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#10 武勲

「……そうか、またカールヘルト少佐か」

「はっ、そのようです!」


 ここは戦艦ヴェストファーレンの司令部室。司令官のグラッツェル少将と、幕僚らの1人が、この星域内で起こったばかりの戦闘報告を眺めていた。


「だが、不思議だな。どうしてたった3隻の無動力航行中の艦艇群を発見できたのだ? それほど少数の艦艇が慣性航行していたなら通常、レーダーでも重力子探知センサーでも探知することはほぼ不可能だろう」

「はっ、ですが少佐によれば、皇女の占いに従い探信レーダーを放ったところ、偶然見つかったとのことですが」

「占い? そんなもので、分かるはずがないだろう。おそらくは、なんらかのセンサー値から、瞬時に何かを察したのだろうな。恐ろしい戦闘センスだ……」

「ところで閣下、カールヘルト少佐をどうされるおつもりで?」

「先の戦闘における別働隊の発見と排除、地上戦の停戦と、シン帝国との事前接触の成功、そして今回の密偵目的の艦艇の発見と排除。これだけの武功を立てておきながら何もなしでは、軍組織が成り立たぬであろう。なんらかの報酬を用意せねばならないな……」


 まさか司令部という上層組織で、自身のことが議題にされていようなどとは夢にも思わないカールヘルト少佐は、ようやく説得し終えたばかりのラーニャとノエミを連れて、艦橋に立っていた。


「で、これから向かう場所が、戦艦ヴェストファーレンという大型艦だ。」

「はぁ……ところでカールヘルト様、その戦艦とやらは、どれくらい大きいのですか?」

「全長4200メートルあって、長さだけでこの艦の14倍あり……いや、実際に見たほうがよく分かる。まもなく、目前に現れるよ。」


 といいつつも、すでにその戦艦は眼前に光点として見えていた。

 徐々に接近する8820号艦。その周辺には、たくさんの同型艦が並んでいるのが見える。


「か、カールヘルト様、ここは……」

「ここは艦隊主力の集結地点で、この宙域だけで現在、8000隻以上が待機している。」

「は、8000……で、ございますか!?」

「遠征艦隊は、全部で1万隻。その8割がここに集結しており、残りの2割がラーニャの地球(アース)や近隣宙域に展開している。で、我々が目指しているのが、あのひと際大きな船だ。」


 カールヘルトが指差すその先に、駆逐艦よりも明らかに大きいものが見えてくる。


「あの……まるで先ほど見た、金剛傍星のようでございますが。あれがこの駆逐艦のような、船なのでございますか?」

「そうだ。そしてあの駆逐艦で補給を受ける。だいたい10時間ほど滞在することになるだろう。」

「はぁ。でもその間、何をするのでございますか?」

「この間話した、人工街へ行くんだ。」

「あ、そうでした! そういえばここには、街があるのでございますよね! でも見たところ、どこにも街のようなものは見えませんが……」

「いや、外からは見えない。中にあるのだから」


 徐々に大きくなる戦艦ヴェストファーレンの姿。この艦は小惑星を削り、そこに艦橋、機関部、居住区、ドック、そして砲塔を埋め込んで作られた、いわば移動要塞である。

 だが、あまりに大きなその船体ゆえに、もはや現代戦に適用できないほど鈍足で、駆逐艦からの砲撃を回避できない。ゆえに、前線に投入されることはほとんどない。

 しかし、表層に35基ある繋留ドックで駆逐艦を繋留して物資を補給、また修理することができる。それゆえ戦艦は、遠征先で駆逐艦の後方支援用の母艦として使われることがほとんどである。

 その駆逐艦を収容するドックから、鉄道を経由して、戦艦中心部にある「街」に向かうことができる。


 駆逐艦は、全長300メートル程度の戦闘艦だ。だが、艦内の大半が主砲身と機関、物資や燃料の貯蔵庫であり、人が居住できる空間は全体の4分の1程度である。おまけに、アルコールやスイーツといった類いのものはない。

 このため、遠征中の駆逐艦の乗員は2週間に一度、補給のタイミングでこの戦艦の街に出向く。戦艦の街とはいわば、駆逐艦乗りのストレス解消のための施設でもある。

 どこかのドックに繋留して、艦内鉄道で街に向かう……カールヘルト少佐が脳内でプランを立てていると、戦艦ヴェストファーレンから通信が入る。


「戦艦ヴェストファーレンより通信!」

「入港ドックの指定だろう。読め」

「はっ! 『駆逐艦8811から8819号艦は、第13ドックから第22ドックに入港されたし』 以上です」

「……おい待て、当艦、8820号艦は、どこに入ればいいんだ?」

「待ってください。もう一通届きました。『駆逐艦8820号艦は、第1ドックへ入港されたし!』とのことです」

「はぁ!? 第1ドックだってぇ!?」

「まさに、司令部直轄のドックですね」

「そんなことは分かっている。なんだって我が艦だけ、そんな司令部のお膝元に繋留することになったんだ?」

「さ、さあ……あ、さらにもう一通、届きました!」

「読め」

「はっ! 司令官より少佐宛の通信です。『カールヘルト少佐は到着し次第、直ちに司令部艦橋へ向かわれたし。その際、皇女様の同行を許可する。(あて)、カールヘルト少佐、(はつ)、第27小艦隊司令官、グラッツェル少将』 以上です」

