#14 公爵軍来襲
「周囲に、動きはないか?」
「はっ! 今のところは」
「撤退した軍勢が、歩みを止めたとの報告を受けている。つまり、増援を待っているのだろう。警戒を厳にせよ。哨戒機を飛ばし、周囲を探索する」
「どちらを偵察させますか?」
「ここから少し離れた場所に、この領地の中心であるクレラベーガという街があるらしい。もし軍勢が集まるなら、そこだろう。クレラベーガの街を偵察せよ」
「了解! 哨戒機、発進させます!」
医務室を出て、服を着替えた後、カールヘルト中佐は艦橋にて周囲の状況を確認する。今のところは、まだ公爵の側に動きはない。
だが、このまま動きがないとは考えられないだろう。サーモセンサーの画面を見ながら、カールヘルト中佐は思う。せめてその軍勢の数と位置を把握したい。場合によっては、司令部に増援を求める必要がある。
カールヘルト中佐は、麾下の艦隊に電文を送る。ウェルビア村の上空にて待機、いつでも哨戒機を発進できるよう下令する。だが、相手は兵士だ。できれば、地上向けの部隊が欲しい。
10隻の艦の中で、人型重機を保有しているのは駆逐艦8820号艦だけ。しかも、あの1機のみだ。できればもう少し、重機が欲しい。カールヘルトはそう考えて、司令部に打電する。
増援の依頼をした後、カールヘルトは食堂へと向かう。
「ほほう、白海星から取り出した岩石で温泉……そんなものがあるのか。」
「そうなのですよ。これがとても気持ちよくてですね」
盛り上がっているな、カールヘルト中佐はマグダネラと話すラーニャを見て思う。
「あ、カールヘルト様、こちらですよ」
ラーニャがカールヘルト中佐に気づいて、手を振る。それに応じて、中佐はラーニャの隣に座る。
その正面には、ラーニャの師匠であるマグダネラと、村長のレオカディアがいる。
「なにやら、聞きたいことがたくさんありそうだな。」
レオカディアがカールヘルト中佐の表情を見て話しかける。カールヘルト中佐は答える。
「それはそうだ。分からないことだらけだからな」
「ここでは、なかなか美味なものをいただいた。帝国でも口にせぬもの、そのお礼に、なんでも答えてやろうぞ」
「ではまず伺いたい。魔族とは、なんだ?」
カールヘルト中佐の言葉に、近くで控えていたハーラルト少尉がぴくりと反応する。それ、聞いちゃってもいいの? そう顔で訴えているのは分かる。
が、この質問は、この地を守る以上、避けては通れない。
「そうだな、なんと答えればいいか……見た目や寿命の長さ、それ以外にも、我ら魔族は人族と大きく異なるものを持っている」
「なんだ、その異なるものとは?」
「魔術だ。我らは、魔術が使える。」
「ま、魔術? 魔法のようなものか」
「火、水、土、風、そして光に闇。いくつか属性はあるが、そういうものを生じ、操ることができる」
魔族と言うくらいだ。魔法くらい使えて当たり前だろう。しかし、この科学全盛の宇宙に、魔術とは……
いや、魔術というものは、この宇宙のところどころに存在していることが分かっている。そのいくつかについて、研究も進んでいる。カールヘルト中佐も、そのあたりの事情はなんとなく聞いて知ってはいた。
だが、実際にその使い手だと自称する人物に出会ったのは初めてだ。いや、人物と称するのが正しいのかどうかは、微妙な人々ではあるが。
「だがな、魔術などは我らのほんの一面に過ぎぬ」
「そうなのか? 魔術が使えるというだけでも、とんでもない話だと思うのだが」
「そんなことはない。帝国の者にも話したが、我らは大いなる歴史を持っている」
「れ、歴史?」
「我ら魔族は、人族よりも先にこの地にいたのだ」
なにやら突拍子も無いことを言い出す魔族の村長。
「……どの星の人類も、だいたい10万年ほど前に生じたと聞いている。それよりも、長いというのか?」
「そうだ。すごいだろう」
それは確かにすごいことだが、それを言い出したら、ある種の昆虫や動物は、人類よりもずっと前に生じている。だからと言って、たいして羨ましいとは感じられない……カールヘルトはそう感じる。
「で……それが魔術よりもとんでもないことだと言いたいのか? 私にとっては、その寿命の長いことの方がむしろ、驚くべきことなのだが」
「寿命が長いことなど、大したことではないぞ。我らにとってはその長い歴史の方が、ずっとすごいことなのだ」
「そうなのか?」
「まあ、いずれそなたにも教えてやろう。我らの歴史の、奥深きことを……それはともかくとしてだ。ピザをもう一つ、いただきたいのだが」
