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#11 喧騒の街

 戦艦の街。そこは、軍民合わせて2万人以上が暮らす居住区でもある。

 4階層からなるフロアの上にある建物のそれぞれ1階部分が商業施設となっており、その上に居住施設が載っている。24時間、明るい真っ昼間な場所で、150メートルの高さの天井につけられた無数の太陽灯により照らされている。

 その商業施設は、ここに住む住人以外に補給中の駆逐艦から訪れる乗員らが利用する。ここは、駆逐艦内では口にできない飲食物、それに衣服の店や娯楽施設が集約している。

ホテルで部屋を取り、荷物を置いたカールヘルトとラーニャは、その第2階層に降り立ったところだ。


「カールヘルト様、見て下さい! あれはなんのお店なのですか!?」

「ああ、あれは衣料品店だ。そういえばラーニャにも、ここの服を買わないといけないな」

「でもここの服は、とてもスカートが短いですね。それになんというか、身体にぴったり過ぎて……なんだか、動きにくそうです」

「いや、そんなことはない。ラーニャのドレスよりは伸び縮みしやすい素材だから、かえって動きやすいくらいだよ。でもその前にまず、夕食を食べようか」

「えっ!? 夕食!?」

「明るいから気づいていないと思うが、今は帝都の時間で夜の7時だ。日が暮れている頃なんだよ」

「ええっ!? そうだったのですか、まったく気付きませんでした」

「この先に、行きつけの店がある。そこへ行こうか」


 見るものすべてが珍しく、あらゆる方角に目線を移すラーニャを連れて、第2階層を奥へと進むカールヘルト。その途中、家電店の横を通り過ぎる。


「あばばばばばっ」


 聞き慣れた声が聞こえてくる。よく見るとそれは、ノエミだった。すでにメイド服ではなく、ベージュのシャツに黒っぽいデニム姿。で、よく見れば、今はなぜかマッサージチェアに座らされている。


「……何やってるんだ、ゲルダ上等兵曹」

「おお、副長じゃねえか! いやあ、こいついつもセコセコと動き回ってるから、身体中が凝っているんじゃないかと思ってさ。それで、マッサージしているんだよ」

「それにノエミちゃん、可愛い過ぎていろいろ着せ替えてみたんですが、ついつい服を何着も買っちゃったんですよ」


 すっかりマルタとゲルダに遊ばれてるノエミ。一瞬カールヘルト中佐はノエミを哀れに思ったものの、せっかく2人きりで食事を楽しもうと考えていたところ。このまま任せも大丈夫だろうと考え直す。そのまま3人に軽く手を振り、ラーニャを連れてその場を離れる。


 揺れるノエミを見捨てて辿り着いたのは、出入口が広く開いた、少しオープンな雰囲気の店構えの飲食店。肉の香りが、フロア上まで漂ってくる。


「ああ、とてもいい香りですね」

「そうなんだ、皆、この匂いにつられてやってくるんだ」


 中に入ると、浅黒い肌のガタイのいい男が、大きな肉をさばいている。


「いらっしゃい! お、英雄のカールヘルト指揮官様のお出ましか!」


 ここの店主で、顔なじみなのだが、いきなり中佐を英雄扱いし、彼は戸惑う。


「なんだ、英雄って」

「何言ってるんだ、おめえさん、この艦内じゃあ有名だぜ! 敵の一個艦隊を退けるべく作戦に成功し、たった1人で帝国の軍勢に飛び込み、見事大役を果たした上、ついさっきも敵の隠密行動を退けた英雄だってね!」

「そりゃあちょっと買いかぶり過ぎだ」

「で、その横にいるお嬢さんが、例の皇女様ってわけかい?」

「あ、ああ……って、そんなことまで伝わってるのか!?」

「そりゃあみんな、そういう話が大好きだからよ。狭い艦内じゃ、あっという間に広まる。てことで英雄様と姫君様、ようこそ我が店『オストベルグ』へ、歓迎するぜ!」


 あまりに店主が騒ぐので一瞬、店を変えようかと思ったカールヘルト中佐だが、周囲の客まで盛り上がってしまい、引くに引けなくなる。カールヘルト中佐はラーニャの手を引き、店の奥へと進む。


「おう、今日はどうする、いつものか?」

「そうだな……じゃあ、いつものシュニッツェルとワインで」

「おい、いいのか? 皇女様の前で、そんな安い料理なんて」

「いや、その前にだ。そもそもこの店にいい料理なんてあるのか? まあ、それはともかく、店主の作るシュニッツェルは私のお勧めだ。ぜひ、ラーニャにも食べてもらおうと思ってな」

