17 ノワ、私のいいところ100個言ってみて! ……ノワ? 早くするんだわ?
月曜の朝に玄関のドアを開けると美少女だった。学校に行きたくなくなった。
「おはようスグル! 今日も私と関係しましょ!」
「前から思ってたけどセックスの隠語みたいね」
「えっちだわ……」
「朝から騒がしいね。おはよう」
僕は仕方なしに二人の方を向く。白住の指定セーラー服に身を包んだ、二人の美少女の方へ。
「わたし朝弱いから、いつもよりローテンションかもしれないけど、よろしく」
「自分のキャラをネタにするのは最後の手段だろ」
片や、現実離れした白銀の長い髪を二つに結んでいる、落ち着いた雰囲気の小柄な美少女――不知森野分。
「うずうず、うずうず、だわ!」
片や、黒髪の……黒髪……?
「あれ、ツツジ。イメチェンした?」
「したんだわ!」
それに気づいてもらいたくてうずうずしていた美少女、十六夜躑躅。自らの嬉しさを表現するため、この年にもなって恥ずかし気もなく全力で万歳している。恥ずかしいやつめ。
今のツツジは……一言で言えば、地雷系だ。
黒髪のところどころがピンクメッシュで、さざれのツーサイドアップと似た髪型であるハーフツインテールが、ピンクのリボンで結われている。
服装もよく見たら、学校のセーラー服「っぽい」だけで全然違う。ツツジが着ているのは、セーラーの襟や裾にフリルがふんだんにあしらわれた、ピンク襟のワンピース。
さらに、なんかいつもより身長高いなと思ったことには……これまたピンクのリボンとかハートのチャームとかがついてる、ヒール10cmくらいの厚底ブーツを履いていた。
「どう? 装い新たな地雷系ツツジちゃんだわ!!」
「なんでまた急に」
「スグルとの奴隷契約を反故にされちゃったから、別の関係を模索中! その一つがこれなんだわ!」
「なるほど?」
「それで、どうなんだわっ、似合ってる?」
両腕を広げ、若干丈の長い袖から指だけ覗かせながら、ツツジが上目遣いで聞いてくる。
「似合ってるよ。かなり好きな部類だ」
「ホントだわ? かわいい?」
「かわいいよ。特に目元をいじってないのがいい」
「や、やったわっ!」
僕は二次元美少女の地雷系ファッションが好きなのだが、唯一、涙袋だけには否定的だ。あんな蜂に刺されたみたいに腫れた目のどこがいいのだろう。
ツツジは三次元美少女ではあるが、髪型やアクセサリー、服装は様変わりしているものの、顔はそのままだった。これはかなりの加点要素だ。
「私はそもそもお化粧あんまりいらないんだわ! それくらいかわいいから!」
「僕もそう思うよ。ツツジが地雷系に挑戦するなら今のそれが一番自然で魅力的だ」
「ねえねえノワ、なんか今日のスグル、とっても私のこと褒めてくれるんだわ! 嬉しいわ、嬉しいわっ」
ノワキと手を繋いで、ほんのり赤くなった顔を綻ばせるツツジ。
「わんわんっ」
嬉し鳴きまでしている。
……どうせエルのことは知られてしまったんだ。無理にこいつらを好きになることもなくなったんだ。
以前のように素っ気ない態度は、僕がこいつらを好きになる前に、こいつらが僕を好きになるのを避けるためのポーズだったのだから、もうあまりする必要のないことだろう。
これからは多少素直に振舞うことにする。
「よかったわね」
ノワキは……微笑ましそうにしてはいたものの、いまひとつ納得のいかなそうな顔をしていた。
「あんまり気にしてもしょうがないんじゃないか?」
「なんの話?」
知らぬふりを通すノワキは、突如、僕にしなだれかかるように腕を腕に絡ませてきて、
「ねえ、わたしはデートのお昼がミラノ風ドリアでも満足できるわ」
「変な角度からのアピール」
すると、銀髪美少女は困ったように眉をハノ字にする。
「スグルは地雷系が好きなの?」