人類よりも長い歴史を持っていると言いながら、ピザ一つ作れないとは、実は大したことないのではないか? カールヘルト中佐は、美味そうにピザを食べるこの村長を見て、そう思わずにはいられない。
「ところで、先ほど村人らがしきりにこの駆逐艦のことを『方舟』と言っていたが、あれはなんのことだ?」
「おお、方舟のことか。遠い昔、我らが未曾有の危機に陥った時、逃げ延びるために乗った船のことで……」
レオカディアがそう言いかけた時、突然、警報が鳴り響く。
「な、なんだ!?」
マグダネラが立ち上がる。ここにいる他の数人の魔族の村人も、そのけたたましい音に驚く。
カールヘルト中佐はスマホを取り出し、艦橋に繋ぐ。
「どうした!?」
『哨戒機より連絡! クレラベーガよりすでに軍勢が出陣しております! 村につながる一本道上に、兵士多数発見! 数、およそ2千!』
「やはり来たか。しかも、2千人もの軍勢とはな」
『どうみても、ウェルビア村に向けて進軍中なのは間違いありません! 公爵軍の再侵攻とみて間違いありません! あと4時間ほどで到達予定!』
「分かった。総員、戦闘配置! 艦内哨戒、第一配備! 私も直ちに、そちらに向かう!」
『はっ!』
カールヘルト中佐は席を立ち上がり、ラーニャに言う。
「ラーニャ、どうやらあちらの兵士が、押し寄せてきたようだ。」
「兵士でございますか!?それはもしや、ヴェストリア公爵の兵で?」
「そうだ。我々が彼らを追い払う。ここで待機せよ!」
「おい、待ってくれ! 村はどうなるのだ!?」
「村にはまだ到達していない。村に続く道の途中を2千の軍勢がこちらに向かっているところを発見したとの報告だ。我々は、それを阻止する」
それを聞いた魔族の村長が、口を開く。
「ならば、私も行こう!」
「は?」
「我らの村だ、我ら自身が守る! その軍勢の元へ、私を連れて行け!」
「いや、しかし……」
カールヘルト中佐は、村長のレオカディアにこの場に留まるよう説得するが、彼女は聞かない。
「……それなら、まずは艦橋へ来てもらおう。そこで、軍勢の姿を確認することとする。それでどうだ?」
「分かった。それでよい」
というわけで、この魔族の長とラーニャの師匠、それにラーニャ自身も艦橋へと向かう。
「どうなっているか!?」
「はっ、軍勢は現在、ここより15キロの地点にあり! 到着まであと4時間と予想されます!」
「駆逐艦発進。奴らの前に出て、進軍を阻止する。機関始動、微速上昇!」
直ちに、機関が始動される。グォーンという音とともに、船体がゆっくりと浮き上がる。艦長席に座るカールヘルト中佐。
「地上にいる人型重機を発進させよ。現地に連れて行く」
「はっ!」
艦橋内が慌ただしくなる。その間に、軍勢の情報が着々と入る。
「軍勢の中央部に、旗が見えます!」
「旗だと? 見せてみろ。」
「はっ! 正面、第1モニターに投影します!」
哨戒機から送られてきた映像が、艦橋内の大きなモニターに映し出される。
「青地に、獅子の紋章……どう見ても、ヴェストリア公爵の旗だな」
レオカディアがつぶやくように言う。この瞬間、あの軍勢は公爵の軍だと確定した。
「司令部から、重機増援要請への回答は!?」
「まだありません!」
「くそっ、こんな時に……なんてことだ」
グラッツェル少将も、今回の件を承認する際に、地上戦のことを想定するべきだったのではないか。艦隊一の切れ者といわれる少将閣下だが、艦隊戦以外のことはあまり頭が回らないようだ。最初から人型重機を相当数、派遣してくれればよかったのに……
などとカールヘルト中佐が悔やんだところで、もう軍勢は目の前まで迫っている。とにかく、手持ちの兵器だけであの連中を追い出すしかない。カールヘルト中佐はモニターを見ながら、作戦を考えていた。
そうこうしているうちに、その軍勢の手前に到着する。高度80メートル。狭い一本道の上で立ちはだかるように、駆逐艦が止まる。
すぐに人型重機を道の真ん中に立たせて塞ぎ、この2千の軍勢と対峙させる。だが、軍勢は止まったものの、引き返す様子はない。先頭集団は動揺するものの、その後ろからは人型重機がまったく見えていない。さすがに一機では、牽制にはならないようだ。
「やむを得ない……また、音と光で脅すしかないか。未臨界砲撃、準備!」
「おい、ちょっと待て。私にやらせろ」
威嚇砲撃の指令を出そうとしていたカールヘルトに、突如レオカディアが制止する。
「あの2千もの軍勢を追っ払うんだぞ? どう考えてもこの駆逐艦の威嚇砲撃でなければ無理だ」
