#12 帝国辺境
旧艦長との別れから、30時間後。
カールヘルト中佐とラーニャ、そして2人を乗せた駆逐艦8820号艦は、地球1133と命名された星に到達しようとしていた。
そう、この前日に、正式にこの星は「地球1133」となった。敵味方に分かれた連合と連盟だが、この地球につける番号だけは共有している。それを管理しているのは、ここから5400光年離れた、連合と連盟のどちらにも与しない中立星の地球075という星だ。その星から正式に、この地球の登録番号が通知された。
「地球1133の大気圏突入まで、あと3分!」
「各種センサー、および機関再確認! 帝都の気象状況は、どうなっている!?」
「帝都上空に雲はかかっておりません。快晴のようです」
「そうか。センサー類、機関はどうか?」
「各種センサー、点検終了! 異常なし!」
「機関科から連絡、左右機関共に良好、問題なし!」
「よし、各員、大気圏突入用意!」
新たに艦長となったカールヘルトだが、実はやっていることはこれまでとほとんど変わらない。大きく異なるのは、この指令を艦長席から出すようになったことくらいだ。
「カールヘルト様! 窓の外が、真っ赤でございます!」
大気圏への突入を開始する。白く光るプラズマ光とそれを囲む炎が、窓の外を真っ赤に染める。駆逐艦が出すシールド粒子によってはじき返された大気が圧縮されて、その圧縮熱によって生じたプラズマが窓の外に見える。その温度は3000度超。大気圏突入を初めて体験するラーニャは、その光景に釘付けである。
しばらく窓の外は光り続けるが、徐々に視界が回復する。光が消える頃には、真下には真っ青な海が広がる。その向こうに、帝国のある大陸が見えてきた。
海というものを、ラーニャは初めて目にする。帝都は内陸の奥深くにあり、海など見ることはない。この見渡す限り青い水面という場所の存在を、空高くからラーニャは知る。
大気圏を離脱する際は高度4万メートルから一気に重力圏を脱出しており、これほど間近で海など見ることはなかったが、高度1200メートルから見えるこの広大な海という場所を、珍しそうに眺めるラーニャ。
だが、眼下はやがて海から陸地に変わる。内陸にある帝都は、もうすぐだった。
「副長……いえ、艦長。帝都駐在の交渉官殿より、艦長宛に電文です」
「私宛の電文? 読んでみろ」
「はっ!『ネポシアーノ殿下よりカールヘルト中佐に、帰還後すぐに宮殿へ出向くよう要請あり。直ちに向かわれたし』以上です。」
「なんだと?すぐに宮殿に来いと言うのか……」
まさか、ラーニャを返せと言ってくるのだろうか。せっかく共に暮らすようになったばかりだというのに……中佐は、一抹の不安を感じる。
そんな艦長の不安をよそに、帝都へと急ぐ駆逐艦8820号艦。正面には、帝都の街並みが見える。
その帝都郊外のひらけた場所に着陸する駆逐艦8820号艦。条約は締結され、現在帝都郊外にて宇宙港の建設が始まろうとしていた。が、今はまだ、影も形もない。だから、原っぱのど真ん中に着陸するしかない。
「ギア接地よし、重力アンカー固定!」
「右機関停止。左機関のみで艦姿勢を維持する。これより私は宮殿に向かう。第1格納庫に連絡、哨戒機、発進準備せよ、と」
「はっ!」
カールヘルト中佐は到着するや、すぐに哨戒機に乗り込み、帝国宮殿へと出向く。駆逐艦の格納庫を発進した哨戒機は、宮殿手前の門の前に向かう。ものの3分で目的地に到着し、着陸した。
すでに門番にはカールヘルト中佐の訪問のことは伝わっていた。カールヘルト中佐は、仮にも皇女の旦那だ。言ってみれば、皇族の一員とも言える人物。門番はすぐに門を開ける。その門の中に、カールヘルトとラーニャは進む。
