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#16 クレラベーガ攻略

 風雲、急を告げる。


「……どういうことだ!?」

「分かりません!我々に分かっているのは、この写真の光景だけです!」


 ハーラルト少尉が、一枚の写真をテーブルの上に置く。そこに写っていたのは、後ろ手に縛られて、目隠しをされた男が3人。その後ろには、剣を振り上げた鎧姿の男が立っている。


「……で、どうなったんだ?」

「どうなったも何も、ご想像通りですよ!」


 カールヘルト中佐は一瞬、目眩を覚える。これは、ヴェストリア公爵が自身の領民に対して、非情の手段に出てしまったことを示している。


 公爵の動向を探るためクレラベーガ上空に飛ばした哨戒機から送られてきた画像とその結末に、カールヘルトらは言葉を失った。

 なぜあの3人が処刑されたのかは分からない。だがあの日以来、クレラベーガの街は徐々に余裕がなくなっているのが分かる。

 街に立つ兵士の数が増えつつある。治安悪化に伴う措置だと、カールヘルトらは睨んでいる。というのも、帝国に反旗を翻してからというもの、クレラベーガには物資が入らなくなった。


 ウェルビア村の住人を人質にして、帝国からの妥協を引き出そうという公爵の思惑は、カールヘルト中佐麾下の10隻が阻止してしまった。それゆえに今、ここクレラベーガからは食糧などの物資が急速に失われている。


 物が不足すれば、治安は悪化する。そうなると、治安維持のために「見せしめ」が行われる。あの公開処刑はおそらく、そういう理由で行われたものだろう。

 だが、こういう事態を、カールヘルトらはまったく予想していなかった。このままでは、クレラベーガの街の住人がますます窮地に立たされてしまう。


 カールヘルト中佐が帝都で男たちに囲まれたあの日から、2週間が経っていた。その間に一度、カールヘルト中佐は宇宙に出向き、予定通り大佐に昇進していた。つまり今は、カールヘルト大佐だ。

 彼が昇進している間に、事態はより深刻な方向に向かっていた。そのことを、哨戒機から送られた画像で知る。

カールヘルト大佐は、決心する。


「直ちに行動を起こす。私は殿下に、クレラベーガ掌握の許可をもらってくる。それまでに、陸戦隊の出動準備を進めてくれ。」

「はっ!」


 ハーラルト少尉は敬礼して、早速行動に移る。カールヘルト大佐は艦橋を出て、一旦部屋に戻る。


「えっ、兄上に会いに行かれるのですか?」

「そうだ。緊急事態だ。そういうわけで、ラーニャにもついてきて欲しい」

「分かりました。参りましょう」


 2人はエレベーターで艦底部に降りて、外に向かう。そして、帝都の中心部にある宮殿へと向かう。


 駆逐艦8820号艦は、完成した繋留ドックに接続されている。だが、ドックと簡易倉庫以外はまだ完成しておらず、駆逐艦8820号艦の艦橋が帝都での軍司令部の役目を果たしている状態だ。


