4 自分探しの旅
青い空、白い砂浜、と海水浴に来た者の定型句を並べていると、たまに「白い海」と言ってしまうことがある。だが太陽がキラキラと反射した海はそれはもう見事に白くて綺麗なのだ。だから僕はあえて目の前の美しい夏の光景を、白い海と表現することにしよう。僕は表現者なのだ。
「あなたに文学は似合わないわ」
麦わら帽子に白いワンピース姿のノワキが、そんな悲しいことを言ってくる。いつもつけてる黒のリボンは解かれて、ストレートロングの銀髪が光の中に溶け入るようにたなびき、輝いているのが眩しく、僕は思わず目を細めてしまった。
「かわいい」
「部屋に引き籠って本を読むより、『女の子とお話してる方が楽しい』とか言いそうだし。あなたが文学君は無理があるわ」
「ノワキと付き合えてよかったよ」
「だいたいあなたみたいなイケメンが『僕はオタクです』とか『人との関係で悩んでてー』とか言ったところで不細工から顰蹙買うのが落ちなのよ」
「大好きだよ、ノワキ」
「……わたしの話を聞いて」
顔が真っ赤だ。
「僕もたまに小説とか読むよ? エロゲもほら、ほとんど文学だし。アニメもラノベも芸術みたいなものでしょ」
「スグル、いい? エロゲは人生でも文学でもなければ、高尚なものでもないの」
「でも作中でキャラにそういうこと言わせてたブランドは解散したじゃん」
「アニメもラノベも今や金稼ぎのエンタメでしかないの。芸術はとっくに資本主義に吞み込まれたのよ」
「呑み込まれたというか、そもそも芸術の流行と資本主義的な構造は切って離せなくない?」
「だからあなたは中身空っぽなエンタメによだれ垂らしてる一般人である自覚を持って、自己表現だの文学だのっていう幻想は捨てるのよ」
「僕の話聞いてよ」
「顔真っ赤で草!」
会話の中で「草」とか言う女はたとえ美少女であってもキツいかもしれない。別れようかな。
「あ、あ……ねえスグル、わたしもあなたのこと大好きよ? とっても愛してるわ……」
破局の空気を感じ取ったらしく、急に媚びを売り出した。
「……ぎゅー」
ぎゅーってしてきた!
「暑いから離れてって言おうと思ったけど、しっとりと汗ばんだノワキの肌の感触が生々しくて最高だからこのままでいいや」
「どうしてそれを口に出そうと思っちゃったの?」
「海にまできてなんの話してるの?」
エルが呆れ顔だ。
「優くん、そろそろノワキと一緒にいるうちに色々合わないところが気になってくる時期? 本編で運命的な恋愛劇を演じて幕を閉じたのに、後日談では些細なきっかけであっさり別れちゃう?」
「エルがそういう洋画みたいな流れを期待してることは分かったよ」
「でもいるわよね、ボーイミーツガールで綺麗に結ばれたはいいものの、共通の趣味も話題もないし性格も価値観も合わなそうだし、こいつら絶対すぐ別れるでしょってキャラ」
「優くんとノワキみたいなね?」
別にそんなこともないと思うんだけど、エルが執拗に僕たちを別れさせようとしてくる。
「大丈夫よスグル、あなたは顔がいいから多少のクズな部分は気にならないわ」
「いちばんダメな褒め方だろ、それ」
「…………あははー」
「エル? なんで目を逸らすの?」
「そんなことないんだよ?」
なんでそんな気まずそうな顔するんだろう。
「……えっとね、優くん、他意はないんだけどね?」
「うん」
「目が見えるようになってから、優くんの色々ダメなところも、まぁいっかって許せるようになったっていうのは、あるような、ないようなー? ……え、えへへ?」
「………………言いすぎよ」
「ノワキ? いつもみたいにもっとエルに噛みついていいんだぞ?」
どうして二人とも、僕と目を合わせてくれないんだろう。
今の言葉と、なにか関係があるのだろうか。僕が、とてもイケメンだからクズでも許せる……。
「ね、ねえスグル、さっきのはなんというか、滑って出ちゃったというか。ほら、本心とは全く違うことを勢いで口に出しちゃうこと、よくあるもの」
「そうだよ優くん、だから焦ることなんかなくて……」
