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第92章

 世界の終わりは、光と共に訪れた。


 それは、生命を育む太陽の光ではなく、万物を無に帰す、あまりにも冒涜的な虹色の光であった。

 旧文明の末期、人類が自らの手で作り上げた、星を砕くほどの物理的な力「核」。


 そして、時空の彼方より現れ、絶望の果てに世界の理そのものを体現するに至った一匹の獣が放つ、根源的な精神の力「魔法」。

 決して交わるはずのなかった二つの絶対的な力は、戦火に染まる空の上、最も愚かしい形で衝突した。

 

 それは、相殺ではなかった。

 

 二つの力は、互いを喰らい合い、その構造を、この宇宙の法則さえも捻じ曲げながら、未知の第三のエネルギーへと融合・変質したのである。

 後に、この星の全ての生命が、その記憶に恐怖と共に刻み込むことになる、絶対的破滅事象――『大厄災だいさいやく』の瞬間であった。


 虹色の光は、音もなく、しかし光速で、星の全てを覆い尽くした。

 それは、爆発という物理現象ではなかった。

 

 むしろ、世界の存在そのものを、根源から「書き換える」という、神の所業に近かった。

 摩天楼を誇った大都市は、その影さえも残さずに蒸発し、生命を育んだ広大な海は、一瞬にして沸騰し、塩の結晶だけを残して干上がった。


 大陸は、まるで乾いたパンのように砕け、灼熱のマントルの海へと、静かにその姿を沈めていった。

 かつて、七十億の魂が生命を謳歌し、青く輝いていた惑星は、わずか数時間のうちに、その全ての輝きを失った。


 後に残されたのは、燃え盛る大気と、灰色の雲に覆われた、完全なる死の世界。

 そして、永劫に続くかと思われた、絶対的な沈黙であった。


 だが、完全な無ではなかった。

 

 この死の星に、新たなる時代の種子となるべき生命が、奇跡的に、あるいは、何者かの深遠なる意思によって、生き永らえていた。

 旧文明の支配者であった人類は、その九割が、大厄災の光の中で、その罪と共に消滅した。


 しかし、地下深くのシェルターや、山脈の陰で、幸運にも生き延びたわずかな者たちがいた。

 彼らは、文明の全てを失い、原始の生活へと逆戻りしながらも、その強靭な生命力で、新たなる時代の祖となる。

 

 そして、大厄災の直前、人類の罪と狂気の象徴であった米軍の秘密実験施設より解き放たれた、数多の「実験体」たち。

 彼らもまた、この過酷な環境で、新たな生き延びていた。


 大厄災の後、死の世界を覆ったのは、魔力と核エネルギーが融合して生まれた、未知の放射性降下物――後に「マナ・フォールアウト」と呼ばれる、万物を変質させる、きらめく霧であった。

 それは、死の灰でありながら、同時に、創造の種子でもあった。

 この、神々の屍の灰とも言うべき霧が、沈黙の時代の揺りかごとなり、新たな種族の黎明を、静かに、そして着実に、促していくことになるのである。


 ◇◇◇

 

 沈黙の時代は、数百年という、人の尺度では測れぬほどの永きにわたって続いた。

 その間、マナ・フォールアウトは、生き残った者たちの遺伝子を、その螺旋の奥深くまで浸透し、根源から書き換えていった。

 それは、苦痛に満ちた、過酷な強制進化の時代であった。


 魔物の誕生――。


 秘密実験施設に属していた実験動物たちは、この強制進化の、最も混沌とした側面を体現した。

 彼らは、マナ・フォールアウトの膨大なエネルギーをその身に浴び、その肉体を、おぞましくも強大な「魔物」へと変貌させた。


 狼のしなやかな体躯は、鋼の牙と、闇を纏う毛皮を持つ魔狼へと。

 熊の力強い肉体は、山のような巨体と、岩の皮膚を持つ岩熊へと。

 鳥は、雷を呼ぶ怪鳥に、昆虫は、酸を吐く甲殻虫に。


 その変異は、あらゆる種に及び、彼らは旧文明の理には存在しなかった、全く新しい、しかし根源的な「捕食者」として、死の世界の生態系の頂点に君臨した。

 そして、その凄まじい繁殖力と環境適応能力で、瞬く間に、この星の新たな支配者として、その数を増やしていった。

 

 獣人族の確立――。

 

 不完全な獣と人の合成体であり、常にその精神と肉体の間で引き裂かれていた「獣人」たちは、マナ・フォールアウトの影響で、奇跡的な調和を遂げた。

 彼らの内で争っていた、人の知性と獣の本能は、その不安定な遺伝子構造が再構築されることにより、完全な平衡状態へと至ったのである。


 彼らは、人間の思考力と、獣の強靭な身体能力を、完全に併せ持つ、誇り高き新たなる種族「獣人族」として、独自の部族社会を形成し始めた。

 狼の俊敏さと共同体意識、熊の圧倒的な力と忍耐力、猫のしなやかさと狡猾さ、鳥の広い視野と自由な魂。


 各種族が、その特性を活かし、荒廃した世界で、力強く、その生存圏を確立していった。


 エルフ族の出現――。

 

