7 大振りで空振り
手っ取り早く変わると言ったら、やはり力だろう。あの時はさざれの勢いに押されて微妙な反応になってしまったが、彼女の言う通り、男に生まれたからには圧倒的な暴力で他をねじ伏せてみたいものだ。少なくとも僕はそうだと思っている。虫も殺せないような性格の草食系でも、心の奥底には暴力性を秘めているものだと考えている。
手前味噌になるが、僕は人としての基礎スペックがかなり高い方だ。教科書は一度読めば忘れない。運動の方も、僕は人の動きを完璧に真似ることができるので苦労したことはない。
だがそれはあくまで、普通の人間としての話だ。いくら身体能力に優れ、運動神経に恵まれていようと――それだけでは、真鉄には勝つことはできない。
これは先日、さざれから聞かされた話なのだが。
『……《覚惺》?』
『ええ。武を極めた者が、特殊な状況下において限界まで追い込まれた際――人は更なる高みへと昇るのですわ。自身の魔力を身に纏い、物理法則を無視してみせるのですわ。その身体は鋼鉄よりも硬く、柳よりも柔軟で、羽よりも軽く、光のように素早い。《覚惺者》はわたくしたちの魔術でさえも、その拳一つで殺してしまう。そのような領域があるのですわ』
『で、真鉄はその《覚惺者》なのか。どちらかといえば《覚せい者》って感じだけど……』
『八幡村には、一年を通してカネコリサマの魔力が蔓延しておりましたわ。通常よりも魔力に満ちた環境下にあった八幡村では、ゆえに《覚惺》が身近だったのですわよ。八幡村の武芸者は、そのほとんどが《覚惺者》だったと記録されておりますの。不知森真鉄は……そんな《覚惺者》ばかりの村のなかで、最も深く研ぎ澄まされた最強の《覚惺者》。彼は本当に、呆れてしまうくらいにぶっ飛んだ獣。人類の上澄みも上澄みですわ』
……とのことなので、あくまで一般人のなかで秀でているにすぎない僕と、《覚惺者》の真鉄では勝負にすらならないだろう。
だからまず、僕は《覚惺》を目指すことにした。そのためにはやはり、《想力》によって魔力を操れるようにならなければ。
――僕は目を瞑り、胸に手を当てて、心臓部の御魂を、そこから溢れ出す魔力の流れを捉える。
どくん、どくんと高鳴る心音に混じって、全身にエネルギーがいきわたるような感覚を感知する。
(想いの力……望む結果を想像し、世界を意のままに操る――そんなの、僕がこれまでずっとやってきたことじゃないか……!)
ひとまず頭に思い浮かべるのは、さざれの雷撃。
思い込め。自分にはできるのだと思い込め。必要なのは自信だ。絶対の確信だ。
心を強く震わせろ。
僕にはできるのだと念じろ。
魔力を操れるのだと、言い聞かせろ――!
「――――ッ!」
――バチィ……ッ……!