顔がいいから、他のすべてが許せる……? それってつまり、僕は顔以外のすべてが……。
「優くん、あんまり深く考えちゃダメだよっ」
「ほら、そうだスグル、砂浜でわたしたちに日焼け止め塗ってくれる? ちょっとくらいならえっちところ触っても怒らないから」
試しに、『更科優』ではない僕を、イケメンではない僕を想像してみる。
「…………」
僕は……自分が不細工でも二人に好きになってもらえる想像が……つかなかった。
今まで……自分の価値なんて考えたこと、なかったけど。
顔を抜きにした場合の、他人から見た自分なんてこと、考えたことなかったけど。
「――もしかして、僕って顔しか取り柄ないの……?」
「「!!」」
二人から、年寄りには聞こえないタイプの鳴き声が上がった。
「……ど、どうしようノワキ……優くんが吉沢亮みたいなこと言い出しちゃった……」
「……しかも絶対にそんなことない吉沢亮と違って、スグルは謙遜でもなんでもなく事実だから上手いフォローが思いつかないわ……でもどうしてそんな今更なことをいきなり……」
「……優くんは赤ちゃんみたいなところあるから、本来なら『そんなの中学生のうちに終わらせとけよ』みたいなくだらない思春期の悩みを唐突に抱くことがあるんだよ……この前のノワキとの関わり方の話然り……!」
「……それに関してはわたしも人のこと言えないけど、厄介ね……」
僕から距離を取った二人が、なにやらこそこそ話をしている。きっと二人は優しいから、僕の他のいいところを必死に考えてくれているのだろう。
だが……
「よく考えてみたら……この間も他者と関わるのが大事とか偉そうなこと言ったけど、僕と関わったところで相手になんの得があるんだよ……」
僕は君を求めるだの、他者から逃げてはいけないだの、何様だって感じだ。
「自分で顔を武器にしないって決めたはいいけど、なら僕の本当の価値ってなんなんだろう。僕には、なにもないのかな……」
「……ほら、あんなこといまどき、アイデンティティについて悩む中学生か、『何者か』とか言っていつまでもウジウジしてるオタクくらいしか言わないもん……」
「……わたしたちは相手の気持ちとか考えだしたら死ぬしかないような人間性してるんだから、そんなの気にしなくていいのに……」
「一方的な関係なんてありえないのにな……人に何かをしてほしかったら、まず自分からなにかをしなくちゃいけないのに……僕は、ただ僕の顔に惚れただけの女を安全圏から、勝ち確の告白で彼女にしただけ……あれ、それって僕がこれまで他の女どもにしてきたことと何も変わらないじゃないか……エルにそれを指摘されて、一歩前に進んだと思ったのに……ノワキ相手にも同じことをしていた……? 結局僕は自分の思い通りになる世界が好きなクズ……ああ、あああああっ……」
「……え、わたしの彼氏めんどくさっ……」
「……優くんはああいうところがあるからね……」
「……前から思ってたけど、外見きっかけで惚れることのなにがいけないのよ。別にそれもその人の……」
「……ものにも限度があるってことじゃない? というかそんな一般論で優くんが納得すると思う? ……」
「……しないわね……」
「……でしょ……」
「…………まったく、しょうがないわね……」
「……だよね、こういうとこかわいいよねえ……」
……変わらなければ。
この夏、この海で。
僕はもっと、大好きな人にちゃんと好きになってもらえるような人間になりたい。
この三泊四日の旅行は、そんな大切な一夏の思い出にしなければならない。
天高らかに腕を掲げ、僕は大海原に向けて宣言する。
「やってやる! 僕はこの夏、少し大人になってみせるぞ!」
「……なんかすっごく薄っぺらいこと言い出したよ……」
「……これまでの人生の積み重ねがもろに出た感じね……」
「……でもでも、変わりたいと決意した彼氏を陰ながら応援してあげるのも彼女の務めだよね……!」
「……それはどちらかというと母か妻の役割な気がしなくもないけど、それならそれで慣れっ子よ……任せなさい……!」