「来たか、弟よ!」
宮殿に入るや現れたのは、なぜだか急に兄貴ぶったネポシアーノ皇太子だ。
「お呼びということでしたので、参上致しました。殿下」
「まあ、堅苦しいことは抜きだ。さ、弟よ、こちらへ参られよ」
以前とは異なり、妙にフレンドリーに接するこの皇太子に戸惑いを覚えつつも、カールヘルト中佐は宮殿の中へと入る。
「そうそう、カールヘルトよ、そなた、中佐に昇進したそうではないか」
「はい、仰る通りです、殿下」
「しかも、2週間後には大佐となる予定だとか。さすがは我が弟であるな」
「いえ……たいしたことではございません」
謙遜してみせるカールヘルト中佐だが、この馴れ馴れしさと、妙に細かい情報まで知っているこの皇子に、なにやら違和感のようなものを感じる。
「さて……そなたを呼び出した理由であるが、実は頼みたい事がある。」
「何でございましょう?」
もしかして、ラーニャを返せと言い出すのか? 身構えるカールヘルトだが、その予想とは反して、まったく別の話であった。
「帝国領の南に、ヴェストゥリア公爵の領地がある」
「その公爵の領地が、何か?」
「困ったことが起きた」
「何が、起こったのです?」
「うむ、一言で言えば、反乱だ」
カールヘルト中佐に、緊張が走る。帝国領内で反乱、その尋常ならざる事態に、中佐の表情は険しくなる。
「昨日、私の元に書簡が届いた。ヴェストゥリア公爵の領地は今後、公国として独立する、拒むつもりならば、戦争も辞さない、と」
「な、なんですか、それは。こんなご時勢に、何ゆえ独立など?」
「さあな。ただ、あの公爵家は我が帝国でも1、2を争うほどの権威ある貴族。そなたらが現れ、同盟締結の代わりとして我らは地上での戦さをせぬことを誓ったのだが、それを聞いて公爵の野心があらわになったらしい。困ったものだ」
「はぁ……で、私に何をせよと?」
「簡単だ、公爵の反乱を止めてほしい」
「承知しました。ですが、小官の10隻でそれが可能と?」
「そうだ。なにせ、10万の兵すらも止めたそなただ。可能であろう」
無茶な事を言い出したネポシアーノ皇太子だ。今ひとつ、その真意がつかめないカールヘルト。
「正直、公爵家の一つが独立しようが、我らには痛くも痒くも無い。それに、地球203政府はあの国を承認しないと言っている。放っておけばいずれ、干されるであろう」
「ならばなぜ、反乱鎮圧を命じるので?」
「帝国にとって、そこに特別な場所があるのでな。あそこだけは、直ちに取り戻さねばならない。だが、我ら自身は連合との盟約のため軍を動かせぬ。ゆえに、そなたに頼むことにした」
「は、はぁ……」
「もちろん、そなたの上の者には了解を得ておる。いや、むしろグラッツェル少将殿がこの件で、そなたを勧めてきたのだ。私にとっても身内同然だ、都合がいい。それで、そなたに託すことになった」
「は、はぁ……」
どうやらカールヘルト中佐というのは、何かと丸投げされやすい男のようだ。せっかく丸投げ艦長から解放されたと思いきや、今度は少将閣下からの華麗な丸投げを食らう。
「無論、ただでとは言わぬ。反乱鎮圧を果たした暁には、そなたに男爵号を与え、その領地の一部、ウェルビア村をそなたの領地としよう。これでどうだ?」
「あの……よろしいのですか、殿下。私はこの星の人間ではありませんし、そんな人間に、そのような場所を領地として与えるなどとは」
「何を言うか。そなたは我が妹、ラーニャの夫。つまり、私にとっては弟ということになる。それにそなたは無欲で実直で、信頼に値する男。さらに言えば、そのウェルビア村こそ、公爵軍が狙う特別な場所。となればどうして、そなた以外の者に頼れようか?」