「………………あ」
瞬間、集中が解けてしまう。体の芯に集まっていた熱が散っていく感覚がある。
だが……
「手応えはあったかな」
ちょっと強めの静電気って感じだったが、できたぞ。
僕の手のひらから、電気を意図的に発生させた。これは地味で小さな一歩、しかし確実で大きな一歩だろう。
「…………」
今更になって、周囲に見られていないか確認してみるが……みんな目の前に広がる海や、自分の会話相手に夢中だ。大丈夫そうだった。
今の感覚を忘れないうちに練習を重ねておきたいが、ここでは少々目立ってしまう。
さざれにも知らせておこう。今の彼女は僕の師匠みたいなものだしな……などと、若干浮かれながら思っていると。
ちょうど、前方に佇む御簾納さざれを発見。白金色の長髪に、真白の三角ビキニが普段以上にその圧を主張している豊かな双丘。間違えようもなく彼女である。
この星に女性は35億ほど存在するのだ。プラチナブロンドも、美人も、爆乳も、それ一つだけならそう珍しい属性でもない。だがしかし、プラチナブロンドの爆乳美少女となれば話は別。たいへん希少だ。そして希少なものはそれだけで価値なのであり、
価値のあるものに人は手を伸ばす。
「今日は友人たちと来ているんですの。あなた方のお相手をする暇などありませんわよ」
さざれは数人の男にナンパされていた。
「そうなの? じゃあその友達も呼んでこれない? きみの友達なら絶対かわいいでしょ」
「あいにくと、先程からわたくしの胸にばかり視線を寄越しているような方々を、彼女たちに会わせるわけにはいきませんのよ」
「いや! それはもうマジでごめんなんだけどさ、でも見ちゃうよね」「もしかしてそれ気にしてるの?」
「わたくしの勝手でしてよ」
「分かるよ、そういうの」「俺達もぶっちゃけるとそれにつられちゃったところあるしね」
「開き直りですの?」
「というよりは、それを関係のとっかかりって風に考えることはできないかな?」「コンプレックスってさ、その悪い面ばっかりを見ちゃうからコンプレックスなわけじゃん?」「その見方をちょっとずつ無理ない範囲で変えてってさ、好きなところを増やしていったらいいんじゃないかな」
「見ず知らずの方にそんなこと言われても、ちっとも響きませんわ。いい加減しつこいですわよ?」
「きみ相手じゃなかったら、僕らもこんなしつこくしてないって」「なんかきみにはそういう不思議な魅力があるんだよね。人を惹きつけるっていうか」
「当然ですわね。わたくしは人の上に立つべき存在ですもの」
「そうそう、なんというか、頼り甲斐がありそうっていうかさ」「ぱっと見で分かる雰囲気があるんだよね。相談とかしたら、真剣に聞いてくれそうな優しい感じ?」
「……それほどでも、ありませんわ?」
あ、ダメそう。
「そのかわいい喋り方もだけど、もしかしていいとこのお嬢様だったりする?」「ならなおさらさ、俺らはむしろきみの話を聞きたいんだよね」
「……わたくしの?」
「そそ、話聞いてる感じさ、普段のきみははずっと悩みを聞いてあげる側、誰かに手を差し伸べる側ばっかりっぽいじゃん? でもそれだとさ、気疲れしちゃうだろ?」「だから俺らは、きみの話を聞きたいなって」「それで少しはガス抜きとかできたときは、あれ、そういえば俺らと会ったきっかけがなんだったっけって、思い出してほしいな。案外、悪いことばっかりじゃないんだって知ってほしい。そしたらきみも……そのコンプレックスを、自分のことを、今よりもちょっとだけ好きになれるんじゃないかな」「もちろん下心もあるけどさ、それ以上に俺たちは、きみに自分自身のことを好きになってほしいんだよね」
「……………………」
あいつチョロいなー。
無視してさっさと行けばいいのに、まともに取り合うからそうなるんだぞ。まあ、その面倒見のよさに付け込まれたわけだけど。
「とりあえずもうちょいゆっくり話さない? 海の家とか行ってさ」「お昼もう食べた? まだなら奢るよ」
「それは、疚しい気持ちで言っているのではありませんの?」
「そりゃちょっとはあるよ? でも無理にとかはいかないタイプだから」「お話するだけがいいなら、本当にそれでもいいんだよね」「きみみたいな子と話せるだけでこっちはテンション上がるんだからさ」
