#13 ヒトならざる者
応急処置を終えて、村のある建物に入ったカールヘルトら3人の軍人。
その3人を迎え入れる、ツノの生えた住人達。
しかし、カールヘルトの心中は穏やかではない。自らを「魔」と名乗る者を前に、底知れぬ不安を感じていた。
「いや、さすがは帝国10万の兵を動かしたと伝えられる星の国の人だ。公爵の軍など、問題にならぬのは当然か」
まるで水牛のようなツノを頭に生やしたレオカディアと名乗るその村長は、お茶を飲み、ツノを揺らしながら上機嫌に語る。
その向かい側に、カールヘルトら3人が座る。彼らにも、ほんのりと香ばしいお茶が出される。
「ところで、いろいろと伺いたいことがある。ここウェルビア村が、帝国が特別視している場所なのか?」
「ああ、そうだ。人族は皆、ここをウェルビア村と呼んでおるな」
「なんだ、他にも呼び方があるのか?」
「いや、特にない。ただ、昔から支配する人族が変わるたびに、ここの呼び名も変わっている」
「そ、そうなのか?」
「私がまだ若い頃……そうだな、たしか100歳を迎えた頃に、ここはシン帝国の支配する土地に変わったんだが、それまではヘルヘイム(死者の国)と呼ばれておった」
「……いや、ちょっと待て。100歳の時って、どういうことだ?」
「何か、妙なことを言ったか?」
「いやいや、どう見てもあなたが、100歳以上には見えないのだが……」
「ああ、そうか。もしかして星の国には、魔族はおらんのか。それならば驚いて当然であるな」
「その、魔族とは……一体なんだ」
「ほれ。ここにツノが生えておるだろう。これが、魔族の証だ」
「いや、それは分かるが……そもそも、魔族とはなんだ? なぜ、自ら『魔』と名乗る? あまりいい意味の言葉ではないと思うが」
「そうか? ずっと昔より、我らは『魔族』と名乗っておるぞ。それこそ、人族が栄える、ずっと前からな」
「は?? 人が栄える前って……それは一体、どういう……」
次から次へと、不可思議な話がポンポンと出てくる。そこでカールヘルトは腕を組み、目を閉じて考えた。
「……その前に、話を戻そう。まずは、我々の用件を伝えたい」
「うむ、伺おう」
「我々はネポシアーノ殿下より、公爵軍を撤退するよう依頼された。とりあえずは公爵の兵を退けはしたものの、再び襲ってくる可能性は十分にある。」
「であろうな。ヴェストリア公爵家の今の当主は、性格が悪い。先先代あたりまではまだ穏やかな領主であったが、ここ20年、特に今の当主は性格の悪い当主でな、その相手に手を焼いておった。あやつのことだ、間違いなく、ここを襲ってくるであろうな」
先先代とは……人間とは年の概念が異なるようだ。その辺は気になりながらも、カールヘルトは続ける。
「そこでだ。村防衛のため、我々の艦を、しばらくの間ここに常駐させてはもらえないか?」
「カン? なんだそれは?」
「まあ、なんというか……ネポシアーノ殿下は我々の駆逐艦を、空飛ぶ石砦と呼んだ。そういう感じのものだ」
「空を飛ぶ砦か。面白いな。352年生きてきたが、そんな面白いものは、見たことがない。」
さらりとレオカディア村長の年齢が判明した。この星は362日だから、カールヘルトらの星の一年よりは少し短い。とはいえ、とんでもない年齢であることには変わりがない。
地球001が宇宙に進出したのがおよそ500年ほど前、最初の人類生存惑星である地球002が発見されたのはその4年後。そして、連合と連盟とに分かれて慢性的な戦争状態に陥ってからすでに400年以上……その宇宙の戦闘の歴史に匹敵する時間を、この長は生きてきたというのか。
「……というわけで、村長殿に、その空飛ぶ砦の着陸許可をいただきたいのだが」
「ああ、そうか。律儀だな、そなたらは。その砦を持ってくるのは構わない。だがそんなもの、どこに置くというのだ?」