「うっ……」
無意識に変な声が出る。どういうわけか、この皇太子にすっかり好かれてしまったようだ。カールヘルト中佐はますます困惑する。
カールヘルト中佐をはじめ、この宇宙から突如現れた人々は当初、帝国軍の前に突如現れた悪魔の化身のような存在だったが、彼らの星の人間と接触を続けるうちに、帝国は彼らに侵略の意図がないことを悟る。
が、今度はカールヘルトの活躍ぶりを聞き、ネポシアーノ殿下は感銘を受ける。連盟との2度にわたる戦闘で勝利したこの若き英雄。その英雄は、妹の夫でもある。実に上手い具合に逸材を親族にできてしまったことを、皇太子はむしろ幸運だったと考えている。
こんな逸材を、利用しない手はない。
元々、厄介者だった妹だ。それが今や、この男を帝国につなぎとめる「鎖」の役目を果たしてくれている。だから、今さら返せなどというはずもない。
ともかく、幸か不幸か、カールヘルト中佐とラーニャは現状のままとなった。
「帝国の南方……ですか?」
「そうだ。直ちに出発する」
「司令部に許可を得なくてもいいのです?」
「交渉官殿にも確認した。すでに司令部も、この件は承認済みだそうだ」
駆逐艦8820号艦に戻り、中佐は航海長に行先を伝える。その直後、発進の合図であるベルが鳴り出す。
「と言うわけで、直ちに出発だ。機関始動! 駆逐艦8820号艦、発進する!」
「はっ、機関始動、両舷、微速上昇!」
機関音を立てて、ゆっくりと帝都の郊外で上昇する8820号艦。周辺には、行商人の荷馬車が行き交う。
すでに、馬たちも駆逐艦の姿に驚かなくなっていた。発進時の機関始動音を聞いて一瞬、立ち止まるが、すぐに何ごともなかったように歩き出す。
「高度5000まで上昇。しかるのちに転舵、南南西に進路を取れ」
「了解!」
駆逐艦は上昇を続ける。高度5000を超え、雲の上へと出る。
「公爵領の北端にあたるウェルビア村は、ここから370キロの場所にある。その村周辺に、軍勢が集まりつつあると聞いた」
「ということは、微速航行でも50分で到着しますね」
「ああ、だが、駆逐艦は上空で待機。状況確認のため、私と2人の士官のみで、哨戒機にて地上に降りる。念のため、人型重機を同行、待機させる」
「了解です。ですが、わざわざ艦長自ら現場に出向かなくてもよろしいのでは?」
「そういうわけにはいかない。私に依頼された仕事だからな。現場に行かなければ、状況をつかめない」
カールヘルト中佐には、こういう義理堅いところがある。ゆえに、丸投げされやすいのであろう。そのことに本人は、気づいていない。
現場上空に到着するまでの20分の間に、カールヘルト中佐は第1格納庫に向かい、待機していた哨戒機に乗り込む。それを、ラーニャは見送る。
「カールヘルト様、お気をつけて」
「ああ、大丈夫だ。すぐ終わるから、心配しなくていい」
そう言いながら、哨戒機に乗り込むカールヘルト。格納庫を、心配そうに出るラーニャ。それを、カールヘルトは哨戒機側面の小さな窓から覗き見る。
窓の外を見ながら、カールヘルト中佐は思い出していた。昨夜、ラーニャから言われた占いのことを。
◇◇◇
「なに?どういうことだ?」
「はい、明日はカールヘルト様にとって、受難の日になるかもしれません」
「なぜだ。金剛傍星は私の星座、つばき座からは去ったのじゃなかったか?」
「いえ、カールヘルト様の紅玉星の星座であるねずみ座に、その金剛傍星がまるで突き刺さるように通り過ぎるのでございます」
「は? 紅玉星の星座? なんだそれは」
なにやら不可解なことを言い始めるラーニャ。話は続く。
