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#9 敵影

 けたたましい音は鳴り止み、地球(アース)の重力圏を脱出した駆逐艦8820号艦。

窓の外には、大きな地球(アース)が見える。


「ああ、これが私の、陛下も兄上もおられる大地の本当の姿なのですね。本当に、青い星ですね……」


 初めて直接目にする青白い球体。あらかじめカールヘルト少佐らから、自身の住む大地が実は青い星であり、迷い星と言われる星の多くも地球(アース)と同じく太陽の周りを回る星々であることを聞いてはいたが、見ると聞くとでは大違いだ。あまりにも雄大なこの星の姿に、心打たれるラーニャだった。

 もちろん、ノエミも唖然として窓の外を眺める。星の知識などかけらもないメイドにとっても、この青白い大地の星を目の当たりにすることは、相当な衝撃であった。


 しばらく地球(アース)を周回したのち、速度を上げて地球(アース)を離れる。

 その途中、あの小さな衛星にランデブーをかける。窓の外には大きさ30キロほどの、灰色の星が近づいてくる。


「こ、これは……」

「あなた方が金剛傍星と呼んでいる星だ。実際には、このように小さな星で、この地球(アース)の周囲を回っている」

「ああ、これがあの、変化と乱れをもたらすと言われる星、金剛傍星……」


 占いではもっとも大きな変化をもたらすことになっている星。その星の正体が、灰色の殺風景なジャガイモのような形の星だったことに、ラーニャは衝撃を受ける。

 そのまま金剛傍星を通り過ぎ、一路、艦隊が集結する小惑星帯(アステロイドベルト)へと向かう。

 地球(アース)重力圏を脱出し、巡航速度で真っ暗な宇宙空間を航行する駆逐艦8820号艦。そこに、僚艦である8811から8819号艦も合流する。


「そうだ、ラーニャ」

「はい」

「これを渡しておこう」

「あの、なんですか、これは?」

「ああ、タブレット機だ」


 カールヘルト少佐は、黒いタブレット端末をラーニャに渡す。それを手に取り、まじまじと眺めるラーニャ。


「あの、これはカールヘルト様のスマホのようなものでございますよね?」

「そうだ」

「ですが、それをなぜ私に?」

「宇宙に出たら、星が見えなくなる。それでは不安だろう?」

「はあ……ですが、今も窓の外に星は見えております」

「ああ、いや、そうだな……星そのものは見えるのだが、帝都から見る星ではなくなる、と言うことだ」

「?? どういうことでございます??」

「そうだな……まあ、実際に見れば分かるよ」


 そういうとカールヘルト少佐は、ラーニャを艦橋の窓際に連れて行く。外を見て、ラーニャは叫ぶ。


「た、大変です! カールヘルト様、白海星が、たてがみ座のそばにいるはずの白海星が、見えません!」


 目の前には、星の川が見えている。ラーニャが普段、たてがみ座と呼ぶ方角、しかしそこには、白海星と呼ばれる第5惑星の姿はない。

 すでに第3惑星、彼らが灰星(はいせい)と呼ぶ星の軌道に達しつつあるが、そこから見る星々で惑星、いわゆる迷い星の見え方は大きく変わる。


「……ということで、我々はもう灰星の軌道付近にいて、迷い星の見え方が変わってしまう。だが、タブレット上のアプリならば、どこにいても帝都と同じ星の配置を見ることができるというわけだ」

「そう言われてみれば、私は今、星の大海原に出ているのですから、今までとは違う星の配置になってしまうんですね」

「そういうことだ」

「ありがとうございます、カールヘルト様。これは、大事に使わさせていただきます。ですが、私はまだあまりこういうものを使い慣れておりませが……」

「それなら、一緒に部屋にいるときに私が……」


 そう言いかけて、カールヘルト少佐は口を噤む。どうせバレバレなのは承知しているが、それでも軍務の最中、それも大人数のいる艦橋の中でラーニャと同棲し始めたことを公言するような言動は、さすがに躊躇(ためら)われる。

 もっとも、わざわざラーニャのためにタブレット端末を用意した時点で、艦橋内にいる20人ほどの乗員の想像力を駆り立てていた。同じベッドの中で、仲睦まじくタブレットを覗き合う2人。そしてそのまま……大方の乗員の脳裏のあるのは、そんな妄想だ。

