#15 帝都散策
公爵軍再来襲への備えは、10隻の艦で交代に行うことにした。5日おきに交代で1隻がウェルビア村に降り立ち、監視任務に就く。
もっとも、あれだけの魔術を使えるのあれば、正直、駆逐艦などいなくてもどうにかできそうだ。
どちらかといえば、カールヘルト中佐の目的は、魔族のお守りだ。早い話、彼らが満足できる食べ物を提供し続けること。それが彼らの第一の任務である。あの場所はとにかく、食糧が乏しい。それに、一度こちら側の味を覚えた彼らが、元の生活に戻れるはずもない。
ということで、カールヘルトはその任務を8811号艦に託し、帝都へと戻る。
そして今、ラーニャと共に帝都を歩いている。
「そろそろ、収穫祭の季節でございますよ」
「ええと、確か今日は7月10日……は、ここでは秋になるのか」
この星は1年が10ヶ月で、ひと月が36日もあるからややこしい。カールヘルト中佐も、まだこの帝国の暦には慣れない。
カールヘルト中佐がラーニャと一緒に歩いているのは、ネポシアーノ殿下に呼び出されたからだ。ウェルビア村での顛末と、男爵号およびウェルビア村の領地に関する通達を受け取るためだ。いずれ正式に、式典が催される。
帝国男爵となった結果、屋敷を一つ賜ることになった。貴族の屋敷が集結する宮殿周り、通称「貴族通り」と呼ばれる場所に、その屋敷はある。
10年ほど前に、後継者がおらず廃嫡となったとある男爵家の屋敷だという。その屋敷が、カールヘルト中佐のものとなった。で、中佐は早速その屋敷を見に行くが、長年放置されていて、庭などは荒れ放題となってはいたが、屋敷そのものは使えそうだった。
それらの確認を終えて、郊外に停泊する駆逐艦8820号艦へと戻るところであった。
「カールヘルト様、少し、寄り道をいたしませんか?」
「ああ、構わないが。」
「では、市場に参りましょう!」
男爵となったばかりのこの艦長は、浮かれたラーニャと、侍女のノエミとともに、市場へと向かう。
「さすがは収穫の季節ですね。見てください、私の好きなネクタリンが、あんなに積まれておりますよ」
広場から一歩入った市場のその店には、やや濃いピンクの、硬い桃といった感じの果物が山と積まれている。それを手に取り、品定めをするラーニャ。
「ラーニャ様は、少し硬い実が好みでございましたね」
「そうですよ。ゲルダやマルタの分も、買っていきましょう」
顔馴染みの店主がいるくらいだから、ラーニャはここには通い慣れているようだと、カールヘルト中佐は察する。皇族だからといって、出入りに不自由はなかったようだ。
比較的治安は良く、人々も豊かだ。それに、7番目の皇女などを狙う理由もない。だから、この皇女様は自由に屋敷の外に出かけていたようだ。それゆえ、あの占星術の師匠に出会うことができた。
あのマグダネラという魔族は、ある貴族が占星術を伝授してもらうために帝都に招待された。それをラーニャが聞きつけて、占星術の講義に乗り込んできた。
その貴族のもとで3ヶ月間の講義を終えた後も、さらに2年もの間、ラーニャは皇族の財力を背景にマグダネラを引き止め続け、占星術を学び続けた。
あまりの熱心さに、さすがのマグダネラもドン引きだったらしいが、それでもラーニャの情熱と、その吸収の速さゆえに、持てる知識と技を伝授し続けた。
その結果、ラーニャはこの帝国一の占星術師となった。
「駆逐艦のお食事も美味しゅうございますが、この帝都のガスパチョも、なかなかでございましょう」
ラーニャに勧められて、市場の中のとある料理店の冷製スープをいただくカールヘルト。駆逐艦の食堂にはない、手作り感溢れるこの野菜スープに、カールヘルトはどこか安らぎを感じていた。
文明や技術は、確かに地球203に比べて明らかに遅れている。
だが、人は変わらない。技量を持つ者の料理は美味いし、魅力的だ。駆逐艦の料理が、いくらこの帝都よりも進んだ食材と調理法を使っているとはいえ、所詮はロボットによる調理。人には敵わない。
そんなことを考えながらこの艦長は、ラーニャとノエミとともに、スープを堪能する。
が、この平和な空気を、ラーニャの一言がかき乱す。
「ところで、ノエミ」
「はい、ラーニャ様」