まず、我々やラーニャが「その人の星座」と呼ぶ時は、太陽の星座を示す。それはその人が誕生した月に、太陽が通る星座のことを示す。が、それとは別に、その誕生の時期に惑星がどの星座にいたか、ということも占星術では扱うらしい。うーん、ややこしい。
で、紅玉星の星座とは、まさにカールヘルト中佐が生まれたその日に紅玉星が重なっていた星座のことを示す。
「紅玉星の星座は、その身に及ぶ運命を定める星座にございます。その星座のど真ん中に金剛傍星が刺さると言うのは、怪我をしてしまうかもしれないと言う暗示なのです。ゆめゆめ、お忘れなきように……」
◇◇◇
と、こんな調子で、カールヘルト中佐はラーニャから告げられていた。そんな時にこの任務、ラーニャとしては、気が気ではない。
カールヘルトも、気にはなっていた。いや、占いそのものより、それを信じて心配しすぎているラーニャに対してである。太陽の星座だけならばともかく、月星座だの紅玉星星座だの、他の星まで持ち出せば、いかなる結論でも導けてしまう。そんな眉唾な話を、いちいち真に受けていたらたまらない。そんなことより、余計な心配をわざわざ作り出したラーニャの方が、かえって心配だ。
駆逐艦から発進した哨戒機の中、高度5000メートルの静かな空の上で、窓の外を見ながらカールヘルト中佐はそう考えていた。
「あの集落が、ウェルビア村ですね」
「そうだ」
「周りには、何もありませんね……道は一本きりです」
「そうだな」
上空から見るウェルビア村は、カールヘルト中佐の描いていた印象とは大きく異なる場所だった。
何というか、ひどく隔離された場所だ。山の麓に、細い道が一本だけ通され、そこに小さな集落がポツポツと存在しているだけの場所。
わざわざ公爵軍が軍を動かした場所だ、てっきり要衝でもあるのかと思っていたが、そんな雰囲気はない。それどころか、上空からは人っ子一人見当たらない。
何か、おかしい……カールヘルト中佐は命じる。
「村のそばにあるあの平原に着陸する。そこから、村に入る」
「はっ、了解しました」
哨戒機は、細い道の脇のある草原に着陸する。ハッチを開き、降りる。
降りたのは、カールヘルト中佐と護衛の2人の士官。前後を守られながら、村へと向かう。
入り口に差し掛かったが、まったく人の気配がない。いくらなんでも、妙だ。本当にここは、帝国にとって特別な場所なのか?
簡素な門をくぐり、村に一歩入る。
と、その時だ。
シュッという音が聞こえる。と同時に、カールヘルト中佐は、左肩に違和感を感じる。
肩を見ると、軍服が破れている。中から、血が滲み出す。そして足元には、矢が刺さっていた。
「戦闘配置!」
咄嗟に、前後の2人に指示を出す。カールヘルト中佐も銃を抜き、腰の防御システムのスイッチに手をかける。
姿は、見えない。だが、傷の角度からして、門のすぐそばにある大きな木の上からの攻撃であることは間違いない。
なんだこの矢は。ここの住人による攻撃か?相手の正体が分からない。
肩がズキズキと痛み出すが、そんなことに構っている余裕はない。見えない敵を前に、緊迫する3人。
まさか、ラーニャの占い通りになるとはな……カールヘルト中佐は心の中で呟く。そして3人は銃を構えたまま、ゆっくりと後退する。
また、シュッと言う音がする。即座に携帯シールドのスイッチを入れる。
今度は、胸を狙ってきた。だが、シールド粒子が一瞬にしてその矢を焼き切る。
「あの木の、幹を狙え!」
発射場所を特定するカールヘルト中佐。3人は、一斉に銃を構え、撃つ。
乾いた銃声が響く。青白いビームが、太い幹に着弾する。