「……そうですの。なら……友人たちをそう長いこと待たせるわけにもいきませんし、少しだけ――」
「さざれ、ここにいたんだな」
一瞬、無視しようかとも思った。ナンパに困ってるならまだしも、自分の意志でついていこうとしてるし。
なにより海でナンパから助けるという展開がありきたりすぎる。僕がその行動を選択した場合、自分の意思で行っているのではなく、展開にのせられてる感がするのがなんとなく嫌だったのだ。
だが仕方ない。
――『節穴ね。ユキなんかもうひどいから、気にかけてあげて』
他でもないノワキに任されてしまったのだから。
「あ……」
さざれは僕に気づくと、驚いたような、後ろめたいような、曖昧な表情で僕から目を背けてしまう。
「え? お兄さん誰?」「この子の彼氏?」
「ああ、そうだよ。だから悪いけど――」
「あれ、もしかして……更科優さん……ですか!?」
「――――ん?」
流れが変わった。
「たしかに……よく見たら顔整いすぎだろ」「逆になんで今まで気づかなかったんだ……?」
そりゃ意識して魔力を抑えてるからね……じゃなくて。
「えっと、キミたちは僕のこと知ってる……んだよね」
「そりゃそうですよ!」「てか更科優を知らない日本人なんかいないですよ!」「俺ら更科さんのファンなんすよ! 会えてめっちゃ嬉しいっす!」
「へ、へえ……そうなんだ」
なんか……思ってた展開と違う。
「やべぇ……いや、マジか……」「気分爆上がりっすわ……」「こんなとこで界隈の王と会えるとか……尊敬してます!」「すんません、一枚だけ一緒に写真いいっすか!?」
「ああ、うん……いいよ」
そうか。ナンパから助ける役が僕だと……こうなっちゃうのか。
「それじゃ撮りますねー……ハイ、チーズ!」「いやガチで感謝です!」「マジでもう今年の夏いちばんの思い出できました!」「ありがとうございます!」
「いや、別にそんな……」
「更科さんということは、そっちの子はモデルやアイドルばっかりって噂の『更科ガールズ』の一人なんですよね」
“ということは”ってなに? 僕はそんな集団認知してない。
「すみません手ぇ出すようなマネして」「今日はお二人で海水浴ですか?」
「いや、彼女もさっき言ってただろ、友人たちって……」
「ハーレムですね!」「やっぱすげー!」「毎月の貢がれ額が日本人の平均生涯年収に匹敵するだけのことはありますね!」
こういうのって一応否定しておいた方がいいのかな。
「いろいろ邪魔してすみませんでした!」「俺らもう帰るんで! ホントありがとうございました!」「更科さんも海水浴、楽しんでくださいね!」
「……こちらこそ」
僕が複雑な感情を抱いている間に、陽気なナンパ師たちは嵐のように去っていった。
その場には僕とさざれだけが残された。
「……ごめんなさい、ですわ」
意外なことに、彼女の口からまず出てきたのはそんな謝罪の言葉だった。
「なんで謝るんだ?」
「……なんとなく、あなたに謝らなければいけない気がしましたの」
どことなく落ち込んだ様子。さざれの表情には翳が差していた。
「まあなんでもいいけど、さすがに流されやすすぎない? もうちょいガード固いかと思ってたよ」
「そ、それは……!」
ここは適度にからかって、さざれが感じている居心地悪さをうやむやにした方がいいかもしれないな。
「ちょっとショックだったなあ。僕にはいつも一定の距離を保ってるイメージだったのに、あんな初対面の男たちには心を開いちゃうんだな?」
「それは誤解ですわ……っ!」
自分で言ってて思ったが、少しやり口がエルみたいだ。エルが僕から影響を受けたとか言っていたのは、こういうところだったのかな。
「そうかな。遠目で見ててそんな感じだったけど」
「あれは、だって……あの方たちの雰囲気が、更科さんに似ていたから……」
「そっちの方がショックなんですけど?」
傍から見たら僕ってあんな感じなの? だとしたらやっぱり意識を改めないとな。変わらなきゃ。
「きっともうとっくに……人生でいちばん長くお話した殿方は……あなたですわよ、更科さん」