 薬物と外科手術によって、人為的にその脳を改造され、異能を植え付けられた「超能力者」たち。

 彼らの魂は、常に、その力の暴走と、精神の崩壊の危機に晒されていた。


 だが彼らは、マナ・フォールアウトとの親和性が最も高かった。

 その歪で不安定だった力は、マナの粒子と結びつくことで、自然の理に根差した、純粋な「魔法」へと昇華されたのである。


 その肉体もまた、魔法の恩恵を受け、人間よりも遥かに長い寿命と、自然の息吹を感じ取る鋭敏な五感、そして、月光を思わせる、優美な姿へと変容した。

 彼らは、自らを「エルフ族」と名乗り、汚染を免れた、深い森の奥で、静かな、しかし、他の種族を凌駕する、高度な魔法文明を築き始めた。


 こうして、死んだはずの世界に、三つの新たなる知的生命体――旧文明の末裔たる「人間」、獣との調和を遂げた「獣人族」、そして魔法の寵児たる「エルフ族」が、その産声を上げたのである。


 ◇◇◇


 各種族が、それぞれの社会を確立し、その生存圏を広げ始めた時、争いが起きるのは、生命の理において、必然であった。

 大厄災によって浄化され、そして、マナ・フォールアウトによって豊穣を取り戻し始めた大地。


 その限られた資源を、そして、自らの種の生存圏を巡って、三つの種族は、互いに、牙を剥いた。

 

 人間は旧文明の遺跡から発掘した鉄の武具で武装し、失われた栄光を取り戻そうとした。

 獣人族は、その強靭な肉体と、自然との一体化とも言えるゲリラ戦術で、荒野の支配権を主張した。

 エルフ族は、その圧倒的な魔法の力で、自らが聖域と定めた森を侵す者全てを、天変地異の如き力で、容赦なく排除した。

 

 後に『黎明戦争れいめいせんそう』と呼ばれる、血で血を洗う、三つ巴の闘争の始まりである。


 この戦争に、正義はなかった。

 ただ、自らの種が生き残るための、本能的な生存競争があっただけだ。


 人間は、獣人族を「言葉を解さぬ獣」と蔑み、エルフ族を「森に引きこもる傲慢な魔術師」と呼んだ。

 獣人族は、人間を「非力で狡猾な略奪者」と憎み、エルフ族を「軟弱な隠遁者」と侮った。

 エルフ族は、人間と獣人族を、等しく「世界を汚す、短命で愚かな種族」と見下した。

 

 互いへの、無知と、恐怖と、そして蔑視が、憎しみの連鎖を加速させ、世界は、再び、赤い血で染め上げられていった。

 大厄災を生き延びた、けなげな生命たちが、今度は、自らの手で、互いを滅ぼし合うという、あまりにも愚かな、悲劇。世界は、再び、滅びの淵へと、その歩を進めていた。


 ◇◇◇

 

 黎明戦争が、その泥沼の様相を呈し、三種族が共倒れの危機に瀕していた、その時。

 歴史上、初めて、一つの「個」が、世界の理を揺るがす、絶対的な存在として、その姿を現した。

 

 それは、大厄災の引き金となった、あの「黒い魔物」であった。

 数百年の間、世界中でたびたび目撃され、その存在は三種族の間で、天災や神罰と同義の、畏怖すべき伝説として、断片的に語り継がれていただけだった。

 

 だが彼は、突如として、歴史の表舞台に立った。

 その深淵の如き瞳には、計り知れない、何らかの深遠なる意思が宿っていたとされる。

 

 彼は、自らを「魔王」と名乗り、その圧倒的な力と、王の如きカリスマで、世界中に蔓延る、混沌の象徴であった無数の魔物たちを、瞬く間に、その支配下に置いた。

 かくして、世界中の魔物のたちは統率され、組織化された。

 ここに第四の勢力――魔王軍が、誕生したのである。


 魔王軍の目的は、謎に包まれていた。

 だが、その行動は、あまりにも明確であった。

 彼らは、人間、獣人族、エルフ族、その三種族全てに、等しく、そして容赦なく、その牙を剥いたのだ。

 

 圧倒的な力を持つ魔王と、魔物の軍勢の前に、三つの種族は、初めて、自分たちの争いが、いかに矮小で、無意味であったかを、思い知らされた。

 彼らの前に現れたのは、交渉も、和解も、一切通用しない、ただ、純粋な「破壊」と「支配」を目的とする、絶対的な脅威であった。

 

 ここで、歴史の歯車が、大きく、そして劇的に、回転する。

 

 絶滅の危機に瀕した三種族の指導者たちは、ついに、互いの憎しみを超えて、一つのテーブルに着いた。

 人間は、エルフに、その魔法の助力を請うた。

 エルフは、獣人族に、その屈強な前衛を求めた。

 獣人族は、人間の、その組織力と戦略を必要とした。

 

 魔王という、絶対悪の出現が、皮肉にも、彼らに初めての、真の和解と結束をもたらしたのである。


 こうして、黎明戦争は、その幕を閉じた。

 そして、魔王軍という共通の敵に対抗すべく、三種族による連合国家――「アルディアス」が、建国された。

 

 王を頂点とする封建制が敷かれ、魔物との長期戦争に対応するため、個人の武勇に優れた者たちが報われる「冒険者ギルド」が組織された。

 そして、エルフがもたらした魔法体系は、四大元素と光・闇の理として体系化され、世界に広く普及していった。


 なぜ、魔王は、そのような行動に出たのか。

 なぜ、自ら、世界の敵となることを選んだのか。

 その真意は、神々の沈黙の中に、今もなお、深く、秘められている。

 

 ただ、一つだけ、この世界の、根源をなす真実がある。

 

 このアルディアスという国は、魔王と名乗る黒い魔物の計り知れない絶望と、そして、謎に満ちた贖罪の上に、成り立っているということだった。

 

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