「もしかして、噂の帝国を怯えさせたという、神の雷を打とうというのであろう? だが、それはやめた方がいい」
「なぜだ?」
「村人も驚く。そうなれば皆、この方舟に対して恐怖することになるぞ。あまりいいことではないだろう」
レオカディアが言うことは正論だ。10キロ離れているとはいえ、未臨界砲撃の音と衝撃は村にまで達する。確かに、村人にとっても恐怖を植え付けることになる。
「ならば、何をすると言うのだ?」
「魔術だ」
「魔術?」
「そうだ。私が魔術を使い、あの公爵軍を追い出す」
「いや、待て。何をするのか分からんが、兵士を傷つけることだけは……」
「傷などつけぬ。追い払うだけだ」
「は? どうやって」
「見れば分かる。おい、この窓の外の、あそこに行かせてくれないか?」
「ああ、構わないが……しかし魔術とは、何を仕掛けるつもりなのだ? 相手は2千人だぞ!」
「なあに、相手は一本道の上、前回は村に入られたからどうにもならなかったが、あの位置ならば、私の魔術で十分だ」
自信満々な村長に、不安しか感じないカールヘルト中佐。ともかく、彼女のやりたいようにやらせて、うまくいかなければ威嚇砲撃を実行する。そう考えたカールヘルト中佐は、レオカディアを駆逐艦の上面の甲板へと案内する。
「おお! ここは見晴らしがいいな! まるで公爵軍兵士がアリのようだぞ!」
駆逐艦の先端部、主砲口のすぐ真上あたりで公爵軍を眺めながら、レオカディアは上機嫌で叫ぶ。
「おい、ここで何をしかけるつもりだ? 見ての通り、2千人という軍勢は、かなりの人数だぞ?」
「まあ、見ておれ」
そう言いながら、駆逐艦の先端で、両手を空に掲げる。
そして、何かをブツブツと唱える。
「……闇の使い、黄泉の使者、邪悪なる魔鬼の軍勢……」
意味は分かるようで分からない。何を唱え始めたのだ? カールヘルト中佐は、彼女の所業をただ見守っている。
と、突然、空に黒い雲が発生する。
雲といっても、まるで黒い塵が寄り集まったような、そんな雰囲気のものだ。粘性の高いその黒い雲は、公爵軍の真上で渦巻いている。
そして、レオカディアは両手を振り下ろす。
と、その瞬間、公爵軍兵士からまるで、うめき声のようなものが聞こえ始める。
何が起きた? 眼下にいる2千人が一斉に、何かに憑かれたように悶え始めたのだ。そして次々と、何かに追われるように来た道を引き返していく。
よほど慌てているのか、中には槍や剣をその場に捨てて逃げていく者もいる。あの公爵の旗も、その場に投げ捨てられたほどだ。
ものの5分で、その場から軍勢がいなくなった。
「な、なんだ、今のは!?」
「私の闇の魔術だ。どうだ、すごいだろう。」
「いや、確かにすごいが……何が起こったんだ!?」
「簡単だ。幻想を見せた。」
「幻想!?」
「死者の国に住むという、悪魔の鬼が大勢襲いかかる、そういう幻を、あの2千人に見せたのだ」
「はあ!? おい、まさか2千人同時に幻想を見せたというのか? な、なんという魔術だ……」
「かっかっかっ! そなたのあの人型のなんとかという兵器で足止めしてくれたおかげじゃ。いやあ、70年ぶりに使ったが、まだまだ私の術も衰えぬな。このまま、クレラベーガの街に丸ごと、術をかけてやろうかの?」
大げさなやつだと感じていたが、これは実際にすごいことだ。事実、2千人が、あっという間にいなくなった。カールヘルト中佐はこの村長の魔術を目の当たりにして、ただ呆然としていた。
「……こんなものがあるのなら、村にあの兵士らがやってきた時に、最初から使えばよかったのではないか?」
「いや、そうはいかぬ。この術は、村人にもかかってしまう」
「なるほど……って、もしかして、人型重機のパイロットにも!?」
「いや、大丈夫じゃ。ギリギリはずしたからのう。それにあれは、鉄の鎧のようなもので覆われておるから、我が術はほとんど届かんのじゃ」
それにしても、なんという技だ。実際にその幻想を見たわけではないが、2千人が逃げ出したという事実を目の当たりにした。
だが、カールヘルトは思う。もし我々がこの村人を敵に回したら、今度あの幻想を見せられるのは我々なのだ、と。
無論、そのつもりはない。が、あの村を領地にすると言ったネポシアーノ皇太子の言葉を思い出し、戦慄する。
このことを知ってて、押し付けたのではあるまいな?
中佐が懸念するのは、当然のことだった。
ゲラゲラと上機嫌で笑う魔族の村長を連れて、中佐は艦内に戻る。なにやら、やっかいな相手と接触してしまった……そんな想いだけが残る、公爵軍の来襲騒ぎだった。




