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30 これこそがわたしのセカイ。

 父の素行が、妻との死別を機に改善されたかといったら、まったくそんなことはなかった。わたしを守ってくれる存在がいなくなった今、父の害意は、そのままわたしに向けられるようになった。

 

 ナンセンスで直接的な物言いをすれば、父は、妻の死を乗り越えられなかったのだ。


 ――その時、わたしは9歳だった。


『……ひっ……ぐずっ……う、ぇぇ…………』


 わたしは泣いていた。家で泣いていた。泣き続けていた。ひたすら泣いていた。ただ泣いていた。


 悲しい。


 悲しい。


 悲しい。


 悲しい。


『びーびーうっせえな!! てめぇのその声が気に障んだよッ!』

『ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさい……っ、ごめんなさいッ!!』


 泣くと叱られた。泣くと怒鳴られた。泣くと殴られた。殴られて、痛くて、泣くと殴られた。お父さんに殴られた。


 痛い痛い痛い痛い。


 苦しい苦しい苦しい苦しい。


 ――殴らないで……傷つけないで……わたしはお父さんが好きだよ……殴らなくなって、わたしはお父さんが好きだよ……


 その痛痒に終わりはないように思われた。その水火に際限はないように思われた。


 ――わたしがいるよ……だから、そんなに辛そうな顔しないで……お父さん、わたしはお父さんが大好きだよ……そんなに、自分を苦しめないで……


 それは次第に、体の痛みか、心の痛みか、区別がつかなくなった。

  

 わたしは今、悲しみに泣いているのか。


 わたしは今、痛みに泣いているのか。


 きっと、どっちもだ。


 考えても仕方がなかったから、とにかく泣いた。泣いていた。わたしはそれしかできなかった。それしかすることがなかった。それをすればよかった。泣いている間は、泣いていればよかったから。泣いている間は、泣いているだけで許されたから。泣くときは、泣くということをすればそれでよかったから。泣くことで、何かしている気になれたから。


 だからわたしはその頃、きっと自分から泣いていた。


『……お母さん……お母さん……』


 その頃にはママをお母さんと呼ぶようになっていて。


『お母さん……どこ……?』


 わたしは泣きながら、ぐずぐずになった目を擦りながら、お母さんを探し始めた。


 それは、身を焼くような悲しみに耐えかねて。地獄の業火にも勝る苦しみが、父の与える痛みが、わたしの背中をそっと押して、母の影を求めさせた。


 四六時中、家のなかを歩き回った。

 

