sect.31 追走
「あ、危ないオババ!」
レヴナと交戦するシャンネラたちを上空から見下ろす船の中でニトが叫び、のぞき窓に張り付くニトの周りを他の乗組員たちが取り囲むように寄ってくる。
「大丈夫です、親分の操作テクニックは我が団の中でもダントツですから」
乗組員がニトを諭すようにつぶやき、その言葉を証明するかのようにシャンネラが体勢を立て直す姿が小さく見えた。
「でもいくら操作が上手でも、このままだといつかやられちゃうよ!ねえ、この船からレヴナを攻撃できないの?」
ニトが隣に立つ男に、焦りをにじませた表情でたずねる。
「ダメです。そんな事をしたら、親分たちにも当たっちまいますよ」
男は眉間にシワを寄せて首を振る。
「それに」
「ん?」
「これはもうレヴナを倒すことだけが目標ではないんです。それだけが目標なのだったら、こんなまどろっこしい事を親分がハナからやっていませんよ。あくまでレヴナを倒すという建前はありますが、実質的にはヌシ狩りの民との連携テストシミュレーションの方がウエイトとしては重い」
「だったら、どうしたら・・・」
ニトはこぶしを強く握りしめて肩を震わす。
「僕も行ってくる・・・」
「ダメです!」
走り出そうとするニトの腕を男が掴んで止めた。
「なんで止めるんだよ!?」
「坊ちゃんが行ってもどうにもなりませんよ、それに親分と約束してたじゃないですか。下には降りないって」
「くっ」
ニトは数刻前のシャンネラとのやり取りを思い出して、奥歯を強くかみしめる。
「くそっ、僕がもう少し大人だったら・・・」
ニトは伏し目がちに消えそうな声でつぶやいた。
そんなニトを背後から見ていた、ひとりの女性が口を挟んでくる。
「それはちょっと違うんじゃないかなぁ、たぶん・・・」
「どういう意味?」
「う~ん、うまく説明はできないけど、大人だから危ない所に行ってもいいんじゃなくて、信じて待つことができるから大人として認められるっていうかぁ」
「よくわからないよ!」
「そうですね、あたしも分かんないやぁ。アハハハ」
「ダメじゃん・・・」
ニトは張りつめていた気持ちをそがれて肩を落とす。
「でも見て、なにか動きがあるみたいですよぉ」
そう言いながら女性が指差す先では、シャンネラたちが次の行動に移ろうとしていた。
「コイツ、思ってた以上に知恵がありやがる」
忌々しそうにシャンネラがつぶやき、数台のスライドボードがレヴナを取り囲んで旋回している。
「しかし、なぜ追いかけてこない?」
レヴナはまとわりつく虫を追い払うかのようにスライドボードを攻撃はしてくるが、そこからさらに深追いしてくる気配がない。
「ヤツの縄張りでこれだけやっているんだ、怒りは相当に溜まっているハズだ。体に刺さった槍みたいな棒と、引きずっている大木による疲労とダメージがそれだけ大きいのか?」
たしかにレヴナの傷口からは膿があふれ出て、そこから何とも言えない悪臭が漂っている。
(だったら・・・)
「いいかい、お前たち!すぐに逃げられるよう、気を引き締めて準備しとくんだよ!」
シャンネラはそう叫びながら懐から二丁拳銃を取り出すと、レヴナに向けて構える。
「それなら自分が狩られるほどの身の危険を感じれば、ワタシたちを消そうと追いかけてくるはずだ!」
ターン、ターン
あたりに響く二発の銃声、そして放たれた銃弾は悪臭を放つレヴナの傷口に吸い込まれるように消えていった。
ブフォォ・・・
地響きのような振動と、耳を覆いたくなるようなレヴナの咆哮。
巨大なヌシは体から湯気をあげながら、その身を震わす。
(来るか!?)
だがレヴナは痛みに耐えるかのように、身を震わせたまま動かない。
「ならば、もう一発!」
ターン・・・
銃弾はたしかに狂牛の体に命中したが、今度は何も反応がない。
「どうなってるんだい・・・?」
と、その時だった。
ブゥン!!
レヴナが勢いよく体をひねると、その巨体につながった大木が振り子のようにシャンネラに迫る。
シャンネラはとっさにハンドルを切って大木をかわすが、鋭利な切り口が彼女の腕をかすめる。
だが一呼吸おいても何も変化がないので大丈夫だったのかと思われた頃になって、シャンネラの服の袖が突然真っ赤に染まりだした。
「シャンネラさん!?」
「ガタガタ騒ぐんじゃない、こんなもんで死にゃあしないよ!」
とっさに叫び声をあげたユマを、シャンネラがぴしゃりとなだめる。
だがそこで空気が変わる。
ズ、ズズズ・・・
レヴナが苦痛に顔を歪めながら、大木を引きずり動き出した。
「今だ!目的地に向かって、ヤツを誘導だ!」
シャンネラが大きく叫び、全員がスライドボードのハンドルに力を込めた・・・。
「ちょっと、なんなの!?こんなの聞いてないよ!」
ユマが疾走するスライドボードの上で叫ぶ。
というのもユマを含めた全員が草原をフルスピードで駆け抜けていたが、レヴナとの距離を引き離せずにいたのだった。
大木を引きずっているレヴナはそれだけでも大きなハンデを背負っているというのに、逃げるスライドボードの背後から勢いよく迫り、その巨大な角で攻撃してくる。
その度に数台のスライドボードは、蜘蛛の子を散らすように散開しては難を逃れていた。
「ユマ気を付けて!障害物に捕まったら、即終わりだよ」
「わかってる!」
前方からの風圧で目を細めながら運転するユマがシュカヌに答える。
実際のところ、また岩にぶつかりそうになる危険を防ぐために、ユマはスライドボードを大人の背丈以上の高度で走らせていた。そのため動力源であるエナジークリスタの消費は激しくなるが、とてもそんな事を言っていられる状況ではなかった。
「ユマ、そっちに行った!」
遠くからシャンネラの声が響き、背後から威圧感をまとった影が迫る。
「ひゃぁ~、きた!」
「ユマ、左だ!左が安全だ」
「オッケー」
ユマはシュカヌの言葉に短く返事をすると、急旋回で左折する。
ブゥン!
空を切るような音と共に、レヴナの大きな頭がユマたちの横をかすめていく。
「ひゃぁ、間一髪セーフ!」
ユマは背中に冷たいものを感じながら、それを紛らわすように大きな声で叫ぶ。
「・・・ねえ、ユマ。スライドボードって、水の上を走るときのスピードってどうなるの?」
「なんで今そんな事をって・・・、あっ」
そう言いかけたユマの視線の先には、長く巨大な川が広がっていた・・・。