「ノワキはそのままが一番だよ。こんな綺麗な銀髪を染めるなんてもったいない」
いや、銀髪ってことはもう染めてるのか? まあいいや。
「な?」
「……なんの話?」
どうやら満足いく回答だったらしく、僕から離れてくれた。
「ところで、なんか三人で登校するつもりらしいけど、僕は自転車通学なんだよ」
「いいの? ありがとう、優しいのね」
「いや、ノワキに自転車を譲るとかそういう話はしてないよ」
世界が自分中心で回りすぎだ。
「僕は自転車で行くからお前ら置いていくけどいいか、って聞こうとしたんだけど」
「大丈夫だわ、スグルなら遅刻しても許されるんだわ!」
「僕も徒歩確定なんだね」
こうなることは分かっていたので、そもそも自転車の鍵を持ってきていない。僕としてはこの予想が裏切られることを望んでいたのだが、つくづく自己中な美少女どもだ。
☽
結局、僕たちが教室に着いたのはホームルームから30分ほど経ってからのことだった。
既に一限が始まっており、教壇に立つ担任教師へ、僕は自己申告。
「すみません先生、遅刻しました」
「不問に付します」
「それであの、余計なの二匹ついてきちゃったんですけど……」
「不問に付します」
「付しちゃだめよ」
「スグルの担任、化粧濃い上に不真面目で存在価値ないんだわ?」
「9割お前のせいだよ」
ツツジが何度言っても学校に不法侵入してくるせいで、学校側は、もう白住三美神については「ないもの」として考える方針だ。この世界は美少女に都合がよすぎる。二人もセカイ系のヒロインくらい苦しめばいいのに。
「なんで? なんでまだ二人が優くんといるの??」
当然の成り行きとして、エルがこちらにやってきて語気も強めに問い質す。余裕がないのか、僕のことも「優くん」呼びになっちゃってる。
ゆるくウェーブした癖毛の金髪を揺らして、彼女は目くじらを立てている。魔眼を失ったものの、諸事情により視力は失っていなかった。
「エル、今は授業中だよ」
「そんなのどうでもいいよ!」
「そうなんだ」
視力を得た代わりに失ったものは大きい。等価交換の原則的にも妥当だろう。
中学時代の常識的なエルはもういないのだった。いや、今も普段はまともなんだけど。
「優くん、遅刻もこいつらのせい?」
「めちゃくちゃこいつらのせい」
「二人になにかされたの?」
「家の前で待ち伏せされてた」
「どういうつもりなの? ツツジ」
「スグルと同じクラスなのね! おはようだわ、エル!」
「話聞いてくれないどころか、私になんの罪悪感もなさそうなの怖すぎるよ……」
エルはドン引きしていたが、さもありなんだ。
彼女からすれば、ツツジとノワキは彼氏にまとわりつく害虫なのだから。
「ノワキ?」
予想外なのは、ノワキがなぜか僕の背中に隠れていることだ。チビで華奢なのでそのシルエットは僕の背中にすっぽり入っている。制服が伸びるから、あんまり引っ張らないで欲しい。
「わたし、あの子と相性悪いの」
「お前と相性いい子なんているのか?」
「別に喧嘩する気もないのに、話してると自然と言い合いになるのよ」
言われてみると、そんな気もする。基本的に一般人に対しては失礼な態度をとりまくるノワキなので加害者のイメージが強いが、エルと相対した際はその限りでもないような……これに関しては馬が合う・合わないという次元の話だ。仕方ない部分もあるだろう。
「優くんも二人にまとわりつかれてイヤだよね」
「そんなこと……あるかもな」
「ねえスグル、わたしの味方してくれないの?」
「いや、別に――」
「当たり前だよ。だって優くんは私の……、私……の……っ」
そこで言い淀む。けど、言い淀む意味あるかな。授業中に教室の前でこんな言い合いしてたら、もうクラスメイトにはバレてるんじゃない?