「そうだな……村の少し外れにある、あの小高い丘の上の平地ならば都合がいい」
「分かった。そんなところでいいのなら、勝手に使ってくれ」
「それから、人型重機を村の中に置いておきたい。いざという時に、その方が守りやすい」
「ああ、あの化け物のことか。いいだろう。この村の中央にある広場に置いておくといい」
「ならば早速、実行に移させてもらう。いつまたあの兵士が攻めてくるか分からないからな。備えた方がいいだろう」
「であるな。我々もこの3日間は困っておった。いやはや、250年前にも帝国の連中が攻めてきたときは、本当に焦ったがな。なんとか将軍が我らのことを理解してくれたおかげで、我らはここで暮らしを続けることができた。いや、そういえば70年前にも戦乱に巻き込まれたことがあったな。あの時以来か?」
もはやカールヘルトは、少々なことでは驚かない。彼女とは、時間のスケールが違いすぎる。そう割り切って、村長の話をスルーする。
そして中佐はポケットからスマホを取り出し、駆逐艦を呼び出す。
「駆逐艦8820号艦へ。こちら、カールヘルト中佐だ。ウェルビア村への着陸の了解をいただいた。村の西方にある丘の上の平原に着陸されたし。送れ。」
『8820号艦より艦長。了解、直ちに艦を移動します。』
そのやりとりを聞いていたレオカディアは、興味津々な様子でそのスマホを見る。
「なんだ、それは?まさかそれは、遠くにいる者と話ができるのか?」
「あ、ああ、そうだ。無線機能がついていて、半径10キロ以内なら交信可能だ」
「おお、なんと素晴らしい。我らの失われた技のようだな」
いちいち含みのある発言をする魔族だ。カールヘルトは思う。
「これより、大きな我が艦が上空に現れる。村人が怯えるといけないので、できればそのことを伝えて欲しい」
「ああ、分かった。ならば、外へ参ろうか」
村長は立ち上がり、この家の外に出る。カールヘルトら3人もその後を追う。
「艦長……」
「なんだ?」
と、後ろから小声で、ハーラルト少尉が尋ねる。
「今の話は、一体……」
「貴官の言いたいことは分かる。私も、彼らにいろいろと尋ねたいことばかりだ。だが今は、任務遂行を優先せよ」
「りょ、了解」
外に出ると、村人たちが何人か歩いている。広場に着いたレオカディアは、その一人に声をかける。
「おい、プリニオ。村人全員を、ここに集めよ」
「は、はい。分かりました」
その男は早速、村を駆け回る。すると、ツノを生やした村人が、次から次へと集まってくる。
よく見ると、ツノの大きさもまちまちだ。村長のように立派なツノを生やしたものもいれば、親指大のツノしかない者もいる。
先ほど言っていた純血の魔族というのは、もしかしてツノを見れば分かるのか?カールヘルトは考える。だが、今は任務遂行のため、黙って村長のすることを見ている。
「よし、集まったな。皆の者、聞け!」
100人はいるかと思われる村人の前で、村長は叫んだ。
「これより、帝国の使いが参る。ただし、空を飛ぶ砦のようなものらしい。皆も驚くと思うが、あの忌々しいヴェストリア公爵の連中から我らを守るためにくるのだ。承知しておいてもらいたい」
すると、村人の一人が尋ねる。
「レオカディアよ、その砦というのは、どういうものかいの?」
「いや、分からぬ。が、あの丘の上に乗る大きさらしい。我ら一族を乗せたと言われる、伝説の方舟ほどの大きさではなかろう」
いちいち妙な伝承が多いな、この村は。突っ込みたくなる気持ちを抑えて、カールヘルトは黙って横で聞いている。
と、そんな村長と村人がやりとりしているうちに、空から鈍い音が響く。
うっすらと広がる雲の中から、駆逐艦8820号艦が現れた。
全長300メートルの船体が、村に大きな影を落とす。空を指差し、ざわざわと騒ぐ村人。
だが、騒ぎ方がおかしい。