「な、なに? 私にラーニャを連れて、司令部に来いというのか」


 そのやりとりを聞いて、ラーニャが尋ねる。


「あの、司令部とはなんなのですか?」

「ああ、この宙域にいる駆逐艦340隻を統括する本営だ」

「ええーっ!? で、ではまさか、王族か貴族がいらっしゃるのでございますか」

「いや、別に貴族がいるわけでは……ああ、だがグラッツェル少将閣下は、実家が伯爵家だと聞いている。一応、貴族ではあるな」

「なんということでしょう。強大な国の貴族様にお目にかかることになろうとは……(わたくし)、ラーニャは、カールヘルト様の妻として粗相のないよう振る舞いますゆえ、カールヘルト様はその勤めを存分にお果たし下さいませ!」

「は、はぁ……頑張るけどさ、そこまで気合を入れて臨む相手ではないけどね」


 とはいえ、駆逐艦340隻、3万4千人の軍人を統括する小艦隊司令部の頂点である。さすがのカールヘルトも、緊張しないわけではない。

 一体、なんだろうか? 何かやらかしたのか? いや、ついさっき、敵艦艇を排除したばかりだ。咎められるようなことは、何もない。

 とはいえ、儀式や定例報告会以外ではほとんど足を踏み入れることのない司令部に、いきなり呼び出された。不安を感じるのは当然である。

 そんな不安を抱えたまま、駆逐艦8820号艦は戦艦ヴェストファーレンの艦橋部に向かう。


 その戦艦ヴェストファーレンは、すでに目の前だ。

 全長4200メートル、小惑星をそのまま使用して作られた無骨な船体が、窓いっぱいに広がっている。


「か、カールヘルト様、なんなのですか、これは……」


 あまりの大きさに、星姫と言われたラーニャでさえ愕然とする。

 まるで丘の上を飛んでいるような、そんな錯覚すら覚える。しかしここは、地球(アース)ではない。何もない宇宙空間だったはずだ。ラーニャは信じられない光景を見て、驚愕している。


「第1ドック、入港許可、了承! 繋留ビーコン、捕捉!」

「ドックまで、800前! ……700……650……600……」

「両舷停止! 進路そのまま!」

「500……450……」

「繋留ロック、接続準備よし!」


 艦橋内では、この巨大な船体を2本の大きな柱の間に差し込むべく、慌ただしく入港作業が進む。


「100……50……0! 繋留ロック!」

「ロック接続! 前後ロック、接続よし!」

「機関停止! エアロック接続準備!」

「機関停止! エアロック接続、開始!」


 ガシンという金属音が鳴り響き、駆逐艦8820号艦は2本の柱の間で停止する。それぞれの柱とこの艦の前後が接続され、駆逐艦は戦艦ヴェストファーレンに入港した。


「エアロック接続完了! ハッチ、開きます!」

「ロック接続よし! エアロックよし! 機関停止、よし!」

「うむ、艦内マイクを」


 入港を確認し、艦長がおもむろにマイクを取り出す。


「達する。艦長のディートハルトだ。当艦は第1ドックに入港、ヴェストファーレンへの乗艦許可も下りた。これより、乗員の移乗を許可する。なお、出発は3日後の艦隊標準時0200(まるふたまるまる)、出発の30分前には乗艦するよう。なお3日間の滞在となるため、各員にはホテル・ヴェストファーレン・セントラルの宿泊部屋が割り振られている。各自、ホテルのロビーにてチェックインされたし。以上」


