#17 領地拡大
クレラベーガ上空に、駆逐艦よりも大きな船体が現れる。
全長1000メートル。駆逐艦の3倍はあろうかというこの船は、軍船ではない。
民間の大型船舶だ。地上に降りるや、大量の物資を下ろす。そして、すぐに立ち去っていった……
こうしてクレラベーガには、大量の食糧が運び込まれた。小麦粉や肉類、野菜類に加え、幻想に使われたチュロスの実物も、たくさん運び込まれる。この甘い香りに、あの幻想を見せられた兵士達は真っ先に殺到する。
いくら幻想で甘い味や匂いを感じたとはいえ、本物には敵わない。もちろん、幻想など体験していない一般市民も、この珍しく魅惑的な食べ物を求めて集まってくる。
「おお、やはり人気じゃな。皆、甘いものには目がないのう」
と言いつつ、チュロスをかじりながら眺めているのは、レオカディアだ。
「まあ、甘味というものは人類にとって最も心地よい味だというからな。特に、その味に慣れていない人々にとっては、これはとてつもなく魅惑的な食べ物に違いない」
「それを承知で、これほど大量の甘味を用意させるとは、そなた、なかなかの策士じゃな」
「権力者は、武力で制圧できる。だが本当に人心を動かすのは、力ではなく希望と食糧だ。そのためには、これくらいインパクトのある食べ物に頼るのが一番いい」
ある母親が子供らに、もらってきたチュロスを与えているのが見える。それを喜んで食べる親子を眺めながら、カールヘルト大佐は思う。
自身は解放者であると同時に、簒奪者でもある。街の人々から見れば、あのわがままな公爵から解放してくれただけでなく、かつて味わったことのない食材を与えてくれた救世主として映っていることだろう。だが公爵とその取り巻きは、その全てを奪われた。
元を正せば、公爵らが帝国に反旗を翻したことがきっかけだ。しかし、カールヘルト大佐が彼らのこの先の生存権を奪い去ったことには変わりがない。
連盟との戦闘は、30万キロ彼方にいる見えざる敵との戦いだ。ゆえに、罪悪感は感じない。だがこの作戦では、相手は目の前にいた。哨戒機に乗せられる時のあのヴェストリア公爵の恨めしそうな表情が、目に焼き付いて離れない。
自身は手を下さなかったとはいえ、後味の悪い戦いだった。そう、カールヘルト大佐は思う。
せめてもの救いは、これまでにない食べ物を手に入れて喜ぶ、街の人々の姿を見ることであった。
「まあ、皆さんとても喜んでいらっしゃいますよね」
「ここ3日ほど、食べていないという住人ばかりだそうだ。もうあと数日遅かったら、最悪なことになっていた」
大佐は、傍らに現れたラーニャに話す。その脇にはもう1人、別の人物があらわれる。
「うまくクレラベーガを丸め込んだものだな。おかげでこの街の住人にも、陛下の御威光に触れさせることができたというものだ」
と、意気揚々と語るその人物は、やはりラーニャの兄君であった。
「あの……ネポシアーノ殿下、どうしてここに?」
「航空機とやらを使えば、あっという間に着くからな。別に驚くことではなかろう」
「いえ、しかし、わざわざここまでお越しいただくことはなかったのでは」
「そうも行かぬ。これほどの大きな街をわずか半刻のうちに、混乱なく掌握した弟の姿を早く見たいと思うのは、当然であろう」
「は、はあ……わざわざ、ありがとうございます」
弟呼ばわりされるようになってから、ネポシアーノ皇太子が苦手なカールヘルト大佐だ。何も帝都から離れたこの地にわざわざ来なくてもいいのに……軍帽を整えながら、カールヘルトはやや不満を感じる。
「だがな、私がこの地にわざわざ来たのには意味がある。そなたに、早急に伝えたいことがあってな」
「はい、なんでしょうか」
「陛下からのお言葉だ。このクレラベーガを、汝に賜る、とのことだ」
「は? ちょ、ちょっと殿下、それはどういう意味で……」
「今日から、そなたがここの領主だ。民の為、帝国の為に、これからも尽くせ」
「いえ、ちょっと待ってください、さすがにこの街は、大きすぎないですか!?」
「何をいうか。我が弟の領地が村一つでは、それこそ少なすぎる。それに元々この街は、ウェルビア村を支えるために帝国が作った交易都市だ。だから、そなたが支配するのがちょうど良い」
「は……はぁ……」
そこに、レオカディアが現れる。
「おお、ネポシアーノか。大きくなったな。何年振りかのう?」
「レオカディア殿は、相変わらずだな」
「かっかっかっ! 当たり前じゃ、そなたの曾孫の曾孫の、さらに曾孫がジジイになるまでは生きるぞ!」
「そういえばレオカディア殿は、この街の奪還に幻想魔術を使ったとか」