 居間を探した。玄関を探した。浴室を探した。便所を探した。応接間を探した。父の部屋を探した。わたしの部屋を探した。屋根裏を探した。


 探した、探した、探し続けた。


『…………あ……』


 その果てにたどり着いた、


 そこはお母さんの部屋。


 なにもかもがそのままになっている、お母さんの部屋。


『…………』


 その隅。


 その隅に置かれた、鏡台。


 鏡台の前に、わたしは立った。


『………………いた』


 ――いた。いた。いた。


 鏡のなかに、お母さんがいた。


『ああ……ああ……』


 薄暗い部屋のなかでも輝いている、美しい銀色の髪。


 死んだときのそれより、いくらも幼い顔立ちだけれど。


 それは間違いなく、お母さんだった。


『……ああ…………!』


 その時、わたしはすべてを理解した。すべてを悟った。


『……おかあさん……』


 わたしが鏡に手を伸ばすと、鏡のなかのお母さんも、わたしに手を伸ばしてくれた。


 ――鏡越しに、わたしたちの手が合わさる。


『「――――ええ。……もう泣かないの、ノワキ」』


 鏡のなかの母が口を開いて、そこから発されるのは母の声だった。


『お母さん……お母さん……! ――「大丈夫よ、そんなに呼ばなくたって、もういなくなったりしないわ」』


 そう言って、お母さんは微笑んでくれる。生きていた頃となにも変わらない笑みで。わたしの大好きな、母親の笑みで。


 ――そうだ、そうだ。


 母は確かに死んだ。そして、生きていたのだ。


 心臓を刺されて血を流した。そして、無事だったのだ。


 わたしの前からいなくなった。そして、いるのだ。


 お母さんは、もうどこにもいない。だから今、ここにいる。


 ――すべて、すべて――……すべて、理解した。


 世界が啓けるようだった。否、それは最初から分かり切っていたことだった。分かっていたのに、目を背けていた。それが自然なことだから。死んだら、死んでしまう。いなくなったら、いなくなってしまう。それが普通だから。そうならないとおかしいから。だからわたしは脳の機能を、無意識に制限していたのだ。


 でも今は啓かれている。わたしのセカイに限界はない。


 ――わたしは、この人だ。


 ――この人は、わたしだ。


 ――子は、母だ。


 ――母は、子だ。


 カネコリサマの娘が、カネコリサマなら。


 わたしの娘が、わたしなら。


 わたしが、わたしの母でもあった。


 ――だって、同じカネコリサマなんだから。


 不知森野分は、不知森野風だ。つまりカネコリサマだ。


『ねえ、お母さんは、本当にお母さんだよね? ――「なあに、いきなりどうしたの?」 お母さんは、お母さんだよね? ――「そうよ。わたしは、あなたのお母さんよ、ノワキ」』


 ノワキはノカゼだ。


『じゃあ、わたしは? ――「え?」 わたしは、誰? ――「あなたは、ノワキ。お母さんとお父さんの、大事な子、大切な家族よ」 それは、わたし? ――「そうね。あなたよ」 あなたは? ――「わたしよ」 わたしは、誰? ――「わたしは、ノカゼ。あなたのお母さん」 そっか』


 不知森野分は、ノワキは、ノカゼで、ノカゼが、ノワキで、わたしは、わたしは、わたしは、ノワキで、ノカゼで――


 不知森野風は、ノカゼは、ノワキで、ノワキが、ノカゼで、わたしは、わたしは、わたしは、ノカゼで、ノワキで――


 わたしはお父さんの妻。わたしのお母さん。 


 わたしはお父さんの娘、お母さんの子。母の娘、父の娘。


『お母さん。ここにいたんだね。 ――「そうよ。わたしはずっといたわ。いいえ、ずっとここにいるわ」 どこからもいなくなっちゃったと思った。 ――「そんなことないわ。まだまだ、あなたが大きくなるのを見ていたいもの。まだまだ、お父さんを支えてあげたいもの」 わたしも。 ――「あなたも? なら、とってもうれしいわ」 うん。だからお母さん、わたしのなかにいたんだね。わたしのなかのどこにでもいるんだね。 ――「ええ、だってわたしは、あなたのお母さんだもの」』


 ――――――わたしは――


 不知森野分は母の娘でノワキで野風が妻で父の妻で娘がわたしは娘でノワキの


母がノカゼはお母さんの娘が不知森野分はお父さ

                   んの娘でノカゼがノカゼがノワキの娘の娘の娘の子の子の子

                のノワキの母がノカゼが不知森野風    がわた

                    しはわたしはわたしはノカゼノカゼ       ノワキノワキノワキノワキノカ

 ゼノカゼノワ  キノカゼノワキノ


  カゼノ


        カゼノワキのか



           wぜあのあk騎亜   


                         wのあわこおのあかぜ

       かうぇwのあ¥のあwきあwkokoa



しらうzのおたいのあじゃぜはあw wのkじでのかえzで、わたし。



 わたし。


 のわき、のかぜ、のののののののののののののののののの ののののの


の のの のののののののののののののののののののののののののののの     ののののの

 の の    のののののののの      ののののののののののののの     ののの

     のの



  の           のののののの ののののののののののののの     のののののの  のののののののののののののののののの


 ののののの       のののののののののののののののののののののののの               のののののののののののののののののののののののののののののののののの

  ののののののののの


ののの ののののの     ののの

    ののの      のの  ののののののののの




     のの


ののののののの    のののののののの     ののの

  のののののの   のののののの        ののののの

      のののののののののののののののの ののののののののののの のののののののの

   ののののののののののの    のののののののののの   のののののののののののの             のののののののののの   ののののののののののののの   のののの のののののののののの      のののののの のののののの  のののののののののののののののののののの のののののののののののののののの


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                          ???????  ??????????????????????????????????????????