「源さんってあんな感じの子だったんだね?」「いつも更科くんたちと一緒にいるけど、喋ってるところはあんまり見たことなかったよね。わりと元気な子だね」「ていうかあれ修羅場じゃない?」「更科くんは存在そのものが修羅場でしょ」「たしかに~」
「ヨウ、お前って意外と女の好みは当てにならない感じなの?」「ちげぇ! ……はずだったんだが……?」「まあ、なんだ、ヨウ。振られたのも悪いことばかりじゃなかったんじゃないか?」「そうだぜ、そんな落ち込むなよ!」「お前がBSSですらない何かで心をめちゃくちゃにされたって、俺達がいるじゃねえか!」「元気出せ! プギャー!」「てめぇらここぞとばかりにイジりやがって!!」
どうやら、僕の遊んでるイメージのおかげで大ごとにはならなそうなのは、不幸中の幸いだな。エルのイメージがダウンしてるのは、まあ、半分くらい自業自得だろう。
「私はただ優くんに、銀とピンクメッシュとかいう地雷感満載の髪色してる人たちと一緒にいてほしくないだけなの!」
「は? ねえエーデルワイス、あなたちょっと独占欲強いんじゃない? だいたい金髪の人に髪色のことなんて言われたくないわよ」
「これは地毛だもん!」
「わたしもそうなんだけど?」
「地毛が銀色の人間なんていないんだよ!」
「うるさい!」
今や普通に外見で人を判断する一般人になってしまった金髪のエルと、そんな彼女と相性が抜群に悪い銀髪(天然なわけなくない?)のノワキが、言い争っている。
「……スグル、ごめんなさい。わたしあの子と仲良くできそうにないわ」
「そうみたいだね」
エルもノワキに対しては、どことなく攻撃的だ。やはり二人は「合わない」のだろう。
「優くん、ちょっと来て。二人で話そう? あいつらの撃退方法、一緒に考えようよ!」
「そうだね。あ、先生、一限は僕たち欠席ってことでお願いします」
「分かりました」
「ピンクメッシュもかわいいんだわ!」
「今更どうしたツツジ」
「わんわんわんっ、二人の剣幕がすごくて入っていけなかったんだわ……」
僕がエルと共に教室を出ようとすると、ノワキに制服をつままれ、引き留められる。
「わたしの肩を持ってくれないの?」
「普通、彼氏は彼女の肩を持つんだよ」
「普通はでしょ」
「……今回喧嘩ふっかけたのはエルの方だ。ノワキは悪くないと思ってるよ」
エルに聞こえると都合が悪いので、ノワキの耳元で、小声でそう伝える。
「…………まだまだ言葉が軽いわ、あなた」
本人は気づいていないだろうが、先ほどまでわりと泣きそうな顔をしていたノワキは、少しだけ笑顔を取り戻してくれた。……僕は、これを嬉しいと思った。
☽
適当な空き教室で、僕とエルは例のお騒がせ美少女コンビについて話し合っていた。
「エル、僕はさ、君に友達を作ってほしいんだよ」
「友達……?」
「ああ。せっかくシラガミがいなくなってからも、目が見える状態が続くって分かったんだ。これまでの交友関係は、僕と部活、どちらかの繋がりに限定されたものだっただろ? だから友達も少なかった」
「友達が少ないのは私の性格のせいだよ」
それはその通りだ。
「狭衣と話してるエルは、とても楽しそうだったんだ。僕はそれを見て嬉しいと思った。これは僕の本心だよ。分かるだろ?」
「……うん」
「僕はね、エル。エルに、あの二人と友達になってくれたらなって思うんだ。特にツツジなんてエルに友好的だろ? もちろん、無理にとは言わないけどさ」
右手でエルの頬に触れる。彼女は僕の手に頬をこすりつけるように頭を動かしながら言った。
「……ツツジとは、仲良くなれるかも」
「ホントか?」
「うん。あの子は、変だけどいい子だから」
それはエルが美少女からそう感じるんだよ。
「…………不知森野分は……」
「無理そうか」
「……多分、ソリが合わないんだと思う」
似たようなことを言うあたり、実は相性良かったりしないかな……とは思うものの、相容れないものを無理にくっつけても仕方ない。
「最悪ノワキは無視でいいよ。僕が言いたいのは、最初から相手を拒絶するのは悲しいってことだ」
どの口が言っているんだろうな。本当に。
「そう……だよね」
「たしかに迷惑な奴らだけど、あいつらだって悪気はないこともないけど、根はいいやつとも言い切れないけど、それでもさ」
「本当に『それでも』って思ってる!?」
「…………」
僕は答えられなかった。これ以上の追求が……色々な意味で怖かったからだ。




