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5  太陽と海と躑躅花

 全員が揃ったところで、いざ僕らは海へ入り、美少女たちの楽し気な黄色い声が――とはいかず。


「ノワキ、私と沖まで勝負しようよ」

「大人げないにもほどがあるでしょ」

「んふ、自信ないんだ?」

「挑発意味ないわよ」

「勝った方が今日の夜に優くん独り占め」

「海を凍らせるのはアリかしら」

「手段を選ばなすぎー」

「そこの茶髪、あなた審判しなさい」

「もしかしなくてもユカリのことですね? ユカリはユカリですよ! というか何回か顔合わせてますよね!?」

「ごめんねユカリ、この銀髪ちょっと物覚え悪いの」


「よく考えたらなんで私たち、黒髪が少数派なんだわ……?」

「美少女だからですわ」

「わん?」

「美少女の髪色は奇抜なものと相場が決まっているでしょう」


 魔力関係のことをツツジに悟られたくないさざれが、咄嗟に誤魔化す。


「それもそうなんだわ!」

「バカで助かりましたわ」

「ごめんだわ、波の音で聞こえなかった! なんて?」

「なんでもありませんわ」


「おかしいな。僕はもっと、水を掛け合ってキャー、みたいなの想像してたんだけど」

「あのメンツでマジでそれ想像できてたのか?」


 痛いところを突いてくる。


「いや、まあ……こういうときに起爆剤のツツジが、『それーっ』ってみんなに水掛ける感じでさ」


「それーっ、だわっ」


「そうそう、ちょうどあんな感じで――」


「そもそもあなた水泳初めてまだ数か月でしょ」

「でもノワキよりは絶対上手いもーん」

「部活だと下から数えた方が早いんですけどね?」


「みすのーちゃん、そのイルカ貸しておくれっ」

「これはわたくしのキューちゃんですわ」

「私みたいな名前つけてる!」


 誰もノってくる様子がない。


「うーっ、わんわんわんわんっ」


 これまでの僕なら、ここで悲しみに暮れる彼女を放っておいただろう。基本的に自分から他人に関わりにいくことは面倒なことであり、避けていたから。


 だが僕は変わると誓ったんだ。ここで動けないようでは、二人の彼氏としてやっていけるわけがない!


「ツツジ! 僕とこの海をエンジョイしようぜ!」


 ちょっと方向性を間違えた気もするが、まあいい。僕は彼女の元へしぶきを上げながら走っていく。


「……! スグルっ!」


 僕の呼びかけに、ツツジは真夏の太陽みたいな笑顔を見せた。


 今までの僕なら、その感情の意味を大して深くは考えなかったかもしれない。


 だが今は違う。僕は他者がこのセカイに存在していることを認めるために一歩を踏み出すんだ。そのために、僕は目の前の美少女を見なければならない。


 彼女はどうして喜んだのだろうと、関心を持たなければならないのだ。


「……スグル? どうしたんだわ?」


 僕の呼びかけにツツジが喜んだ――言葉にするのは簡単だが、この事実はあまりに一面的だ。ツツジは自身のアクションを無視されて落ち込んでいた、そこに僕が現れたから喜んだ。ここで問題になるのは、僕だから喜んだのか、誰でもいいから反応してくれたのが嬉しかったのか。そのどちらもか。前者であれば、少なくとも僕はこの瞬間、ツツジにとって価値のある他者ということになる。僕は顔だけが取り柄の人間ではないということになる。ツツジが僕自身に価値を感じてくれていたということで、それは嬉しいことだ。しかし本当にそうだろうか? ここにいるのが僕ではなくノワキであっても、ツツジは同様に喜んだだろう。つまり代替可能な役回り。これが価値であるといえるのか? いや、そもそも自分の価値が唯一無二であるというのが思い上がりなのだろうか? 


 ――地盤が固まっていない。足元がおぼつかない。すさまじい倦怠感と自己嫌悪。そんなうちから誰かを求めるだの、価値だの、何者かであることを願うなど、もっての外だ。本来ならば、僕はまだこんな風に存在していいような存在ではないのだろう。それなのに、僕は存在してしまっている……それ自体が罪だ……どうして僕はここにいる……果して……


「……僕は、生きていていいのだろうか……」


「急にどうしたんだわ!?」


 こうして徒にツツジを心配させてしまう。

 このままではだめだと言うのに。僕は変わらなければだめだと言うのに!