          わたし。













 謎だらけね。気が狂っているわ。理屈が破綻してるわ。この時のわたし、変なクスリでもやってるのかしら? 


 でも大丈夫、わたしはぜんぶ分かってる。


 わたしのセカイは明快だ。


 セカイは矛盾で満ちている。セカイは不合理で満ちている。わたしはつねに自己批判を重ねながら、日々、新しいわたしへと成長している。前進し続けている。


 わたしは矛盾だらけ。だからこそ、何も正しくない。だからこそ、すべて正しい。なにもおかしくない。なにもおかしい。なにもおかしい? なにもおかしいなんて、へんてこな日本語ね。でもだから正しいの。分かるでしょ? ええ、分かるわ。だってわたしだもの。あなたはわたしだもの。わたしはあなただもの。お母さん、あなた。


 ……ふふ。変なの。


『……そうね……』


 ――人間とは、かくも度し難い生き物だ。


 こんな簡単な問題一つに、泣いて、悩んで、ともすれば人生を無駄にして、縛られてしまう。


 そういう時は、一度目を閉じて。


 心を落ち着かせて、息を吐いて。


 そうして、自分の一番大切なものを頭に思い浮かべて?


 あなたの原点はなに? どうしてそうまでして、悩んでしまうの? あなたがそれほど一生懸命になれる、その理由を思い出して?


 そうすれば、あなたの進むべき道はきっと拓けてくれるはず。


『――わたしは、わたしだ』


 わたしもまた、こんな仕方のないことで悩んでいたのだ。


 探している者は、ずっとここにあったというのに。


 全身から、すっと力が抜けるように、張り詰めていた気持ちが、霧となって消えていく。


 随分と、体が軽くなった気がする。


 心に余裕ができたわたしは、なんだかくすぐったくなってしまって。


『――もう。おかしいわね』


 自分に呆れるような微笑みを一つ、鏡のわたしに向かって浮かべてしまうのだった。



   ☽



 ――さざれから、ノワキのすべてを聞き終えた僕は。

 

「………………」

「三度目はまさかの無視ですの!? いくらなんでも更科さん、おふざけの度が過ぎて……」

 

