18 御魂とか関係なく、普通に女たらしですわよね、あなた。
ある日――というのは、白住が燃えてから迎えた初めての土曜日。6月17日。
僕はシラガミや神眼の件についてズミと話をするために、三手白神社の社務所を訪ねた。
「あ、こ、こんにちは……スグルくん……」
迎えてくれたズミは紅白の巫女服に身を包み、どもりまくってる。素の彼女だ。
一体なんでだろう……と思いながら、案内された部屋へと到着すると。
そこには意外な人物が……二人もいた。
「先日ぶりですわね、更科優」
プラチナブロンドのツーサイドアップが眩い……たしか、白住三女神とかなんとかの一人で生徒会長の、御簾納さざれ。
「あらあら……スグルくん、息災かしら?」
そしてもう一人……こっちの方が何倍も驚きだ。どこかの貴婦人みたいな、穏やかな大人の雰囲気を醸している……源、万代。万代さん……エルのお母さんだ。
「え……なんで二人がいるんだ?」
と質問したところで、それがどれだけ愚かなことか理解する。
シラガミについて話す場にいるのだから……そういうことなのだろう。
「えっと……実は三人は裏で繋がってたとか、そんな感じなのか?」
「い、いえ……たまたま……二人は、本当にたまたま、近くにいただけで……」
「わたくしだって驚きましたわよ。まさかシラガミが祀られる三手白の社を、ホズミの巫女が管理しているだなんて」
「?? なに、ズミって有名人なの?」
「あなたこそ何を言ってるんですの? ホズミと言えば……伊勢神宮の斎王、鹿島神宮の物忌様、翡翠の舞姫、霜神社の火焚き乙女などと並んで……日本九巫に数えられる有名な巫女じゃありませんの」
「僕を学者かなんかと勘違いしてるか?」
オタクはオタクでも、神話系はあまり明るくないオタクなのだ、僕は。
「二、ニギホは……その中で一番新しい巫女、だから……代々『九』の字を、名前に、持ってて……」
「それでそんな変な名前なのか」
「や……やっぱり変、ですよね……」
しまった。ズミを悲しませてしまった。僕はズミに悲しんでほしくないのに。
なんとかしなければならない。
とはいえ、上手い言い訳が思いつかない。
ゆえに、僕は思いの丈をそのまま伝えることにした。
「名前は変だけど、ズミのことは好きだよ」
「~~っ」
ズミは顔を真っ赤にして喜んでくれた。良かった。僕はズミが好きなので、喜んでくれると嬉しいのだ。
「まあ、情熱的ね」
「…………」
しかし僕は、それが選択ミスであることを悟る。
万代さんに、すごく見られていたのだ。
……よく考えたら、今のは恋人の母親の前で他の女に好意を伝えてしまった形になるのだ。エルとの今後の関係のためにも、万代さんに悪い印象を持たれたくはない。謝らなくては。
「ごめんなさい」
僕はこれが大事になることすら覚悟していたのだが……当の万代さんから返ってきたのは、こんな言葉だった。
「なあに、いいのよ。私ね、スグルくんにはエルだけじゃなくて、いろんな子と関係を持ってもらいたいの」
「え……?」
「強い男は上質の女をたくさん所有して輝くものだもの、ね?」
「……なあズミ、さざれ……魔術師の恋愛観ってこんな感じがスタンダードなの?」
「万代さんは極端ですけれど、一夫多妻の傾向は強いですわね」
知らない世界だった。知らないことばかりで、先程から質問ばかりだ。
「つ、強い雄は……ヤリまくり、モテまくり……厳しい競争社会……」
そう聞くと一般的な世界とあまり変わらない気もするけど。
「あ……もしかして、万代さんがエルの転校とか諸々、すんなり了承してくれたのって……」
「ええ。そうよ。あの子を見て、魔術絡みの問題だってすぐに気づいたわ。それで三手白へ参拝したって聞かされた時、エルが《恋患いの伝道者》に選ばれたんだってピンときたの」
ピンときちゃうんだ。
「だから、あの子の目が見えるようになったって聞かされても、あまり驚きはなかったわ」
……僕からしたらありえないと感じちゃうのだが、そういうものなんだろうな。
まあそうでもなければ、「目が見えるようになったから盲学校やめて彼氏が通ってる長野の高校に転校したい!」などという色ボケ娘の無茶な願いを叶えたりはしないか。
「スグルくんもね、こっちだと……いえ、こっちでも? ちょっと注目されてるのよ、特殊な御魂の持ち主だって」
「ああ……それはなんか、ズミに前々から言われてました」
「……ま、魔力を……集める、引力みたいな……力の御魂……」
「そう、スグルくんと、シラガミと、源家……みんな魔術関係。それに、果野市はあの御簾納家の庇護下でもあって安心でしょ? だから、引っ越してもいいかなって思ったのよ」
「わたくしたちは別件でこの地に居着いてるだけですので、そう言われるとむずがゆいですけれど……」
魔術界隈にも色々あるらしい。
だが……初めてさざれと会った時、こいつは僕に惚れる様子がなかったから、何かあると思ってたんだが……要するに、ズミと同類だったわけだ。魔術に通じているから、僕の御魂? の力をある程度遮断できる、と。
……もしかして、僕の平穏な日常は魔術の世界にこそあるんじゃないか? 例えば魔術師のコミュニティ――そんなものがあるのか知らないが――に属せば、そこには僕の容姿を見て狂ってしまうような人はいないのだから、僕は一般人として暮らせる! 最高じゃないか。
「なあ、さざれ」
「おすすめしませんわよ」
「そんな顔に出てたか?」
「生まれ持った御魂の性質で悩むあなたが真っ先に考えそうなことですわ。けれど……平穏無事を送りたいならばこそ、こちら側とは距離を置くべきですわ」
