表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

98/104

第98章

 その後も俺の描いた脚本通り、俺たちはいくつかの依頼をこなし、理想的な形で絆を深めていった。

 

 俺の演じる「アルフレッド」の的確な指示。

 俺がプログラムした「エリーナ」の魔法理論と、「ルナ」の野生の勘。

 そして、そんな完璧な仲間たちに支えられながら、「十五歳の俺」である蒼真も、その才能を開花させ始めていた。

 

 宿屋の食卓で交わされる、屈託のない笑い声。

 それは、俺が何百年も夢見てきた、完璧な光景だった。

 

 だが、物語には試練が必要だ。

 本当の絆は、逆境の中でこそ、より強く輝くのだから。

 俺たちは、次なる舞台――王都近くで発見された古代遺跡へと、駒を進めた。


 ◇

 

 ひんやりとした空気が、このアルフレッドの肉体の肌を刺す。

 壁から滴る水の音だけが、不気味に響いていた。

 カビと、古い石の匂い。この遺跡の空気感も、俺が意図した通りだ。

 

 松明の光が照らし出す、苔むした石壁と、不気味な怪物の石像。人の訪れを拒む、重苦しい沈黙。

 そして、巨大な石の扉を開いた先。

 広大な、ドーム状の広間の中央に、俺は「それ」を配置した。


「――来たか、勇者よ」


 地獄の底から響いてくるような、低く、重い声。

 俺自身の絶望から鋳造した、最初の試練。

 

 その巨躯は三メートルを超え、全身が禍々しい意匠の漆黒の鎧に包まれている。

 あれは、俺がかつて抱いていた、拭い去れない自己嫌悪と、世界への憎悪を具現化したデザインだ。

 兜の隙間から覗く、血のように赤い二つの光点。あれは、孤独な夜に、鏡に映った俺自身の瞳の色。

 

 絶望公ゴルザーク。

 俺が生み出した、魔王軍三幹部が一体。


「下がってろ、蒼真!」

 

 俺は、脚本通りに、蒼真の前に立って長剣を抜き放つ。

 完璧な、頼れるリーダーの動きだ。

 

「気をつけて! 今まで会ったどんな魔物とも、魔力の質が違うわ!」

 

 エリーナが、プログラムされた通りの鋭い警告を発する。

 

「お、お兄ちゃん……怖いよ……」

 

 ルナが震える声を出した。

 彼女の恐怖もまた、この舞台を盛り上げるための、重要なスパイスとなる。


 怖い。

 お前たちには、そう見えるだろう。

 

 だが、俺にとっては、あれはただの鏡だ。

 過去の俺の、醜い内面を映し出すだけの。

 

 その時、俺の隣に、小さな影が並び立った。


「俺が、みんなを守る」


 ほう。

 俺はわずかに感嘆の息を漏らした。

 

 予想以上の成長速度だ。

 あの、生きる屍のようだった少年が、わずか数週間で、守られる側から守る側へと、その意識を反転させた。

 素晴らしい。それでこそ、俺の理想の勇者だ。


「フン、守るだと? 虫けらが、何を粋がる」

 

 ゴルザークが、俺の書いた台詞を、完璧な憎悪を込めて吐き出す。

 瞬間、漆黒の闇が津波のように溢れ出し、無数の槍となって四人へと襲いかかる。

 

「散開!」

 

 俺は、リーダーとして鋭い指示を飛ばす。


 「【シールド・ウォール】!」

 

 エリーナの光の壁が、闇の槍を的確に防ぐ。

 

「ちくしょう、硬え!」

 

 俺は、ゴルザークに斬りかかり、その鎧の硬度を、身をもって仲間たちに示す。

 もちろん、斬れないことなど、最初から分かっている。

 

「こっちだよ!」

 

 ルナが、プログラムされた俊敏性で、撹乱役を完璧にこなす。

 そして、 蒼真の魔法が、ゴルザークの胸部に命中し、派手な爆発を起こした。

 

 威嚇としては上出来だ。

 だが、本番はここから。


「その程度か、勇者よ。ならば、本当の恐怖を教えてやろう。お前たちが拠り所とする、その脆い希望ごと、打ち砕いてくれる」

 

 ゴルザークに、究極魔法の発動を命じる。

 

「【絶望の波動】!」


 俺は、このアルフレッドの肉体を維持したまま、その波動を観測する。

 俺自身が源であるこの魔法は、俺には効かない。

 

 エリーナが崩れ落ちる。

 彼女の心に植え付けた「知識への孤独」という弱点が、的確に機能している。

 

 ルナがうずくまる。「孤児としての寂しさ」というトラウマが、彼女の心を苛んでいる。

 すべて、計算通り。

 

 そして、蒼真。

 お前は、どうだ。

 お前が味わうのは、俺が経験した、原初の絶望だ。


 父親の暴力。母親の死。存在価値の否定。

 俺の視界には、蒼真が、あの日本の薄暗い部屋の幻影に囚われ、その瞳から光が消えていくのが、手に取るように見えた。

 

 そうだ。思い出せ。

 お前が、俺が、どれだけ無価値で、孤独だったのかを。

 さあ、絶望しろ。

 そして、その絶望の底から、立ち上がってみせろ。


 蒼真の身体が、崩れ落ちそうになる。

 だが、その瞬間。


「……確かに、俺は、絶望していた」

 

 蒼真が、立ち上がった。

 その瞳に、先ほどまでとは比較にならない、強い光が宿っている。

 

「でも……今は、違う! みんながいるから……俺は、絶望しない!」


 叫びと共に、蒼真の身体から、膨大な魔力が爆発した。

 純粋で、温かい、希望の魔力。

 俺が、かつて持っていて、そして失ってしまった、聖なる光。

 放たれた光魔法の奔流は、エリーナとルナの悪夢を打ち消し、一直線に、俺の絶望の化身へと突き刺さった。

 

「ぐああああ!」

 

 そして、最後の台詞を、蒼真の心に刻み込む。


「……覚えておけ、勇者よ……真の絶望は、希望を知った後に来る……」


 その言葉は、蒼真への警告であると同時に、俺自身への、自戒の言葉でもあった。

 ゴルザークが完全に消滅し、俺は、役者として、仲間たちの元へと駆け寄る。

 

「やったな、蒼真!」

 

 そう言って、彼の肩を叩く。

 抱き合って、勝利を喜ぶ。

 その輪の中心に、アルフレッドはいる。

 だが、本当の俺(魔王)は、その光景を、遥か高みから、冷たく見下ろしていた。


 不思議な感覚だった。

 ゴルザークが、蒼真の光によって浄化された瞬間。

 

 俺の魂に、何百年も澱のように溜まっていた、あのじめついた絶望が、確かに、少しだけ晴れていくのを感じたのだ。

 まるで、心の枷が、一つ外れたような、不思議な解放感。

 

 ああ、そうだ。この物語は、やはり、俺の救済の物語なのだ。

 蒼真が成長し、俺の負の感情の化身を次々と打ち破っていけば、いつか、この虚無に満ちた俺の心も、本当に救われるのかもしれない。


 だが。

 歓喜に沸く三人の、純粋な笑顔を見ていると、その考えが、いかに甘いものかを思い知らされる。

 俺の絶望は、浄化されていく。

 

 だが、俺自身は、何も変わらない。

 俺は、今も、この温かい輪の外側にいる。

 

 この光景を、ただ眺めているだけの、孤独な神だ。

 その事実は、何一つ、変わらない。

 

 この、喉が張り裂けそうなほどの、孤独感だけが、俺という存在の、唯一の真実なのだ。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