ドーンと言う音と共に、幹の中程が破裂、そこから上の部分が倒れる。と同時に、兵士が落ちてきた。
「ぐあっ!」
下の茂みに落ちたその兵士を、護衛の一人、ハーラルト少尉が銃を向ける。
「何者か!?」
その兵士は黙ってその場で剣を抜く。ハーラルト少尉は、立ち上がった兵士に銃を向けたまま、対峙する。
その兵士の抜刀を合図に、森の茂みの中から、多数の兵士らが現れる。
3人を囲むように陣形を組みつつ槍を持ち、その槍先を3人に向けて威嚇する兵士達。カールヘルト中佐は銃を構えたまま、周囲を見渡す。
(ざっと、100、いや、200人はいるな……)
左手で、ポケットのスマホを取り出す。その肩が一瞬、ズキッと痛むが、構わずそれを取り出し、画面をタッチした。
そして、兵士達に向けて叫ぶ。
「ヴェストリア公爵の者か!」
その声に呼応して、槍兵が一斉にこの3人を突きにかかる。だが、3人のシールドシステムの前に、その槍先はあっという間に砕ける。
帝都をも焼き尽くせるビームをも弾き返せるほどの力を持つシールドシステム。その携帯版とはいえ、そんな強力な防御兵器を槍ごときが貫けるわけもない。先のない槍を手にした兵士らは、後ずさりする。
「おのれ、帝国の犬め、怪しい技を!」
指揮官風の男が叫ぶ。カールヘルトは答える。
「犬ではない。私は、地球203遠征艦隊所属のカールヘルト中佐だ。帝国の要請を受け、この村の救援にやってきた。」
「なんだ、やはり帝国の犬ではないか!」
「そこまで犬呼ばわりしたいのであれば構わないが、なぜ、我々を攻撃する?」
「決まっている、我ら公爵閣下の御為め、帝国の連中から独立することを決めた」
「にしては、村人が見当たらないな。どう言うことだ?」
「お前に話すことなどない! 騎士ならば、正々堂々と一対一、剣で勝負しろ!」
集団で囲み、槍で一斉に突いてきた連中の長が、正々堂々とは片腹痛い。それに、カールヘルトらは剣など持っていない。どうやって剣で勝負するのか……カールヘルト中佐はそう思いながら、銃を向けたまま、ただ一言、こう返す。
「正々堂々と戦う戦闘には、慣れていないんでね。ましてや百以上の兵を相手に、たった3人で正々堂々と戦えるわけがないだろう」
「なんだと!?」
指揮官は激怒する。が、その程度のことは想定済みだ。そう中佐が発した直後、「切り札」が到着する。
村の入り口の前、指揮官風の男の後ろで、グォーッという大きな噴射音がする。そして、ズシンとなにやら大きなものが落ちてくる。
体長9メートル、胴体にはガラス張りの大きなキャノピー、太い脚、がっしりとした腕を持つ、2足歩行型ロボットだ。
人型重機。元々は険しく狭い谷底や、断崖絶壁での作業を想定して作られた大型重機だが、それにビーム砲やシールドシステムを搭載し、陸戦用の明細塗装を施した軍用タイプの機体だ。そんなものが突如、指揮官の男の後ろに現れる。
「な、なんだあれは! 化け物か!?」
兵士達がひるんだ隙に、銃を数発撃つ。乱れた隊列の隙間を抜けて、重機の後ろ側に回り込む3人。
「1番機、前進。公爵兵を排除せよ」
『了!』
重機が歩き出す。ウォーン、ウォーンというモーターの駆動音とともに接近するこの不気味な化け物の登場に、兵士達はたちまち戦意を喪失する。
「こ、こらっ! 逃げるな!」
指揮官のみを残し、一斉に逃げ出す兵士達。だが、震えながらもその指揮官は、剣を構えたまま重機の前にただ一人残る。
「威嚇発砲! 目標、逃亡兵の進路後方!」
カールヘルト中佐はスマホの無線機能で命令する。すると指揮官の前に立つその重機は、右腕を前に突き出す。腕につけられた丸い筒状の発射口から、キィーンという装填音が響く。
「撃てーっ!」
