40 どうしてそこまで料理にこだわるんですの? 女は家事でもしてろってことですの!?
母さんには週末、友達の家に泊まると言ってある。この手の突然の外泊はここ一年でも何度かあったことなのでそれほど不審がられることはないだろう。むしろ何度もあるのだから、そろそろ僕がぼっちではないと信じてほしいものなのだが。
「でも優くん、本質的には友達いないよね? 芝蘭堂くんのことも……なんというか、“親友”というキャラクター性が好きなだけで、彼自身のことはどうでもよさそう」
「僕とヨウの友情は本物だよ!」
「あははっ」
「なんで笑うんだよ……」
不穏な会話を展開しながら、僕らは三日ぶりの地元へと向かう電車に揺られている。
果野市は長野市からほど近い場所に位置している。東京から長野までJR北陸新幹線で移動した後は、長野電鉄に30分ほど運ばれたら更科家の最寄り駅だ。ちなみに果野駅、元は各駅停車しか停まらなかったのだが、『更科優』目的の観光客が増えた影響で、数年前から特急も停まるようになった。自分の存在が地元の経済を左右している状況はなんとも居心地の悪いものだが、これは普通に嬉しい。
「え……?」
――ふと、笑顔で車窓から外の景色を眺めていたエルが、奇妙な声を上げる。
「どうした?」
「優くん、見て……」
言われるままに、窓の外へと視線を向けると……
「――!」
そこでは、満目の『白』に塗り替えられた街並みが、次から次へと通り過ぎている。
まるで街全体が眠りについてしまったかのように……灰色の空から、しんしんと、家々の屋根に、木々に、道路に降り積もっているのは――雪だ。
『――まもなく 果野です――We will make a brief stop at Kaya――』
ちょっと目を離しているうちに……もう七月に突入するはずの果野市が、見事な雪化粧を施されていたのだった。
「優くん……梅雨って、寒すぎる年は雪も降ったりするんだっけ……?」
「いや、この時期にそこまで気温が低下するなんてことない……よな?」
「そうだよね……なら、異常気象……?」
言いながら、スマホを操作していたエルが、今度は訝しむように眉をひそめた。
「なんでだろう……呟いてる人、いるにはいるんだけど、少なすぎる気がするよ」
僕もTwitterにて『雪』『長野 雪』『果野 雪』『梅雨 雪』などで検索してみるが、数件ほど驚きのツイートが散見するばかり。これは時間の問題だろうが、今のところニュース速報にもなっていないようだ。
このリアクションの少なさから、導き出される結論は一つ。
「かなり限定的な……果野市のなかでも、ここら一帯だけの異常気象なのか?」
「うん……なんなんだろうね……」
しかし電車が走っているということは、まだ積もり始めたばかりなのだろう。これが数時間遅れていたら、電車は遅延するか、最悪、運行見合わせになっていたかもしれない。間一髪だったな。今はともあれ、無事に果野に帰ってくることができた現実を喜ぼう。
☽
まあ、多少の異常気象が起ころうが、学生である僕らのすることは変わらない。
僕らが今日帰ってきたのは、今日が週の始まり、月曜日であり、学校があるからだ。ツツジやノワキたちとのデートのために何度も学校を早退するなどしているのでイマイチ説得力に欠けるが、僕はあいつらとは違い、学校はちゃんと行っておきたい派だ。
学校に行けばノワキに会えるかもしれないというのもある。台風や吹雪ならまだしも、この程度の積雪なら学校は通常時程で行われるだろう。
というわけで、一度家に帰って母さんに声を掛けたり制服に着替えたりしてから、学校へ向かった。
教室に入れば、そこには……
「スグル! ゆーきやこんこ、あーられーやこんこ!」
雪が積もっていつも以上にはしゃいでいるツツジとご対面。
「おはよう、ツツジ」
「おはようだわっ」
「ノワキ来てない?」
「来てないんだわ」
などと話し合っていたら、グッドタイミング。
「………………」
なぜか無言で現れた銀髪美少女。不知森野分。
「ノワ、おはようだわっ」
「………………」
「ノワ……?」
ツツジが彼女の前で手を振ってみるも、どこかボーッとして反応が薄い。
「おい、ノワキ? どうした?」
すると、彼女はゆっくり、ゆっくり顔を上げて……
「……………………あなた……?」
僕を見ながら、そんなことを言ってくる。
その呼び方は……僕のことじゃないな。
「――誰かと見間違えるような見た目してないだろ、僕は」
意趣返し的にそう言ってやると、
「…………スグル」
「ああ」
「………………スグル…………!」
ノワキがどうしてか震えた両手を、こちらへおずおずと伸ばしてくる。僕はとりあえず望み通り、その両手を取ってみる。
「――!」
僕は思わず、その場で一歩引いてしまった。
な……
なんだ。
この――凍てつく冬のような冷たさは。
触ったことなんてないが――おそらく死体だって、ここまで冷たくはならないぞ……。
「スグル……!」