「昨夜は、どこにいたのです?」
これを聞いたノエミは、持っている木製のサジをスープの中に落としてしまう。
「あなたの部屋に行ったのですが、そなたはおりませんでした。どこにいたのですか?」
「あ、あの……そう、風呂、お風呂に入っていたのでございますよ!」
「私とお風呂に入ったすぐ後に? そなたは、2度もお風呂に入るのですか?」
カールヘルト中佐はただならぬ気配を感じる。その後も、ラーニャの尋問は続く。
「そなたの星座、とびうお座には、紅玉星がかかり始めました。これはつまり、気になる殿方が現れた証ではありませんか?」
「い、いえ、ラーニャ様、そのような……」
「あなたのことは、私が一番気にかけております。ですから、正直に答えなさい」
いつになく、強い口調のラーニャだ。ちなみにとびうお座というのは5月の星座で、4月生まれのラーニャの星座であるたてがみ座のすぐ隣にある星座だ。
「……あの、ラーニャ様の、おっしゃる通りにございます……」
半分泣きそうな顔で答えるノエミ。ラーニャは続ける。
「そう。で、相手は誰なの?」
「は、はい……ハーラルト様です。」
それを聞いたカールヘルト中佐は、驚きのあまり口に含んだガスパチョを吹き出すところであった。ハーラルト少尉は、カールヘルト中佐が艦長就任したのと同時に、我が艦に赴任してきたばかりの作戦幕僚だ。が、いつのまにノエミとそんな関係に?
「まあ、あのハーラルトさんなのですか!?」
しかし、それ以上に驚いていたのはラーニャの方だった。突然大声をあげたかと思えば、ガタッと立ち上がる。カールヘルトとノエミは、ビクッと身体を震わす。
「ハーラルトさんは紅鶴座で、金星星座がぎょしゃ座のお方! ノエミとは、とても相性がいいお方ですよ! ああ、なんという巡り合わせ、さすがはノエミですね!」
てっきり怒り出すのかと思いきや、ノエミの手を握り、ラーニャらしい祝福を述べる。この占星術的解釈に、カールヘルト中佐はすでについていけない。
というか、いつのまに自身の部下の星座をチェックしていたのだ? しかもなんだ、金星星座とは? まさかと思うが、艦のすべての乗員の誕生日を聞いて回って、その星座を割り出しているのではなかろうな。カールヘルトは、赴任したばかりの男性士官と親密になったノエミよりも、徹底的に占星術にひた走るラーニャの方に驚愕していた。
「で、いつからなのです? ハーラルトさんと夜をご一緒したのは?」
「ゆ、夕べが初めてでございます、ラーニャ様」
「ハーラルトさんとは、何がきっかけで?」
「はい。先日、カールヘルト様がお怪我をなされた時、替えの軍服を取りに行こうとしたのですが、どこにゆけばいいのか分からず、たまたま通りかかったハーラルト様に伺ったのです。それがきっかけでその後、食堂にご一緒したり、展望室でジュースをいただいたりと……」
そういえばここ2日ほどは、カールヘルト中佐は食事中にノエミの姿を見なかった。ラーニャと2人で食事に行くことが多かったが、それはハーラルト大尉とともにしていたからだと中佐は知る。
カールヘルト中佐は、先日のウェルビア村奪還作戦の際にハーラルト少尉とともに地上へ降りている。冷製沈着で、作戦幕僚を務めるほどの男だけに頭のキレもいい。しかし、ノエミとこれほど短期間のうちに親密になるほどの何かを持っているようには感じなかったのだが……ラーニャに言わせれば、星の巡り合わせということなのだろうか。
ノエミの馴れ初めと、ラーニャの飽くなき占星術へのこだわりが同時に知れたこの市場の片隅での食事だったが、3人で銀貨を3枚払うと、その場を離れる。
ところで、この帝国と同盟が締結しているため、すでに貨幣の交換が始まっている。そのレートは、銀貨1枚で2ユニバーサルドルということになっている。つまりこの食事は、6ユニバーサルドルだ。
安いといえば安いし、妥当と言えば妥当な値段。もっとも、ここは庶民にとっては比較的高価な類の店のようだ。周りにいたのは、貴族や豪商の者ばかり。ここはまさに、ラーニャほどの身分の者が立ち寄るような店というわけだ。
そして市場をめぐり、いくつかの果物店を巡り、手提げ袋いっぱいの果物を手に駆逐艦へと向かう。