「……優くんは行くところまで行っちゃった感じだね、ノワキ……」

「……あそこまでいったらもう放っておいても良い気がしてきたわ……」


 またしても、エルとノワキが二人で内緒話をしている。早く二人に相応しい男にならなければ。



   ☽



 この海で変わる、少し大人になる! ……なんて言ったはいいものの、よく考えたらあまりに具体性に欠けていて、なにをすればいいのかすら分からない。


 もう少し他人の気持ちを考えられるようになる? 優しい人間になる? 周囲の人々にとって価値のある人間になる? どうやって?


 ダメだな。漠然としすぎだ。今はなんというか、とにかく変わらなければという意識だけが先行していて、内実が伴っていない。まあ、最近の僕はずっとそうだと言われると、そうなんだけど。


「うーん……」


 基本的に僕らは団体行動ができない(しない)人間なので、しばらく海で遊んでいるうちにバラバラになってしまった。


 僕はしばらく、一人で砂浜に座り込んで空と海の間を眺めていたのだが、視線がその水平線の先で途切れてしまうような感覚がどうにも物悲しかったので……いや、このような意味のない言葉遊びもきっと紛い物で、僕は特に意味もなく立ち上がった。


 セカイに未知なるものが到来したのだ。


 それによって僕は、以前の僕から変化した……ように錯覚していた。


 僕はこの顔に生まれ、他者がなんでも思い通りになってしまう世界を嫌っていた。しかしこれは思い違いであり、僕は本当はそんな世界が大好きなのだとエルに教えられた。僕は彼女の手を取って、彼女に感謝しながら、僕の内部に回収されることのない他者と向き合う恐怖に打ち勝ったつもりだった。ノワキへの恋心がその証明であると。


 だがしかし、僕は一歩進んで二歩下がってしまった。


 気持ち悪い。僕がただここにいるだけで、絶えず僕であることの意味を、誰かに問われ続けているような感覚が付きまとう。


 早すぎる。そんなに急がないでくれ。僕はまだ追いつけない。僕はまだ分からない。僕が誰なのか。僕に何の価値があるのか。この欠如、僕という人間の空っぽ。それが剥き出しのままで、僕はここに存在してしまっている。そればかりか、誰かを求めようだなんて思い上がりにも甚だしいことを考えていた!


 もっとぼやけてもいいはずなのに、世界の輪郭だけはくっきりしている。なるべくここで、じっとしていたい。なにものも動かすことを願わない。そうであるべきだ。僕は……僕は……


「いらっしゃいませー! 海の家『たいよう』へようこそ!」


 ――そんな明るい挨拶に、僕は顔を上げざるを得なかった。


 思考の迷路で迷いに迷っている間に、僕はどうやら海の家の傍まで歩いてきていたらしい。


 木組みのオシャレな外装に、『氷』の旗がひらひらと海風に煽られている。店員の元気なオーダー確認の声や、客のわいわいがやがやとした話し声が耳にまで入ってくる。そして、焼きそばの美味しそうな匂いを捕まえて離さないのはこの鼻だ。海の家から漂う匂いに、無意識につられてきてしまったのだろうか。


 ……というか。


「枝豆と生ビール2つだわ? もっとお金落としていって! 売上の分だけ私のバイト代が跳ねるんだわっ」

「がはははは! 店員さんイカレてんね!」「正直すぎんだろ!」

「焼きそば大盛追加しておくんだわ?」

「いいよいいよ、キミは可愛いからもうなんでもいいわ!」「野郎だったら問題だけどなー!」「ツツジちゃんスマイルも追加で!」

「私のは百万円!」


「あわわわわえっとフランクフルト三番テーブル……」

「八月一日先輩、あそこです!」

「ありがとうユカリちゃん! ――へいお待ち!」

「ねえもう5分も前に注文したんだけどー?」「今のってウチらより遅く来た客だよね? どーゆーこと?」

「ただいま! ユカリちゃんお願い!」

「はい! えっとあのテーブルは……ラーメンとロコモコ丼とイカ焼きとフライドポテトとラムネと多すぎます! 臨時バイト募集中!」


 なんだか妙に聞き慣れた声がするし、しかもめっちゃ忙しそう。


 僕はたまたま目の前の席が空いたので、そこそこお腹が空いていたこともあって、着席する。


「いらっしゃいだわ! 注文が決まったら呼んでくれれば――……おろ? スグルだわ!」


 すると注文を書き留める用のメモ用紙を持ったツツジが、笑顔で対応してきてくれる。


「海の家の手伝いか?」

「だわ! 人手が足りないからって誘われて、楽しそうだったから!」


 先程までは純白の三角ビキニ姿で健康的なエロスを振りまいていた彼女だが、ここではその上からオーバーサイズの白Tシャツを被り、裾をお腹のところで結んだへそ出しスタイル。