「宇宙の英雄様よりお褒めに預かり、光栄でございます。じゃあよ、とっときのやつをお出ししますぜ」


 店主とのやりとりを聞いて、周囲はゲラゲラと笑う。ラーニャはと言えば、店主が作るシュニッツェルに興味津々な様子。

 しばらくすると、熱々のシュニッツェルが目の前に現れる。薄く伸ばしたカツレツのようなその肉料理は、しかし脂っこさはなく、さっぱりとした味付けが特徴だ。

 カールヘルト中佐は、そのシュニッツェルの上にレモンをかける。さっくりとした歯応えの衣にレモンの酸っぱさが、肉の旨味を引き立てる。ラーニャもそれに倣う。

 それを一口かじりついたラーニャ、何も言わないが、美味いと感じているのはその表情から分かる。その満足げな笑顔を肴に、中佐はワインを飲む。


 思わぬ昇進と大役を受けたことなど忘れ、高密度の街の片隅で、ようやく妻と実感できるまでになったラーニャとともに、庶民料理を堪能するカールヘルト中佐だった。


 この3日間は、カールヘルト中佐とラーニャにとっては、平穏で充実した日々であった。

 カールヘルト中佐は、夕食ごとに故郷のワインを堪能する。故郷で取れるブドウ品種特有のフルーティーで酸味の強い味のこのワインを、ラーニャも気に入ったようだ。

 無論、ラーニャにとっては、何もかもが物珍しい街だった。衣服にスマホ、そしてスイーツ。帝国では決して手に入らない物や味が、そこにはふんだんにある。

 そして、ラーニャにとって興味深い施設にも出向く。「宇宙温泉」という健康施設と銘打つ店へも入った。

 宇宙で採れる酸性鉱物で作った湯船に湯を流し込むことで温泉とする。そういう施設が、この街の第3階層にある。

 しかも、その鉱物を入手先が、この星系の第6惑星、帝国では「白海星(はくかいせい)」と呼ばれている星の衛星から採取したものだと知るや、星姫ラーニャの関心は一気に高まる。


「は、白海星の温泉なのでございますか!? ぜひ、入りたいです! 白海星は幸運の星なのですよ、カールヘルト様、ぜひ一緒に入りましょう!」


 残念なことにそこは混浴施設ではないため、ラーニャの主人と一緒に入りたいという願いは叶わなかったものの、それでも不思議な香りと触感のその温泉を、この星姫は大いに気に入る。

 もちろん、風呂上がりの一杯は欠かせない。駆逐艦でもラーニャは、展望室にある自販機でコーヒーを買って飲んでいるが、ここでも牛乳入りのコーヒー飲料を飲んでいた。


「なぜでしょうか、不思議とこの飲み物、お風呂上がりのための飲み物に感じるのですが」


 それは、温泉や銭湯ではこの宇宙のどこに行っても共通の、定番の飲み物だからな。そう思いつつも、黙って同じものを飲むカールヘルト中佐だった。


 だが、カールヘルト中佐には、ラーニャと過ごす以外の用事が残っている。

 そこで3日目には、ラーニャはノエミ、ゲルダ上等兵曹、マルタ少尉と共に行動してもらうことにした。なお、この時ラーニャも、あのマッサージチェアを試されたようだ。後で会った時には、よほどひどく揺さぶられたのか、頭をぼーっとさせたまま帰ってくるほどだった。

 そんな三人の女子たちが街巡りをしている頃、カールヘルト中佐はあの人物と対面し、引き継ぎを行なっていた。


「……以上が、引継ぎのすべてだ。カールヘルト中佐よ、あの艦と配下の9隻のことは、貴官は大方承知しているだろう。私が引き継げることは、この程度だ」

「はっ、艦長、今までありがとうございました!」

「では、現時刻をもって、貴官が8820号艦の艦長だ。達者でな」

「はっ! ディートハルト大佐も、お元気で」


互いに敬礼し、別れる。元駆逐艦8820号艦艦長は、戦艦ヴェストファーレンの艦橋横にある会議室の一室を出て、第2ドックへと向かった。

 かつてキレ者と呼ばれたこの元艦長のディートハルト大佐は、特にこの新たな星に遠征してからというもの、急に副長であるカールヘルトにあらゆる仕事を丸投げするようになる。で、ことさらにカールヘルトの功績を司令部に報告するものだから、カールヘルトの評価の方が上回ってしまう。

 だが、家族を母星に残し、単身この300光年も離れた星に来てしまったこの艦長は、これでようやく家族の元に帰れるようになる。元より、これが狙いだったのだろう。

 迎えの艦艇に乗り込む元艦長。それを、脇の展望室から見送るカールヘルト。

 この瞬間、カールヘルトは自艦の艦長となった。

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