sect.21 小悪魔
「・・・キトトブもあなた方に協力しましょう」
今までのやり取りを黙って聞いていたハザサが静かに語りかけ、隣でラガンナが深く目を閉じたままうなずいている。
「本当ですか?助かります!」
シュカヌがハザサの言葉にすばやく反応する。
「エンゾが蘇ったとなれば、もうこれはあなた方だけの問題ではない・・・。今後何が起こるかを考えたら当然のことだ・・・」
「感謝します、ハザサ殿」
ニーガ・ルージはハザサ院長の申し出に、恭しく礼をのべる。
「ちょっといいですかな・・・?」
目を閉じて話を聞いていたラガンナが、歓喜に沸くシュカヌたちに突如話しかけてきた。
「我々キトトブの者も日々の鍛錬によって、ある程度の戦闘には慣れておる者も多いが、それは基本ヒトを相手にした戦闘です。無論戦闘に怯えるような者はキトトブにおりませぬが、巨大生物との戦闘となれば浮足立つことも考えられます」
「まあ確かに、ヒト相手の戦闘とは勝手が違うのは確かだろうねぇ。キトトブの僧兵は肉弾戦を得意とするだけに・・・」
シャンネラのつぶやきにラガンナがうなずく。
「そこで私からの提案なのですが、巨大生物との戦闘に長けている者に協力を求めてはいかがでしょう?つまりは"ヌシ狩りの民"に」
「ヌシ狩りの民だって!?」
ラガンナの提案にニトが大きな声を上げる。
「それが、どうかしたのか?」
「そうか、シュカヌは知らないか。"ヌシ狩りの民"って言ったら、ヌシに生活を脅かされてる人たちから、ヌシを退治する代わりに金品を巻き上げるっていう、ならず者の集団なんだよ」
「その嘆かわしい話は、私も聞き及んでおる。だがキトトブはキャツらに貸しがあるのだ。キャツらの幼い子供たちに、戦闘訓練をしてやっているのは他ならぬキトトブだからな」
「えっ、そうなの!?」
意外な真実にニトは心底驚いた声をあげた。
「やり方に問題はあるが、ヌシを退治して困っておる人々を助けているのは事実じゃからな。私どもとしてもキャツらの頼みを断りきれんかったのじゃ・・・。それにキャツらだけに問題があるケースばかりではないのを、私どもは知っておるから尚更な・・・」
ラガンナは何かを知っている様子だったが、話が長くなるからなのか、それとも話せないことがあるからなのか理由は分からなかったが、それ以上は何も語ろうとしなかった。
「でもそれなら、力を貸してもらえるかもしれないね」
ニトはその案に、あまり乗り気な様子ではなかったが、方法としての可能性については否定しなかった。
「ただし問題があるとすれば、"ヌシ狩りの民"が今どこに居るのかだね。あの人たちは一か所に定住することがないらしいから」
「それについては心配いらん」
「あ、そうか!」
ニトの杞憂が無駄であったことを、すぐに本人が気づく。
「ここはキトトブ。私どもの情報収集能力を侮ってもらっては困るというものだ」
そう言いながらラガンナはニヤリと笑った。
「キャツらが今滞在しておるのは、ここより南にある断崖の村ザパンじゃ」
「ザパン?あの辺りのヌシって言ったら・・・」
「そう、狂牛レヴナじゃ。百年近く生き続けて、あの辺りに住むヒトを断崖絶壁の海辺へ追いやった元凶・・・」
「あれを退治するってのかい!?一度見たことがあるが、とんでもないバケモノだったよ」
シャンネラがニトとラガンナの会話に割って入り、目を白黒させながら思わず漏らす。
「キャツらは無理な仕事はゼッタイに請け負わない。逆に請け負ったということは出来るということじゃ。じゃから、この依頼も出来ないと思われたら断られるかもしれん」
「その時はその時だよ、もしそうなったらその時に考えればいいんじゃないかな」
「ニトの言う通りだ!そうと決まればチンタラしている暇はないよ、タイムリミットまで15日しかないんだから」
シャンネラが話をまとめるかのように、皆の顔を見渡しそう告げると、全員が決意をあらわに無言でうなずく。
「よーし!それじゃあ、さっそく"ヌシ狩りの民"に・・・、ってオババ大変だ!」