 これは初めて気づいたことだが、美少女のおへそはとてもエロいな。自分にそんなフェチがあるなんて知らなかった。


 もはや第八の性器である。第二から第七までがどこかはズミにでも聞いてくれ。


「水着も似合ってたけど、今のもかわいいね」

「えへへ、ありがとう! ……でも、なんでだわ、私のおへそばっかり見てくる……えっちだわ……」


 微妙にそっち方面に耐性の薄いツツジが、恥ずかしがってお腹を押さえてしまう。


 女子がお腹に手を当てる仕草には、どうしてこれほどの得も言われぬ魅力があるのだろう。


「随分混んでるみたいだね」

「きっと海の家『たいよう』に美少女アルバイト店員現る! って噂になってるんだわ!」


 普段ならば一笑に付している話だが、この海水浴場には他にも海の家はあるというのに、『たいよう』だけが異様に繁盛しているらしいあたり、それが事実で間違いないのだろう。


 実際、ツツジ・ズミ・狭衣という三人もの美少女が同じ店で看板娘をしているとなれば、こうなるのもむべなるかなといったところだ。そのせいで本人たちは大忙しのようだが。


「まあ海に来る男なんて、かわいい女で遊ぶのが生きがいみたいなやつらばっかりだしな」

「その筆頭みたいなスグルが言えることじゃないんだわ?」


 ツツジは妙なところで現実主義者だから少し苦手だ。


「ご注文は?」

「じゃあ、焼きとうもろこしとコーラで」

「少々お待ちくださいだわっ」


 なんとも楽しそうに労働する女だ。ツツジが働く想像なんてつかなかったが、意外とちゃんとしてるみたいで安心だった。



   ☽



 しばらく席で待っていると、こんがりと焼けたとうもろこしとコーラを両手に持ったツツジがやってきて、流れるような動作で僕の隣に腰を下ろした。


「仕事は?」

「スグルが来てくれたのに他の客の対応なんかするわけないんだわ?」


 やっぱりツツジに労働は無理そうだ。


「はい、あーんだわ」

「焼きとうもろこしで『あーん』はかなり難易度高めじゃない?」


 ツツジは不満そうだったが、自分の手で持って食べることにした。


「おしぼりだわ!」

「うん、ありがとう」

「コーラ飲む?」

「自分で飲むよ」

「他になにかしてほしいことはないんだわ?」

「僕は実家に帰省してきたのかな」


 急にお節介焼きになって、どうしたのだろう。

 正直に言って、違和感がものすごい。似合わないにもほどがある。


「そわそわだわ……」

「なにをそわそわしてるんだ? なにかあったのか?」


 僕が訊ねると、一瞬だけ視線を逸らしてから、しかしすぐに向き直り、ツツジは……


「だって……」


 ぎゅっと、無地のTシャツに皺を作りながら言う。


「……まだまだ、あなたが遠いから……」


 ――分からない。彼女のこの手の独白が、僕はなんにも分からない。


 だから訊き返すしかないんだけど、それがどうにも居心地悪くて、僕は自分の気持ちを誤魔化すみたいに、とうもろこしにかぶりつく。


「もぐ……遠い?」

「関係のなかで……あなたが私の一部になったら、とっても嬉しいわ。だけど……」


 頭に疑問符を浮かべたまま食事を続ける。そうすることしかできないから。


「もし、今……あなたと離ればなれになったら……あなたのなかに、私の痕跡は残る?」


 つらら女の子孫というのは、もしや彼女のことだったか? ツツジの儚い微笑みに、僕は彼女がそのまま真夏の陽射しに溶かされて跡形もなく消えてしまっても驚かないぞと考えた。


