sect.10 紅い月
ドクン・・・
いや正確には、それは正確な表現でないのかもしれない。
なぜならソレは生物でなく、本来無機的な生命を持たぬはずのモノだから。
だがその塊は、微かに波打つ表皮の下に生命的な躍動を感じさせた。
まるで魂のある生物であるかのように。
ある時はヌシ神と呼ばれ、またある時にはエンゾ、そして生体金属などと呼ばれたこともあったが、そんなことはソレにとってどうでもよい事だった。渇きにも似た衝動を満たす以外のものは、何の意味もなかった。
つい先日まで流通拠点として、人で賑わっていたエルザの町。
今ではそれが幻だったのかと疑いたくなるほどに、そのどこからも生命の気配が消えていた。
かつて二百年前、ソレが幾度となく造り出してきた無人の廃都。
それと同じ光景がふたたび周囲に広がっている。
捕食行為によって得られた、遺伝情報からの本能的知識なのだろうか。
個体を守るため、そして種を守るための生存本能。
人の集まる地域で大規模な捕食を行うことは二つの効果があった。
エネルギーと遺伝子情報の摂取を効率的にできること、そして他の生物を排除して密集地帯を造り上げている人の町から捕食あるいは逃走させることで人を消せば、そこは害をなす生物が何もいない無害地域と化す。
無防備状態となる脱皮状態においても、何も害のない安全地域に。
他の生命の脱皮がどういう意味を持つにしろ、ソレが脱皮を行なうことには大きな意味があった。
摂取してきた情報の精査。
つまりは強制的進化の促進。
より生存能力の高い個体に変貌するための"儀式"なのだから。
この数十日間で取り込んできた情報は、許容量を超えて今にも暴走しそうだ。
雑多な意識がせめぎ合い、重なりあい、拒絶し合い、混沌とした世界に閉じ込められている。
だが同時にそれらがドロドロに溶けあい、グチャグチャになって混ざり始めているのをソレが感じているのも事実だ。
やがてそれらは一つに融合して生まれ変わるだろう。
脱皮という儀式を通じて。
だから今はじっとして、その時を待っている。
エルザーク広場。
エルザの中心と名付けられたその場所で、ソレは静かにたたずむ。
その時は近い。
空には紅く色づいた月がぼんやりと浮かんでいた。