「おい、あれは砦というより……」
「ああ、そうだ、方舟だな。」
帝国の人々とは随分と反応が異なる。さっきから村人のいう方舟とは、なんのことだ? その言葉に、カールヘルトは引っかかっていた。
村の上空で、90度回頭する8820号艦。チカチカと、赤、青、白の航空灯が船体の前後左右で点滅しているのが見える。その船体は、丘の上に降りる。
「おお、まるで方舟だなぁ。面白そうだ。見に行こうか。」
好奇心の塊のような村長だ。丘の上に降りたあの艦を間近で見ようと、丘に向かって歩き出す。
村人の何人かが、同じように丘の上に向かう。カールヘルト中佐もその後ろをついていく。
駆逐艦の真下に着くと、すでにハッチが開いており、数人が出入り口付近に立っている。その中に、ラーニャとノエミがいた。
「あ、カールヘルト様!」
カールヘルト中佐の姿を見つけたラーニャは、大急ぎで駆け寄る。
「ど、どうされたのですか、この左肩は!?」
「ああ、大したことはない。公爵の兵が放った矢が当たって……」
「まあ、なんということでしょう!? 金剛傍星の呪いで、このような目に……」
心配そうに左肩に触るラーニャ。そのラーニャのそばに、一人の魔族が歩み寄る。
「おい、ラーニャ、ラーニャではないか!?」
それは、見た目は30代の女性だった。しかし20代後半にしか見えない村長が352歳だと言っていたから、こちらはきっとそれ以上なのだろうな……などとカールヘルトが考えていると、その魔族の婦人にラーニャが声をかける。
「ま、マグダネラ師匠! お久しぶりでございます!」
「おお、ちょっと見ない間に、随分と大きくなったな!」
「師匠は、お変わりありませんね。もう430歳は超えておいでですのに」
「433歳だ。どうだ、あれから術の腕は上がっておるか?」
「はい……ですが、よりによって我が夫、カールヘルト様のこの怪我も、当ててしまうことになってしまいましたが……」
「まあ、よいではないか。ラーニャが占ったおかげでこの程度で済んだのやも知れぬ。にしてもそなた、いつのまに星の国の者の妻となったのか?」
「はい、つい先日のことにございます、マグダネラ様」
どうやら知り合いのようだ。しかし、433歳とは……カールヘルト中佐は少し、めまいを覚える。
「で、ラーニャ、こちらの方は?」
「はい、カールヘルト様。こちらは私の占星術の師匠、マグダネラ様でございます。」
なんと、ラーニャに占星術を教えたという張本人が現れた。つまりラーニャの占星術は、魔族から教わったということなのか?
「ほう、なるほど。そなたが皇女の夫とはな……あまり貴族のようには見えないが、案外ラーニャと相性の良さそうな男じゃな。はっはっはっ!」
頭のツノを揺らしながら笑うこの魔族の婦人。それを微笑みながら見守るラーニャ。そんな二人を、中佐は少し複雑な表情を浮かべる。
と、そこに士官が忘れかけていたことを思い出させる。
「カールヘルト艦長、まずは医務室にて、傷の手当てをして下さい。」
ハーラルト少尉がカールヘルト中佐に声をかける。ああ、そうだった、自分は怪我をしていたんだった。あまりに非常識な現実を目の前にして、そのことをすっかり忘れていた。
「そうだな。分かった、そうしよう。ああそうだ、村長には先ほどのお茶のお返しがしたい。それにラーニャとマグダネラ殿も、積もる話があるだろう。こちらの客人らを、食堂に招いてくれ」
「はっ!」
互いに敬礼し、カールヘルトは艦内に向かう。エレベーターに乗り込み、最上階にある医務室へと向かう。
医務室へ向かうカールヘルトは、考えていた。
この村は、どこかおかしい……
尋ねたいことが、盛りだくさんだ。治療を終えたら、あの村長と占星術の師匠とやらに、いろいろと質問をしよう。そんなことを考えながら、医務室へと向かった。