さらに、理解が追いつかないことには……目の前のノワキが、ぼんやりとした目で僕を見ながら、ボロボロと涙を零し始めたのだ。
「な……どうしたんだよ、本当に。大丈夫……じゃないよな。とりあえず、保健室行くか?」
「スグル、スグル、スグル……わたしはわたしよ……わたしは……そうよね……スグル……」
ぎゅぅっと握る手の力を強めて、はらはらと涙を落とすノワキが、何かを確かめるようにそう連呼している。
「……行くぞ」
心配そうにするツツジやエルを置いて、僕はノワキと共に廊下に出た。
そのまま彼女の手を引いて――学校を後にする。
保健室などと言ったのは人目があったからだ。明らかにこれは、ノカゼ関連の不調。ならば学校などにいない方がいい。
……外はしんと静まり返っている。この雪だ、車の通りはなく、行き交う人もまばらである。明らかに梅雨寒の度を超えた寒気に、薄手の僕らは身を震わせる。
「……あれ……スグル? いつの間にいたの?」
「お、正気に戻ったか」
銀色の髪に雪がついては溶けていき、ノワキのツインテールはどこかキラキラと輝きを放って見える。
「おはよう、スグル」
「ああおはよう、それよりノワキ、家に帰るぞ。体調悪そうだからね」
「え……?」
雪の降り積もる路地に足跡をつけながら、僕はノワキを連れ立って不知森家へと向かう。
「ま、待って。なに? どうして? ……というか、手……」
どうやら先程までの記憶がないらしく混乱した様子のノワキは、なによりまず自分の手が僕の手と繋がれていることに気づくと、その語気を弱めた。
なに、どうして……か。僕もよく分からないよ。自分がどうしてこんなことをしているのかも、今何がどうなってるのかも、これからどうするのかも。なにも分からない。
それは悪い言い方をすれば――流れでそうなっている、に過ぎない……のかな。
これほど無計画な行動は取ったことがない。なんなんだよ一体。
――違う。
しっかりしろ。僕は大好きなエルのために、エルのお願いを実行しようとしているんだろう?
ノワキともう一度話をする……とかいう、なんとも漠然な願いのために。
「どうしてって、それはこっちが聞きたいよ」
「え……?」
「………………」
このまま無言の強制力でなんとなく家に行ってもいい気もするが……そうだな。
理由の一つくらいは持っておかないと。それが指針になるかもしれない。
僕はその場に立ち止まって、しっかりとノワキを見据える。
「その……金曜はごめん。いろいろと」
「まったくよ。せっかく作ったお弁当はあんな風にされるし、わたしにたくさん酷い言葉を浴びせるし、挙句お父さんを殺そうとするし……わたし、とってもとっても悲しかったわ。こうやって今もお話してあげてることを、あなたはありがたく思うのよ」
そう考えると懐が広すぎる女だ。
「それで、なんだが……」
――どうしてだろうか。別に本音ではないと言うのに、ただの理由づくりだというのに……妙に緊張する。
緊張、緊張だ。僕は緊張しているのだ。僕は……緊張しているのか。
これはきっと――生まれて初めての感情だ。
「ノワキさえよければ……また、料理をつくってほしい。今度こそ、ちゃんと食べるからさ」
僕は、この言葉を発することに緊張していたのだ。
「今日は朝も食べてないし、昼も持ってきてなくて……だからさ……」
「………………」
「……やっぱり、ダメか?」
ノワキがずっと口を開かないので、流石に却下されるかと思っていると、
「……あなたの彼女がここにいたら、『面の皮が厚すぎる』って呆れられてるわ」
「それはたしかに……って、え?」
同意しかけてから、僕はその発言がおかしいことに気づく。
「ノワキお前……エルがそういうこと言う子だって、知ってたのか?」
「……意味がよく分からないわ。あの子ならそれくらい言うでしょ」
……そうなのか。僕には、突然エルが変貌したように思えたんだが……実は、そうでもなかったのか。
人によって見えているものは違う。そんな当たり前の常識を、今更再認識する。
「つまりスグルは、今日もわたしにお昼ご飯を食べさせてほしいの?」
「ああ。ノワキのがいい」
僕が肯定すると、瞬間、びゅうううぅぅっと僕とノワキの間に吹雪のような突風が通り過ぎ、彼女のツインテールを大きく揺さぶった。
それが過ぎた後の空は、どこか雪の降る勢いが増したように思われた。
「……いいわ。料理してあげる」
「……! 本当か!」
ノワキが僕の願いを了承してくれた。たったそれだけのことが、なぜだかとても嬉しかった。
「……もう。おかしいわね」
そんな僕の反応を見て、笑みをこぼすノワキ……。
い、いや。落ち着け。これはノカゼだ。ノワキでありノカゼなんだ。
僕は、そうじゃなくて……
――本当のノワキと、話がしたい。
「…………」
「……どうしたの? スグル」
ようやく一つ、なにか定まった気がした。
フェミニストのさざれ「女性が家庭的であるべきという家父長制の生み出した錯誤を正すのですわ!」