 さて、他の乗員らの妄想の種にされた2人だが、戦艦ヴェストファーレン到着まであと5時間はある。ラーニャはノエミとともに、艦橋を出て別の場所へと向かう。

 艦橋内では、戦闘艦らしいやりとりが続く。もっとも、何事もなく平和なやりとりばかりではあるが。


「定時連絡。戦艦ヴェストファーレンより、入港時間の確認です」

「現在、航行に支障なし、艦隊標準時2300(ふたさんまるまる)には、予定通り入港する、そう返信せよ」

「了解」

「第4惑星軌道上まであと3時間、現在、地球(アース)より1億4千万キロ!」


 何事もない、平和な艦橋、静かな宇宙。だがこの時、カールヘルト少佐は一昨日の喧嘩の元となった、あの占いのことを思い出していた。


(足元に注意せよ、か……)


 どうしてこのタイミングで、そんなことを思い出したのかは分からない。だが、それが絶妙なタイミングであったことを、このすぐ後に悟ることとなる。


「レーダーに、異常はないか?」

「はい、ありません。」

「そうか……」

「どうしたんです、副長」

「いや、その、なんだ……念の為、確認しただけだ」

「はあ……そうですか」

「ああ、ついでで申し訳ないが、機器の点検も兼ねて、俯角90度に探信レーダー波を放ってくれ」

「はっ、了解しました。探信レーダー起動、探信波、照射!」


 まあ、何事もないだろう……だが、カールヘルト少佐のこの予想に反し、反応が返ってきた。


「探信波、探知! 距離、27万キロ! 駆逐艦級3隻!」

「なんだと!? 光学探知、急げ!」

「光学観測にて対象視認、対象物は駆逐艦と判明! 艦色、赤褐色! 連盟艦艇です!」


 まったく想定外の事態だった。こんなところで敵艦と遭遇するなど、まるで考えていない。艦橋内は、騒然となる。


「敵艦艇の機関始動を確認! 全速離脱を図るつもりです!」

「させるか。全艦、回頭! 砲撃戦、用意だ!」

「回頭、下方90度! 砲撃戦用意!」

「警報発令! 艦内哨戒、第一配備! 総員、戦闘配置!」


 けたたましいサイレン音が鳴り響く、艦長が艦内放送で呼びかける。


「達する。当艦隊より27万キロの空間点に、連盟艦3隻を発見した。これを直ちに迎撃する。総員、戦闘配置!」


 一気に緊張度が上がる艦内。その頃ラーニャは、食堂でゲルダらと喋っていた。


「な、なんですか、この音は!?」

「やべえ……戦闘配置の警報じゃねえか! おい、マルタ少尉!」

「は、はい!」

「ラーニャを頼んだぜ、あたいは格納庫に向かう!」

「了解!」

「あわわわ……せ、戦闘配置って、まさか戦が始まるのでございますか!?」

「ええ、そうよ。でもなんだって急に……」


 そこに艦長の声が鳴り響く。相手の数の上がたったの3隻と聞いて、少し安心するマルタ少尉。


「はぁ……でも、連盟艦がたった3隻だなんて、何考えてるのかしら」

「あの、なんですか?その、連盟というのは?」

「あれ? ラーニャちゃんは聞いてないの、連盟のこと」

「ええ……」

「一番肝心なことでしょうが! まったく、あのスケベ副長め、そういうことは真っ先に教えるべきことじゃあ……まあいいわ、あのね、連盟というのは、私たち宇宙統一連合に対抗するための……」