「私が明日、しゃぼん玉のようにぱっと消えてしまっても……スグルはきっとすぐにどうでもよくなるわ。まだあなたにとって、私はどうでもいい存在。そうでしょ?」


 どうしてそんな悲しいこと言うんだ、なんて。


 そんな暑苦しい言葉はきっと間違いで、そんな性に合わない慰めは絶対に場違いだ。


 困った時は心を開け、僕の少ない経験がそう囁いている。


「ツツジみたいにかわいくて強烈な性格の女の子、そう簡単に忘れられないよ」


 これでも僕は少しだけ、本心から言葉を紡ぐことができるようになったつもりなんだ。だからこれはきっと、慰めではなく本音なのだ。


「……ありがとう」


 だというのに、ツツジはどうしていつもみたいに笑ってくれないのだろう。


「でもそれはきっと、『十六夜躑躅』を憶えているんじゃないわ。あなたはここ三か月の出来事を、何枚もの写真のように雑多な風景として記憶するんだわ。今もそう。青い空があって、海が青くて、白い砂浜があって、陽射しが強くて、潮騒が聞こえていて、たくさんの木々があって、浜風が吹いていて、駐車場に止まる車があって、海の家があって、料理の匂いもして、たくさんの人々で賑わっている、夏の海水浴場……その光景のなかに映り込んだ一人の美少女として、私を憶えるにすぎないわ。そこには私もなければあなたもない、ただ私たちという全体があって、それだけ。そんなの……嫌だわ」


 もうあの時とは変わったのだ。そう思いたい。だというのに、ツツジがどうして泣いてしまうのか分からない。


 気づけば僕は、先程までいたあの迷宮に逆戻り。こんどはかわいい少女も一緒。美しい少女は泣いている。


「…………」


 だけどもここで何も言わず、ただ少女の目から涙が零れていくのを見守るだけでは、なにも変わらないと思ったから。


 それが正しいなんて風には、まったく思えなかったけれど。


 うだるような夏の熱気と、突き抜けるように爽やかな海風と一緒に、


「……っ、スグル……っ?」


 僕は、そっと彼女を抱き寄せた。

 すぐにあたたかな体温が伝わってくる。彼女は全身どこもかしこも柔らかくて心地いい。濡れた黒髪は星の砂みたいにきらきら煌いている。そしてなによりツツジは巨乳だ。僕の腹のあたりに幸せな感触がしっかりと押し当てられている。僕がそれを感じている。この腕の中にとびきり美しい少女を抱いている。懐に十六夜躑躅がいる。……それでいいじゃないか。


「僕は今、ツツジに触れている。だから君は今ここにいる。それじゃだめなのか?」


「……近づけば近づくほど、あなたが遠いのが分かってしまう。……とくとく、とくとくって、心臓の音が聞こえる……あなたが生きてる音がする……こんなにもあなたが近いのに、こんなにも強く抱きしめてもらっているのに……やっぱり、あなたの全部が、遠い……」


「でもさ、ツツジ。僕はもうツツジを見てるよ。あの時とは違って、ツツジがこんなにかわいい女の子だって知ってるよ。君がいつか言ったように、僕は十六夜躑躅を知ってるんだよ」


 あの時と逆の役回りで、僕は両手で彼女の頬を両側から挟むようにする。とってもやわっこくてお餅みたいだ。こうすると、手の中の少女の顔が小っちゃいのがよく分かる。

 

「やっ……やめるんだわ。そんなこと言われると、信じたくなっちゃうから……」


 ぷいと僕から目を背けたツツジの頬が、じんわりと熱を帯びはじめているのが手に伝わってくる。


「軽い言葉に、安易な気持ちに、流されちゃだめなんだわ……っ」


 何とも意外なことだけど、どうやらツツジは照れてくれたみたいだった。


 けれどどこかが不自然で、どうにも奇妙な違和感が、僕の脳裏を掠れていく。


「えっと、よく分からないけど……ツツジ。もしかして、なにかを怖がってるのか?」


「……へ……?」


 ぱちくりと、ツツジの綺麗な瞳の中でなにかが揺れた気がした。


「な、なにからだわ? そんなことないんだわ?」


 なら、僕の勘違いかな。


「だ、だから……手、放してほしいんだわ?」

「ん、ごめんね」


 僕が彼女を解放すると、すぐにくるりと背を向けられてしまった。


 珍しく……慌てているのか? ツツジが。

 この手の話のときには、いつも堂々としていてむしろこちらを困惑させるばかりだったように記憶していたけど。


 その理由までは分からないが、もしそうなら、とてもかわいいなと思う。


「なあ、ツツジ」

「なんだわ?」


 そんなかわいい今のツツジになら、なんとなく聞いても良い気がした。


 いや、それもまた正しくないか。……ツツジに、聞いてみたいと思った。


「どうして、僕なんだ?」

「セカイでいちばん美しいからだわ」


 ノータイム。なにが、だなんて訊き返さない。僕と彼女にはそれしかないから。きっと分かり切っていたことだ。美少年でない僕を彼女は求めないだろうし、美少女でない彼女を僕は気にも留めないだろう。それはいい。求められるものが分かり切っている分、ツツジ相手にはそれでいいのだと割り切れる。


 僕の方はね。


 彼女はどうだろなのだろう?