「…………事実……なのか……」


「……はい?」


 僕はさざれの肩を掴んで、大きく揺さぶりながら、


「今お前が話したことは、事実なのかって聞いてるんだ!!」

「っ!?」


 今にも爆発しそうな気持をどうにか抑え込みながら、さざれを問い詰める。


「答えろ! ノワキが自分のことを母親でもあると思い込んでるっていうのは、確かなんだな!?」

「ちょっ、い、痛いですわっ……怖いですわよ……!」


 さざれの怯えた顔を見て、自分が冷静さを欠いていたことを自覚する。


「……っ、……悪い」


 僕はさざれから離れて、その場に座り込んだ。


「その……あまりむやみにわたくしの魔力を吸収しようとするのは、やめてくださいましな……」

「え?」


 俯きかけていた顔を上げると、さざれはなぜか顔を赤くして照れていた。

 その顔はなんというか、明らかに……


「……なんで発情してんの?」

「なっ――この、あほあほあほ! あほたれ! すけこまし! あんぽんたん! 淑女に向かってなんてこと言うんですのよおおおおお!?」

「い、いたっ、いたたっ」


 図星を突かれてマジギレした涙目のさざれが、腰から取り出した<まほろば02>の腹で僕の頭をドスドス叩いてくる。頭がかち割れそうだ。


『さざれ、それ以上はおにーちゃんの首から上がホームベースになってしまいます』

「…………」


 レンに忠告されたさざれが、渋々といった様子で剣を下ろしてくれる。


「お、落ち着いたか?」

「……ええ。……これで最後にして差し上げますわ」

「痛ッ!?」


 予想外の追い打ちは卑怯だ。


「これに懲りたら……あなたはもう少し、自分が『更科優』であるということを自覚してくださいまし」

『おにーちゃん、さざれはあの「更科優」に強気に迫られたため、雌としての本能を刺激されてしまったのです』

「言い方ですわあああああああああああああ!!!」 

「そっかそっか。慌ててたから、僕がめちゃくちゃイケメンだってこと忘れてたよ」

「…………」


 すかさずさざれがジト目で睨んできた。僕にどうしてほしいんだよ。 


「……それで。あなたはなにをそんなに動揺していたんですのよ?」

「……ああ……いや」


 それを正直にさざれに言う気には……なれない。


「ほら、話が話だっただろう? だから少し、驚いちゃったんだ」

「本当ですの? なにか気になることがあるのなら、今のうちに聞いておいたほうが予後もよろしいのではありませんの?」


 僕のことを気にかけてくれる目の前の少女に、素直な気持ちを告げる。


「優しいな、さざれ」

「で・す・か・ら!」


 これもダメらしい。


「……では、本当になんでもありませんのね? ならばリノに関する話は、これで終わりですわよ」

「うん。十分だったよ。ありがとう、さざれ」


 ……本当に。十分だった。


 僕は先刻の、ノワキの異変の理由について知りたかったんだ。


 僕はあの家でノワキと会った瞬間、なにか違和感を覚えた。

 普段と違う装いだったとか、そういう類のことではない。何かもっと根本的に、違う――別人を相手にしているような、違和感。


 しかし――別人、それもあながち間違いではなかった。


 さざれの話を信じるならば、あれは――ノカゼ。ノワキの母親だ。


 自分をノワキであり、またノカゼであるとも思い込んでいる、ノワキだ。


 しかし問題はそこじゃない。あの家にいる時のノワキがノカゼであろうと、彼女が父親に虐待を受けていようと、僕には関係のない話だ。


 ――だが。


 だが……ならば家の外にいる時のノワキは、誰だ? あいつは普段、どちらのつもりで僕と接している?


 普通に考えるならば、ノワキだ。ノカゼでもある彼女を見て僕は違和感を覚えたのだから、そうでない、いつもの彼女は、ノワキであるはずだ。それならば何も問題はない。


 だが――


 ノワキは、友人想いだ。幼馴染のさざれと仲良しだ。親友のツツジに甘い。そして……僕にとても優しい。


 だが――それはノワキの、本来的な在り方ではないはずなんだ。


 僕らが特別なんだ。さざれが特別に幼馴染だから、ツツジが特別な親友だから、僕が特別な経緯から、彼女にそうあることを頼んでいたから――だからノワキは、僕らに対しては特別に優しいのだ。


 そんな外れ値を、そんな例外を除いた場合――彼女はどんな人間だ?


 自分と、自分が認めた数人以外の誰に対しても冷たく、横暴な人間だ。学校で不良を束ねて好き勝手しているろくでもない人間だ。ツツジと一緒になって犯罪行為に手を染めているような悪辣非道な人間だ。本人もそれを自認している。


 ――『――わたしは自分がなによりかわいいの。わたしさえよければ、他の誰がどうなろうと知ったことじゃないわ』


 それは先月の中旬、彼女と初めて話した時に聞いた言葉だ。


 今までの僕はこれを、そういう建前だと思っていた。ツツジのために僕とつながりを持つための、そういうポーズなのだと。だからこそ僕は、こんな彼女の謙虚な姿勢を、美徳だとすら考えていた。


 だが違った。彼女は確かに、その言葉の通りの人間だった。


 彼女は自分以外がどうでもいいのだ。ノワキである『わたし』以外が、本当に、どうでもいいのだ。


 ならばどうなる? あの冷徹な、自己中心的な、ツツジのような性格が、ノワキの本来の性格だというのなら――


 僕に対するあの態度は、すべて、ノカゼのものであったことになる。


 ――ふざけるなよ。


 ――ああ……とんだ勘違いだ……人生で初めての、『自惚れ』だ……。


 僕はあまりに愚かな自分の考えに、笑ってしまう。


 ……ノワキが僕に惚れてしまったんじゃないか、だって?


