43 脳ミソストローでチューチュー啜っちゃうんだわ!
不知森家にほど近いところにある、果野公民館のなかから、二人の男性が出てきました。どちらも白住学院の教師です。
「いやぁ、ようやく市への申請が通りましたね」
「これで数日後からは、ここで臨時の対面授業ですか……いつもと勝手が違うから謎の緊張がありません?」
「あー、分かりますよ。なんならもっとこの雪が積もって、リモートになってくれたら……なんて」
「授業数が足りなくてまずいのは分かっていても、考えちゃいますよね」
彼らは今しがた、公民館の内装チェックを終えたところでした。戸締りをして、鍵をポケットのなかに仕舞います。
「それにしても、なんだったんでしょうねぇ、あの不審火。結局出火元も分かってないんでしょう」
「まさか校舎が全焼だなんて、イマドキ聞いたこともないですよねえ」
負傷者多数、死者1名を出した白住学院全焼事件からもう半月が経ちます。
徐々にあの笑えない惨劇も、人々の記憶の中で大変な笑い話として風化されようとしている――今はちょうどそんなタイミングだったのです。
が。
「――――――《氷瀑》――――――」
魔力を伴ってどこまでも透き通る女性の声が響き、
…………――ッドゴオオオオオオオォォォォォォォォン…………ッ!!
どこからともなく、巨大な氷塊が降ってきました。
それは本来、地面に接する前に霧となって消えるはずのものなのですが……どうやら彼女はまだ、少しばかり魔術の操作が苦手なようです。
「あ、ああぁ!」
「公民館が!?」
消えずに残ってしまった氷塊の一部が公民館の屋根に直撃し、周囲数件の建物ごと吹き飛ばされてしまったのです。幸いにして公民館以外への被害は小規模、怪我人は0で済んだようでした。
「クソオオオオオオォォ!! 申請し直しじゃねえかあああああ!!」
「場所探すのも手続きも大変だったのにいいいいいいいいい!!!!」
泣き崩れる男性教師二人の前を、不知森家へ向かって急いでいる私たちは素通りしました。
『どうやら白住の授業再開はまだまだ先のようですね、さざれ』
「そんなのどうでもいいですわよ!! それより……ああ、間に合わなかった……!!」
猛吹雪の中を全速力で走りながら、さざれは果てしない後悔の念に顔を歪めます。
「今の魔力――リノが……カネコリサマが完全に覚醒してしまいましたわ……!」
『そのようですね。凄まじい魔力量です、流石は半妖と言ったところでしょうか』
私は冷静に分析しただけなのですが、なぜかさざれに睨まれてしまいました。人の心は難しいものです。
そんな私たちの繊細なやり取りなどいざ知らず、おちゃらけモードのイチジクがハイテンションで尋ねます。
「でもでもどうするの? どどどどどーーすんの?? このままシラーちゃんと合流しても、手立てがなくちゃ意味ないぜ!」
「手立てなんかありませんわ! 気合いでどうにかするんですのよ!」
「そうなの? ホズミックちゃんは手立てあるんだけどネ!」
「あるんですの!?」
驚きのあまり足を止めそうになるさざれ。
こんな時までおふざけ気味な空気の読めないイチジクは、彼女の反応に満足したらしく、懐から何かを取り出しま――、――!?
「テッテレレッテ、テ~テテ~、氷目矢~……を模した神具~!」
私は背筋が凍る思いでイチジクから素早く距離を取りました。
……彼女が手に持っているのは、氷目矢……の模造品のようです。見た目こそ小さな楔にすぎませんが、これがかつてとある高名な神を拷ち殺したという神話から、今では強力な神殺しの神器として扱われる、恐ろしい代物でした。
「あれ、あれれぇ? ウチの神社の偉大なるシラガミサマが、びびっちゃってんの? やっぱり神ってこれ怖いんかワレェ!」
『――別にそのようなことはありません。ですが突然目の前に出され、少々驚いてしまうのは仕方のないことでしょう。例えば人間が、安全装置がかかっているからといって拳銃を突きつけられて怯えないというのが難しいのと同じように、神である私は――』
「うえぃ~!」
『ひゃんっ!?』
「ほれ、ほれほれ~」
『や――やめ、やめて――やめてくださいっ』
私に氷目矢を近づけてくるというなんとも低俗な嫌がらせを行うイチジクに、堪忍袋の緒が切れかけます。
「……八月一日さん、そこらへんにしておいてくださいまし」
今この場でイチジクを肉片に変えてしまうこともやぶさかではなったのですが、さざれを巻き込むわけにはいきませんし、なによりおにーちゃんを悲しませたくはないので私は自制することにしたのでした。
「これはねこれはね、本物には効き目は劣るけど、普通に使えるように作ったのです! スーパーの野菜みたいな感じで私が作りましたって写真貼ってもいいかないいかな?」