「カールヘルト様、こちらから抜ければ近道ですよ」
ラーニャが、立ち並ぶ石造りの建物の方を指差す。そこは、建物の谷間、細い裏道だった。
「いや、ちょっとそこは……治安が悪くないか?」
「大丈夫ですよ! 私の占いでは、何も起こらないことになっていますから!」
などというラーニャは、カールヘルト中佐の手を引いてその裏道へと入る。ノエミも、その後ろをついてくる。
確かに、治安は悪くない帝都だ。しかし、こういう場所は本当に安全なのだろうか……悪い予感しか感じないカールヘルト。そして、事態は占星術より、カールヘルトの不安の方が的中した。
3人の前後に、男が4人、現れた。
「だれだ!」
カールヘルト中佐は叫ぶ。すると、男の一人が応える。
「あるお方の依頼で、お前を付け回していた」
どうも狙いはカールヘルト中佐らしい。男はその名を伏せていたが、どう考えてもこれは、あのヴェストリア公爵の手の者だろう。今のところこの帝国でカールヘルト中佐を恨む相手は、あの公爵しかいない。
「なるほど。で、私をどうするつもりだ?」
そう応えると、男らは突然、カールヘルト中佐に襲いかかる。とっさに、カールヘルト中佐はラーニャとノエミを抱き寄せて、腰にある携帯シールドのスイッチを押す。
携帯シールドは、有効半径が1.5メートル。ゆえに、その中に2人を入れないと守れない。
「ぐあっ!」
短剣を突き出してきた男らを、鉄壁の防御システムがはじきかえす。剣は刃先が砕け散り、手には火傷を負っている。
「な、なんだ!?」
リーダー格の男は、この怪しい技を見て逃げ出そうとする。すかさず、カールヘルト中佐は銃を取り、放つ。
バンッという音とともに、男の前の地面がえぐれる。その場で転んだ男に、カールヘルト中佐は銃を向けて尋問する。
「公爵の手の者だな?」
だが、4人の男はその場でしゃがんだまま、一言も発しない。銃口を向けられて恐怖に震えるリーダー格の男でさえ、依頼人の名を口にしようとしない。
「何事か!」
と、そこに、爆発音を聞いて駆けつける、革製の防具で身を固めた騎士風の男が現れた。
「警備の者だ! おい、お前ら、ここで何をしている!?」
わらわらと、10人ほどの警備兵が集まってきた。兵達によって、4人はすぐに捕らえられる。
すぐに連れ去られる4人だが、その騎士風の男の矛先は、カールヘルトらに向く。
「おい、お前らもだ! ここで何をしていた!」
「ただの通りすがりの軍人だが」
「嘘をつけ! いくら裏道でも、この帝都で早々襲われることなどあるものか! 何か、やましいことあるのだろう! 名を名乗れ!」
それを聞いて、まずラーニャが応える。
「私の名は、ラーニャ・デ・アウストリア、今はラーニャ・フォン・カールヘルトでございますよ、騎士殿」
「ら、ラーニャ……様?」
その名を聞いて、急にこわばる騎士。
「私は地球203遠征艦隊所属、駆逐艦8820号艦の艦長、コンラート・フォン・カールヘルト中佐だ。」
「えっ!? ま、まさか、ラーニャ様に、カールヘルト様!?」
みるみる青ざめる騎士。そして、その場でひざまづく。
「も、申し訳ございません! 私は、帝国騎士団の一人、カミロと申します! まさか、皇女様に星の国の英雄だったとは……非礼の数々、お詫び申し上げます!」
「いや、そんなことはいい。それよりもだ」
「はっ!」
「先ほどの連中は、私を狙ってきた。おそらくはヴェストリア公爵に依頼された者たちだろう。そのあたりを、確認して欲しい」
「はっ! この命に代えましても!」
「いや、命はいいから。後は頼んだぞ」
「はっ! 承知いたしました!」
カミロと名乗る騎士は立ち上がり、右手の拳を握り、それを胸の前で横に当てる。これは、帝都騎士流の敬礼のようだ。カールヘルトは、宇宙艦隊流の敬礼でこれに応える。
と、その騎士は即座に振り返り、あの4人を捕らえた兵達の後を追う。後には、3人だけが取り残された。
「さ、駆逐艦へと急ごう。これ以上、妙な連中に襲われてはたまらない」
「はい、カールヘルト様」
のどかな秋晴れの帝都で、ちょっとした情事と、ちょっとした騒動に遭遇するカールヘルト。平和そうな帝都といえども、油断できないことをこの新任の艦長は思い知らされた。