「ほう、わざわざクレラベーガに向かうというのか?」

「はっ、殿下の許可を頂きたく」

「いいだろう。ただし、条件がある」

「条件、ですか?」


 宮殿でカールヘルト大佐は、ネポシアーノ皇子に謁見した。その彼にこの皇太子は、辛辣な条件を提示する。


「ヴェストリア公爵を処刑せよ。それが条件だ」

「しょ、処刑!?」


 カールヘルト大佐にとっては、絶対に飲めない条件だった。確かに、反乱罪は重い。だが、裁判もなしに処刑とすることは、彼らのルールではできない。

だから、カールヘルト大佐はこう答えるのが精一杯だった。


「公爵を逮捕し、帝国に引き渡す。あとは帝国の法に則って裁いていただく。それではダメですか?」

「うむ……」


しばらく考え込む皇太子。そして、カールヘルト大佐に尋ねる。


「公爵にとっては、そなたらによって処刑された方がマシだったと、後悔することになるぞ。それほど、我ら帝国は、裏切り者に対して苛烈だ。それでもいいのか?」

「構いません。それは反旗を翻した公爵も、覚悟しているはずですから」


 実際には、そんな覚悟などしていないだろう。そう思いながらも、カールヘルト大佐はそう答える。

 こうして、ネポシアーノ皇子の許可を得たカールヘルト大佐はすぐに動く。駆逐艦8820号艦は、直ちに発進する。

 だが向かった先は、クレラベーガではなく、ウェルビア村だった。


「おお、なんだ、領主ではないか! どうした、突然」


 村長直々に迎えてくれる。その村長はといえば、停泊中の駆逐艦8813号艦からもたらされたであろうチュロスを口にしている。カールヘルトは、その村長に言う。


「着いて早々で申し訳ないが、時間がない。一つ頼みがある。」

「なんだ?」

「あなたが以前使った、あの魔術の力を借りたい」

「それはいいが、何に使うんだ?」

「クレラベーガを、攻略する」


 それを聞いて一瞬、チュロスをかじるのを止める。そして、カールヘルトに言う。


「えげつないのう、クレラベーガの民を恐怖に陥れるのか?」

「いや逆だ。クレラベーガの住人を救いたい。」

「そうなんか?」

「我々の偵察によれば、あの街の住人は想像以上に、窮状に立たされている。だから、クレラベーガを攻略する。で、クレラベーガの迅速かつ無血占領のために、あの魔術が使えないかと考えた。協力してはもらえないか?」


 残りのチュロスをボリボリと食べて、口を開くレオカディア。


「構わないが、私の魔術でいいのか?」

「何か、問題が?」

「恐ろしい幻想を見せつければ、それだけ住人が混乱するぞ。兵士だけを狙い撃ちにできないからな、あの幻想は当然、街にいる住人も見ることになるのだ。クレラベーガには2万もの住人がいるんだぞ。街中で混乱した住人同士が、互いに傷つけ合うことになるやも知れん。それで良いのか?」