氷目矢は、それを用いて御魂を拷つことで魔力の巡りを止め、神性を削ぐものなのです。つまり決して神だけにしか効果のない魔道具というわけではありません。半人半妖であるノワキに対しても、それを使うことで魔力を遮断し、カネコリサマの術を解除することができるとイチジクは言っているのでした。
「さらに今回はなんと! 痛くないように、飲み込むだけで効果が発揮されるよう改良してあります! おくすりのめたね♪」
「あなた、とんでもないですわね……」
さざれが驚きと尊敬を一っ飛びでドン引きしていました。
「ともかく、助かりますわ八月一日さん。それがあればリノを――」
と、ちょうど不知森家のすぐ傍にまで差し掛かっていたさざれが、安堵の息を吐きかけた時です。
「ぎゃあああああああああああああああっ!?」
前方から、何者かの悲痛な叫び声が聞こえてきました。
「なっ……これはどうなっていますの……?」
目を向けてみれば、そこには氷柱に全身を貫かれ、氷漬けにされている数人の男の姿がありました。
血塗れの彼らは、よく見ると白住の不良生徒たち。魔力を込めた眼でさらに視界を巡らせてみると、他にも不知森家の周囲に、ちらほらと不良生徒たちが確認できました。さざれが月科に送った生徒を除けば、全員います。
「まさか……またリノにちょっかいをかけて……」
「み、御簾納っ!」
「いいところに!」
さざれの姿を見つけた不良生徒二人が、慌ててこちらに駆け寄ってきます。
「頼む! あの氷から勇樹たちを助けてくれ!」
「何起きてんのかよく分かんねえけど、会長ならなんとかできんじゃねえのか!?」
恐怖に染まった顔でさざれに助けを懇願する二人に、彼女は不快を露わにして対応します。
「あなた方、つい先日わたくしの親友に何をしたのかお忘れですの? どうしてそのような無法者に、わたくしが手を差し伸べなければなりませんのよ」
「そこをなんとか!」
「もうお前らからは手ぇ引くからよ! 頼むよみすのーちゃん!」
「その呼び方がなんとなく気に障ったので、やっぱりお断りですわ」
無視して通り過ぎようとするさざれを、二人は涙でぐしゃぐしゃになりながら引き留めます。
「そ、そんなあ!」
「タツが死んじまうよおおお!」
「…………っ」
そんな彼らの叫びに、文字通り後ろ髪を引かれたのでしょう。さざれは立ち止まり、これ見よがしな溜息を吐きます。
「……仕方ありませんわね」
彼女も損な性格をしているものです。
「ほ、ホントか!」
「春人たち助けてくれんのか!」
ぱあっと光が差したように晴れやかな顔になる不良生徒たち。
「今回だけですわよ。それと、金輪際わたくしたちと関わらないと約束してくださいまし」
「そりゃもう!」
「なんなら学校にも行かねえよ!」
「ちゃんと登校しないとダメですわよ……」
やれやれと腰に手を当て、眉をハノ字にするさざれは、白住学院の魔術師兼生徒会長なのでした。
「八月一日さん、頼めますかしら? わたくし治癒魔術は得意ではありませんの」
「あいあいさー! みすのーちゃんも恰好付けたいところだと思うから、いや私に丸投げなんかい! とか野暮なこと言うのはやめといたげるね! はいこれ氷目矢!」
一言どころか二言も三言も多いイチジクです。
彼女はこんな猛吹雪のなかでも巫女服の袖をはためかせながら、氷柱に刺された生徒たちの元に向かいます。
ようやくうるさいのがいなくなり、私はせいせいしていました。
☽
ああ、ようやくわかったわ――
――わたしは、生きている――
「ねえ、お父さん、スグル、あなた……起きて、ねえ、起きて……」
さっきまであったわたしの家は、わたしの氷でなくなってしまった。
でも大丈夫、わたしはカネコリサマ。
今は、冬は、わたしの季節――
「――《氷柱女房長者屋敷》――」
手を振り、舞えば、わたしの棲み処。氷の宿。
ひんやりしていて、とても心地よい。
ここでなら、いつまでだって暮らしていける。
スグルと、お父さんと、わたしと、わたしの、四人で――ずっと、ずっと――
「ねえ、ほら起きて、二人とも」
「ん…………」
「……ノワ、キ……?」
横たわる二人の体をゆさゆさと揺さぶると、ようやく二人は目を覚ましてくれた。
☽
意識が戻ると、周囲は様変わりしていた。
まず不知森家は跡形もなく、代わりに僕らはすべて氷の材質で作られた屋敷のなかにいた。
窓の外は言うまでもなく、一面雪景色。
「これ、全部ノワキがやったのか……?」
僕がなるべく他意を含ませないように気をつけながら訊ねると、ノワキは薄い笑みを浮かべた。
「ええ、ここならわたしたち、望むままに暮らしていけるわ」
何かに取り憑かれたよう――だったなら、まだよかった。
――正気だ。