中佐の号令と同時に、ズズーンという轟音が鳴り響く。と同時に、青白い筋がパッと光る。まるで落雷のように、それは地面に落ちる。逃げ惑う兵士達のすぐ後ろで炸裂する。
猛烈な爆煙が上がり、遅れて爆風がカールヘルトらがいる場所まで届く。その風によって、土埃が舞い上がる。
「ひ、ひいいぃっ!」
このビームの威力を前に、兵士たちは逃げていった。さすがの指揮官も戦意を失う。
形勢逆転、一人残された指揮官を相手に、カールヘルト中佐はこう言い放つ。
「今逃げるなら、見逃してやるが、どうする?」
するとその指揮官の男は、甲冑をガチャガチャ言わせながら、その場を去った。
「人型重機1番機は、このまま待機。公爵軍の再来襲に備えよ」
『はっ! 了解であります!』
スマホの無線機能でこの重機に指示した後、カールヘルトは村に戻る。
「艦長、肩が……」
「ああ、かすり傷だ。」
とはいえ、見た目はかなり痛々しい。血は止まっているようだが、破れた軍服の外からも流血の跡が見える。
村に入ると、さっきまで誰もいなかったその場所に、何人かの村人がいる。いずれも剣を構え、こちらを威嚇している。
が、その村人の姿が異様すぎる。
皆、頭に何がついている。水牛のツノのようなもの。そう、どの村人も、頭にツノがついている。
なんだこれは、被り物か? いや、どう見ても髪の毛の内側から生えているようにしか見えない。
そんなツノだらけの集団の中の一人が、カールヘルトらに叫ぶ。
「誰だ、お前ら! 公爵の使いか!?」
叫んできた相手は女だった。カールヘルトは答える。
「いや、帝国の使いとしてきた。公爵兵は、たった今追い払ったところだ。」
「それは本当か? ならば、帝国の使いである、証を見せよ!」
なかなか慎重な村人だな。そう感じたカールヘルトは、ポケットから何かを取り出す。
それは、赤い布だった。折りたたまれた赤い布を広げ、村人らに見せる。
おそらくは必要になるからと、ネポシアーノ殿下から借りたものだった。
黄金の2頭の龍の描かれた赤い旗。それは、紛れもなく帝国の旗だ。
帝国でも、よほどの者でなければこれほど大きな旗は持っていない。そう、これは皇族の証だからだ。それを見た村人らは、安堵する。
「本当に、帝国の者だったのか。しかも、皇族の証。本当に、助けにきてくれたのか」
その旗の威力は絶大だ。村人は一斉に剣を収める。そして、先ほどカールヘルトらに向かって叫んだ女が、3人の方に歩み寄る。
「いや、すまない。3日前に公爵の軍勢が突然押し寄せて、この村の皆に家から出るなと脅してきてな。それで皆、神経質になっておったのだ。申し訳ない」
謝るその女に、カールヘルトは答える。
「いや、我々はただ、ネポシアーノ殿下からの依頼を果たしただけだ」
「そうか、殿下の使いの者であったか。それであの旗をな……ところで、あの大きな化け物のようなものは?」
「あれは、我らの兵器の一つだ。先ほどの兵が戻ってこないよう、見張っている」
「ということは、そなたらが噂の、星の国の者なのか?」
どうやら、この村にも地球203の人々の話は伝わっていたらしい。カールヘルトは応える。
「そうだ。我々は地球203から来た。私は、カールヘルト中佐だ」
「私はレオカディアだ。この村の長をしている者だ」
「お、長?」
「この村の長は、純血な魔族のみがなれるのだ」
「は、はあ……?」
さらりと言ったこの一言に、とてつもないパワーワードが込められていた。
魔族。そう、確かにこの村の長と名乗る女は、魔族といった。
頭に生えたツノ、これはいわゆる、魔族の証だと言う。
そう、ここは、この星で唯一の「魔族の村」だったのだ。