 それを聞いてカールヘルトは、横の通信士に尋ねる。


「おい、3日間も滞在だなどと、いつのまに連絡があった!?」

「あの、先ほどその電文を読み上げましたよ。副長、聞いてませんでした?」


 司令部への呼び出しで心がいっぱいになり、その先を全く聞いていなかったことを思い知らされる。そんなカールヘルト少佐をよそに、ラーニャははしゃいでいる。


「まあ、ここが話に聞いた戦艦でございますよね! さ、カールヘルト様、早速行きましょう!」

「あ、ああ、だが一つ、困ったことがある」

「はあ、なんでございましょう?」

「これから、司令部に向かわなければならない。そこにラーニャも向かうことになるのだが」

「はい、それが何か?」

「……その間、ノエミを、どうする?」

「あ……」


 司令部は同伴者として、ラーニャだけを指名してきた。だが、侍女がいることなど全く知らない。このため、ノエミだけが置いてきぼりとなってしまった。


「あ、大丈夫ですよ。私がお連れしますから」


 と、横の通信士が声をかけてくる。


「そうか、ならばお願いす……」


 副長がそう言いかけると、艦橋内から声が上がる。


「おい、デニス中尉! 抜け駆けするな、俺が誘う!」

「何言ってやがる、ウーヴェ中尉! どう考えても、俺の方が適任だ!」


 艦橋内で、ノエミ争奪戦が始まってしまった。ノエミの人気ぶりが、こんなところで露呈する。

 収拾がつかないので、結局、カールヘルト少佐は、ゲルダ上等兵曹とマルタ少尉にノエミを託すことにした。


「大丈夫ですよ! あのハイエナどもには指一本触れさせませんから!」

「そうだぜ、任せろ! おいノエミ、あたいがいい店に連れて行ってやるぜ! おめえを一度、あそこに連れて行きたかったんだよ! そんじゃ副長、またホテルで!」

「ひええぇ! げ、ゲルダさん、それって、どんな店なのですか!?」

「大丈夫だよ、安心しろ! ビビるなって!」


 小さなノエミは、このたくましい女子2人によって、半ば連れ去られるように街へと向かっていった。

 で、カールヘルトとラーニャは、まず艦橋へと向かう。

 といっても、ここは全長4200メートルもの戦艦の中。長い通路を歩きたどり着く。

入り口の大きな扉が見えた。そばにあるインターフォンを押す。


『はい、こちらはヴェストファーレン艦橋。所属と氏名をお願いします』

「私は駆逐艦8820号艦所属の副長、カールヘルト少佐だ。横は私の同伴者、ラーニャである」

『顔認証、および音紋識別完了。本人であることを確認。入室を、承認いたします』


 機械音声が承認を告げると、艦橋につながる扉が開く。中から、幕僚の1人が出迎える。


「お待ちしておりました、カールヘルト少佐殿」


 敬礼する幕僚。返礼で答えるカールヘルト少佐。その後ろで、軽く会釈をするラーニャ。


「ああ、こちらがお噂の……では、小官がご案内いたします。どうぞこちらへ」


 幕僚に連れられて、2人揃って艦橋の中へ通される。今、何かやましいことを頭に思い浮かべたな、この幕僚は。少佐は、幕僚が一瞬見せたその表情から察する。

 そこは、100人以上が働く広い空間。ずらりと並んだオペレーターデスクに挟まれ、中央には大きなテーブルがある。

 そのテーブルは、陣形や作戦シミュレーションなどが行われる場所。戦闘時や訓練時には、両軍の陣形が表示され、麾下の340隻の情報が集約され、ここに一括表示される。

 だが今は平時、何も映らないただ真っ黒なテーブルがあるだけ。そのテーブルを見下ろすように設置された、一段高い場所へと向かう。

 階段を上ると、大きな机が見える。そして、その席に座る1人の人物。

 あれが340隻、3万4千人の駆逐艦隊を束ねる司令官、グラッツェル少将閣下だ。

 カールヘルトは直立、敬礼をする。ゆっくりと返礼で応える少将閣下。ドレス姿のラーニャは、その少将閣下に深々と頭を下げる。


「よくぞ参られた、カールヘルト少佐よ。さ、そこへ」

「はっ!」


 脇にある応接セットに案内される2人。向かい側のソファーに座る少将閣下。


「つい3時間前は、ご苦労であったな。」

「はっ、全く想定外の敵艦との遭遇でしたので……」

「うむ。それにしてもラーニャ殿よ、訓練も予備知識もないまま戦闘突入で、怖かったのではないか?」

「いえ、私はカールヘルト様を信じておりました。怖いことなど、あろうはずもございません」

「はっはっはっ! さすがは帝国の姫君ですな。恐れ入ります」


 幸い、戦闘直後にぴーぴー叫びながらカールヘルト少佐に泣きついていた事実までは、この少将閣下の元には伝わってはいないようだ。グラッツェル少将は続ける。


「さて、そんな豪気な奥様と、早く街に行きたいと思っていることだろう。だから、単刀直入に用件を伝える」


いきなり、本題に入る。何を言うつもりなのか?カールヘルトに一瞬、緊張が走る。


「本日付で、貴官を中佐に昇進する」

「……えっ!? いや、はい! ありがたく、お受けいたします!」


 まあ、もしかしたら昇進の話はありうるのではと思っていた。これはカールヘルトにとっては、想定内の事態。だがそれに続く少将閣下の次の言葉は、カールヘルトの想定を上回っていた。