 まったく笑わせる。何を寝ぼけたことを言っているんだ。そんなわけないじゃないか。


 ――あいつは、僕を見てすらいなかった。


 全部ノカゼだった。僕と話していた女は、僕に共闘を持ちかけた女は、僕に微笑んだ女は、僕に弁当をつくってきた女は、不知森野風だった。


 ああ、ああ、それなら納得がいくよ。あの家で、僕の頭を撫でて、妙に母親みたいな言動が目立ったのも全部。「母親みたい」じゃなかったんだな、あいつは本気で「母親」のつもりで、僕を宥めていたんだ。だから、だから僕はあの時――


「…………はは」


 ああ、分かってるさ。そもそもこんな風に考えることに、意味なんかないって。これはただの捉え方の問題に過ぎないって。どれだけ自分をノカゼだと思っていようが、それは結局のところノワキが考えるノカゼの行動でしかない。ならばそれも含めて、全部が全部、ノワキのしたことだ。


 ノワキとしてのノワキ、ノカゼとしてのノワキ。


 その二つを持ち合わせて、使い分けながら、今日まで生きてきたすべての振る舞いが、今の「不知森野分」を形作っているのだから。それを無理やり、これが彼女で、それは彼女ではない、などという風に断じてしまうのは、全くの無意味であると。全部を受け入れて。すべての彼女を受け入れて。


 ノワキでも、ノカゼでもない、ただそこにいる一人の「彼女」と、接していけばいいのだと。そう考えればいいのだと。……分かっている。


 理屈ではわかっているけれど、僕はそんな風には考えられない。だってそうだろ? ……あれは、ノカゼだ。そりゃ本人からしたら、どちらも自分であるのかもしれないけど……僕からしたら、あれは、ノカゼだ。


 彼女はただ機械的に、感情の動かない事務処理のように、目の前に立っていた子供のような存在の、面倒を見ていただけ。それが僕であるか、そうでないかなど、彼女には関係がない。


 それが、分かってしまうのだ。


「ああ……そういえばそうだったな、ノワキ……」


 ――『……あなたとわたしが、容姿の問題とは別のところで少し似ているかもしれないから、とか。……』


「あの時、言ってたもんな……たしかにそうだな……」


 ノワキは、同じだ。僕と同じことをしているのだ、彼女は。


 ――母親という大きすぎる存在に、縛られ続けて。


 ――そのセカイには自分以外誰もいないと、本気で考えている、彼女は――


 僕と、全く同じだ。


 そして……だからこそ、分かってしまう。


 彼女が……不知森野分という少女が、更科優という男のことを、どうでもよいと考えているのが。


 彼女には根本的に、家族しかいない。ノワキと、母と、父と――


 それ以上セカイを広げようだなんて、考えてすらいないことが、分かってしまう。



 あいつは、ノワキは――僕のことなんか、眼中になかったのだ。



「……ああ……これは……」


 ……とても……――腹立たしいな。

 

「……本当に平気ですの? 更科さん」

『おにーちゃん』


 全ての感情が一巡し、もはや悩むことなどなにもなくなった僕が顔を上げると……


「なんでもないよ。さざれ、今日はありがとうな」


 訝しむように眉を顰めるさざれと、気遣わし気に僕を呼んでくれるレンの姿が、妙に曖昧だった。

ツツジにも本性が……


「美こそすべてだわ!」

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