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41 山また山に、山廻りして、

 最初は、ツツジのために利用しようと考えてた。


 しばらく話すうちに、子供みたいな人だと思うようになった。


 それでいつからか、好きでもないけど、嫌いでもない人になった。


 ――『あなたのことが、好きでもないけど、嫌いでもないのよ』


 これは上野動物園でも言ったことね。


 きっとあなたもあなたに対するわたしの気持ちを、今もそんな風に捉えてるでしょ。別に仲は悪くないけど、恋愛関係に発展するほどではない、とか。優しいお節介焼きだとか。そんな風に。


 だとしたら、とんでもない勘違いね。


 あなたはなにも気づいていないわ。鈍感系ではないと自称していたけれど……本当のところでは、どうなのかしら?


 でも、それはわたしも同じことね。


 わたしもなにも気づいていないのかもしれない。


 だって、最近、分からないのよ。


 これ、わたしの気持ちよ。でも、これはわたしの気持ち? 分からないわ。


 あなたを想うわたしは、わたし? それはどこにいるの? それは誰なの?


 ――スグル。――スグル。――スグル。


 あなたはいったい何者なの? あなたは誰?


 どうして、あなたはそこにいるの?


 そこにいるのに……わたしを見ないの?


 ――いえ。


 そもそもわたしは、あなたに見てほしいの?


 そんな必要、ないじゃない。


 ――『わたし、目の美しさには自信があるわ。あの子よりずっと綺麗なものばかりを映しているもの。満天の星空みたいだってよく言われるの』


 わたしはね、見たいものしか見ないの。自分が綺麗だと思うものしか映さないの。だから、わたしはわたしなのよ。――カネコリサマなの。


 ――『ツツジみたいに、見えてないのねって言ってあげられない。だってあの子が見てるものが、わたしには見えないもの。でも、それでいいんでしょ? わたしはただ目の前のあなただけしか見えない。あなたもそう。この形ある美しいものしか見えない。ほかの、見えもしない美だなんてもの、この目に映そうとは思わない。それで……』


 ――『それでいいんだ。ノワキは、できればそのままでいてほしい。……いて、くれるか?』


 あの時、あなたはたしかにそう言ってくれた。それでいいと言ってくれた。お互いに、お互いのことなんか見なくていいって。それでもあなたがわたしを好きになってくれるって……お互いに思ってたわ。


 それがあなたなんだと思ってたわ。


 ――『あなたは言葉が軽いから、どこに本音があるか掴めないのよ。もっと正直になれない?』


 だからあんなことが言えたのよ。


 ――『ねえスグル、今のは本音だったのよね。本音をそんなつまらなそうに言う人いないわ。難しいのよ』

 

 あなたを分かってるみたいに言って。


 ――『難しいのよ。今までサボってきた分、頑張って。あなたが嫌になるまで、わたしは付き合うから』


 あなたを想ってる素振りをして。


 それでいいじゃない。あなたがそれを許してくれたのよ?


 でも――……もう違うの?

 

 スグルは、変わろうとしてるの?


 わたしは、変わりたいと思ってるの?


 わたしたちは、もしかしたら、ツツジのようにならなければならないのかもしれないわ。


 でも――


 でも――……


 でも、わたしはカネコリサマだから。


 やっぱり。

 

 カネコリサマとして、わたしとして、ノワキとして、ノカゼとして、あなたを見るわ。


 そうしたら――……


 ……ああ……


 わたしは。


 わたしは、あなたが、とっても愛しいわ。


 ずっと分からないことばかりなのは嫌よ。


 でも今まで通りにあなたを見たら、全部分かる。


 あなたを愛してる。


 ――冬は冴え行く時雨の雲の、

 ――雪を誘ひて山廻り。


 ええ、ええ、ええ……


 とっても気持ちがいいわ。とっても嬉しいわ。


 もっともっと、雪やこんこ、霰やこんこ……


 わたしはわたし、飄颻(ひょうよう)たること流風の雪を迴らすが若し。


 雪やふれふれ、雪やふれ――


 暁(あかつき)梁王ノ苑ニ入レバ 雪群山(ぐんざん)ニ満テリ――


 わたしはわたし、カネコリサマ。


 ねえ、ねえ、あなた……


 ――愛しているわ、スグル――


「……いいわ。料理してあげる」

「……! 本当か!」


 ――ほら、あなただって笑ってくれているわ。


 わたしとってもうれしいのよ、わたしとってもしあわせよ。


 それでいいわ、それでいいのよ。わたしがいるのよ、あなたもいるのよ。


 ねえ。


 それなのに……どうして? 


 何が不満で、わたしたちは、苦しんでいるの?


 どうしてこんなに……苦しいの?