「加えて命ずる。貴官を、駆逐艦8820号艦の艦長に任ず」

「はっ……って、えっ、艦長!?」


 突然のこの辞令に、カールヘルトは尋ねる。


「あ、あの、現在の駆逐艦8820号艦のディートハルト艦長は……」

「彼は転属だ。母星の防衛艦隊の艦長に転任ということになった。これも、本日付で通達される」

「で、ですが、10隻の指揮艦の艦長は本来、大佐を当てることになっているのでは……」

「中佐は暫定だ。戦死したわけでもないのに、いきなり2階級特進というわけにはいくまい。しばらくは暫定指揮官として赴任し、次回、2週間後の補給時に大佐へ昇進、晴れて正式に10隻の指揮官となってもらう」

「で、ですが小官は、艦長経験もなく……」

「これまでも事実上、艦長と10隻の指揮官であったと報告を受けている。少なくとも、帝国はそういう認識のようだ。なんら、問題あるまい」

「は、はあ……」


 30歳手前で大佐に昇進することが確定してしまった。そんな話は、異例中の異例だ。


「先の戦闘で、10隻の敵の別働隊を追尾し、これを迎撃したこと、その直後に地上で遭遇した戦闘を防ぐべく奔走したこと、また帝国との交渉のパイプ役となり、同盟交渉の開始を予定よりもずっと前倒しできたこと。それに加えて、先の戦闘だ。大佐昇進程度でもまだ足りないと、私は感じているがね」


 彼はふと考える。よくよく考えてみれば、この短期間に実に様々な武功を立てている。だが、私生活を含めたあまりに激動の日々に、すっかりその自覚はなかった。改めて、自身の辿った足跡を噛みしめる。


「というわけだ。滞在中に、ディートハルト艦長との引き継ぎを行ってくれ」

「はっ、承知しました!」


 突然の、艦長との決別宣告だ。3日後にはいつものように副長として出発するものだと思っていたカールヘルト少佐……いや、中佐は、次回からは自身が名実ともに指揮官となってしまった。


「話は以上だ。こちらの姫様も、早く街を見たいと思っていることだろう。この後すぐに、向かわれるといい」

「はっ!」

「では、貴官の今後の健闘を祈る」


 起立し、敬礼する両者。そしてカールヘルトとラーニャは、艦橋を出る。


「あの……カールヘルト様、何を頂いたのでございますか?」


 ラーニャが尋ねる。


「ああ、なんていうか、その……地位を上げる代わりに、あの10隻の艦を指揮せよと、少将閣下から言われたんだ」

「まあ、そうだったんですか。でもカールヘルト様は、すでにあの10隻の駆逐艦を動かしておいでですよね?」

「いや、そうなんだけど、本来は私の地位では、それをすることができない決まりなんだ」

「ならば、ついに正式に10隻の(おさ)となられたわけですよね。おめでとうございます!」


 あまりめでたいわけではないのだが……カールヘルト中佐は心の中で思う。丸投げされていたものが、とうとう公認されてしまった、ということになる。

 いや冷静に考えれば、今までとやることは変わらず、給料が上がったわけだから、これは喜ぶべきことなのだろう。しかしカールヘルト中佐はこのとき、なぜかそういう思いには至らない。

 というのも、給料が上がったという実感を得る場がないのが問題だろう。駆逐艦に閉じこもっている限りは、お金を使う機会がほとんど無い。それゆえに、地位が上がることは単に責任が増すというだけにしか感じられない。これは「遠征艦隊の乗員あるある」の一つだ。


 その数少ないお金を使う機会に、カールヘルト中佐とラーニャは向かう。


 戦艦ヴェストファーレンの艦橋からエレベーターに乗る。その100メートルほど真下に、街がある。

 小惑星をくり抜いて作られた縦横400メートル、高さ150メートルの巨大な空間に、4階層からなる建造物が押し込まれた場所。それが、戦艦の街だ。

 エレベーターを降り切ると、その空間の最上位、高さ140メートルの場所に着く。そこは、ホテルのロビーになっている。まずはここでチェックインして荷物を置いた後に、街へと出かける。

 だがエレベーターを降りると、すぐそばの窓から、その高さ150メートルの4階層の街が見える。

 当然、ラーニャはその姿に目を奪われる。


「うわぁ……な、なんですかここは!? カールヘルト様、何やら高くて大きくてにぎやかなところが見えます!」


 すっかり興奮する皇女様。そう、ここは彼女が初めて目にする、宇宙の最先端の文明の姿でもあった。

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