「今度は何だい!?」
「ユマが煙をあげて倒れてる・・・」
ニトの足元で、卒倒するユマの姿がそこにあった。
キトトブ寺院の一室で、シュカヌがユマを看病している。
シャンネラとニトはそれぞれ船へと先に戻り、ザパンへ向かう準備に取り掛かっていた。ラガンナは自分の仕事にもどると言って出ていったので、静かな部屋にはふたりだけが残されていた。
「む~、困るのだよ。シュカヌくん」
ユマは冷やしたタオルを額にあてがいながら、シュカヌに不満を漏らす。
「ユマさんはムズカシイ話は嫌いなのに、あんなに長くてムズカシイ話をされたら倒れちゃうのだよ」
「さようですか・・・」
そう言いながら二人は吹き出してしまう。
「それで今からどうするの?」
シュカヌはこれまでの話の内容を、簡潔にユマに説明する。
「そうか、ザパンか」
「知ってる?」
「ううん、名前を聞いたことがあるくらい」
静まり返った部屋に、遠くからキトトブのお坊さんの読経が小さく聞こえてくる。この寺院の周囲は自然に囲まれているからなのだろう、その声に交じって鳥のさえずりも聞こえていた。
「なんだか、凄いことになってきたね」
「なにが?」
小さく囁くように話すユマにシュカヌがたずねる。
「あたしは物心ついた時、って言っても小さいときに記憶をなくした後からなんだけど、償いの民のキャンプからあまり遠くへ行ったことがなかったんだ。せいぜい港町ハタムにお使いに行くのがいいところだったから」
「ユマには悪いことをしたと思っているよ。無理やりこんな所まで連れてきてしまって」
急にシュカヌの表情が翳り、その口調が重くなる。
「えっ!?何言ってんの?ここまで付いて来たのは、あたしの意思だよ。途中で送り帰されでもしてたら、シュカヌをひっぱ叩いてでも居残ってたよ」
そう言いながらユマはウフフと笑う。
「なんだか、今まで想像もしてなかった世界が目の前に広がったって感じ。シュカヌには感謝してる」
「そう?」
シュカヌは複雑な表情を浮かべて言う。
「だからそんな顔しない!なんだかニーガちゃんと再開してから、いつもと感じの違うシュカヌも見れて、あたしは今日は嬉しかったんだから」
「え!?そうかな?」
「うん、シュカヌはいつも自分を抑え込んでいるような雰囲気があったけど、今日は素のシュカヌをちょっとだけ見れた気がした」
「そんな事ないよ、僕はいつもと変わらないよ」
「変わるんだよ、それが良いとか悪いとかじゃなく。いや多分それはシュカヌの良いところなんだよ、きっと。うまく説明はできないけど」
「そう?じゃあ、ありがと」
「どういたしまして」
そう言いながら二人はおたがいに微笑みを浮かべる。
「・・・ゴホン。いい雰囲気のところ悪いが、シャンネラ殿たちの迎えがきたぞ」
シュカヌが声のした方に目をやると、扉の陰からニーガ・ルージが姿を現した。
「いい雰囲気ってなんなんだ」
「あのまま放っておいたら、チュ~でもするんじゃないかって空気であったからな。そうなったら出るに出られなくなって困るのは我輩だ」
「するかっ!?」
そう言いあいながら、照れた様子のヤロウふたり。
「なになにニーガちゃん、やきもち焼いてるの?」
その様子を見ていたユマがニーガ・ルージに駆け寄り、ひょいと彼の体を持ち上げる。そして半ば嫌がるように顔を歪めるニーガ・ルージに頬ずりした。
「ほんとにもうカワイイんだから・・・。ハイ、むちゅ~」
ユマはニーガ・ルージの鼻先に軽くキスして、やさしく彼を下に降ろす。
「ななな・・・!」(ヤロウふたり)
「よ~っし、それじゃあ張り切っていこ~。あたし先に行ってるね」
そう言うとユマはニコッと微笑みながら部屋を後にして、シャンネラたちの待つ外に向かっていった。
「小悪魔だ・・・。我輩は今日、小悪魔に出会ったぞシュカヌ」
「うん、そうだね・・・」
そこには部屋に取り残された、マヌケ顔のヤロウふたりがたたずむ姿があったのであった・・・。