「……ノワキの渾身のブラックジョークだ、おもしろーい! ……」
「……凍らせるわよ……」
二人はまだ謎のひそひそ話を続けていた。なんなんだろう。
☽
「私もあっち行くんだわ! スグルとお話するんだわ!」
「今はなんとなく三人にしておきなさいな、十六夜さん」
おにーちゃんたちが楽しくお話している間、独り身組のツツジ・さざれ・イチジクは少し離れたところの砂浜に固まって、ビーチパラソルの設営に勤しんでおりました。
「高校生相手に独り身って表現はどーなのレンちゃん!」
『美少女で巨乳なのに高2の時点で彼氏の一人もできたことのないイチジクのような見え透いた地雷女にはお似合いの表現です』
「私に対してだけ辛辣にもほどがないかな!? てかそれ当たり判定デカすぎてレンゲちゃんユキちゃんにも被弾してるからね!」
『いいから口ではなく手を動かしてください』
「レンちゃんも付き合ってよ~!」
人間の営みに手を貸すことのできない私は、泣く泣く助力を断念したのでした。
「わんわんわんわんわんわんわん! 私にはもう時間がないんだわ! 一刻も早くスグルと関係を築かないと!」
「不治の病にでも冒された方のようなことを言ってもダメですわよ、割って入っていい感じの雰囲気じゃないじゃありませんの」
「別にそんなことないんだわ! どうせしょーもない話しかしてないんだわ!」
「それはそうかもしれませんけれど!」
「じたばた!」
「じたばたしないでくださいまし!」
ちなみにさざれは効かん坊のツツジを羽交い絞めにして押さえつけるので精一杯なため、レジャーシートやテントの設置もイチジクが一人でこなしています。頑張ってください。
「心の中で応援するくらいなら手伝ってや! てかてか当たり前のような顔をしてここにいるけどよぉシラガミさん、あんたなんでついてきてんねや」
『おにーちゃんが誘ってくれなくて腹が立ったのでついてきました』
「なんだこのかわいい生き物は! おいで! おねーちゃんがあなたの孤独を癒したげる!」
さて、私は私のやるべきことのために準備をしなくてはなりません。
「あれ、レンも来てたのか」
と、そこで話を終えたおにーちゃん達がこちらにやってきました。その目は決意を新たにした男子の目、神にまで祝福されたその容貌は、つねよりいっそうの鋭い魅力を備えていたのでした。
なぜかその横にいるエーデルワイスとノワキの二人も、なにやら意気込んだ面持ちで張り切っています。三人は夏の暑さにも負けないエネルギーに満ち満ちていました。
『はい、私はいつもおにーちゃんの傍にいます』
「そっか。誘うのすっかり忘れてたけど、来てたならよかったよ」
『ぶーぶー』
私は不満を露わにするのですが、おにーちゃんは取り合ってくれません。そのことがとても悲しく、私は泣いてしまいたくなるのです。しかし人の目もあるので我慢しました。
「スグル!」
飼い主を見つけた犬のように、元気いっぱいの様子でツツジがおにーちゃんの元まで走り寄ってきます。ツツジが夏休みにこうしておにーちゃんと会うのは実に夏祭り振り、二度目のことなのです。この場にいる五人のなかだと最もエンカウント率の低い美少女なのでした。
「この世界の主人公でありメインヒロインである私を、その座から引きずり下ろすような台詞が聞こえた気がしたんだわ」
「大丈夫か? 暑さでそれ以上頭がおかしくなったら流石に笑えないぞ」
「その心配がもう笑えないんだわ!」
ツツジはたいそう直感に優れているため、こちらも迂闊なことを思うことができません。むしろ直感と直感から生ずる思慮によってのみ生きている少女と言うべきでしょう。
☽
とまあ、そういうわけで僕たちは、千葉県某所の海水浴場へ遊びに来ていた。真っ青な海に白い砂浜、激しい陽射しと漣の音、海水浴客たちの笑い声に、僕らのテンションは最高潮。
女子たちが更衣室に向かっているので、僕はその間にテントの中で水着に着替えておく。全部脱いでサーフパンツを履けばいいだけだから、こういうとき男は楽なものだ。