 ………………でも……


 そんなこと、気にしても仕方ないことね。



   ☽



 神社で魔力補給のために参拝客を待ちぼうけしていると、イチジクがなにやら大慌てで出かけて行ったので、追いかけてみます。


 十中八九、この雪景色についてのことでしょう。

 

 彼女は途中でさざれと合流し、辿り着いたのは私立水分高校。


「ツツジ知ってる? フグの白子を食べ過ぎると妊娠しちゃうんだよ」

「そ、そんなの嘘なんだわ……!」

「美少女で友達である私の言ってること、信じてくれないんだ?」

「……! 信じるんだわっ!」

「んふふ」


 おにーちゃんの教室にて、美少女たちが歓談しているところに、


「リノはどこですの!?」


 訪問というよりは怒鳴り込みといった方が適切な形相のさざれがずかずか入り込んでくるなり、そう叫んだのでした。


「うわ、三人目の不法侵入者……」


 ちなみにがっつり授業中だったのですが、教師も生徒も既に適応済みだったので、さざれに振り向きすらしませんでした。


「源さん! リノは今日ここに来ておりませんの!?」


 さざれとエーデルワイスの二人は先日、魔術絡みで万代を経由して顔合わせを済ませていました。


「えっと、さっき来たけど……優くんが――」

「保健室に連れて行ったんだわ!」

「けど多分あれは嘘で、本当はノワキの家に連れて帰ったんじゃないかな?」


 ツツジがしょんぼりしていました。


「リノの家ですわね。ありがとうございますわ」

「でも、どうしたの? そんなに慌てて。たしかにノワキ、躁鬱みたいになってたけど……」


 この時さざれは相当苛立っていたのでしょう、普段なら秘匿するようなこんなことまで、捨て台詞として置いていってしまったのですから。


「――リノが、カネコリサマになろうとしているんですのよ!」


 言うまでもないことですが、突然の積雪はノワキの魔力が原因です。この銀色世界は自身の秘めたる力に自覚のない彼女が、完全な魔術師として覚醒する前兆なのでした。


「……みんな、ニギホもいるよー……」 


 根暗陰キャモードでボソボソ声のイチジクが、申し訳程度にアピールしていました。あなたはとっととさざれの後を追わなければならないでしょうに。


「シラガミサマ? もし見てたら、優くんのこと守ってね」


 にこー。


「な、なんか私だけ仲間外れなんだわ……!?」


 唯一事情を知らされていないツツジが半泣きでした。



   ☽



 水分高校からノワキの家まで、徒歩で移動したとしても40分程度で着く。そんな僅かな間にも、空から降る白い綿の勢いはどんどん強まっていた。気づけば、もう20cm以上の積雪となっている。

 

 果野市は県内でも豪雪地帯扱いなので雪には慣れている。時期外れがすぎるとはいえ、雪自体に驚きはない。


 だというのに……


「おい……どうなってやがんだ……?」


 僕らが不知森家に着くと、ノワキの父親がタンクトップ姿で外に出ていていたので、首を傾げてしまう。


 男は、険しい視線を空に向けてその顔に雪を浴びている。


「引きこもりの無職のくせに、外に出ることもあるんだな」

「ちょっとスグル」


 挨拶してみたら、ノワキに小突かれてしまった。


「……お前か……?」

「は?」


 男は、僕を見るなり怒り心頭と言った様子で近寄ってくる。


「てめぇがノワキをそそのかしたのか!」

「……っ!?」 


 そして、僕の肩をガッと掴む……というか、痕ができそうなレベルの強い力で激痛を与えてくる。


「やめてお父さん、そそのかされたかと言われれば、されたかもしれないけれど……」


 否定してるのかしてないのか微妙なことを言いながら、やんわりと僕と父親を引き離すノワキ。


「てめぇ分かってんのかよ、この雪は……っ!」


 が、そこでハッとして言葉を止めるノワキ父。なにやら娘を気にしている様子だが、どうしたのだろう。


「いや、ちょうどいい。僕もその話をしに来たんだよ」

「え、わたしの料理は……」

「それもちゃんと!」


 そんな悲しそうな顔をしないでほしい。

 

「そうか――よッ!」

「――ウッ!?」


 ノワキ父は僕から離れる……と見せかけて強烈な腹パンをかまされ、僕は雪の上に膝をついて蹲ってしまう。


「スグル!」

「…………平気だよ」


 一瞬だけ軽めの吐き気が迫ってきたが、なんとか地面の真白色を、胃の中でドロドロに混じり合ったシンフォニーで汚すことは避けられた。


「この俺に刃ァ向けたことはこれでチャラにしてやる。次はねえぞ」


 今日の不知森家は、なかなか手厚い歓迎だった。

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