「でもそれってさ、自分が美少女だからこその価値観だろ? 自分がかわいいっていう自覚なしに、美を至上の価値基準に置くなんてことしないだろ? ……あ、別に責めてるわけじゃないよ」

「うん、分かるんだわ。それで?」


 特に気にした様子もなく、ツツジは続きを促す。


「だからもし、自分が美少女として生まれなかった場合……ってのは現実的じゃないな。そうだな、例えば近い未来、顔に大やけどを負ったりした場合……」

「死んでやるわ」


 ひどく冷めた声だった。


「ごめん、これも極端だったな。例え話って苦手なんだよ……」


 頭を掻きながら謝罪すると、ツツジはふふっと笑ってくれた。


「平気だわ、スグルが何言いたいかは分かるんだわ。つまり私が、『自分の美』以外に何を自分の価値としてるのか……顔以外の自分の取り柄、みたいなことだわ?」

「さすがだね」

「でも……そんなの考えたこともないんだわ? 誰もからその視線を集めてしまう私は完全無欠の美少女十六夜躑躅! ここにおいて私はまったくズレがなくて、そのまま私なんだわ! だからこそ、その確からしさを崩そうとするあなたを私は乗り越えたいのよ! だからスグルを惚れさせるんだわ!」


 なんとなく聞いてみたい、なんてのは所詮「なんとなく」だな。それが特別な意味を持つことなんてない。僕はツツジのように直感頼りの人生は送れそうにないのだった。


「それにだわ、別にそうじゃなくたって……スグルは、私と一緒にいて、楽しくない?」


 ずいと顔を近づけて、ツツジがそんな真正面からの質問を投げかける。


「前はちょっとそうだったかもね」

「わんわん、くぅーん……」

「でも、今は別にそうでもないな。ツツジといて楽しいと思ってる自分がいるのに、もう気づいてるよ」


 それを認められるようになっただけでも、少しは変われたということなのだろうか?


「――ならそれでいいんだわ! 私がいることを、今、スグルは認めてくれたんだわ? それがとても嬉しいんだわ! スグルだけじゃなくて、サツキもノワも、さざれもエルもホズミックちゃんもそう思ってくれたらもっと嬉しいわ! 私にはもう、それだけでいいと思えるんだわ!」


「…………」


 眩しい、とても眩しい笑顔だ。僕は間違えて、真夏の太陽に目を向けているのだろうか? そう思ってしまうほどに、十六夜躑躅は輝いている。


 だからきっと、口を突いて出た、というのはこういう時に使うのだ。


「僕はどうしたら、ツツジみたいになれるかな」

「?? 私になる必要なんかないんだわ? スグルはスグルであってくれないと、私が困るんだわ!」


 彼女の言葉は素早い。ともすると口から出まかせのようにすら聞こえてしまう恐れを常に孕んでいる。だというのに、僕のそれとは違って、ツツジの言葉はどうしてこんなにも真に迫るものがあるのだろう? 彼女の言葉はどうしようもなく、いつもなにかを捉えているのだ。


「わっ……す、すぐる……?」

「ありがとうな、ツツジ」


 僕はこの気持ちを上手に伝える手段が思いつかなかったので、もう一度ツツジを抱きしめておいた。


「う、うぅ……今日はちょっとだけ、スグルが近くて困っちゃうんだわ……スグル、そんなに私のおへそが好きなんだわ……?」


 やっぱり彼女はあったかくて、できればいつまでもこうしていたいと思ってしまった。


「十六夜さん、いつまでもセンパイといちゃついてないで仕事に戻ってくださいよ~!」

「もうさっきからあっちらこっちらえっちらおっちらてんてこまいだよ! レンゲちゃんヘルプアス!」


「あ、ご、ごめんなさいだわ! すぐ行くわ! じゃあスグル、ゆっくりしていくんだわっ」


 ほんのりと赤くなった顔で手を振る可憐な少女を、僕はきっと『十六夜躑躅』として憶えておくことだろう。

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