第94章
俺の視点は最初に白亜の大神殿へと飛んだ。
天を衝く尖塔と、神々の偉業を描いた巨大なステンドグラスが特徴的な、荘厳な建造物だ。
その最奥、光が満ちる至聖所の中央。
巨大な女神像の前に設えられた純白の玉座に、一人の女性が静かに腰を下ろしている。
彼女こそ、この物語の導き手。
女神アリエル。
俺がこの世界に配置した最初の創造物だ。
彼女の容貌は、神々しいという言葉以外に表現が見つからない。
床まで届くほどの長い金髪は、まるで溶かした光をそのまま固めたかのように輝き、緩やかな波を描いている。
肌は磨き上げられた乳白色の磁器のようで、一点の曇りもない。
そして、その顔立ちは、あらゆる黄金比を完璧に満たした、究極の美の結晶。
慈愛に満ちた青い瞳は、澄み切った天空の色を宿し、見つめる者すべての罪を赦し、心を浄化するような、無限の優しさを湛えている。
身に纏うのは、金糸で繊細な刺繍が施された、純白のドレス。
薄いヴェールが彼女の全身を柔らかく包み込み、その神聖さを一層際立たせていた。
彼女は、俺が創造した「完璧な母性」の象徴だ。
現実の俺には、ついぞ与えられることのなかった、無条件の愛。
そのすべてを、十五歳の俺に注ぎ込むためだけに存在する。
次に、俺の視点は王都の学術地区へと飛ぶ。
赤レンガ造りの建物が立ち並ぶ一角、その中心に聳えるのが、アルディアス王立魔法学院だ。
古い羊皮紙の匂いと、微かに鼻を突く魔術薬の香りが混じり合う、静謐な空間。
その地下に広がる大書庫で、彼女は一人、研究に没頭していた。
エリーナ・フォルティッシモ。
俺が創造した、二人目の仲間。
腰まで届く滑らかな銀髪が、魔導書の解読に集中する彼女の頬にかかっている。
陽光を弾く白銀ではなく、月光を吸い込んだかのような、静かで知的な銀色だ。尖った耳は、彼女が高貴なエルフの血を引くことを示している。
涼やかな目元に宿る、深い森の湖を思わせる緑色の瞳は、古代ルーン文字で書かれた難解な文献の上を、鋭く、しかし楽しげに滑っていた。
身体の線を美しく見せる、深い青色のローブ。その胸元には、魔力増幅の機能を持つ銀のブローチが輝いている。
彼女の役割は、十五歳の俺の魔法の師となり、その才能を最初に見出す、知的な理解者。
そして、その心には「プログラムされた完璧な恋愛感情」が、今はまだ蕾の状態で埋め込まれている。
三番目の配置は、王都の下町地区。
活気はあるが、どこか煤けた匂いのする場所。
その一角にある、小さな孤児院の庭だ。
子供たちの屈託のない笑い声が、青空に響き渡っている。
その中心で、一人の少女が鬼ごっこに興じていた。
彼女は、ルナ・カーマイン。
俺が創り上げた、純粋な献身の体現者。
燃えるような赤い髪をポニーテールに揺らし、頭の上ではぴこぴこと、狼のものと思しき獣耳が楽しげに動いている。
快活な印象を与える大きな瞳は、好奇心に満ちてキラキラと輝いていた。
その身のこなしは、獣人の血を引くだけあって、驚くほど俊敏でしなやかだ。
その表情は、一点の曇りもない、無邪気な喜びに満ち溢れていた。
彼女には、「無垢な愛情」をプログラムした。
打算も、嫉妬も、裏切りも知らない。ただ、仲間だと認めた相手を、無条件で信頼し、愛する。
彼女の存在は、チームのムードメーカーとなり、シリアスになりがちな物語に、温かい光をもたらすだろう。
特に、孤独な境遇で育った十五歳の俺にとって、彼女のような妹的存在は、何よりの救いとなるはずだ。
次に俺の視点は、王都の中央広場に面した、一際大きな建物へと移る。
屈強な戦士や、胡散臭い魔法使いたちが、昼間から酒を酌み交わし、大声で談笑している場所。
冒険者ギルドだ。
その受付カウンターで、一人の女性が、にこやかに冒険者の相手をしていた。
「はい、お疲れ様です! ゴブリン討伐のクエストですね」
彼女の名は、リリア。
この物語の、最初の入り口となる存在。
明るい茶色の髪をサイドテールにまとめ、ギルドの制服である白いブラウスと茶色のベストを、きっちりと着こなしている。
その顔立ちは、女神やエルフのような超然とした美しさではない。
親しみやすく、快活で、誰からも好かれるような、健康的な魅力に満ちていた。
大きな瞳はいつも優しく細められ、口元には常に人懐っこい笑みが浮かんでいる。
彼女の役割は、この世界が「親しみやすい場所」であることを、十五歳の俺に最初に示すこと。
右も左もわからず、不安でいっぱいの少年を、温かく迎え入れる案内人だ。
女神アリエル。
魔法使いエリーナ。
盗賊ルナ。
そして、受付嬢のリリア。
役者は、揃った。
舞台も、完璧だ。
あとは、主役の登場を待つばかり。
さあ、時空の扉を開こう。
日本の、あの絶望に満ちた六畳間の部屋と、この希望に満ちた世界を、繋ぐのだ。
――待っていろ、十五歳の俺。
お前のための、最高の物語が、今、始まる。