「スグル……わたし、あなたの子を産みたいわ。この幸せな屋敷のなかで、次のカネコリサマを、あなたと――」
ノワキは至って真剣に……そんなことを言っている。本気でそれが、僕の、父親の、自分の望みであるのだと、言っている。
「ねえスグル、わたしをお母さんにしてくれる……?」
「悪いけど、こんな寒いところは育児に向いてないんじゃないかな」
「――ふふ。そんなこと?」
やんわりと断ったつもりだったのだが、伝わらなかったらしい。
「――《銀雪恋衣》――」
ノワキがふっと吹雪を吹くと、それらは僕たちの体にまとわりついて、真っ白な舞衣となった。
明らかに雪でできているというのに、あたたかい。衣の内側から人のぬくもりを感じる……不思議な感覚だ。
「みんなお揃いね?」
ノワキ父に目を向ければ、たしかにこいつも同じのを着ている。
「なあノワキ、ここでノワキと暮らすのはまあいいとして、一つ大きな問題があるよ。この男と一緒は嫌だ」
「そりゃこっちの台詞だ! てか元は俺の家なんだから、てめぇが出てく側だろうが!」
別に何が嫌というわけではないのだが、強いて言えば同族嫌悪だろう。
「こら、喧嘩しないの。家族仲良くよ」
「「誰が家族だっ!」」
僕は煮えたぎる怒りを横に立つ男にぶつける。
「真似するなっ!」「真似すんじゃねえ!」
すわ殴り合いの真剣勝負か、と思われた……その時。
「――リノっ!」
ドガアアアアアアァァァァン……と轟音を立てて氷の壁が崩れたかと思うと、そこには白金色のツーサイドアップ。御簾納さざれが立っていた。右手にはメタリックな意匠の剣、<まほろば02>が握られている。
「……ユキ?」
この場に現れるはずのない存在に、ノワキは目を見開いて驚いている。
「ええ、ユキですわよ。助けにきましたわ」
普段通り若干偉そうな態度のさざれの言葉に、ノワキは疑問を浮かべたようだ。
「助けってどういうこと? わたしなにも困ってないわ」
「この状況でそんなことを言えてしまうことこそが問題なのですわ。ともかくリノ、これを――」
と、さざれが何かを左手に握りながら、ノワキとの距離を縮めるべく一歩踏み出したところで――
「――来ないで」
一転して厳しい目つきをしたノワキが、それを拒んだ。彼女の言葉に呼応するように、寒々しい吹雪がさざれに向かい風となって吹きつける。
「っ……リノ! 話を聞いてくださいまし! わたくしは――」
声を張り上げ、懸命に訴えるさざれだが、ノワキには届かない。
「いいの、ユキ。あなたは優しいから、きっとわたしがカネコリサマの力に振り回されていると思って、それを止めに来てくれたんでしょ? でもわたし、今のこの状況が、ここが、いちばん気に入ったの。もうずっとこれでいいの。だから……」
「それでいいはずありませんわ! あなたのお母様は、不知森野風はこんなことを望んだのでは――」
「――邪魔しないで」
ひときわ吹雪が強くなり、さざれは腕で顔を覆ってしまう。
その隙にノワキは、またしても不思議な術を行使したらしい。
「――《島田娘富士白雪》」
呟くと、吹雪のなかから、三つの人影が現れる。
時代劇でしか見ないような髪型と着物の、三人の黒髪美少女だ。
皆10歳前後の見た目をしているが、その容姿はどことなくノワキに似ている。だがこれまでの流れからすると、似ているのではなく、似せたのだろう。その、カネコリサマの雪の力で。
彼女らはノワキが作り出した雪の精というわけだ。
「いちばん右の〈白雪〉は、溶けやすいから注意ね。〈細雪〉は、『きあんちゃん』ってあだ名で呼ばれてるわ。〈深雪〉は目が見えないから手を貸してあげて?」
「リノ、そんなことよりあなたを――」
「しばらく、この子たちと遊んであげて」
ノワキが笑うと、三人の娘は同じくきゃいきゃいと笑顔でさざれに詰め寄った。
「あそんでー」「お姉ちゃんあそぼー?」「ユキおねえちゃんっ」
「ちょ、ちょっと、放してくださいまし……!」
さざれは三人に腕やら制服やらを引っ張られ……口では困った素振りをしているが、どこか満更でもない様子で二ヤついているのを隠せていない。小さいノワキに囲まれ、じゃれつかれ、心中複雑なのだろう。
「だめですわだめですわっ、わたくしはリノを助けなければなりませんのっ」
「……あそんでくれないの?」「わたしたちのこと、きらい?」「ユキおねえちゃん……きらいにならないで……」
「そ、そんな顔をしたって……ダメなものはダメですの……!」
「……ひ、ぐす……」「…………うぇぇぇん……」「わんわんっ」
「あ、あぁ……! よし、よしよ~し、泣かないでくださいまし……?」
「「「じゃあ遊んでくれる?」」」
「う~~~…………、………………ちょっとだけですわよ?」
あれはもう使い物にならなそうだな。




