8813号艦以外の艦艇から、真っ白で細長い筒状のものが一斉に艦の左右より猛烈な速度で射出される。その40秒後に、それは炸裂する。

 猛烈な光の球が、わずか百キロ先で炸裂する。その光と妨害電波に遮られて、敵の攻撃が一時止んだ。

 その間に、8813号艦から船外服を着た乗員が、外に飛び出してくる。それを、各艦から発進した哨戒機が、大急ぎで拾い集める。


 眩光弾(げんこうだん)の有効時間は、およそ10分。この短い時間のうちに彼らを収容し、しかもこの空域を離脱しなければならない。だが、それだけでは追いつかれる。

今やカールヘルト大佐の艦隊は、手負いの状態だ。いったん離脱し体制を整えなければ、さらに犠牲が増える。

 カールヘルト大佐は、叫ぶ。


「艦長は、8813号艦の艦長は!?」

「まだ、艦内にいます!」

「8813号艦の艦長に伝えてくれ! 退艦前に……」


ギリギリの状況で、カールヘルト大佐は機関停止した艦の艦長に、退艦前の最後の命令を下す。


「8813号艦の生存者の回収、終了しました!」

「よし、全艦、最大戦速! 離脱する!」


 もう10分以上が経過し、光の球が急速に縮み始めていた。敵に背を向けたまま、彼らは地球(アース)872の反対方向へと転進する。

 背を見せて逃げる敵を見て、あの連盟艦隊は金剛傍星を離脱し追尾してくる。現れたのは駆逐艦10隻。艦の表面塗装は赤褐色。総司令部から、ロストしたと伝えられたあの艦隊であることは間違いない。


「連盟艦隊、我々を追尾してきます!」

「高エネルギー波、感知! 敵艦隊、再び砲撃してきます!」


まだ、距離は27万キロだ。まだ、主砲の射程圏内。敵は逃げ惑うこの9隻に狙いを定めて、砲撃を加えてきた。


「全艦に伝達、面舵3度!」

「おもーかーじ!」


 その砲撃を受けて、一斉に方向転換をする9隻。この時、カールヘルト大佐は思い出していた。

 この宇宙に、高速で敵の周りを飛び回って撹乱する専門の艦隊があるという。彼らは敵の砲撃寸前のタイミングで方向を変えて、巧みに砲撃を避けるのだという。

 その話を、今回の逃亡に応用した。改良型重力子エンジンの全速時の回避運動はあまりに素早く、敵の艦隊には読めない。はるか後方に、敵の放ったビームの束が通過するのが見える。


 敵は、逃げ惑うカールヘルト艦隊を見て追尾を始める。このままでは、射程外に逃げられてしまう、あと一隻、いやできれば全艦、沈めたい。このチャンスに、功を焦る連盟艦隊。

 だがカールヘルト艦隊は、ひたすら逃げる。今度は取舵で、再びビーム攻撃を避ける。

 この追いかけっこが、しばらくの間続く。徐々に敵の艦隊を引き離しつつあるが、まだ敵は撃ってくる。

 敵に背を見せたままの逃亡劇は、10分を超えた。


 そろそろだ。カールヘルトがそう思った瞬間、それは起こった。


 ちょうど敵の艦隊のあたりで、大爆発が起こる。巨大な青白い光の球が、虚空の宇宙空間に突然現れる。

 これは大きな賭けだったが、どうやらうまくいったらしい。カールヘルト大佐は思った。


 爆発を起こしたのは、機関停止し航行不能になった8813号艦だった。退艦直前に、この艦の艦長は主砲装填を行い、そのまま退艦した。そしてそのまま、無人の8813号艦は主砲を装填し続ける。

 ずっとエネルギー装填が行われ続けると、まさに膨らんだ風船のように暴発寸前の状態となる。そこに、敵の艦隊が通り過ぎると、そのエンジンの噴出エネルギーに触発されて、まるで針で突かれた風船のように爆発する。まさに今、8813号艦はそうなった。即席で大掛かりな、ブービートラップだ。


 目の前の9隻に目を奪われ、このたった一隻を見逃した敵艦隊。

 その爆発を見たカールヘルト艦隊は一斉に反転。その光の球目掛けて、砲撃を開始する。


「敵艦隊はあの爆発に巻き込まれ、混乱に陥っているはずだ! 形勢逆転、8813号艦の分の倍、いや10倍返しにしてやれ!」


 カールヘルト大佐の命令は直接、無線で飛ばされる。


「砲撃戦用意! 撃ちーかた始め!」


 距離は29万キロ。射程圏内だが、攻守の関係が、先ほどまでとがらりと逆転する。

爆発の光が徐々に消えて、敵の艦隊の姿が見えてくる。どうやら生き残っているのは8隻。2隻は8813号艦の爆発に巻き込まれたらしい。


「弾着補正! 右に200メートル!」

「効力射! 続けて撃てーっ! 容赦するな!」


 絶叫するカールヘルト大佐。まさかあの場所で不意打を喰らうことになるとは思わなかった敵艦隊は、まだ攻撃態勢に戻れない。その間にカールヘルト艦隊9隻は、砲撃を加え続ける。


 そして10分後。生き残った敵の6隻は全力で後退し、この星系から撤退していった。


 カールヘルト大佐麾下の艦隊が失った艦艇は1隻、一方の敵は、4隻が撃沈した。数の上では、カールヘルト側の勝利である。

 だが、その1隻、8813号艦の乗員で救出されたのは、72名。残念ながら、28名が行方不明。宇宙の藻屑と消えてしまった。

 カールヘルト大佐にとって、勝利とは呼べない戦いだった。


(金剛傍星に気を付けろとは、このことだったのか……)


 今にして思えば、ラーニャの言葉をそのまま受け止めるべきであった。そして探信波照射時に、もっと警戒するべきであった。そうすればあの28人は、失われなかったかもしれない。後悔が残る。


「……これより帰投する。全艦、通常航路に戻る。地球(アース)1133に進路を向けよ」

「了解、地球(アース)1133に向けて、発進します!」


 鳴り響く機関音を聞きながら、この戦いの結果を悔やむカールヘルト大佐だった。

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