 前回と違って逃げ道のない、閉鎖された街中で幻想を見れば、逃げられないと悟った一部住人は手当たり次第暴れてしまうかもしれない。それはかえって不都合だ。


「なあ、あの魔術は、悪魔の幻想しか見せられないのか?」

「そんなことはないぞ! その気になれば、天使だって見せられる。私の想像力次第だ」

「やはりそうか、思った通りだな」

「それどころか、痛みや触感、味覚すらも与えられるんだ。すごいだろう。」

「ああ、それは確かにすご……なんだって!? 視覚以外も可能なのか!」

「もっとも、私が知っている感覚に限るがな。だけどカールヘルトよ、あの街で兵士らを追い出すというのなら、悪魔以外にはないだろう。」

「いや、そんなことはない。視覚だけでも、いい使い道がある。これから一緒に、クレラベーガについてきてはもらえないか?」

「ああ、構わんぞ。その代わり、また甘いものをくれるのならな」

「分かった分かった。これが上手くいったら、いくらでもくれてやる」


 交渉成立、カールヘルト大佐はレオカディアを伴い、クレラベーガへと向かう。

 ただ、いきなり駆逐艦で攻め込むわけにはいかない。カールヘルト大佐はレオカディアとハーラルト少尉、それに2人の士官を伴って、哨戒機に乗り込む。


「艦長、仮にもレオカディアさんは民間人ですよ。いいんですか、クレラベーガの攻略作戦に駆り出しても」

「いや、上空には人型重機も20機、上空で待機させている。いざとなれば、全機発進して対処する」

「ですが……」

「大丈夫だぞ、マルタ。私は魔族だ。なんといっても、魔術が使えるんだぞ」

「いや、だからといって、武器も持たないで……本当に大丈夫なんですか?」

「何を言ってる。私はかつて、魔術だけで3千の兵を退けたこともあるんだぞ。すごいだろう」

「は、はあ……そうなんですか……」


 妙に自信満々のレオカディアに、呆れ顔のマルタ。そんなマルタを残して、哨戒機は発進する。


「1号機より艦橋! 発進準備完了! 離陸許可を乞う!」

『艦橋より1号機、発信許可了承、ハッチ開く』


 ギシギシと軋み音をたてて、ハッチが開く。巨大なアームが哨戒機を掴み、空中に突き出す。

 ここは上空2万メートル。遥か下には、クレラベーガの街が見える。


「哨戒機、発進する!」


 パイロットの掛け声とともに、アームから切り離された哨戒機。雲ひとつない高高度の空の只中に、切り離される。


「おお、すごいな! 高い空の上とは、これほどまでに空が澄んでいようとは!」


 頭のツノを揺らしながら歓喜する魔族の村長。一方のカールヘルト大佐は、眼下に見える街を見ている。


「クレラベーガのすぐそば、あの林のそばに着陸し、そこから街に入ろう。パイロットは待機、命令を待て。」

「了解!」

「我々とレオカディア殿は、公爵のいる場所へと向かう。街に入り、すぐにこの街の中枢を掌握する。私の合図で、例の魔術を使って欲しい」

「ああ、いいぞ。街全体に使えばいいか?」

「いや、我々の周辺だけで十分だ。あれを、あまり広範囲に使うのも考えものだ」

「おう、分かった。いつでも言ってくれ」


 などと受け答えするレオカディアだが、窓の外の風景が面白くて仕方がないらしく、カールヘルトの話など聞き流し、ツノを揺らしながら外を眺めている。


 そして哨戒機はゆっくりと降下し、地上に到着する。ハッチから降りる4人の軍人と魔族が1人、その5人が降りるのを見届けると、哨戒機は再び上空に舞い上がる。

 その遥か上の空で待機する駆逐艦は10隻、前回の補給時に、各艦それぞれ2機づつの人型重機を配備しており、このクレラベーガへの降下作戦に備えている。カールヘルトは時計をちらりと見る。時刻は、帝都標準時でまもなく11時を回ろうとしていた。


「これより、クレラベーガ攻略作戦を開始する。命令書通り、終了予定時刻は12時ちょうど。それまでに、公爵邸を制圧、首謀者であるヴェストリア公の身柄を拘束する。しかるのちに、重機隊と駆逐艦を降下。クレラベーガを掌握し、治安を回復する。これが作戦の概要だ」

「了解!」

「作戦開始まで、あと4……3……2……1……今! 作戦開始!」


 11時きっかりに、カールヘルトらは行動を開始する。ここからは見えないが、上空ではすでに、駆逐艦が行動を開始している。

 門をくぐり、街に入る5人。中央にそびえる、大きな館に真っ直ぐ向かう。あそこに、公爵(ターゲット)がいるのは間違いない。

だがこの5人、濃い藍色の軍服姿に、ツノの生えた魔族が一人。どう見ても目立つ集団だ。

 おまけに、街にはほとんど人通りがない。公開処刑が行われたのち、街の住人は極力外に出ないようにしているようだ。

 ただでさえ食糧不足だ。なおさら余計に外に出ようとしない。外にいるのは、ほとんど警備の兵士ばかりだ。

 だから当然、5人は呼び止められる。


「おい! そこの5人、止まれ!」


だが、カールヘルト達は兵士のいうことなど聞かずに、急ぎ足で公爵邸に向かう。兵士達が集まる。


「おい! そこの怪しいやつ! さては帝国の手の者か!?」


 兵士が数人、カールヘルトらの行く手を阻む。だが、士官の一人が銃を放つ。

 猛烈な爆発音、着弾した地面はえぐれ、それに慄いき立ちはだかる数人の兵士は逃げ出す。元々、食事もろくに摂っておらず士気が低い。怯んだ兵士の間を通り抜けて、公爵邸へと急ぐ。