「そうだ。このチュロスを、腹ペコのあいつらの口の中にぶち込む幻想を見せてやったのよ。味もちゃんと再現してやったのだぞ、すごいだろう」
「いやはや、本当に凄いお方だ。しかし、そのような魔術の使い方を、よくもまあ思いついたものよ」
「いや、考えたのはこやつだ。私はただ言うた通りにやっただけだ。しかしまあ、面白いほど人間どもが釣れたわ」
「そうか、我が弟がな……それはなかなかに、面白い話であるな」
カールヘルトの方を見て、不敵な笑みを浮かべるネポシアーノ皇子。ますます宇宙から来たこの軍人を気に入ったようだ。
そして、カールヘルトはますますこの第一皇子が苦手になったようだ。
「では、用も済んだし帰るとするか。そなたも帝都に戻るまでに、代官を立てておいた方がいい。まさか2万もの民が住む街を、艦長の職にあるそなたが治めるのは無理であろう」
「は、はぁ……そういたします」
「ではな、弟よ! また帝都で会おうぞ!」
そう言い残して、ネポシアーノ殿下は去る。あとには、ラーニャとレオカディアが残った。
「そなた、あの皇子に気に入られたな」
レオカディアがボソッとカールヘルトに言う。
「いや、そんなことは……」
「あるだろう。あの目は、やつが子供の時に村へやってきた際、大きなカブトムシを捕まえた時と同じ目であったぞ。相当気に入られておるな、そなたは」
カブトムシと同じか……少し複雑な想いにとらわれるカールヘルト大佐だ。
「しかし、困ったな……いきなり領主をやれと言われても、どこから手をつけたらいいのやら」
「カールヘルト様、大丈夫でございますよ。私がついているではありませんか」
「ら、ラーニャ……」
「私にお任せください。まずは兄上の言う通り、代官を探しましょう」
よく考えてみれば、ラーニャは皇族だ。この手のことには慣れているのだろう。カールヘルトはそう考えた。
だが、それは認識違いであったことを、次の一言で悟る。
タブレットを取り出したラーニャは、あの星図アプリを立ち上げ、言った。
「カールヘルト様の灰星の星座であるつづみ座の真下のあたりに、琥珀星がかかっております。ということはそこに、頼るべき何かがあるということにございます」
「は?」
「つまり、この街の南に、代官となるべき人物がいるということなのですよ、カールヘルト様。さ、参りましょう」
「あ、おい、ラーニャ!」
考えてみれば、7番目の皇女が領地運営の知識など身につけているはずなどない。いつもの通り、占星術だ。にもかかわらず自信満々に歩き出すラーニャに、一抹の不安を覚えるカールヘルト大佐。
「ほほう、ラーニャよ、そのようなもので占星術をしておるのか?」
「はい、レオカディア様、カールヘルト様より賜りましたが、これはなかなかに便利なものでございますよ」
「そうか、私もそれ、欲しいな!」
チラッとカールヘルト大佐の方を見るレオカディア。その視線を察して、応えるカールヘルト大佐。
「……承知した。次の便で、取り寄せることにしよう。それで良いか?」
「良い良い! 楽しみにしておるぞ、領主殿よ!」
歳のわりには好奇心旺盛なこのツノ付き民族の長に、また新しい楽しみを与えてしまったことに、カールヘルト大佐は少し、不安を感じる。ますます堕落するのではないか、この魔族は? そのことが、せっかくの長い寿命を縮めてしまわないかと感じる。
さて、ラーニャの導く通り、ただひたすら南へと歩く一行。その一行がたどり着いたのは、大きな南門の手前にある、石造りの2つの塔をひっつけたような建物の前だった。
「多分、ここにいますね。さ、入りましょうか」
ラーニャの根拠のない自信は、一体どこから湧いてくるのだろうか。占星術だけを頼みにするラーニャの後を、カールヘルト大佐は戸惑いながらもついて行く。
左側の塔の下側に見えた扉を開けて、中に入る。見たところここは、役場のようなところだ。カウンターがあって、そこには一人の人物がいる。
カウンターの向こう側で、ごそごそと何かをしているその男は、人の気配を感じて尋ねてくる。
「いらっしゃい。なんのようだ?」
ややぶっきらぼうに迎え入れる男。その男に、ラーニャは尋ねる。
「あの、ここには代官になりそうな人はいませんか?」
「……はぁ? なんだって!?」
なんの説明もなく、いきなりこう尋ねるラーニャに、呆れた声で応えるその男。カールヘルトが慌てて話しかける。
「ああ、すまない。ちょっと尋ねたいのだが、ここには代官はいないのか?」
「いるわけがないだろう。大体、公爵閣下自らが治めていた街だ。だから、代官など不要だ」
「だが、その公爵がいなくなった。それは知っているのか?」