 その頃、艦橋内では砲撃管制室より、攻撃準備完了の報を受けていた。


「艦の操縦権を、管制室へ移行!」

「よし、全艦、撃ちーかた始め!」

「撃ちーかた始め!」


 キィーンという主砲の装填音が、艦内に鳴り響く。


「……てことでね、この数百年以上の間、その連盟と……って、装填音!?」

「な、なんですか、この音は!?」

「ラーニャちゃん! ノエミちゃん! 耳、塞いで!」


その直後、主砲が放たれる。この艦の全身を使って、30万キロ先まで届くビームを放つため、猛烈な音と振動が艦内にこだまする。


「きゃぁっ!」

「だ、大丈夫! 大丈夫だから!」


 食堂のテーブルや椅子がビリビリと震える。耳を塞いでテーブルに伏せるラーニャとノエミ。マルタは、そんな2人を抱き寄せる。

 が、艦橋ではそんな食堂の事情に、構っている場合ではない雰囲気だ。


「弾着確認!右へ200メートル補正要あり!」

「弾着補正!効力射!撃ち続けろ!」


 砲撃訓練を受けたことのないラーニャとノエミが乗っていることなど、もはや少佐の脳裏の片隅にもない。機関を止め、隠密にあの地球(アース)に接近しようとしていたこの不届きな敵艦3隻を倒すべく、戦闘本能丸出しな軍人と化していた。


「敵艦、さらに増速! 逃げるつもりです!」

「逃すか、敵はたったの3隻、この宙域の藻屑と変えてやる!」


 青い閃光が、虚空の彼方に照射され続ける。敵は始めから逃げにかかっているため、向こうからの砲撃はない。カールヘルト少佐の指揮する艦隊10隻は、執拗にこの3隻を撃ち続ける。

 その衝撃はもちろん、食堂にいるラーニャとノエミを震えさせ続ける。


「ひええぇっ! こ、これが話に聞いた、神雷(トラロックランス)ですか!?」

「と、トラロックランス!? いや、これは主砲っていうの! この駆逐艦の先についている丸い穴から、強力なビームが放たれているの!」

「な、なんでございますか、ビームって!?」

「ええと、ほぼ光速で打ち出される高エネルギー粒子によって、敵の駆逐艦を破壊、撃破するものなの! 一発で街を跡形もなく消せるくらいの威力があるから、砲撃のショックが激しいけど……」

「ひええぇっ! や、やっぱりこの駆逐艦というのは、そんな恐ろしいものを載せて、帝都を襲おうと考えていたのですね!」

「いや、撃たないから! あなたたちは、撃たないから!」


 程よくパニック状態に陥っている食堂をよそに、艦橋は戦闘モードが続いている。


「命中! 2隻撃沈!」

「あと一隻だ! あの世で後悔させてやれ、逃亡など、させるものか!」


 血に飢えた猟犬のように、容赦のない攻撃を下令し続けるカールヘルト。そしてその3分後、最後の1隻をついに仕留める。


「敵艦3隻、消滅! 周辺域に、艦影なし!」

「よし! 砲撃停止!」

「はっ、全艦、砲撃停止!」


 静けさが戻った食堂では、ラーニャとノエミがそっと顔を上げる。


「お、終わったのですか?」

「ええ、終わったみたいね」


 直後、艦内放送にて、戦闘終結が宣言される。


『達する。艦長のディートハルトだ。敵3隻を捕捉し、これを撃破した。これより、予定航路に戻る。転舵、反転』


 それを聞いた航海長が、復唱する。


「了解、転舵反転、ヨーソロー!」

「司令部に連絡だ。我、敵艦艇3隻を撃沈せり、と。」


 戦後処理を淡々とこなすカールヘルト少佐。それらをこなした後、休憩のために艦橋を出る。

 そこにいたのは、ラーニャとノエミだ。


「か、カールヘルト様!」

「ご主人様!」

「は? ラーニャとノエミ、どうした!?」


 カールヘルト少佐の姿を見るや、抱きつく2人。そして、震えながら嘆願する。


「カールヘルト様、私、精一杯ご奉仕致しますから、何卒、帝都には(いかづち)を向けられませぬよう……」

「ご主人様! よろしければ、私もお相手いたします! ですから、帝都にはどうか……」

「は? 急にどうした、2人とも」


 少佐は話をするうちに、あの主砲のすさまじさを目の当たりにし、さらにその威力の大きさを少尉から聞かされ、それで帝都を襲うのではないかと恐れ嘆願し始めたことを知る。そして、ここから戦艦ヴェストファーレンに到着するまでの3時間、この2人の誤解を解くのに費やされる。

 そしてついに、戦艦ヴェストファーレンに到着した。

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