 だが、さすがに公爵邸の前には警備兵が20人ほど、守りを固めている。門も固く閉じられており、簡単には突破できそうにない。


「か、艦長、守備兵が思いの外多くて……」

「そうだな、そろそろ魔術の出番か。レオカディア殿」

「おう、やっとか!」


 待っていたとばかりに、嬉々とした表情で両手を上げ、あの魔術を使う魔族の村長。

だが、不可思議な言葉を詠唱し始める。


「チュロス……甘いチュロス……あと、甘いケーキ……」


 あの、どす黒く粘性のある気体が屋敷の上を覆う。その直後、20人あまりの守備兵達に異変が起こる。


「な、なんだこれは!?」

「口の中に……なんという味なんだ!?」


 彼らに見えているのは、先ほどまでレオカディアが食べていたチュロスに、甘いケーキの数々。姿だけではない。その味まで感じている。

 ただでさえ食糧難に陥ったクレラベーガの街だ、そんなところにかつてない魅惑の味を見せつけられては、屈強の兵士といえどたまったものではない。

 口を開け、ヨダレを垂らしたまま、ぼーっと突っ立っている兵士達。その兵士らを横目に、門を開けて中に入るカールヘルト達5人。

 無論、魔術は人を特定できない。カールヘルト達にも、この幻想は見えている。

 空中にふわふわと浮かぶチュロス。甘い香りを漂わせ、口に含めば、サクッとした食感にはちみつ味が広がる。その横には、ショートケーキがいくつも見えている。

 だが、この手の食べ物には免疫のある4人だ。そして、術をかけている張本人にはこの幻想は見えない。ゆえに、彼ら5人だけが、この幻想の中で行動可能である。


「だ、だれか! 誰かおらぬか!?」


屋敷に入ると、一人の小太りの男性が叫んでいる。豪華な服装、裕福そうな体型。明らかにこいつが、ターゲットのヴェストリア公爵だと分かる。

 カールヘルト大佐は、銃を向ける。そして一発、彼の足元に放つ。


「だ、誰だ貴様は! 何を……」

「ヴェストリア公爵閣下で、あらせられますね」

「貴様、何者だ!?」

「私は、地球(アース)203遠征艦隊所属の、カールヘルト大佐と申します。」

「カールヘルト……もしや、ネポシアーノの取り巻きではないか! 何ゆえここに!?」

「この街を解放するため、あなたを拘束します!」


 カールヘルトのこの声を合図に、2人の士官が彼の両脇を抑える。そして、ハーラルト少尉が彼に銃を向ける。


「公爵、確保!」


 スマホの無線機能で呼びかけるカールヘルト。その直後。屋敷の外で大きな音が響く。

 人型重機が5体、屋敷の中庭や周辺に降り立つ。街の方にも残りの重機が着地し、ところどころ威嚇射撃も行われている。

 すぐに、哨戒機と駆逐艦も駆けつける。上空には300メートル級の艦艇が10隻、クレラベーガ上空、建物すれすれを飛行する。

 その内の1機の哨戒機が、中庭に着陸する。公爵はその哨戒機に連れて行かれて、中に押し込まれる。すぐさま哨戒機は飛び立つ。

 と同時に、上空の駆逐艦から、音声が流れる。


『我々は、地球(アース)203の駆逐艦隊である。たった今、領主のヴェストリア公爵を捕らえ、我々がこの街を掌握した。これ以上の抵抗は無意味である。兵士諸君は直ちに武装を解除し、我々に従うよう勧告する。繰り返す……』


 駆逐艦の下面には、あの赤地に2頭の龍が書かれた旗が取り付けられている。誰の目にも、帝国からの使いだと分かる。食糧難で空腹な上に、強大な駆逐艦10隻に巨大な人型重機の出現。戦意など起ころう筈がない。


 こうして2万人の街、クレラベーガは、40分あまりで陥落した。


「しかし、なかなか面白いことを考えつくのう、カールヘルトよ。」

「そうか? 視覚以外の幻覚も与えられると聞けば、これくらいのこと、誰でも思いつく」

「かっかっかっ! そうかの? だが、私も新たな技を覚えたぞ! これを使えば、大勢の人間どもを釣ることができそうだの!」


 幻覚の新しい使い道を覚え、上機嫌なレオカディア。そんな魔族に構わず、カールヘルト大佐は戦後処理に努める。

 まずは、この食糧難をなんとかせねば……カールヘルト大佐は、軍司令部に支援要請をする。

 ともかく、結果的にクレラベーガは「解放」された。

 そしてあの公爵は、帝国側に引き渡される。


 その後、ヴェストリア公爵がどういう結末を迎えたのか? それを知るものは、そのあまりの惨状に、多くを語ろうとはしない。

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