「知っている。だから、我々役人は困り果てている。新しい領主が殿下によって任命されたと聞くが、果たしてどんなやつなのか……」
まさかその新しい領主が今、話かけているものとも知らず、カウンターの奥でぶつぶつと話しながら、書類のようなものを整理している。
「ということは、ここはやはり、役場なのか?」
「なんだ、お前さん達、役場だと知ってきたわけではないのか?」
ここでようやく顔を上げる男。話しかけてきた人々のその異様な姿に、すこし顔をしかめる。
「よく見れば、なんだ、あんたらは? 魔族に……見たことのない格好してるな。誰なんだ?」
「私はカールヘルト大佐だ。つい先ほど、ここの領主にさせられた」
「なに? ほんとか、それは?」
「これが、証拠だ」
ネポシアーノ殿下からもらった、封蝋付きの羊皮紙を手渡す。その封の紋章を見たその役人は、つぶやくように言う。
「これは……紛れもなく、帝国の皇室からの封書。開けても構わないか?」
「ああ、構わない」
封蝋を外し、紐を緩め、その羊皮紙を広げる。中を見て、驚く役人。
「こ、これは……皇帝陛下の直筆ではないか。ここには『カールヘルト男爵に、このクレラベーガを譲る』とある。ということは……」
「そういうことだ。だが、私は領地経営には疎い。そこで、誰かにその領地経営を委託したい」
それを聞いた役人は、考え込む。そして応える。
「……あいにくだが、公爵閣下失脚とともに、この役場の長が逃げ出してしまった。この役場の中で代官となるべく者はいないのですが」
「そうか? では、この役場で一番上の者はだれだ?」
「今のところ、私ですよ、男爵様。」
やや困惑気味な役人。その時、この役場の扉が開く。
「お父さん! あのね、お外で星の国の人が、こんなものを!」
入ってきたのは、7、8歳前後の娘だった。役人はカウンターの仕切りを上げて、その娘の元に駆け寄る。
「なんだ、ジョアンナ。だめだろう、ここにきては。まだ仕事中だ」
「でもお父さん、ここ何日もろくに食べてないでしょ? でもほら、たくさんもらったんだよ、星の国の人に」
そう言いながら、娘はチュロスにパン、それにプラスチック容器に入ったスープを手渡す。
「なんだって? こんなものが……どうして?」
「分かんない。けど今、街中が大騒ぎだよ。お母さんも私もね、さっきたくさんもらったの」
「そ、そうか……」
ぶっきらぼうだった役人だが、この時ばかりは父親の顔をしている。それを見て、カールヘルトは尋ねる。
「確認したい。あなたが今、この役場の事実上の長なのだな?」
「あ、ああ、はい、そうですが」
「ならば、あなたに代官を任せたい」
「いや、ちょっと、いきなり代官は……」
「知っての通り、この街の目下の課題は、食糧難だ。我々の艦隊は今、物資の供給を行ったところだ。だが、安定的に物が供給される体制にしていく必要がある。」
「それは、その通りですが……」
「だがそういうことは、この街に精通した者でなくてはならないだろう。その中であなたが一番上の人物と言うなら、あなたに任せるしかない」
「は、はぁ……」
「改めて名乗ろう。私は、地球203遠征艦隊、駆逐艦8820号艦の艦長で、帝国男爵でもあるカールヘルト大佐という。あなたの名は?」
「私の名は、ベンジャミン。この役場で長年、役人をしている者です」
「そうか。では、よろしく頼む。で、代官任命にあたって、取り急ぎあなたの賃金を定めておきたいのだが、前の長である公爵はあなたにいくらの賃金で……」
カールヘルトは、さっさと話を続ける。カウンター横にある簡素なテーブルで、代官としての賃金などの取り決めごとを話し合う。
「では、領主様。またのお越しを」
「ああ、頼んだ」
代官となったばかりのベンジャミンは軽く会釈して見送る。その娘も、カールヘルトらに手を振る。役場を出て、レオカディアは尋ねる。
「いともあっさりと、代官を決めてしまったな。あれでよかったのか?」
「いや、あれでいい。私が領主と知ってからも、さほど態度を変えなかった。こういうことは、そういう人物の方が表裏無く振る舞ってくれるので、任せるには都合がいい。それに、娘への接し方を見て、人物としても悪くないと悟った。それが決め手だ」
「なるほど、人物を一瞬で見切ったと申すか」
「いや、軍で信頼できる人物を見てきた結果、身についた処世術だ。大したことではない」
そう返すカールヘルトだが、ラーニャの導いた通りに、確かに代官に適した人物がそこにいた。にしても、随分と適当な占いのようで、こうもあっさりと代官が決まってしまったことに、改めてラーニャの占星術を見直すカールヘルトだった。




