sect.23 前哨戦
ヒックルたちの群れを暴挙によって追い払い、悠々と草を食むレブナ。その姿を遠目に見ながら、気配を消して迫る影があった。
大きな犬に跨がり、四方からレブナを囲い込むように近づく影はジリジリと、しかし着実にその距離を縮めていく。
ブゴッ・・・
レブナは未だその異変に気づく様子もなく、口のまわりから唾液を滴らせながら草を食むのに集中している。
やがて二十歳前後と思われる若い女を乗せた一匹の犬が、草むらのなかに身を隠すようにして立ち止まった。女は自身の背丈と同じくらいの長さもある筒を、背中から息をひそめて手に取ると、その先端をレブナに向けて構える。
「(じっとして動かないでよ・・・)」
ゴクリと女が唾を飲み込む音が小さく響く。
シュバッ・・・!
筒の先端から長槍のような棒が、勢いよくレブナに向かって放たれる。先端にはカギヅメのついた鋭利な矢じり、その後方には丈夫なテグスのような紐が付いて筒とつながっている長槍は、放物線を描くことなく一直線にレブナの左肩に突き刺さった。
グモォォォ・・・
咆哮にも似たレブナの巨大な叫びが辺りに木霊する。レブナは白く濁った瞳を、長槍の飛んできた草むらに向けると、勢いを付けて飛びかかろうと身をひるがえす。
シュバッ、シュババッ!!
今にも走り出そうと力を溜めているレブナを、さらに数本の長槍が襲う。右脚、背中、脇腹と立て続けに槍を打ち込まれたレブナは怒りで我を失う。
「今だ!」
子供のような容姿をした少年の掛け声で、槍を放った者たちが筒を操作するかのようにいじると、それぞれの槍が刺さったレブナの肌から鮮血が飛び散る。槍の先端についた矢じりの形状が、刺さった体内で変化したのだろうか。
シシャアァ!!
声にならない雄叫びをあげて、レブナの怒りは頂点に達していた。荒く激しい鼻息をあげて、ぐるっと辺りに視線を投げると、身体の自由を奪うテグスを振り払うようにして激しく身をよじる。
「ぐっ・・・」
その拍子にテグスによってレブナと繋がっている全員が、乗っている犬ごとジリジリと引き寄せられていく。
「耐えろ!耐えるんだ!!」
皮手袋をした手でテグスを掴み、苦痛に顔を歪めながらモジャモジャ頭の男が叫ぶ。
その時、彼の横を一匹の犬が走り抜けた。
「ラ、ランブー・・・」
シュタッ、シュタタ!!
男にランブ―と呼ばれた少年を乗せた犬は、軽快に飛び跳ねるようにしてレブナに近づくと、その巨体を前に大きくジャンプする。そして飛びかかるその背の上では、ランブ―が小型の銃を構えていた。
パーン!
銃口がやけに大きなそれをレブナに向けランブ―が引き金を引くと、握りこぶし大のカプセルが勢いよく放出されてレブナの目の前で炸裂する。
グモォオオオ・・・
炸裂したカプセルから得体の知れない粉末が飛び散り、それを目に受けたレブナが絶叫する。
そしてレブナが怯んだその隙を、その場にいた者たちは見逃さなかった。
先ほど長槍を放った筒を逆に構えると、それぞれが近くの障害物に向かって再び引き金を引く。すると今度は、筒の中からテグスのついたフック付き金具が飛び出して、それが木の幹や岩などに引っかかりまたあるいはテグスごと絡まって固定される。
「よし、やった!」
「まだだ、チクリ!まだ気を抜くな!」
最初に攻撃を仕掛けた若い女が顔をほころばせて喜ぶのを、モジャモジャ頭の男が釘を刺す。そして筒の横についた赤い大きめのスイッチを押すと、キュルキュルと音を立ててテグスが巻き戻されだした。
グ…グ…グッ…
四方からレヴナにつながったテグスがパツンパツンに張りつめ、狂牛とまで呼ばれ恐れられていたヌシが身動き一つできずに醜態を晒している。この状態になり、ようやくモジャモジャ頭も安堵のため息を一つ漏らして肩の力を抜いた。
「ランブー、今こそ止めを・・・」
子供のようにかわいい顔をした少年、そして彼を乗せた犬が警戒するように、レブナの周囲をゆっくりと回り様子をうかがう。レブナは目の前を通過する少年を、白く濁った目で睨み付けるが身動き一つできない。
(なんだ?やけに簡単すぎるぞ・・・)
ランブーはそう思いながらも、以前遺跡から発掘した超振動ナイフを取り出す。それは古代技術の詰まったナイフで、岩をも切り裂くことができるランブー愛用の一品であった。
何か得体のしれない胸騒ぎを感じるランブーだったが、それを振り払うように大きく声を上げる。
「ハアッ!」
そして犬を駆り、レブナの頭めがけて大きくジャンプしたその時だった。
プチ・・・・
レブナの左肩を固定していたテグスのフックが岩から外れ、ランブ―の接近にタイミングを合わせてヌシはその巨体をよじる。
キャイン・・・!
それは一瞬の出来事だった。身をよじったレブナの角が犬の腹に突き刺さり、ランブ―がナイフを構えた状態のまま空中で静止する。
「ああ!ランブ―!」
チクリが大きな声で叫ぶ。
「おいホムラ、しっかりしろ!」
ランブ―は自分の乗っている犬に語り掛ける。彼の視線の端では、レブナの角を血が伝って滴り落ちているのが見えていた。
そしてレブナが角に引っかかった犬を振り落とすかのように首をブルンと大きく回すと、ランブ―と彼を乗せた犬はそのまま地面に叩きつけられた。
「ぐっ・・・」
強い力で体を打ち付けられ、ランブーは息ができずに悶える。
レブナはその姿を見下ろしながら、大きく咆哮をあげ全身に力を込める。
するとヌシの自由を奪っていたテグスのうち三本が外れ、右脚と大きな木を繋ぐ一本だけが残った。
グッグッグッ・・・
レブナが忌々しそうに全身を使って右脚のテグスを引っ張ると、その木の根元が次第に緩んでいく。
「マズい、木が引き抜かれるぞ!逃げろランブー!」
モジャモジャ頭の言葉が理解できたのか、彼を乗せた犬は口から血を滴らせながらムクリと起き上がり、突然ランブ―の指示もないまま走り出す。
「おい、ホムラどこへ行く!?そんな体で無茶をするな!」
ランブーは必死で語り掛けるが、その言葉を無視して走りつづける犬。
その後には点々と地面に血の跡が残っていた。
「よし、撤収だ!」
その姿を確認した残りの四頭も、彼の後を追いかけるようにその場を後にするのであった・・・。