箱入りってわけでもなさそうなのに、いまどき珍しいよな。
「そっか。僕としては、無事会えたからいいんだけど」
「なにかわたくしに用ですの?」
「ああ、そうなんだけど……」
魔術のことを話したり、それを実演してみせるのに、ビーチは少し目立つ。
「ここだとちょっと話しにくいことだからさ、なるべく人目につかない場所に移動したいんだけど」
「えっ…………」
どこかいい場所はないだろうか。
そういえば、さっきツツジと遊んだ時に……
「向こうの岩陰なんかよさげだね。いいかな?」
「そっ、それって………………そういうこと、ですの……?」
流石に察しがいいな。人前で「魔術」だのなんだのと言うわけにはいかないので、指示語を使ってきた。僕もそうしよう。
「そういうことだよ」
「……っ……そんな……本気ですの……? これまでは、そんな雰囲気じゃなかったじゃありませんの……」
「たしかに、今まであんまり真剣さは感じられなかったかもね。でも、やっぱり僕も男だからさ」
「お、おとこ……っ」
男としては強くなりたいものだ。
「どうしても……今すぐじゃないといけませんの? そういうのは、もっとこう……」
言われてみれば、楽しく海水浴をしにきたのに魔術の特訓に誘うというのは、空気が読めてないな。
そこは反省だが、でも、
「どうしても今がいいんだよ、さっきのこともあったし」
「さっきのこと……」
魔術の感覚が掴めそうになったことだ。
「そうなん、ですのね……」
「ああ。やる気満々だよ」
「なっ――なななななっ、なんですのその品のない言い方は!」
思い出したようにお嬢様設定を持ち出してくる。さざれがお嬢様っぽいのは口調と容姿だけなのに。
「その…………どうして、わたくしなんですの? あなたには、リノや源さんがいるでしょう……?」
「は? お前から言い出したんだろ」
「ち、違っ……さっきの言葉に、そこまでの意味は……」
まあ……たしかにカネコリサマの力を操るノワキや、現在進行形で魔力によって視力を得ているエルも、大きなくくりで言えば魔術師だ。
だが、魔術に精通しているかと言ったら否だろう。歴が浅すぎる。
なにより、本人たちの性格的に人にモノを教えるのが上手とは思えない。
「それに、あいつらはそういうの苦手でしょ」
「苦手……そうなんですの……?」
「さざれもそう思わない?」
「そっ、そんなの知るわけありませんわ!」
「だから、やっぱりさざれがいいな」
「わたくしなら得意そうってことですの!?」
「実際、さざれは向いてると思うよ?」
「……ひ、ひどいですわ……わたくしのこと、そんな風に見ていたんですの……?」
あれ、なんか泣き出しちゃった。
これだから女は面倒くさい。なにが地雷か分からないのだ。
ノワキもかなり情緒不安定な部分があるし、ルイトモだな。
「ごめんごめん、ちょっと考えなしに言いすぎたよね」
「まったくですわよ……!」
心を込めて適当に謝れば、女のこういうヒステリーはなんとかなる。エル相手の経験則。ノワキはまだ付き合い始めの幸せ期間なのでずっとご機嫌なのだが、段々慣れてくる来月あたりからが心配だな。
「でもさざれにお願いしたいのは本心だよ」
「そんな、都合のいいことばかり言ったって……」
「頼むよ。さざれだけが頼りなんだ」
「……………………」
さざれはもじもじと両手を組んだまま、顔を俯むかせてしまう。
こういった場面では、機嫌が直るまで何も話しかけずに待つか、こちらから多少強引に何かしら働きかけるか。どちらが効果的かは相手によるが、さざれの場合は――
「さざれ、行こう?」
僕の方で流れをつくってやれば、乗ってくるタイプだ。
そっと彼女の手を取って、やんわりと歩き出したい意思を伝える。
「……分かり、ましたわ……」
ようやく納得してくれたさざれが顔を上げると、熱でもあるんじゃないかってくらい真っ赤になっていた。
目の端に涙を浮かべながら上目遣いの彼女は、唇を震わせる。
「……よろしく、お願いしますわ……更科さん……っ!」
「ん? うん」
――その後、なんかめちゃくちゃ激昂したさざれに海の底に沈められかけた。