「それにしても、ツツジは強引だよな。勝手に一人で計画立てて……まあ、集団のなかに一人はそういうのいた方がほどほどに盛り上がっていいのかな」
などと、ちょっとした独り言を呟いていると……
「アキラくんドネルケバブです!」
「オレはケバブじゃねえわ」
「そういうのいいので早く買いに行きましょ?」
「待て待て、財布テントのなかに置いてきてんだろ。取りに戻って……」
なんだかとても聴きなじみのある声が、近くからするのだった。
☽
更衣室を利用するのにも200円ほどの料金がかかります。人間とはかくも卑しい生き物です。おかげで私はおにーちゃんからもらったお小遣いを一割も消費してしまいました。
「レン、あなたはわざわざこちらに来なくとも、衣服なんて神術でいくらでも作れたのではありませんの?」
『…………………………』
「意外と抜けてるんですのね」
『200円……』
「そ、そんな悲しい顔しないでくださいましっ」
「でも以外だね、ツツジは『水着は服の下に着てきたんだわー』とか言って、その場で服を脱ぎ捨てるタイプかと思った」
「美少女はそんなガサツなことしないんだわ! ……あれ? ノワとエル、なんでもう肩まで日焼けしてるんだわ?」
「……………………オフショルダー着てたからね。ね、ノワキ」
「……………………ええ。ここのところ暑かったから」
「??」
花も恥じらう美少女のツツジは、不思議そうに首を傾げるのでした。
「ねえあれやろうよやろうよー、なんだその凶悪なおっぱいは! ちょっと確かめさせろ! きゃあっ!? ってやつ!」
「勝手にやってればよろしいじゃありませんの」
「あれは二人用ゲームなんですけど!?」
「ズミ? ここ狭いんだから着替え終わったなら出てってくれる? 優くんの面倒見ててほしいな」
「……なんか最近あたしの扱いひどくないかなあ……? 誰でもいいから胸を揉ませろい!」
「仕方ないわね、わたしが付き合ってあげる」
「ノワが自虐ネタ言ったんだわ! ――ふぎゃんっ!? ひしゃげた! おっぱいがひしゃげたんだわ!」
「弾性をもろともしない勢いですわね」
着替え一つとっても騒がしい美少女たちなのでした。
「おやおやれんちょん、どうして君だけ傍観勢でいられるとおもったのカナ! その幼児体型特有のイカ腹を撫でさせたまへ!」
『近寄らないでください。こちらへ来ないでください、イチジク。あの、やめてくださ……やっ、やめて!』
☽
しばらくして、五人はぞろぞろと戻ってきたんだが……
「どうしてレンはそんなげっそりしてるんだ?」
『イチジクが海で不幸な事故に遭ったらおにーちゃんは悲しむでしょうか?』
「小学校の水泳検定6級だった私をそう簡単に溺れさせられるとは思わないことだね」
どうやらズミがまたちょっかいをかけたらしい。この二人仲良いよな。
「なんか増えてねえか?」
「え、グラドルの方ですか……?」
たまたま居合わせたヨウと狭衣が、面識のないさざれ(のおっぱい)に反応を示す。
「報告にあった芝蘭堂陽と狭衣縁ですわね。わたくし御簾納さざれですの、よろしくおねがいしますわ」
「ほ、報告? ……っておい! なにしやがんだユカリ!」
慌てた様子の狭衣が、ヨウを背後から目隠しした。
「うひゃーっ、なんですかあの人外魔胸は! アキラくんは見ちゃいけませんっ! 目に毒ですっ!」
「毒なんかありませんわよ!」
「ひっ!? ばるるんって音しました!」
やっぱりするよな。
「てことで、ヨウと狭衣とも一緒に遊びたいんだけど、みんないいかな?」
「私たちは別に構わないけど……ユカリたちこそ、いいの? デートだよね?」
エルは二人に対する負い目とかない感じなのかな。
「いいんですよ、大人数でわちゃわちゃするのも楽しいですから! ね、アキラくん!」
「男女の比率がバグってて気後れするがな」
「ねえスグル、あいつら誰? あなたの友達?」
「知らないわけないと思うんだけどね」
見たいものしか見ない少女は視野が狭すぎるのだった。
ツツジ「もっと言えば、別に『白い海』って表現も普通にあるんだわ?」