ほぼ初対面みたいなものなのに、めちゃくちゃ僕の心情をくみ取ってくるさざれからは……
その雰囲気が、なんとなく伝わってくる。それは謂わば、アンダーグラウンドの世界なのだろう。一般人がおいそれと足を踏み込んではならない……というような、とても危険な……
「白住学院が全焼したのは見ていましたわよね」
「なんなら巻き込まれたよ」
「あれは魔術によるものですわ」
「……なるほど」
あんなのが日常茶飯事になるのなら、それはたしかに、平和とは程遠そうだ。今の僕の日常とどっこいどっこいだな。
「私がね、エルに魔術のことを何も話していないのも、同じ理由なのよ」
「同じ……?」
「これを聞いたら、スグルくんやあの子は私たちをひどい親だって思うかもしれないけど……エルに魔術を覚えさせていれば、あの子はもっとずっと小さい頃から、視力を得られたはずなの」
「え……」
「人体とは御魂の表象。それすらも結局は、魔力の塊に過ぎませんわ。魔力を扱うとは、御魂の、人体の働きを内部から操ることでもありますの。五感の補助くらい、魔力でどうにでもなりますわ」
「魔術師の、間で……魔力による視力矯正は……け、けっこう……メジャーだよ……なんなら、ニギホも、ちょっとやってるし……」
ズミ、目悪いんだ。眼鏡かけてるズミも見てみたいな。きっとかわいい。
「エル、《片恋目》を没収されたでしょ」
「……はい。昨日、シラガミが僕たちから回収しに来ました」
今言った通りの経緯から、僕たちにはもう特別な力がなくなっていた。ゆえにエルが盲目に戻るのも、残りの魔力が尽きるのを待つばかりかと思われていたのだが……
「あの子の目に関しては、もう問題なくなったわ。一度御魂に魔力が通る感覚が馴染めば、魔眼の力がなくとも視力補助が可能だわ。訓練すれば、キューちゃんの魔力補給もいらなくなるはずよ」
「……! 本当ですか」
万代さんもズミのことキューちゃん呼びなんだ。
「でも……それなら、なおさら、どうしてエルに魔術のことを黙ってたんですか?」
「だからこそ、よ。ねえ、スグルくん……魔力によって、生まれ持った人間の特質を捻じ曲げてしまうだなんて――そんなの、異常でしょ?」
「…………」
「いいですこと、更科さん。魔術だなんて本来、人間の手には余る力。使うべきでない異端の能力。……少なくとも日本の魔術界では、それが共通見解ですのよ」
それゆえ……既に知ってしまった人間はともかく、一般人には魔術の存在を秘匿し、その力に頼らず生きることを正道としている……ということか。
「エルにはね、魔術のことなんて知らないまま生きてほしかったの。私の家は無駄に古いから変に敬われたり、疎まれたりで大変なのよ。……そんな事情は何も知らないまま、暮らしてほしかったの。知っちゃった今となっては、もう無理に止めようとも思わないけどね」
「……生涯エルが全盲のままだったかもしれなくても、ですか?」
「ええ。そりゃあ昔はね、これが親のエゴかもしれないと悩むこともあったけど……最近は、ちゃんとあの子のためだったって、自信を持って言えるようになったわ」
「それは……どうしてですか」
万代さんは、まっすぐに僕を見て言った。
「だって……あの子は目が見えなくたって、あなたみたいな優しい子をしっかりと見つけられるくらいには――強かに育ってくれたもの?」
……そんな言い方をされたら、僕にできるのは万代さんへの感謝くらいしかなくなってしまうじゃないか。
「その……こんなこと言っていい立場か、分かりませんけど……万代さん。エルのお母さんでいてくれて、ありがとうございます」
「私にスグルくんのお母義さんをさせてくれたら、もっと嬉しいわ」
「あはは……」
僕は言葉が軽いと、ノワキに何度も言われているが……このような場面で、それを強く痛感する。
僕は確かに本心から感謝を告げたはずだし、万代さんは嬉しそうに微笑んでくれている。何も問題はないはずなのに……いまいち、僕のこの本気が、相手に伝わっている気がしない。僕がどれだけ万代さんに感謝しているのか……一体どうすれば、この果てしない心の丈を余すところなく表すことができるのだろう。
このもどかしさを、僕はエルに、ヨウに、ズミに……僕の愛する者に対して、常に感じるのだった。
「シラガミとエーデルワイスさんに関する現状は、万代さんが話した通りですわ。今後も魔眼関連での話し合いの場を設けたいのですけれど、よろしくて?」
「ああ。僕は門外漢だからな、そっちの意向に全面的に従うよ」
「し、シラガミは……境内に、なんとか居てもらってる、よ……いついなくなるか、分からない……けど……」
「あいつ近くにいるのか」
今回はシラガミについての情報共有――といっても、ほとんど僕への説明会だが――が目的だったのだ。その目的は達したと言えるだろう。あとは……そうだな。
「さざれ。この際だから聞いておくけど……僕の周囲に、これ以上魔術関係の人間はいないよな。ツツジもノワキも、一般人だよな?」
「十六夜さんは素質はありそうですけれど、何も知らないはずですわ」
「ノワキは?」
僕は当然、すぐに「一般人だ」との答えが返ってくると思っていた。
しかしさざれはどういうわけか、なかなか口を開かなかった。
まさか……ノワキも魔術師だなんて言うんだろうな――などと考えていると……
彼女はしばらくしてから、なんだか浮かない表情で――
「あの子は……一般人ですわよ。誰が、なんと言おうと……普通の子ですわよ……」
――しかし、どこか親友を労わるような優しい雰囲気を湛えながら、そう言うのだった。




